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【第5回】ダブルバインド入門:ダブルバインドは身近にある(吉田克彦:合同会社ぜんと代表)連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

 前回は東日本大震災被災地での成人した息子からのDVに悩んでいる母親の事例を紹介しました。そして、最後に治療的ダブルバインドについて少し触れさせていただきました。今回からブリーフセラピーの要ともいえるダブルバインドと治療的ダブルバインドについて考えていきたいと思います。

ダブルバインドを制する者がブリーフセラピーを制する

 もともと、ダブルバインドはベイトソンらによる統合失調症患者とその家族のコミュニケーション研究のなかで、以下のようなやり取りから注目をされました。

(統合失調症の)強度の発作からかなり回復した若者のところへ、母親が見舞いに来た。喜んだ若者が衝動的に母の肩を抱くと、母親は身体をこわばらせた。彼が手を引っ込めると、彼女は「もうわたしのことが好きじゃないの?」と尋ね、息子が顔を赤らめるのを見て「そんなにまごついちゃいけないわ。自分の気持ちを恐れることなんかないのよ」と言い聞かせた。患者はその後ほんの数分しか母親と一緒にいることが出来ず、彼女が帰ったあと病院の清掃夫に襲い掛かり、ショック治療室に連れていかれた。

G.ベイトソン著・佐藤良明訳『精神の生態学』新思索社(p.306)

 息子(若者)が母親を抱きしめようとすると、母親は身体をこわばらせたことを若者は否定的なメッセージに捉えたのでしょう。そこで、母親の身体のこわばりに気が付いた息子が抱きしめるのをやめました。すると、母親は「もうわたしのことが好きじゃないの?」と若者に尋ね、さらに「まごついちゃいけないわ」と抱きしめるように促すのです。これにより、若者は母親を抱きしめても拒絶され、母親のこわばり(拒絶のメッセージ)を受けて身体を離すと「まごついちゃいけないわ」(接近するようにとのメッセージ)と言われ、接近することも離れることもできず身動きが取れなくなってしまったのです。

ダブルバインドとは?

 ダブルバインドの必要条件は、以下の6つです。

・2人、あるいはそれ以上
・繰り返される経験
・第1の禁止令(メッセージ)
・第1の禁止令と矛盾する、より抽象度の高い第2の禁止令(メタメッセージ)
・第1と第2の矛盾する禁止令から逃れてはいけないという第3の禁止令
・上記が成立すれば、以後すべてが揃う必要はない

 先ほどの、統合失調症の患者(息子)とその家族(母親)の例でいえば、息子が母親の方を抱きしめた時の母親の身体のこわばりが「近寄るな(近寄ることを禁止する)」という第1の禁止令(メッセージ)に当たります。そのメッセージに従い、息子は母親を抱きしめることを止めると、母親は「そんなにまごついちゃいけないわ。自分の気持ちを恐れることなんかないのよ」と伝えることで「もっと近づけ(近寄らないことを禁止する)」という第2の禁止令が出されます。この時に「だってお母さん、抱きしめようとすると体をこわばらせていやがっているように思えるし、抱きしめるのをやめると『まごついちゃいけない』と言われても、どうしたらいいのかわからなくて困るよ」と息子が母親に対して訴えることが出来ればいいのでしょう。その訴えに対して母親が「あぁ、確かに矛盾するメッセージを発してしまったわ。抱きしめなくていいから、この距離で話しましょう」とでも答えてくれたら、状況は改善するかもしれません。

 しかし、息子の訴えに対して、「考えすぎよ」とか「まさかお母さんがあなたに抱きしめられるのを嫌がっているとでもいうの?」「そんな妄想をするなんてあなたが病気だからよ」などと言われたら、息子としては沈黙するしかないでしょう。この母親の矛盾する言動に対して息子が言及できないことが“逃れてはいけないという第3の禁止令”になるのです。

 また、第1の禁止令と第2の禁止令だけではなく、第3の禁止令まであるのだからダブルバインド(二重拘束)ではなくトリプルバインド(三重拘束)という表現が適切ではないかという意見もあるでしょう。しかし、このダブルバインド仮説のポイントは、矛盾した不健全なコミュニケーションがなされることです。したがって、禁止令が二重だろうが三重だろうが、重要ではありません。気になるのであればダブルバインド(二重拘束)とは、マルチバインド(多重拘束)であると理解しておけば充分です。

ダブルバインドに対する反応

 先ほどの事例は統合失調症の患者と母親のコミュニケーションにおける「接近も許されず、接近しないことも許されない」という例でした。ちなみに、この時に息子がとりうる行動は大きく3つに分かれます。つまり、
①第1の禁止令(近づくな)を破り、抱きつく。
②第2の禁止令(まごつくな=近づけ)を破り、一定の距離を保つ。
③第3の禁止令(逃れるな)を破り、関係を壊す。
・・・といういずれかの反応をせざるを得なくなります。先ほどの事例では“ほんの数分しか母親と一緒にいることが出来ず…”と、関係を壊す③の反応に至ったのです。

 ちなみに、当時、①~③の反応について、①は文字通りに受け取る破瓜型、②は言葉の裏を読む妄想型、③はコミュニケーションを拒否して引きこもる緊張型という、統合失調症の3つの病態に対応していると考えられていました。

 しかし、ダブルバインド的なコミュニケーションは統合失調症患者と家族に限られたものではなく、広く私たちの身近で見られます。実際にはいろいろなところで似たような「することも許されず、しないことも許されず、言及することも許されない」という状況は統合失調症の有無に限らず私たちの身の回りでも生じます。

 では、ここで日常的にみられるダブルバインドの例をいくつか紹介しましょう。

家庭内でのダブルバインド

【自立のダブルバインド】
親が子供に対して、「親の指図を受けず、子ども自らが自主的に動いてほしい」と願い、実際に「あなたの好きにしなさい」と伝えるが親子関係がうまくいかない。
この時、
第1の禁止令:親の指図を受けてはいけない
第2の禁止令:親が(子どもが自主的に動いていると)イメージした通りに振舞わねばならない
第3の禁止令:家族として常にそばにいる(逃れられない)

 この状況におかれた子どもは「そんなことを言われても、何か新しいことを始めたところで『自立しなさい』という親の意見に従っただけだし、何もしなければ『自立していない』と言われるし、どうすればいいのかわからないよ」と親に言及するのは難しいでしょう。その結果、子どもは何をしても(例えば親の期待通りに新しいことを始めても、親の期待に反して何も新しいことをしなくても)「自立していない」という状況になります。

 このようなダブルバインドから抜け出す方略として、家庭内暴力や自室への引きこもりといった関係性を壊す行為がみられることもあります。したがって、カウンセリングではこのダブルバインドを明確にして、親のメッセージが矛盾して子どもに伝わらないようにコミュニケーションに介入していくことになります。

社会でのダブルバインド

 ダブルバインドは、1対1の場面でのみ見られるわけではありません。むしろ、多くの人数がいるところの方が矛盾を生じやすく、ダブルバインド状況になりやすいといえます。ダブルバインドが初めて指摘されてから60年以上が経過した現在ではコミュニケーションの様子も様変わりしており、ダブルバインドはより複雑かつ広範にみられるようになりました。

【職場のダブルバインド】
上司からの「今日中にこの仕事を終わらせろ」とのメッセージ、そして会社からの「早く帰れ」とのメッセージに挟まれてしまう。
第1の禁止令:仕事が終わるまで帰ってはならない
第2の禁止令:残業してはならない
第3の禁止令:会社と上司の指示には背いてはならない

 この状況におかれた社員は、正々堂々と会社や上司と話し合いダブルバインドを解消する人もいます。また、強硬策を用いて訴えることで解決を目指す人もいるでしょう。しかし、サービス残業(残って仕事をするが残業として記録を残さない)というかたちでこの状況を維持する人も多いようです。またメンタルヘルス不調による休職や配置転換などで、結果的にダブルバインドを解消する人もいます。

 企業でカウンセリングをしていると、このようなダブルバインド状況に陥っている社員からの相談を受けることがあります。なるべく健全な形でダブルバインドを解消できるように支援をします。本人のキャリアや希望などを聞くことで、転職が最善の解決策になることも多くあります。

 例として超過勤務を挙げましたが、他にも様々な不正などで関係者がダブルバインド状況に陥っていることがあります。

【学校でのいじめに関するダブルバインド】
クラスメイトは暴力や暴言をまじえて「学校に来るな」というメッセージを出す。この際に家族が気づき「無理しなくていい」となればダブルバインドにならない、しかし、家族が気づくことが出来ず、また本人も上手にSOSを出すことが出来ない状況。
第1の禁止令:無視や暴力暴言による否定(学校に来るな)
第2の禁止令:「行ってらっしゃい」(学校を休むな)
第3の禁止令:日常生活から逃れることが出来ない

 多くの場合は、本人からのSOSや周囲の気づきによって、いじめの解消に向かった働きかけ(第1の禁止令の解消)や、登校しないあるいは転校など(第2の禁止令の解消)がはかられることで、いじめ問題は解決します。しかし、このダブルバインド状況が続くと、親に内緒で学校をさぼったり、最悪の場合はいじめ加害者や家族をなきものにしようとしたり、自死などという結果も見られます(第3の禁止令の解消)。

 また被災地などの場でもダブルバインドは起こります。筆者は東日本大震災被災地で4年間、震災被災者と原発事故避難者の心のケアに当たっていましたが、そこで外部からやってくるマスコミや報道各社と現地の人たちとの様子を振り返るとこのようなダブルバインドが起きていました。

【被災地報道に関するダブルバインド】
被災した人が落ち込んでいると、取材側(マスコミ)に「元気を出せ」などと励まされるが、気力を振り絞って気丈にふるまうと「危機感がない」という報道コメントが目に付くようになる。深刻な状況であることを伝えれば「心配するな」と言われ、「もう大丈夫だから安心して」というと「必ず問題が起きるはずだ」と言われているような状況が続いていた。
第1の禁止令:「心配しないで」「大丈夫だから」(悲観的になるな)
第2の禁止令:「笑ってる場合か」「危機感がない」(楽観的になるな)
第3の禁止令:被災生活全般の話なので、避けることが出来ない

 被災地報道に対するダブルバインドに近いものは、今回の新型コロナに関しても報道をはじめとして職場や学校などでも見られたことでしょう。考え方や事情の異なるさまざまな人からなる社会生活では、それぞれが最善の解決行動をとる中で相対する意見が出ることは自然なことです。多くの情報に触れる中で大なり小なり何らかのダブルバインド状況に陥ることは、避けては通れません。

 これらのダブルバインドについて私は「良くないことである」とか、「避けることが出来る」と伝えたいわけではありません。大事なことは、ダブルバインド状態というのは身近でよく起きうることを大人(とくに対人支援にあたる私たち)が常に意識をしておくこと。ダブルバインド状況を全て避けるのではなく、ダブルバインド状況で困っている人がいたら助けてあげることです。

ダブルバインドの解消法と活かし方

 これまで見てきたようにダブルバインドを解消するには、第1の禁止令に対抗するか、第2の禁止令に対抗するか、第3の禁止令に対抗するか、このいずれかが必要になります。

 「嫌なら断ればいいのに」「嫌ならやめればいいのに」と外部からは見えますが、当事者にとっては自分1人で断ったりやめることはかなりの勇気が必要になります。それ以前に、ダブルバインドに気が付いていない当事者も多くいます。したがって、カウンセラーがダブルバインドについてわかりやすく説明をして、当事者1人に任せるのではなくカウンセラーもサポートすることで、上手に解決できることもあります。

 また、1人ではなくグループでダブルバインドにかかった場合には、みんなで協力することによって解消することが出来ます。例えば、先の被災者のダブルバインドに対して、東日本大震災当時に「心のケアお断り」や「マスコミお断り」という張り紙が出された避難所がありました。これらは、(逃れることが出来ないという)第3の禁止令に対抗することで、ダブルバインドを解消する一手でしょう。

さいごに

 今回はブリーフセラピーの核となる、ダブルバインドについてまずは基本的な内容について紹介しました。

 これだけ強烈な効果を発揮する厄介な敵ともいえるダブルバインドを、もしも味方につけることが出来たら、とても頼もしいですよね。何でも使うブリーフセラピーは、この厄介なダブルバインドも味方につけて、ダブルバインドの効果をポジティブに利用する「治療的ダブルバインド」というものを編み出したのです。いわば、敵の4番バッターとエースピッチャーを味方にするようなものです。この敵さえリソースとして味方につけてしまうという考え方がブリーフセラピーの基本であり、ブリーフセラピーが強い秘訣でもあります。

 では、ダブルバインドを治療的にどのように活用するのか。次回以降で解説していきましょう。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

▼合同会社ぜんと公式ホームページ

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