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新型コロナの不安と憂鬱 (井原裕 精神科医/獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科 教授) #つながれない社会の中でこころのつながりを

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、多くの人が外出を自粛している状況下にあります。しかし、多くの情報は過大に受け止められていることも少なくなく、それが原因で”こころの苦しさ”を抱える人が増えていることが日々報道されています。

 ストレスは抱え込むと「キラー・ストレス」となり、ウイルス同様に私たちの生活を脅かしかねません。

 このような中で、私たちはどのように過ごすべきでしょうか。

「あえて家から出る」「外出自粛ではなく入室自粛を」と本文で触れる井原裕先生。このような科学に基づいた冷静なウイルス観と、いまこそ暮らし方を変えていこうというメッセージが、この記事を読んだ方の生活に希望を与えてくれるものとなることを願います。

長丁場の新しいライフスタイル7原則

こころの健康の専門家の立場から、今、すぐに行うべきことを列挙します。

(1) 日本時間で過ごす―起床・就床時刻の固定

 起床就床時刻を固定(「23時就床、6時起床」など)し、普段の生活時間から大きくずらさないようにしましょう。なかには、自宅待機に伴い、宵っ張り(※)の朝寝坊になって、起床就床時刻が3~4時間も遅れてしまっている人もいます。時差3~4時間というと、インド時間に相当します。8時間遅れれば、もうフランス時間です。
(※宵っ張り(よいっぱり): 夜更かしをする習慣の人のこと

早起き

 でも、ここは日本。あくまでこの国の標準時に合わせましょう。もっとも、今だからこそできることとして、「22時から5時」「21時から4時」などの思い切った前倒しは、悪くありません。5月の東京の日の出は、5時前。次第に明るくなる町を歩くのは、さわやかなはずです。水分と少しの糖分だけは、お忘れなく。

(2)眠りすぎない、寝すぎない―7時間睡眠(+30分昼寝)

 自宅待機により、寝不足は解消されたことでしょう。しかし、眠りすぎ、寝すぎは、寝不足と同じくらい有害です。夜の眠りは、「7時間」程度にしましょう(16歳未満は、年齢による補正必要)。逆に言えば、16-17時間は引力に逆らった生活を送りましょう。ゴロゴロ横にならないこと。昼寝は構いませんが、昼食後・夕食前の時間帯に限定し、30分程度にとどめましょう。

(3)ネットを捨てよ、町に出よう―ヒトは直立二足歩行


 ネットの見すぎはうつになるだけ。ずっと「ステイ・ホーム」するから、こういうことになるのです。コロナ禍の今こそ、私たちがホモ・サピエンス(ヒト)であることを思い出しましょう。ヒトのヒトたるゆえんは、直立二足歩行。アウストラロピテクスが後足で立ち上がって以来、人類が300万年つづけてきた習慣が、今や未曽有の危機に瀕しています。そもそも、現代人はコロナ以前から史上最悪の不活発生活を送っていました。スタンフォード大グループのスマホ・アプリによる調査(Althoff et al., 2017)では、日本人は一日6010歩。アメリカ人はわずか4774歩。一方、オリジナル・ヒューマン・ライフを送っているタンザニア・ハッザ族は、一日1ないし2万歩です(Pontzer et al., 2012)。

 しかし、ステイ・ホームの行き過ぎで、今や人類最古の健康法が失われつつあります。それにしても、厚生労働省は、ついこの間まで8000歩をすら勧めていたはずです(「健康づくりのための運動指針2006」)。せめて7000歩を目標に屋外を歩きましょう。外には風が吹いている。人との距離を取りさえすれば、コロナのリスクなんかありません。木漏れ日がさし、花が咲いている。季節の移ろいを感じましょう。

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(4)オンライン飲み会はほどほどに―酒で119番のお世話にならない

 オンライン飲み会は、悪くはない。でも、アルコールはほどほどにしましょう。ウーロン茶やジンジャエールだって盛り上がれるはずです。救急車は余裕がない。救急外来は感染のリスクがある。だから、119番が必要なほどの飲み方は、ぜひ避けてください。

酔っぱらい

(5)声を聴こう、顔を見よう―電話・ビデオ通話の活用


 上司、同僚、友人、親戚との連絡には、電話・ビデオ通話を活用しましょう。メールだけでは気持ちが伝わりません。声を聴きましょう。顔を見ましょう。そうすれば、感情が伝わる。表情もわかる。そうして初めて、こころのつながりが実感として感じられます。

オンライン飲み会

(6)アトホーム・ディスタンシング―家から出よう、家族のために

 つながりすぎも禁物です。むしろ、アトホーム・ディスタンシングをお勧めしたいと思います。新婚ほやほやの夫婦のような例外を除いて、家族とは同じ屋根の下でも距離をとりましょう。具体的には、別室で過ごす。食事の時間をずらす。テレビを見る時間をずらす。互いに別の時間に外出するなどです。それまでは会社なり、学校なりにいって、不在の時間があることで均衡をとっていた家族間バランスが、緊急事態宣言以降、崩れかねません。物理的に離れていてくれたからこそ耐えられたことも、すぐそばにいると耐えがたい。逆に、あなたの姿が、少しの時間でもいいから視界から消えれば、ご家族はきっと胸をなでおろしてくれるでしょう。「家から出よう、家族のために」、そう私は申し上げたいと思います。

適度な距離

(7) 中に入るな、外を歩け―外出自粛ではなく、入室自粛をこそ

 本来、コロナ感染拡大防止のために自粛すべきは、「外出」ではなく、「入室」のはずです。「外出」したってかまいません。その後、屋内の狭いところに「入室」しなければいいのです。キャバレー、ナイトクラブ、バー、個室付き浴場、ヌードスタジオ、のぞき劇場、ストリップ劇場…、これらは感染拡大を引き起こしかねない危険な場所です。だからこそ、小池都知事も、これらには休止を要請したわけです。でも、もう、それで十分です。

 キャバレーやストリップには最初から行くつもりがない人まで含めて、十把一絡げに「外出自粛!」を強要するのはナンセンスです。ゴルフ、テニス、サーフィンなど、アウトドア・スポーツは、感染のリスクは高くありません。クラブハウスや更衣室はリスクがありますが、それさえ気を付ければ、本来は自粛の必要はなかったはずです。ただ、これらも今は閉鎖されていることでしょう。今後は、外出の種類によるリスクの重み付けが必要になります。外出して、屋外を歩き、空気のよどんだ施設に入室することなく、そのまま帰宅すれば、何の問題もありません。

コロナで考える暮らし方改革


 それにしても、今回のコロナ禍は、私どもが自明としてきた都会の暮らしを再考する機会かもしれません。

 人類が地上に現れたころには、パンデミックはありませんでした。ヒトの集団は数人から数十人程度。皆、顔の分かっている人ばかり。この小集団が感染症で全滅することはあっても、それが隣の小集団にうつることはありませんでした。お互い遠い距離をとって暮らしていたからです。

 やがて農耕が始まり、都市が作られ、集団の規模は爆発的に拡大していきます。今や、この国の首都では、1000万を超える人々が、狭い土地に住んでいます。しかも、毎日、そこで膨大な数の人々がうごめき、国内外へと飛び立っていきます。巨大な人口が、毎日、地球の津々浦々に向けて動き回り、数えきれない人と関わりを持つ。これが現代社会というものです。この都市文明の異常さなくして、世界規模のコロナ流行はあり得ません。

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 今、全国一律の「ステイ・ホーム」のかけ声に、迷惑しているのは農村の人たちです。4-5月は、「外出自粛」なんてとんでもない。田植えのために一年で一番、働かなければいけない時期です。今、仕事しなければ、秋の収穫はありません。収入がない。蓄えだって少ない。農家の人たちは、緊急事態宣言なんか無視して、田植えに一所懸命になっていることでしょう。それでいいのです。
 都会に住む私たちも、今一度、人との関係を見直す機会かもしれません。毎日、数えきれないほどの人と会い、何度も名刺を交換し、表面的な会話だけを交わす。オフィスに戻れば、読み切れないほどのメールが来ていて、十分な理解もないまま、とりあえず返信を送る。こういう皮相なレベルでのみ膨大なやりとりがあるが、誰一人とも深い関係を結ばない。こんな人間関係のあり方が、ヒト本来のものであるはずがありません。

 コロナで考える暮らし方改革。「新しい生活様式」が求められる今、都会の暮らし全体を見直してもいいかもしれません。

<執筆者プロフィール>

井原先生  お写真

撮影:タクミジュンメイクアップサロン

井原 裕(いはら・ひろし)
精神科医 / 獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科 教授
日本の大学病院で唯一の「薬に頼らない精神科」を主宰。生活習慣と精神療法を重視。『精神科医と考える薬に頼らないこころの健康法』(産学社)など著書多数。

(参考文献)


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