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本の出会いと別れ(大林えり子:ブックギャラリーポポタム店長)#出会いと別れの心理学

書店に入って、気になった一冊を手に取り頁をめくる。当たり前のようにあった本との出会いが、時に困難となったこの一年。独自の選択で本との出会いの場を作り続けているブックギャラリーポポタムの店長、大林えり子さんに、お店での、またご自身の蔵書との出会いと別れについてお書きいたただきました。

出会い系書店だから

大林えり子先生 書斎の画像

 ※ポポタム店内。写真右側が入り口で、左側奥にギャラリースペース。

 「本の出会いの場」といえば本屋さんだと思っていました。

 最寄りの本屋に立ち寄って、背表紙が並んだ棚を物色し、ピンとくるタイトルが目に入ったら抜き取ってパラパラとページを繰ってみる。目当てがなくても棚を眺めていると自分の内から興味関心が引き出されて、ああ、こんな本もあったのかと手が伸びる。
 本屋はそんな’出会い‘の場だったと思うし、そのような店づくりをしてきました。お客さまが入口からまず平台を見て、棚にうつって、それからぐるりと店内を一周するまでをイメージして、買いたくなるようなトラップを仕込むのは、もっとも楽しい作業のひとつ。「うちは出会い系書店だよね」と軽口を叩くこともあるくらい、意識的に出会いを演出していたと思います。

 2020年初頭より、新型コロナ感染拡大のため一時休業、時短営業、予約制…と当店の営業形態は大きく変わりました。実店舗=オフラインで本と出会ってもらえないから、必然的にオンラインでがんばるしかない。それまでは細々と続けていた通販サイトを、これを機に拡充することになりました。
 撮影は自然光で、指が入ればトリミングして、角が合わないなら台形加工で整えて。ラインナップを充実させて、新入荷はまめに投入。書誌事項だけでなく、その本の魅力を伝えるコメントを入れ、時にはセールも。マッチング・アプリと同じだなあと少しの違和感を感じながらも、出会い系だものね、と納得する自分もいます。オンラインはオンラインで、楽しんで欲しいのです。

 オンラインとオフラインの違いは、なんといっても検索機能。本のタイトルはもちろん、キーワードを検索するだけで「お目当て」と出会えてしまう、素晴らしい機能です。ただしアクシデントのような出会いは、そうそうありません。偶然がもたらすときめきは、やはり実店舗のそれにはかなわない。それでも出会って、買ってもらうために、意識的に並び順を変えたり、クローズアップしたい作家・アーティストの作品を近くに固めてみたり、手をかえ品をかえ……。
 しかしすぐにこうした小手先の作業は意味がないと気づきました。お客さん自身が手のひら(スマホ)の中で、その作業をやってくれるからです。本屋のホームページから入ることもあれば、作家さんや友達のS N S、口コミ(ネット上の)、ハッシュタグ……様々なアプローチで自由に情報の中をすでに行き来しているのです、お客さまは。だからこそ今は演出よりも、そのものとして良い本が売れる時代なのかなとも思います。

個人的な、別れのお話

 一方、「本との別れ」といえば。まっさきに頭に浮かぶのは古本買取。ここからは店ではなく、個人的な話になります。

 毎朝7時に起きて公園を散歩し、朝食をとりながら韓国ドラマを見て、さらにその流れで韓国語の勉強をするというのがここ数年の私の日課なのですが、ある朝のルーティンの途中、ふと自分の首を触ったら’しこり‘ができていました。
 結果、今すぐにどうこうするものではない、というものだったのですが、細胞診の結果が出るまでの10日間、さまざまなことを考えました。

 そのひとつが、「この本とか紙類の山を、なんとかしなくてはならない」。

 自分が読めないなら、別にどうなっても構わないはずですが、本屋根性というのか貧乏性というのか、できるだけ有効活用したいという気持ちがふつふつと湧いてきて、私は一冊のノートを買い、自分がいなくなった後の蔵書の行き先(希望)を書くことにしました。

大林えり子先生 本アップ写真

※自分の本棚の一部。韓国語は初級でほとんどの本はめくって見るだけ。

・韓国関連
7年ほど前から韓国カルチャーにはまり、今は蔵書の半分が韓国関連書籍になりました。現地で買ったものがほとんどで、ハングルもろくに読めないうちから苦労して手に入れた本も多いので、もっとも大事にしたいライン。芸能関係は韓流仲間の○○さん、アート関連は研究者の○○さん、資料価値がありそうな古本は交流施設の○○に寄贈して欲しい。

・絵本
子どもたちと読んだ思い出があるようなものは、もうそれぞれが持って出て行っているので、彼らが他に欲しがらなければ全て古書店の○○さんへ。状態が悪いので買取ではなく引取で。

・画集、写真集
売るとまあまあの買取価格になりそう、とはいえマンションの頭金になるほどではない。研究者の○○さん、または古書店の○○さんへ。

・ミニコミの類
これが、すごい量。一見すると資源ゴミ。もともと値段がつくものではないので、コレクター(研究者)の○○さんにもらって欲しい(嫌がられるかな……)。

・蝙蝠関連
私は蝙蝠もののコレクターなので、蝙蝠関連の(生物ではなく文様として掲載されている)本がかなりあります。そのうえ器や紙小物、その他こまごました雑貨など、すべての蝙蝠コレクションを若い友人の○○ちゃん(ソウル在住)へ。蝙蝠はその漢字のつくりから東アジアでは「福」の象徴。私が30年に渡って集めてきた中国・台湾・香港・韓国・日本の蝙蝠ものをすべてまとめて、平和のシンボルとして一箇所で持っていて欲しい(迷惑かな……)。

・その他
すべて古書店の○○さんへ。○○さんは地方の古書店なので、無料引取でいいので着払いで。本からは離れるけれど、絵画や版画、立体などの作品類は、持っておいてもらいたい人(引き取ってくれそうな人、その作家のコレクター)の名前を書いた付箋を額の裏や箱に貼り付けました。

 こんな具合でかなりリアルに大切な本とのお別れを実感したのですが、じつはあまり悲しくありませんでした。
 おそらくそれは、「いつか読もう」と楽しみにしている本はあまりなくて、すでに十分楽しんだから、または買っただけで満足した本がほとんどだからだと思います。

 4月は出会いと別れの季節。本、ということでいえば、どちらかというと引越しでお別れする人の方が多いのではないでしょうか。少しでも心残りがあるならば、その本を読んで血肉となるまでは、手放さないほうがいいと私は思います。
 検索すれば欲しい本に出会える今だけれど、出会った時のときめきやシチュエーション(季節、お店、誰といたか、周りにどんな本が並んでいたかなど)は、情報以上の価値があります。そしてその感覚は自分が手に入れたもの。たとえその本という物体がなくても、ずっと自分のものなのです。
 もしかすると本については、出会いはあっても別れはないのかもしれません。

執筆者プロフィール

大林えり子先生 画像 動物のマーク

大林えり子(おおばやし・えりこ)ギャラリー併設のインディブックショップ、ブックギャラリーポポタム店長。
実店舗:東京都豊島区西池袋2-15-17
オンラインストア:popotame.com



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