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思春期の子どもの心のモヤモヤを聴くコツ(阿部真里子:阿部真里子臨床心理オフィス所長)#もやもやする気持ちへの処方箋

多くの大人たちが、思春期にはさまざまなことに思い悩んでいた思い出があると思います。しかし、歳を重ねていく内に、その頃の自分の思いは忘れて、誰にでもあることだと考えてしまいがちです。そんな大人たちが、現在思春期のまっただ中の子どもたちの気持ちを理解するには、どのようにしたらよいでしょうか。長年子どもたちの心理臨床に携わってきた阿部先生にお書きいただきました。

困難な事態に遭遇したときには「大事な体験」「貴重な体験」と唱えてみよう!

 ここ2年ほどのコロナ禍での外出の制限で友人との外食や旅行も控えるようになり、様々な行事やイベントも中止で、めっきり外出の機会が少なくなった。また、たまにイベントが開催され、行けたとしても感染の不安に脅え、ためらいつつで、どこか心が解放され切らなかった。2年前に、クジ運の悪い私に「オリンピックのチケット(近代五種)が当たった!」と大喜びしたのも束の間、オリンピックが一年延期になり、次はコロナ感染拡大防止のための人数制限で再抽選になると聞き、さらに、オリンピック競技観戦に備えワクチン接種予約もしたが、無観客開催となってしまった。そのような状況下で、運動不足を防ぐため戸外のスポーツなら感染のリスクも少ないと考え、20年近く通っている趣味の乗馬クラブには通い続けていた。ところが、この4月初めに馬が何かに急に脅え、落馬し右脚や腰を強打。右脚付け根の骨二か所にヒビが入り歩くのが困難な状態に陥った。じっとしていれば痛みはないが、椅子から立ち上がったり、寝返りをうったり、歩くなどの動作が伴うと痛みが生じた。

 私は自分の主催する私設心理相談室のほかに、スクールカウンセラーの勤務があり、週1回はどうしても都内まで出なければならない。そこで、人生初の松葉づえで歩くことになった。また、整形外科医からの「骨がつくまで、なるべく歩かないように」との指示で、スマホにアプリを入れ、タクシーを頻繁に利用した。そして、この困難な事態にあって「どんな風に振る舞えば良いのだろう」と思ったときに、2年前に亡くなられた師匠の河野良和先生が20年以上前の大阪の学会のときに段差で躓いて靭帯断裂で、やはり松葉づえをつかれていたことを思い出した。こんな時も、河野先生は嘆き悲しむのではなく、逆にその事態を「大事な体験」ととらえ、「困っている自分」を客観視し、初めて遭遇するさまざまな事態について随分楽しく味わって体験されていたことを思い出した。河野良和先生は日本の開業心理臨床の草分けで昭和30年代から60年以上にわたり都内杉並区下井草にある河野心理教育研究所で全国各地からの2万ケース以上のセラピーを行なっていた。それで、私も自分のこの災難に対して心理の専門家として嘆いて愚痴を言うより河野先生から教えていただいた“魔法の言葉“「大事な体験」「貴重な体験」と自己暗示を唱え、今の自分の体験を大事に受容し生かす方向で取り組もうと思った。そうすると、怪我での痛みや不便さはあるものの、いろいろと学ぶことも多く、価値のある実りの多い体験であると感じ落ち込むことはほとんどなかった。まさに「怪我の功名」や「塞翁が馬」であった。

 私がスクールカウンセラーとして現在、勤務している高校はスポーツのとても盛んな高校でスポーツには怪我がつきものなのか生徒さんがスポーツで怪我をされた話をよく耳にする。また、過去の事例ではスポーツで良い成績を収め順調に学校生活を満喫していたのに怪我でスポーツが続けられなくなり落胆し退学してしまった方に会う機会もあった。その気持ちの理解に、自分の今回の怪我の体験も役立つのではないかと思った。さて、松葉づえをついて歩いてみると、今までごく近いと思った距離が途方もなく、はるか遠くに感じられた。学校というところは広く、長い廊下も多い。痛みで歩くことが、かなりこたえた。また、帰りに電車に乗ろうと駅まで行くと、上りのエスカレーターはたくさんあるのに、下りがほとんどなく、仕方なくエレベーターを探すと、ずいぶん離れたところにあり、すっかり歩きくたびれた。これらの不便さを感じる体験は自分で実際に体験してみないと、わからない体験だった。以前、赴任した学校で車椅子を利用していた生徒さんがディズニーランドに友人と行った帰りの駅でエレベーターを探したが、なかなか見つからず、帰宅が夜中を過ぎてしまったと話していたのを思い出した。これも自分が体験し初めて実感が持てた。

 私は小学校6年生の時の九死に一生を得た大病がたたり、30代後半まで勉学や仕事を続けながらの通院や頻回に入院をする生活で「スポーツなどで身体を動かすことには自分には一生縁がない」と諦めていた。しかし、その後、驚異的に健康を回復し40代半ばから乗馬やタップダンスなど身体を使った趣味も楽しめるようになった。心理臨床(カウンセリング)は繊細な神経を使う職業で日々ストレスもたまるが、これらの趣味や趣味で出会った指導者も含む仲間の方々や馬たちに支えられ、この20年間、私自身はメンタルも健康に過ごしワーク・ライフバランスも保てた。だから、たとえ今回、落馬による怪我という困難に出会ったとしても、20年近くたいした怪我もなく乗馬を続けられたことは貴重で奇跡的な体験に思われた。今回の東京オリンピックでも競泳の池江璃花子選手やソフトボールの上野由岐子選手のように、大きな病気や怪我からの回復を果たし競技に臨んでいる選手たちの姿を見ると、とても勇気づけられる。

阿部先生 挿入写真 松葉づえ 

人の気持ちをわかるということ

 随分以前の事例だが、ある学校でクラスメイトに、そのころの人気俳優に似ていると、その俳優が演じている役名を「あだ名」にして呼ばれることが不快でクラスに行けなくなってしまった生徒さんがいた。大人たちは「そんなこと気にすることはないよ」とか「その俳優は知っているけど、自分は好きな顔だよ」などと説得しようとしたが、本人は頑として納得せずクラスには戻らなかった。この生徒さんの身になって考えると、「自分が不快だと思っていること」を「たいしたことない」とか「気にするな」と他人に言われても、それはまた、自分の考えや気持ちが否定されたように感じ、「誰にもわかってもらえない」と思ってしまったかもしれない。人が感じているのと同じように感じる事の難しさがここにはある。たとえ、同じような背景、生活史、家族構成であったとしても、その人そのものが感じているのと同じように感じること、すなわち、「共感すること」には限界があるのではないか。むしろ、「あなたが感じているのと同じように感じられなくてごめんなさい」といった気持ちを常に持ちながら、少しでも相手が感じている気持ちに近づくように、相手の立場に立ち相手の話を詳細に聞いてイメージを膨らませてみるほかないと思う。大人が人生経験を経て身に付けた考え方と、初々しい思春期の生徒さんたちの考え方は全く違うし、大人がその年代のときの自分の気持ちを振り返り思い出そうとしても、なかなか思い出せない。自分の若いときのことをすっかり忘れてしまい「自分はもっと若いときはちゃんとしていた」と発言する大人は多くいる。しかし、そういう大人も過去をさかのぼってみると、自分の失敗談を思い出したり、実は自分はもっと「ふがいなかった」と思い返したりする人もいる。

 思春期の子どもさんたちのお話を伺う際には、自分の過去の体験で何か参考になる体験はないかと記憶の貯蔵庫に検索をかけて探しだす。しかし、同じような体験をしていたとしても、その人が同じような受け取り方や感じ方をするとは限らず、その体験を自分の枠組みで測り、「こうだ!」と決めつけ、「分かったつもりになってしまう」危険性も大きい。それを防ぐには、いろいろな質問を適切に投げかけ、本当に相手がどのような見方をしているのかを探る必要がある。上述した河野先生がセラピーでの「対話の仕方の訓練」のために使っていたものに心理検査の「ロールシャッハテスト」というものがあった。この検査はインクを落として偶然にできたシミのような模様の図版を10枚被験者に見せ「何に見えるか」について尋ねて行く。現実生活の場面ではクライアントさんはどこかで何かを体験してきてカウンセラーにその体験内容を話すので、実際にはカウンセラーは見てはいない場面を想像しながら話を聞く難しさがある。しかし、ロールシャッハテストの図版を用いれば同じ図版を検査者・被験者で同時に見ながら、それを被験者がどう見たのかを尋ねていけるので、相手への質問の仕方を、より適切に学びやすいとのことだった。ロールシャッハ研究で著名な片口安史先生と河野先生が始めた40年以上続く「火曜研究会」ではわずか2行の被験者の応答に2時間をかけ、被験者がどう図版のブロットをとらえていたのか討議・検討したこともあった。

阿部先生 挿入写真 カウンセリング

モヤモヤした気持ちは大切な問題意識

 思春期の子どもさんと接するときに、相手が「大丈夫」と言っても本当に大丈夫な「様子や表情、態度」で話しているのかどうか良く観察することが重要である。本当は大丈夫でなくても誰かを気遣い我慢して「大丈夫」と言ってしまう子どもさんは多い。また、上述したように、思春期の子どもさんに限らず、人の気持ちを理解することは困難な作業だが、モヤモヤした気持ち(すなわち、ネガティブな感情)を否定せずに大事なものとして受け止め、また、それが「貴重な体験であること」を伝えることは重要である。モヤモヤは大事な「問題意識」であり、今の自分の状態に満足していないから生じているので、そこから、「どうなったらいいか」「どうなりたいか」(思いつかなければ、「どうなったらマシか」)と「理想や希望のイメージ」を思い浮かべてもらう。たとえば、お小遣いが足りなくてモヤモヤしているとして、親に頼んで、お小遣いを値上げしてもらうこともできるが、アルバイトをして自分で稼ぐという選択肢もある。なんにしても、まずは自分のモヤモヤ(不満や不安、落ち込みなど)を大事にすること(「大事な面がある」と唱えてみるだけで良い。自然に大事な面がわかっていく)。ポジティブ思考が推奨されることが多いが、「マイナス思考」を大事にして生かし、自分の理想を思い描き、手に入れることが重要であると思春期の子どもさんたちに伝えたい。

執筆者プロフィール

阿部真理子先生 ご本人お写真

阿部真里子(あべ・まりこ)
阿部真里子臨床心理オフィス 所長
上智大学大学院(臨床心理学専攻)在学中から10年間 東武丸山病院(埼玉県幸手市)に勤務。並行して13年間、私立中高一貫女子校(東京葛飾区)のスクールカウンセラーとして勤務。その後、24年間、心療内科クリニック(さいたま市)に勤務。その他、学生相談室(上智大学)、教育研究所の相談室(さいたま市)、小中学校の巡回相談(蕨市)、保健所(幸手市)・保健センター(羽生市・加須市)などで勤務。1992年から埼玉県春日部市で心理相談室を開業し29年目になる。1995年からは文部省委託の初代スクールカウンセラーとして埼玉県立高校に勤務し、1998年からは東京都公立学校スクールカウンセラーとして7年間、公立中学校に勤務後、2005年からは都立高校に勤務。筑波大学大学院(教育系)で集中講義を2年間担当し、各地の学校や教育委員会、保健センターなどでの講演も行った。2016年には日本催眠医学心理学会第62回大会(春日部で開催)の大会長を務めた。2019年から久喜市保健センターの「不登校ひきこもりの親の集い」のファシリテーターをしている。2020年には加須市保健センターで「ゲートキーパー養成講座」の講師を務めた。
著書(共著):「事例に学ぶ不登校」(人文書院)、「今なぜスクールカウンセラーなのか」(ミネルヴァ書房)、「新こころの日曜日」(株式会社 法研)ほか、『児童心理』(金子書房)に執筆多数。

著書

HP


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