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つながりが、前を向かせてくれる(荒井弘和:法政大学文学部教授)#立ち直る力

並外れた身体能力を発揮して人々を魅了するアスリート。そのアスリートたちが自分たちの力を発揮できない状況に置かれたとき、どのような心のはたらきがあったでしょうか。そこから、どんなことが大切だと改めて感じたでしょうか。多くのアスリートたちのメンタルサポートを行っている荒井弘和先生にお書きいただきました。

 私は、スポーツメンタルトレーニング指導士 (日本スポーツ心理学会が認定している資格です) として、様々なアスリートに対して、メンタルトレーニングなどのメンタルサポートを行っています。「アスリートは鋼のメンタルを持っている」と思われがちですが、アスリートもひとりの人間です。気持ちの浮き沈みもあるし、ストレスを感じることも当然あります。

「つながろう」から「つながるな」へ

 私たちスポーツメンタルトレーニング指導士は、リモートでも活動可能なため、コロナ禍でも継続してアスリートをサポートしています。新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた頃、ご多分にもれず、アスリートたちも強いストレスの中で生活していました。その中で、最大のストレスは「孤独」であったと思います。

 「チームメイトとしっかりコミュニケーションを取れ」「グラウンドの外でも一体感が大事だ」。そう言われて育ってきたアスリートたちは、急に、その真逆の行動を取ることが求められました。「チーム練習が禁止となり、一人でずっとトレーニングせねばならない」「チームミーティングが、全てオンラインになってしまった」といった事態と折り合いをつけることが求められたのです。

「つながるのが怖い」

 対面で長時間、ときに身体をぶつけ合いながら、チームメイトと密にコミュニケーションを取っていたアスリートたちは、そのような中で何を考えたのでしょうか。

 つながることに恐怖を覚えるアスリートもいました。ある選手は、「マスコミやSNSでの他の選手の強気なコメントを見て、弱気になっているのは自分だけなのではないか」「みんな辛いのだ、辛いのはあなただけではない、甘えるなと言われるのが怖い」「他の種目の選手とコミュニケーションを取ってみたいけれど、知っている選手がいない」と話してくれました。

 あるコーチは、「必要がなければ選手には連絡を取らないようにしている。自分の連絡がきっかけで行動を起こし、それが感染につながってしまうのが怖い」「一方的に発する自分の言葉が、選手にどう取られるかわからない。いつも以上に注意深くコミュニケーションを取らなければ」と打ち明けてくれました。

 こういったエピソードから、コロナ禍におけるつながりの大切さと難しさを痛感しました。そこで、コロナ禍のつながりについて、私が感じたことを整理してみたいと思います。

「誰とつながればよい?」

(1) 細いつながりを大切に

 身近なチームメイトとばかりコミュニケーションを取っているアスリートは多いですが、それは必ずしも好ましくないと考えさせられました。「細いつながり」も大切なのです。細いつながりがあるかどうかで、そのアスリートの状況は大きく異なります。

 細いつながりは、心理学で「弱い紐帯 (weak ties; Granovetter, 1973)」と呼ばれます。グラノヴェター (2019) は「新しい情報は、強い紐帯よりも弱い紐帯を通じて諸個人に到達する」(p.19) といいます。弱い紐帯でつながっている人は、いいかえれば、他の集団との距離が近い人であるともいえます。

 チームを超えたつながりを持つためには、弱い紐帯でつながっている人の存在が重要です。さまざまなチームで仕事をする私たちスポーツメンタルトレーニング指導士は、この弱い紐帯同士をつなげる役割を担えると考えています。

(2) 競技以外のつながりも大切に

 コロナ禍を経て、アスリートが自分のチームのメンバーとだけコミュニケーションを取っているのは好ましくないと確信しました。競技と関係のない友達、幼なじみ、近所に住む顔なじみのおっちゃん…そういったつながりが、自分を助けてくれるかもしれないのです。

 最近は、競技だけでなく、学校での勉強や仕事など、競技以外の活動も大切にする「デュアルキャリア」という考え方が注目されています。デュアルキャリアを志向するアスリートは、デュアルキャリアを実現する中で得られた人脈によって、孤立してしまうのを回避できていました。デュアルキャリアは、緊急事態でこそ、アスリートの助けになると実感しました。

「どのようにつながればよい?」

(1) 役割を与える

 チーム内において何らかの役割を与えることは有効です。たとえば、連絡係、記録係、オンラインイベント係といった具合です。役割を与えられたアスリートたちは、その役割を認識し、役割を全うすべく活動することで自らのモチベーションを保ち、ひいてはチームの一体感が高まるという好循環を経験しました。

 全員に特定の役割を求めるのもよいかもしれません。チーム全員に、可能な範囲で練習メニューの報告をさせるコーチがいました。そのチームでは、お互いの練習メニューを一覧できるプラットフォームをオンライン上で作り、選手がお互いの活動状況を把握できるようにしています。「LINEのメッセージは送りにくいけど、他の選手の活動状況はチェックしています」と部員たちは話しているそうです。

(2) 平常時からつながっておく

 そもそも、緊急事態になって急につながることは難しいはずです。平常時から、さまざまな人々とつながっておくことが大切です。東日本大震災後の公衆衛生活動に取り組んだ岩室先生たちの言葉を借りれば、災害が起きる前から「できていたことはできる。できていなかったことはすぐにはできない」(岩室・佐々木, 2012) のです。

リモート座談会

 私はこのような状況を受けて、「選手がコロナ禍を乗り越えられるように、様々な関係者が連帯してワンチームとなる。そして、その声を束ねて社会に発信する」という理念を掲げ、さまざまなアスリートや関係者による「リモート座談会」を開催しています。

 この座談会を契機として多様な関係者が連帯し、コロナ禍の前には想像できなかったつながりが芽生えています。「ちょっと気持ちが晴れないんです」と語っていた参加者も、座談会後は前を向くよう変容しています。

 私が開催したリモート座談会で初めて知り合い、東京2020大会の開会式で初対面したというアスリートたちがいました。リモート座談会で対話していたので、対面してすぐに距離が近づき、試合直前の緊張も和らいだそうです。

 今こそ、アスリートを中心とした関係者が、立場を超えて集い、対話を重ねるべきです。コロナ禍のような緊急事態に強いのは、多様性のある集団だからです。多様な関係者がお互いを巻き込み、そして巻き込まれながら、関係者がつながってゆくことを期待しています。

 本稿では、アスリートのつながりについて考察しました。本稿の「アスリート」を「一般市民」と読み替えてもらったとしても、そのまま自然に読めるはずです。アスリートと同じく、私たち一般市民もつながりを大切にして支え合い、前を向くことから始めたいと、自省を込めて考えています。

文献
Granovetter, M.S. (1973). The strength of weak ties. American Journal of Sociology, 78, 1360-1380.
グラノヴェター, M 著 渡辺 深 訳 (2019). 社会と経済――枠組みと原則―― ミネルヴァ書房
岩室 紳也・佐々木 亮平 (2012). 災害時における短期・中期・長期的視点における公衆衛生活動の重要性 体力科学, 61, 14-15.

執筆者プロフィール

荒井弘和(あらい・ひろかず)
法政大学文学部教授。専門はスポーツ心理学。アスリート・コーチを対象としたメンタルサポートの研究と実践を行っている。最近は、アスリートや関係者を集い、リモート座談会を定期開催している。法政大学文学部スポーツ心理学研究室のホームページはこちら

▼ 著書



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