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学習の自律性を育てる~コロナ禍をスプリングボードに~(速水敏彦:中部大学人文学部特任教授)#子どもたちのためにこれからできること

学校が長く開かれなかったことで、子どもたちは家庭学習を余儀なくされました。その中で、子どもに毎日学習させることが、如何に難しいことかにも、スポットが当たったように思われます。今の状況下から、子どもたちの学習を進めるために、重要なことは何でしょうか。教育心理学がご専門の速水敏彦先生にお書きいただきました。

1. コロナ禍の下での子どもの行動の特徴

    多くの小・中・高校では今年3月に臨時休校となり、子どもたちは学校に行くことができず, 家庭にこもる生活を余儀なくされた。当初、子どもたちの中には思いがけなく与えられた休みににんまりした子も少なくなかったであろうが、多くの宿題が課され、友だちと元気に遊ぶ時間も無くなると徐々に不満が多くなり、学校から与えられた宿題等に対しても意欲的に取り組む子どもは少なかった。妹尾(こどもITコロナで浮き彫りになった教育行政と学校の課題とGIGAスクール構想でめざす姿 2020/7/27)が子どもは課題・宿題にどのように取り組んだか(国語・算数・数学)を調査した結果によると、意欲的に取り組んだと思うと答えた人は小1-2で48.5%、小3-4で34.9%、小5-6で35.4%、中1-3で27.9%となっている。それ以外はイヤイヤ(仕方なく)取り組んだと思う、答えを丸写ししたときもあった、手を付けていない、わからないと回答した人で、そちらの方が多くなっている。

    本稿を書いている現在、多くの学校は再開され、学習の遅れを取り戻すべく、例年なら夏休みであるにもかかわらず、まだ授業が行われているところもある。3か月ほども家に閉じ込められた後で再開されたのだから以前より生き生きと学習に取り組んでいる考えたいところだが、現実は必ずしもそうではないらしい。長い家庭だけでの生活で生活時間が乱れ奔放な生活から規範の多い集団生活に移るのに時間を要している子どもも多いようだ。

 7月末になり、若者を中心とした感染者が特に都市部で急増し、コロナの第二波の襲来と位置付ける人もいる状況で学校もこのまま通常の形に漸次戻っていくと安易に考えるわけにもいかない。再度、休校に追い込まれる事態も十分想定される。そして、学校での授業も今年度はかなり時間的に限定されたものにならざるをえない。

 現在のように学校での授業や行事が制限され、家庭での生活時間が増大する場合、子どもの行動は極端に勝手気ままであったり、逆に他律的になったりしがちである。家では自由時間がありすぎて、自己制御できず、生活時間が乱れやすい。一方、学校では、短い時間内にやるべきことが多く、次々と先生の指示に従って動かざるをえない。このような状況下で大人が子どもにどうかかわるべきかについて考えてみたい。

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2.自律的な学習意欲を育むために

 昨今、学校教育でも特に子どもを自律的な学習者に育てることが強調されているが、上に述べたような状況にあっては、それを逆行させるような力が働いているともいえる。家で勝手気ままに生活する子どもに親はついつい頻繁に「勉強しなさい!」と叱責するし、学校では学習の遅れから先生たちは子どもたちに自由に考えさせる時間も与えず、次々課題を提示していく。これでは、これまでに新たなアクティブラーニングという名の教育方針のもとで芽を出し始めていた自律的学習意欲も萎んでしまう。

 ところで拙著(『内発的動機づけと自律的動機づけ-教育心理学の神話を問い直す』金子書房、2019)で紹介したライアンとデシの動機づけの理論では自律的学習意欲を高め、自律的学習者にするために自律性支援をすることが推奨されている。自律性支援とは学習者の視点を重視して学習者自身による選択や自発性を促そうとする指導のことである。さらに詳しく述べれば①子どもの視点に立つ、②子ども自身から湧く意欲にはたらきかける、③要求する時は理由を述べる、④子どもの持つ否定的感情を認める、⑤子どもを統制下に置こうとするような言語表現をしない、⑥何事も辛抱強く待つなどである。コロナ禍で誰もが心に余裕を持ちにくい時期ではあるが、大人である教師も親も基本的には上に述べたような姿勢や態度で子どもに対応していただきたいものである。

 さらに自律的な学習意欲を導くためにライアンらは自律性支援の他に有能感および関係性の促進を挙げている。まず、子どもが自律的に学習しようとする基礎には一種の自信、有能感が必要なことは言うまでもない。そして、それは大人が明確な期待ややり方を伝え、最適な挑戦の機会を与え、激励したり、前に進むためのヒントを与えたりすることで育まれるとしている。
もう一つの関係性の促進とは人間関係をよくすることで大人側からすればそれぞれの子どもについて気にかけ、彼らと一緒に楽しみ、興味や感情を支援することである。人間関係は学習の自律性とは一見無関係に思われるが、特にコロナ禍の中で直接的接触が回避されがちな状況下で重要な役割を果たすと考えられる。子どもを自律的に学習するように導くには自立を強いればよいわけではない。子どもにとって学ぶ内容はもともと楽しいものばかりではない。素朴にこれをなぜ勉強するのと疑問に思う教科、内容も少なくない。しかし、教育者への好意的な人間関係が成立していれば、教育者から他律的に指示されたことでも抵抗なく学び、やがてそのような内容習得に対しても学習習慣が身につき、自律的に学習するようになることも少なくない。

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3.コロナをめぐる社会的問題を基に、コミュニケーションを促す

 連日のように新聞やテレビではコロナに関するニュースが報道されている。人命にかかわることだから誰もがそれらの情報には他の情報以上に敏感になっていることは間違いない。

 それを積極的に学習に結びつけることはできないだろうか。これはあくまで私個人の私案であるが、子どもたちにも、コロナに関連してマスコミで伝え聞いたこと、さらには近所の人や親やきょうだい等から聞いたことに対してどのように感じたかを時々文章化させ、教師はそれを集め、クラス全員のものをまとめ、印刷物にして皆が見える形にしてやるのである。そうすることで、医療関係者の子どもが学校でいじめられたこととか、オリンピックが延期されたことに伴う選手の気持ちに言及する子どもがいるにちがいない。それらに対して教師自身も何らかの感想を付してやるのがよい。これは一種の学級通信のようなものだ。前の通信の内容に対して次の通信で別の人がコメントすることももちろん可能だ。現実のコミュニケーションが希薄になる中で教師と子どもの間、子ども同士の間の関係性を深める一助になると思われる。家庭においても、そのために家族で一緒にニュースを見る機会を持ち、難しいところは親が内容を子どもに説明してやり、さらに相互に感想を話し合う場をもつのがよい。子どもはニュースに関して関心を抱くようになる可能性があるし、家族でコロナの感染を回避する情報も共有できる。

 世界は今、人類史上まれな人命にかかわる歴史的現実に直面している。否応なく大人も子どももそれらの情報に注目し、日々、情動的にも多くの刺激を受けることが多い。そのような時、コミュニケーションを密にしてお互いに危機を乗り越えようとするのは当然の流れでもある。ただ、直接対面でコミュニケーションすることはできるだけ回避するのがよいので学校などでは別の手段に頼らざるをえないが、誰もが関心を抱く情報を介してお互いの気持ちを交換し合うことで相互に人間関係を深めることができる。そして、前にも述べたように教える側と教えられる側の相互の関係性のよさが自律的学習意欲につながると考えられる。

 さらにもう一つ、このような試みを通して子どもは現実の社会についての認識を深めることになる。国や県の行政の動き、医療関係者たちの苦闘、世界中の国々のコロナ感染の様相などを見聞きすることで感じることは少なくない。こういう非常時にこそ子どもたちは個々の心の中にそれぞれの価値観を形成していくことが多いのではなかろうか。自律的に学習できるようになるということは個人が学習することの意味をおぼろげながらでも見出すことと直結していると考えられる。単に将来、勉強して医療関係の仕事につき、人を助けたいというような願望が生じるだけでなく、レストランが開けなくなり、食料を困っている人に提供した人に感動するかもしれない。さらに、この広い世の中には、自分はコロナ感染者だと叫んで他者を驚かせたり、恐怖心をあおる愚かな大人がいることを知ることでさえ、これからどう生きるかを考える何らかの手掛かりになるはずである。そして社会を見つめる機会が増えることで価値観が形成され自分の生きる方途につながる可能性は高く、ひいては個人の学習の意味の形成にも繋がろう。

 このような意味で大人がうまく介在すればこの時期は子どもが自律的に学習するようになるチャンスともいえる。

執筆者プロフィール

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速水敏彦(はやみず・としひこ)
中部大学人文学部特任教授。専門は教育心理学。動機づけ、仮想的有能感をテーマにしている。著書に『内発的動機づけと自律的動機づけ』(金子書房)『他人を見下す若者たち』(講談社)など多数。

著書


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