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スクールカウンセラーとして考える子どもとのちょうど良い距離感 (半田一郎:子育てカウンセリング・リソースポート代表) #こころのディスタンス

子どもの頃、大人が何もかもわかったような顔をして対応する姿に、とても腹が立ったことはないでしょうか。しかし大人になると、何故あんなに腹を立てていたのか忘れてしまっている人がほとんどではないでしょうか。誰もが体験して来たのに、とても遠くなってしまった子どもの頃の気持ち。ずっと子どもの心とかかわり続けてきたスクールカウンセラーの半田一郎先生に、子どもの心との距離について語っていただきました。

 私はスクールカウンセラー(SC)として20年以上活動してきました。多くの人は、SCは相談室の中で子どもとのカウンセリングを行っていると理解しているかもしれません。しかし実際は、SCにとって相談室で子どものカウンセリングをすることは仕事のごく一部です。それだけではなく、教室や廊下で子どもたちと関わりを持つことも非常に大切な活動なのです。例えば、こんなふうに子どもと関わりを持つことがあります。

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廊下での子どもとの関わり

   SCとして勤務しているある小学校で、授業時間の途中に子どもの様子を見に行くためある教室へ向かっていました。その途中で、数メートル先の特別教室の前の廊下に子どもがひとりで窓の外を眺めるように立っていました。授業中に、席に座っていられず教室内を歩き回ったりすることが多い4年生のA君です。こちらの気配に気づいて、こちらを警戒するようにちらちら見てきます。不用意に声をかけたり、近づいたりすると、すぐに走り出して逃げていきそうな雰囲気です。

 A君のクラスには、何度も訪問していて、SCはA君と何回かちょっとしたやり取りをしたこともあります。そのため、少し迷いましたが、「こんにちは。SCの○○です」と小さく自己紹介がてら声をかけてみました。

 A君は返事をしませんが、窓の外を見てうなずくように少しだけ首を動かしました。A君から反応があったので、SCから「もしかして、すこしヒマですか?」と声をかけてみました。「ヒマじゃない」とやはり窓の外を見ながら、返事がありました。「そうなんだ~。ヒマじゃないんだねえー。」とA君の言葉を繰り返しつつ、A君の反応を待ちます。しかしそれ以上の言葉はありません。「最近、何かいいことあった?」とA君に投げかけてみます。「別に」との返事です。すぐに返事があったので、「えー、いいことない?・・・、全然、ない?」とこちらもさらに言葉をかけてみます。「全然ない。いいことなんかない。」と返ってきます。「そうなんだぁ・・・。いいことないんだぁ。・・・。なんかいいことあると良いよね。」と返しました。A君はずっと窓の外を見たままですが、小さく「うん」と返事をしてくれました。

 SCはA君のすぐ隣の窓まで近づいて、A君と一緒に窓の外を眺めてみます。隣の校舎が見えます。1階は1年生の教室のようです。
SC「端っこが、1年生でしょ。」
A君「そう。1年1組でとなりが2組」
SC「そうなんだ。パッと分かるね。」
A君「だって、1年1組だったから」
SC「あーそうなんだ。あそこの端っこの教室だったの?」
とやり取りが続きます。

 その後、自分の教室の場所の話になり、今は算数の時間でドリルがイヤだとのことでした。SCから「算数の時間だったけど、ドリルがイヤなんだね」と返すと、「そうなんだよ。算数が終わるまで待ってる。その後は給食。」とのことでした。そして、SCはA君と一緒にチャイムが鳴るまで一緒に時間を過ごし、その後、教室の近くまでA君を見送りました。

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 これは、実際の事例の報告ではありませんが、SCとしての活動の中の良くある一場面です。子どもとの関わりの一つの典型的な例を感じ取っていただくために、エピソード的に表現させていただきました。

 A君がなぜ授業中に教室を抜け出していたのかははっきりとは分かりません。A君は、授業を抜け出しても、職員室にも保健室にもどこにも行き場所がなく、人があまり来ない特別教室の前で窓の外を眺めていたのです。そこには、A君の孤独があります。困っている瞬間に頼るべき大人がいないのです。

 そうであっても、授業を勝手に抜け出していることは、きちんと指導して、授業を受けさせるべきだという考え方もあるでしょう。もちろん、授業を受けるということは、極めて大切なことです。しかし、実際には、A君に指導しようとして近づいていけば、A君は逃げ出して、反対側の階段からどこかへいってしまう可能性があります。それを追いかけて捕まえたとしても、A君とは対立的な関係に陥ってしまいます。物理的に距離を縮めて近づいたとしても、A君との心理的な距離が大きく開いてしまう可能性が高いのです。

 また、A君からじっくりと話を聴いて、教室で何が大変なのかを明らかにして、その困り感を改善できるようなアプローチをするべきだという考え方もあると思います。もちろんそれも大切なことです。しかし、大人が考える解決に向けて動き出すことは、A君自身の感じていることを置き去りにしてしまう可能性があります。

 今のA君の心の動きを大切にすることがスタートだと思います。それには、A君とちょうど良い距離感を保つことが大切なのです。そして、その中で生じる相互作用を通して、A君が自分から動き出すことができたら理想的なのだと思います。

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保健室での子どもとの関わり

 SCにとって大切な活動の場の一つは保健室です。私も保健室には良く出入りさせてもらっています。そして、保健室に来る多くの子どもたちとおしゃべりをする中で、支援ができないか模索し続けています。

 例えば、リストカットをした子どもと保健室で関わることがあります。リストカットは手首などを自分で傷つけてしまう行為ですが、大人が止めさせようとしてもなかなか止めさせられないことがほとんどです。また、子ども自身が止めようと思ってもなかなか止められないこともよくあります。

 一般的には「自分を傷つけるのは良くない」などと話して、リストカットを止めるように説得することも多いかもしれません。しかし、大人が大人の立場から、正しい事を話しても、子どもの心までは届かないことが多いように思います。まずは、子どもの心に近づいていかなくてはならないのです。しかし、子どもは大人の働きかけを避け、大人と距離を置くことが多いと思われます。

 また、「その時、どんな気持ちだったの?」「どんなことを考えていたの?」などと子どもの気持ちを理解しようとして投げかけてみても、なかなか応えてくれません。ある意味、その投げかけは本質的で、子どもは心の中を乱暴にのぞき込まれているように感じるのかもしれません。

 その時、自分自身に呟くように「その時って、どんなことを考えてたんだろうね。」と自分が考えていることをそのまま言うことも一つの方法だと思います。子どもへの質問ではなく、自分自身のつぶやきとして言うのです。子どもに言葉を突き刺したり、押しつけたりしても子どもの支援にははなりません。目の前のテーブルの上に言葉をそっと置いておくようにすることも子どもへの関わり方の一つだと感じます。もし子どもに準備ができて、必要だと感じたら、その言葉を手に取ってもらえたら良いのではないかと思います。押しつけられたり、突き刺されたりするのではなく、その言葉を自分のペースで自分の考えの中に少しだけ取り入れてみてもらえることが大切なのだと思います。

 一般的に過保護も過干渉も、子どもの成長にはマイナス面があると言われています。子どもが育つには、大人との適度な距離感が必要なのです。大人との距離が近すぎると、子どもが自由に考えることも自由に動くことも難しくなります。離れているから自由に考え自由に動けるのです。それは、大人から見捨てられたり切り捨てられたりして生じた距離とは違います。大人と相互作用が生じながら、離れていられるちょうど良い距離感なのです。

 そして、自分の心に不安定さを抱えている子どもたちは、大人と適度な距離感を保つことにも難しさを抱えています。だからこそ、子どもを支援するときには、ちょうど良い距離感を大切にし、丁寧に関わっていくことが求められます。ちょうど良い距離感の中でこそ、子どもは自分のペースで考え、自分のペースで動きはじめることができるのです。

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ソーシャルディスタンスと心の距離感

 ところで、新型コロナウィルスの感染が広がり、ソーシャルディスタンスを求められる状況が続いています。私たちは、人と人との距離を常に考えざるを得ない状況におかれているのです。

 コロナウイルス感染症は、感染していても非常に軽症で推移し元気に見える場合があると言われています。そのため、お互いに知らないうちにコロナウイルスが人から人に感染してしまうリスクがあるということです。ウイルスそのものが目に見えず、人との接触に感染の可能性のあるかどうかも判断できないという状況なのです。そのため、安全を確保するには、幅広く人との接触を避けざるを得ないのです。

 日常的に人との距離を考える状況は、大人と距離を置き関わりを避ける子どもたちとの距離感を考えることと似ています。不用意に近づくことは、相手に知らず知らずのうちに脅威となるかもしれないのです。適切に距離を保つからこそ、相手の安全を保つことができるのです。ソーシャルディスタンスをきっかけにして、子どもたちとのちょうど良い距離感を考えてみていただけるとありがたいです。

執筆者プロフィール

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半田一郎(はんだ・いちろう)
スクールカウンセラー・子育てカウンセリング・リソースポート代表。
公認心理師・臨床心理士・学校心理士スーパーバイザー。

<著書>


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