「こころ」のための専門メディア 金子書房
自分を知るため、成長させるために、他者はどのように必要か(学校法人桐蔭学園理事長、桐蔭横浜大学教授:溝上慎一)#自己と他者 異なる価値観への想像力
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自分を知るため、成長させるために、他者はどのように必要か(学校法人桐蔭学園理事長、桐蔭横浜大学教授:溝上慎一)#自己と他者 異なる価値観への想像力

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自分というものを形作る上で、他者はどのようにかかわってくるのでしょうか。その際、何が大切になってくるのでしょうか。自己の形成について研究されている、溝上慎一先生にお書きいただきました。


1.自分を知るために比較する他者

 人は基本的に、他者がいなければ自分を知ることはできない。

 私の身長は178cmであるが、これが世の中で高いのか低いのかという自己理解は、他者との比較があってこそ得られるものである。古くL. フェスティンガー(1919-1989)が自己理解に伴う「社会的比較」と呼んだものである。そして、この力学を他の自己の側面、能力(頭がいい、足が速い)や関係性(優しい、人に厳しい)、社会性(社交的だ)、性格(活発だ、おとなしい、乱暴だ)などにも当てはめて、人はさまざまな自己の特徴を他者を通して理解していると理解する。

 私のオランダ留学の体験を紹介しよう。私は子供の時から背が高い方であり、そうして「私は背が高い」という自己像を長らく持ってきた。ところが、20代でオランダに留学した時、師事した先生は私より40歳年上の世代であるにもかかわらず、身長が190cmもあった。若いオランダ人で2mクラスの人、女性でも180cmクラスの人はまったく珍しくはなかった。私は日本では「背が高い」という自己像を持っていたが、オランダ人の中にいると「中程度」の背の高さであることを知った。服を買いに行き、定員から「M(ミドルサイズ)ですね」と言われ、軽い衝撃を受けたことは今でもよく覚えている。

 他者と比較して自己を理解するのならば、その他者が変われば自己理解もまた変わる。私のオランダでの体験はそれを端的に示している。

2.他者の反応は自己の鏡である

 他者の反応が鏡のように跳ね返ってきて自己を理解するという力学もある。もう一つ私の事例を紹介する。

 私は学生の頃から、研究会やセミナーでイニシアティブを取って議論を誘導する方であった。みんな私の話には注目することが多かった。大学院を終えて大学の助手(現在の助教)になった。そこにはもう一人、少し年上の助手の先生がいた。とても頭が良くて博識で、感性が豊かな人だった。研究会などで彼が話すと参加者はみんな酔いしれて、「なるほど」「勉強になりました」とよく言った。私は「よし、私も!」と鼻息荒く続いてみるが、彼の後では参加者にインパクトがなく、司会の先生も「はい、ほかコメントのある方」と言って、あっさり私の出番は終わってしまう。そんなことが何度もあった。持っているものが違いすぎて、「彼にはかなわない」と心底思ったものである。

 この事例で、その先生の聡明さや感性に圧倒されて自身を低く評価するのは「1」で紹介した社会的比較の力学が働いた結果である。ここでのポイントは、参加者(他者)の反応という力学である。つまり、私は「彼にはかなわない」と思って、彼との比較で自己理解をしただけでなく、参加者の彼への反応、私への反応を通して自己理解をしたということでもある。

 人は自分の姿を直接見ることはできない。見える部分があっても、それで自己理解とはならない。何かを経由しなければならない。そこで必要なのは自己を映し出す鏡としての他者の反応である。他者が鏡となり自己を映し出すと説いたのはC. H. クーリー(1864-1929)であった。彼は「鏡映的自己」という概念を提起して、人は他者の自分に対する言動や態度を手がかりとして、自分が他者にどのように思われているかを推測し、自己を形成する。他者はその意味で自己の鏡のような存在なのだと説いたのであった。

3.積極的な自己形成のポイントは新たな他者に出会うこと

 自己理解は気づかず自然になされていることの方が多い。ネガティブな内容の自己理解はとくにそうである。誰も好き好んで自身を「暗い」「走るのが遅い」などと理解したいわけではない。そう理解してしまう他者との比較、他者からの反応が何度も積み重なったからこそ、そう理解してしまうのである。

 積極的に自己理解を行い自己を構築・再構築していくことを「自己形成」と呼ぶ時、自己形成を進めるポイントもこれまた他者にある。自己形成を行うポイントの一つは、新しい他者に出会っていく状況を自身でどれだけ積極的に作れるかにある。「積極的」は、自己を理解しようとすることに向けられるのではなく、新しい他者に出会っていく行動に向けられるべきものである。出会った他者から良いと思う考え方や行動を学び、自身をアップデートさせていく。新しい他者だからこそ、自分にはないものに気づかせてくれる。「異文化の他者」と呼んでもいいかもしれない。「異文化」とは外国の文化に限らず、自身の日常文化を超えるものはすべて異文化である。人は社会的に文化的に学習する存在なのである。ちなみに、新しい他者や状況に立ち向かう人は、パーソナリティでいうところの「経験への開かれ」が高いとされ、学びと成長を促していく傾向のあることが実証的に明らかにされてきている。それが自己形成にも当てはまる。

 出会った他者から良いと思って学べないこともある。それはそれでいい。その「良いと思わない」を感じるために新たな他者に出会っていく。そこから自身の価値観がどのようなものかを考え、理解する。そして、そうでないものとの境界線を引き、内と外の線引きをする。これができれば、自身の世界観や価値観がブラッシュアップされ、自身のその後のさまざまな言動が変わってくる。

4.他者を褒めることと身体性

 問題もいろいろある。2つ紹介する。

 1つは、アップデートした自分を「良し」と思えるためには、これまた他者を必要とすることである。

 「私はこうだ!」と自己形成を行うだけで、人が社会の中で力強く生きていけるなら話は簡単である。しかし、そう思うようにならないのが人の生きる世である。「私はこうだ!」というのを積極的に作りたい。それが他者にも受け入れられ評価されるものであってほしい。みんなそう願って自己形成を行うはずである。では、どうすればいいのか。

 私からのアドバイスは、アップデートした自分、あるいは自分が頑張っていることでもいい、そのような自分を他者に受け入れられ評価してもらうために、まず他者を褒めることである。SNSのおかげで一気に人口に膾炙した行為の一つに「いいね」がある。負の側面に注目されることも多いが、これはすばらしいリアクション文化が根づいたものだと私は感心して見ている。それを日常生活に応用して、他者の少しでも良いと思うところを見つけて「いいね」と言って他者を褒めるのである。「いいね」だけでもいいが、何がいいのかを言語化して伝えられるとなお良い。そうして関わる他者の良いところを片っ端から見つけて、何気なく褒めまくる。

 人は褒められれば嬉しいものである。お世辞とわかっていても、「私、意外と良いこと言ったかな」と思ったりするものである。そのような他者が自分の周りに増えていく。そして今度は、その他者が自分が何か頑張ったときに「いいね」を返してくれる。嬉しくなって、もっと頑張ろうと思う。そうして人はどんどん自己を成長させていく。他者に評価されたかったら、まず他者を褒めることである。なぜなら、評価は他者から与えられるものだからである。

 もう1つは、自己形成に伴う新しい他者はリアルな世界で出会っていくものだということである。インターネットやSNS上で出会うオンラインの他者は自己形成に繋がりにくい。なぜなら、オンライン上では、自分が良いと思えば繋がり嫌なら逃げられるからである。オンラインの他者は、現在の自分の価値観や性向に合う人だけが選ばれる傾向があり、新しい出会いにならないことが多い。自己に良くも悪くも迫ってこない。結果、「1」「2」でお話しした力学で他者が自己理解を促すとならない。

 リアルな世界で新しい他者に出会っていくためには、行動を起こすエネルギーが必要である。今の自分でいい、そんな行動を起こすのは面倒くさいとひとたび思えば、自己形成は遠のいていく。いろいろな新しい他者に出会って学ぶ中で、人はこれまでの良い自分を確認し、時に発見し、苦手な部分を受容し、そしてアップデートさせていく。自己はそうして成長していく。

執筆者

溝上慎一(みぞかみ しんいち)
学校法人桐蔭学園 理事長
桐蔭横浜大学 教授

1970年生まれ。大阪府立茨木高校卒業。神戸大学教育学部卒業、1996年京都大学助手、2000年講師、2003年京都大学准教授、2014年教授を経て、2018年9月に学校法人桐蔭学園へ。2019年より現職。京都大学博士(教育学)

日本青年心理学会理事、大学教育学会理事、“Journal of Adolescence”Editorial Board委員、文部科学省高等教育局スキームD(座長)、中央教育審議会初等中等教育局臨時委員、総合教育政策局リカレント教育審査委員、大学・高校の外部評価・指導委員など。日本青年心理学会学会賞受賞。 

専門は、青年・発達心理学・教育実践研究(自己・アイデンティティ形成、自己の分権化、学びと成長、アクティブラーニング、学校から仕事・社会へのトランジション、人生100年時代のキャリア形成など)。著書に『自己形成の心理学-他者の森をかけ抜けて自己になる』(2008世界思想社、単著)、『現代青年期の心理学-適応から自己形成の時代へ-』(2010有斐閣選書、単著)、『アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換』(2014東信堂、単著)、『アクティブラーニング型授業の基本形と生徒の身体性』(2018東信堂、単著)、 『学習とパーソナリティ-「あの子はおとなしいけど成績はいいんですよね!」をどう見るか-』(2018東信堂、単著)、『高大接続の本質-「学校と社会をつなぐ調査」から見えてきた課題-』(2018学事出版、編著)など多数。

著書



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