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発達障害臨床のアセスメントに投映法を活用するために【前編】投映法を正しく理解する(明翫光宜:中京大学心理学部 教授)#臨床家が本音で語る 発達障害アセスメント #金子書房心理検査室

 今回、発達障害臨床中で投映法によるアセスメントが提供する情報を私たちがどう活用していけばよいかについて解説することになりました。投映法は専門家間でも、誤解を受けやすい技法になっています。そこで【前編】として、よくある誤解を解きつつ、改めて投映法とは何かについてお話します。

心理アセスメントとは?

 読者の皆さんが相談者(以下、クライエントと表記します)として医療機関・相談機関にて「次回いらっしゃったときに心理検査を受けましょう」と言われたら、どんな気持ちになるでしょうか? 「自分では気づかない悪いこころの部分が見つかるかもしれない」、「病的な性格が出てくるのでは……」と不安を感じられる方も少なからずおられると思います。誤解が起きやすい側面ですね。実際、心理検査がどういう目的で行われるかというと、「今後の支援のため、クライエントの利益のために行われる」ということを押さえておきたいと思います。

 次に心理アセスメントという言葉の意味を解説します。心理アセスメントとは、支援を必要とする人(クライエント)に対して、もっとも有効な支援の在り方を模索したり、最適な処遇を判断したりするために、その心理状態や特性、問題の様相や背景要因を適切に理解すること (高瀬, 2020)になります。クライエントは相談したい問題があるからこそ、その問題を多角的視点で評価していくわけですが、同時にクライエントに備わっている健康な側面も評価する必要があります。高瀬(2020)にも紹介されていますが、有名な心理療法家であるフリーダ・フロム=ライヒマンをモデルにした小説『デボラの世界』にて、フリード博士が病気の所在を示すテストだけでなく、その健康さを示すテストを作る必要があると心理士に問いかけている場面があります。そこでフリード博士は「各自の中に隠された力の強さは、あまりにも深い秘密ですから。しかし最終的には……究極的には、その力だけがわれわれの味方です」と述べています(ここでの“力”とはこころの健康さを指しています)。小説のセリフですが、この言葉は心理アセスメントの本質を示しています。ですので心理アセスメントとは、悪い部分が明るみに出るだけのような作業では決してないということをお伝えさせていただきます。

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投映法(Projective method)とは? 

 心理アセスメントには、面接、観察、心理検査などいくつかの方法があります。またその心理検査にも様々な種類があります。能力検査(知能検査・発達検査)、パーソナリティ検査(質問紙法・投映法)、作業検査法などです。発達障害臨床では能力検査(知能検査・発達検査)、質問紙法(発達障害特性のアセスメントツール)が比較的よく使われます。投映法も心理検査のひとつとなります。

 現在、心理検査で最も活用されている質問紙法は、意見・態度・行動特徴・性格等を知るために作成された一連の質問リストが記載された調査表に回答する方法です(田中,1991)。回答は、「はい」「いいえ」のチェックリスト形式か、「全くあてはまらない」から「とてもよくあてはまる」など3~7段階で回答するため、回答の幅(自由度)が狭く設定してあります。最大のメリットとしては統計的手法を用いて信頼性・妥当性を高めやすく、結果がわかりやすいという点です。

 これに対して、投映法(Projective method)とはどんな検査でしょうか? いい加減な刺激を提示して、いい加減な反応を引き出し、それを検査者が勝手気ままに解釈する狭い視点の性格検査というような誤解と批判が従来からなされがちです(安香,1991)。本稿では、この誤解を少しでも解ければと思います。

 投映法は、質問紙法のもつ長所-短所の特徴を逆にした方法です。例えば、検査刺激は質問紙法では一連の質問リストであり明確です(構造化が高いとか、社会的意味づけが高いといいます)が、投映法の刺激はインクのしみであったり、絵であったり、絵を描くという課題であったり、その刺激は曖昧であり、未完成の状態で被検者に提示されます(構造化されていないとか、社会的に意味づけられていないなどといいます)。

 投映法の最大の特徴は、曖昧な検査刺激を提示し、何か意味のある反応をまとめることを求めることにあります(本明,1961a)。その結果、回答の幅(自由度)も高くなります。よく投映法の投映の概念は、精神分析学の防衛機制のひとつである投影(Projection)と混同される誤解が多くあります。しかし、最近の臨床心理学のテキストでは両者の区別について明確にした説明が少ないように思います。心理アセスメントの第一世代の研究者は、この区別をかなり明確にしておられたようです。この明確な区別が本題の発達障害のアセスメントへの活用にもつながっていくので重要だと私は考えています。

 本明(1961a)によれば、フロイトもユングも投影とは個人の内的な事実が自分の外部に投影され、この機制が個人の自我防衛に役立っている――これが精神分析学の投影の概念になります。そして本明(1961a)は投映法の投映という言葉は、このような意味に解すべきではないと忠告しています。では、投映法の投映とは何でしょうか。世界で初めて投映法に関する技法の理論化を行ったのがFrank(1939)といわれています。Frank(1939)によれば、認知作業に個人の人格のある事実が投映されており、その認知作業に被検者の私的世界が現れることを指し、精神分析学の投影よりも広い意味になります。したがって、投映法の反応は全て無意識の機制の結果なのではなく、反応を支えている原理は多様なのです(本明,1961a)。Rapaport(1968)は、構成されていない素材(曖昧で未完成な刺激)を被検者が自発的に構成していくとき(意味のある反応を作り上げていくとき)、そのプロセスに被検者の心理的構造(その人の認知、思考、感情、欲求、そして無意識など)が現れてくると説明しています(括弧は筆者による加筆)。

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 また投映法は、決められた実施法があります。その心理的構造が反映されている反応を完全でありのまま記録し、量的なスコアリング・システムで全ての意味を表現し、その結果からその人のパーソナリティについて洞察や了解を含めた解釈を行っています(安香,1991)。ここから、いい加減な刺激を提示して、いい加減な反応を引き出す手続きではないことが示されていると思います。

投映法で目指す解釈とは?

 投映というプロセスで経た個性的な反応や心理的構造を他者に伝える形で記述していくプロセスが、解釈の作業になります。ここでも何のために投映法を実施するのかという目的がはっきりしないと、有効な投映法の活用につながっていかないので重要な部分だと考えています。

 本明(1961b)によれば、投映法における心理アセスメントの意義として以下のことが考えられます。

 (1)被検者の行動や比較的安定した行動傾向のメカニズムの理解です。投映法は被検者の行動を理解するために背景にある原理と価値をとらえようとする視点をもっています。
 (2)投映法は、無意識の事実を明らかにするとされていますが、投映法を活用すれば無意識の事実がなんでもわかるわけではありません。無意識の事実を発見する必要があるのは、自分では気づかないこころの原理に支配され適応に悩んでいる人々の支援のためです。健康な個人の深層心理を探り当てても特に意味はないことを私たちは知っている必要があります。こころの秘密を持つことはそれが重荷にならない限り、健康な人それぞれが持っており、健康な生活スタイルです。また。投映法の無意識側面に焦点をあてるべきなのは、意識的であれ、無意識的であれ、個人に心理的苦痛を発生させている欲求や圧力であるといわれています。
 (3)投映法は、個人のこころの健康な側面、建設的な発展の可能性についての資料を提供できる可能性を持っています。投映法は、反応に反映される自我の機能や動機づけを通して理解することができます。

 これらの視点は現代の視点でみてもとても重要だと思います。発達障害の心理アセスメントでいえば、解釈者が知りたいのは、発達障害特性を抱えるクライエントがどのように外の世界をとらえ、対人関係を体験し、どのような感情を抱き、そして振る舞う傾向にあるのかについて情報を必要としています。さらには前述の『デボラの世界』のフリード博士の言葉にもありますように、特に(3)の健康な側面は、その後どのように発達促進的な可能性があるのかについて常に注目しておきたい側面であると思います。

 【後編】では発達障害における投映法の活用について取り上げてみます。

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◆文献
安香宏(1991)人格力動の理解と投映技法.安香宏・大塚義孝・村瀬孝雄編.臨床心理学体系第6巻 人格の理解② 金子書房.Pp.1-23.
Frank, L. K. (1939) Projective methods for the study of personality. Journal of psychology, 8(2), 389-413.
Green, H. (1964 )I Never Promised You a Rose. Garden, New York.(佐伯わか子・笠原 嘉訳.[1971]分裂病の少女 デボラの世界 みすず書房.)
本明寛(1961a)投影法の人格診断における意義(1)児童心理 15(1), 128-140.
本明寛(1961b)投影法の人格診断における意義(2)児童心理 15(2), 250-262.
高瀬由嗣(2020)心理アセスメント総論.高瀬由嗣・関山徹・武藤翔太編著.心理アセスメントの理論と実践――テスト・観察・面接の基礎から治療的活用まで 岩崎学術出版.
田中富士夫(1991)心理アセスメントの基礎理論 安香宏・田中富士夫・福島章編.臨床心理学体系第5巻 人格の理解① 金子書房.Pp.1-31.

◆執筆者プロフィール

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明翫光宜(みょうがん・みつのり)
中京大学心理学部教授。専門は心理アセスメント、発達臨床心理学。発達障害児者および家族支援の研究と実践を行っている。

◆主な著書

▼後編はこちらから


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