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[第1回]いま、問われている自分らしい選択 平木典子 IPI(統合的心理療法研究所)顧問 #アサーション

 新型コロナウイルス感染症を抑制しつつとともに生きなければならない社会において、人との距離を保ちながら同時に社会活動を維持していくために、学び方や働き方、生活の楽しみ方、人とのつきあい方などにさまざまな工夫がみられるようになりました。このようななかで、立場や考え方・個人がもつ背景のちがいなどから、これまで意識していなかった人間関係の問題が顕在化し、悩んでいる人も多いかもしれません。
 そこで、全5回のリレー連載で「私はOK、あなたもOK」という自他尊重のアサーションの視点を広く紹介し、お互いの存在を認め合い、尊重したうえで、自分らしい行動を選択していくことを提唱したいと思います。
 今回は第1回目として、日本のアサーションの第一人者、平木典子先生に「自分らしさを大切にした選択」をテーマにご寄稿いただきました。

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選択すること

 私たちは毎日、大小の選択をしながら過ごしています。朝起きて、洗面をしたり朝食をしたりすることは、あらためて選ぶ作業をしているのだと意識することはありませんが、じつは選んでいます。それは習慣になっている行動であるため選んでいるようには感じないだけで、実際は選んでいるといえるでしょう。たとえば、朝、お腹が痛くなって目が覚めたとしたら、起きるかどうか、朝食をとるかやめるか、出勤するかしないかなど、あらためて選ぶ作業をすることになるでしょう。

 この3か月あまり、新型コロナウイルス感染症の脅威が広がって以来、私たちはそれぞれの場で、毎日、さまざまな選択と決断を迫られた毎日を送ってきたのではないでしょうか。

 目に見えない、得体のしれないものが世界的な規模で人々に死をもたらすかもしれないという脅威は、天災よりも不気味で、これまで私たちがあたりまえのように過ごしてきた情報化社会ではほとんど初めてに近い体験です。そして、それは人により(立場により)、異なったストレスからゆとりまでをもたらす、幅の広い選択肢を含む体験になっています。

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緊急事態で迫られた選択

 たとえば、日常(あたりまえ)を支えるエッセンシャルワーカーと呼ばれる医療従事者、福祉、教育、保育、流通にかかわる人々や、毎日の家庭の台所を預かる親たちは、人々の生活が滞らないように維持するために、身を賭(と)してそれぞれの場で選択を迫られる日々を送っていらっしゃるでしょう。そして、新型コロナウイルス感染症が蔓延しても、終息しても、選択を迫られる状況は変わらないでしょう。

 むしろ、エッセンシャルワーカーたちにとって、選択の自由がないような状況が続くことになるかもしれません。医療に従事されている方々は、昼夜を問わず危機と向き合い、家族への感染を避けて自宅にも戻らずに過ごしてこられた方も多いと聞きます。疲弊する日々から多少解放されたとしても、予断を許さない状況は続き、だからこそ粛々と人々の生活を維持する役割を果たそうとされるでしょう。

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 一方、在宅勤務が奨励され、日ごろとは異なる仕事の進め方に適応することに加えて、それぞれ変化を求められた家族メンバーたちとの日常も、生活パターンの変化を余儀なくされたことでしょう。それは、親子や夫婦にとってこれまで不足していたかかわりを取り戻すチャンスにもなったでしょうが、他方で、互いがより密接に接触することで、新たな状況への急激な適応を迫られることにもなり、ストレスにもなったことでしょう。
 
 また、他人との接触機会を8割減らすことをめざすようにと政府の方針が発表され、自分は元気(あるいは元気なつもり)でありながら、自宅待機を選択させられた若者や子どもたちは、静かに引きこもるという大きなストレスを経験することになりました。とりわけ、「自粛要請」(自分の言動を自分で慎むことを求められる)という矛盾を含んだ選択に直面させられ、家庭においては親子の葛藤は大きくなったのではないでしょうか。
 
 家族は、それぞれの状況を抱えながら、メンバーとどうつきあうかに心を痛めることになったでしょう。そこには、多様な引きこもりの方法のアイデアも生まれましたが、同時に、コミュニケーションの行き詰まりや葛藤、責め合い、分裂なども起こったのではないでしょうか。また、あらためて、家族の生活パターンを再構築するためにコミュニケーションを変化させたり、互いの性格を理解し直したり、つき合い方を改善させられたりという事態に直面したかもしれません。

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自他尊重のコミュニケーション―アサーション

 このような状況下で、私たちはこれまでにもまして「それぞれの人が違っていることは、間違いではない」ことに直面しました。そして、家庭でも職場でも、社会のあちこちでも、それぞれの人々にとって普通であるとか、あたりまえであるという状況が、同一ではなく違うものであることをはっきりと知ることになりました。
 
 私は、アサーションという「自分も相手も大切にする自己表現」の考え方と方法を多くの人々に知ってもらいたいと思い、執筆や講演などを通してその意味を伝え、その訓練を実施してきました。その考え方のかぎは、コミュニケーションというとらえどころのないものを、きわめてシンプルに3つのパターンに分けて説明しているところです。
 それは、自分を大切にしない「非主張的な」自己表現、相手を大切にしない「攻撃的な」自己表現、そして「自分も相手も大切にする」アサーションという自己表現です。
 
 アサーションというやりとりは、互いの思いや気持ちは違っていてあたりまえ、だから「違い」を「間違い」にしないで、自己を語り、相手の思いに耳を傾けて、理解し合い、各々が自分らしさを大切にし、互いに支え合って生きようとすることをめざします。コミュニケーションとは、気持ちや考えを表現する単なる方法ではありません。何を、どのように表現すると、どのような人間関係の質が築かれるのか、どんなことが備わると互いに支え合えるのか、どんなコミュニケーションが他者の可能性をつぶしたり、尊重していなかったりするのかを経験するものなのです。

 とりわけ、今回の(いまも継続している)世界規模でのパンデミックの経験は、表現したり行動したりする前に、「適切なこと、正しいこととは何か」が、わからないという状況に直面することになりました。そんなとき、私たちは、自分ならば何を頼りに、何を選ぶのかを問われたのです。つまり、自分らしい「アサーティブな選択」が表現の前にあり、それを自分らしさとして表現してみて、異なった状況や性格をもつ人々と新たな状況に立ち向かっていくことが、求められたのではないでしょうか。そして、これからの日常でもそれは多くの場面で求められていくのではないかと思われます。

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 確かな情報がない状況で選択を迫られたとき、とりわけ「自粛のすすめ」があったとき、私たちの選択と決断のかぎは、自他尊重のアサーティブな自己選択だと思うのですが、みなさんは、それぞれどのような体験をされたでしょうか。

執筆者プロフィール

平木典子(ひらき・のりこ)
IPI(統合的心理療法研究所)顧問。専門は家族心理学。現在、家族関係、アサーションを主とした研究と実践を行っている。
✿ 金子書房での主な論文・編著書
教師のためのアサーション』(監修,2002年)
カウンセラーのためのアサーション』(編著,2002年)
ナースのためのアサーション』(編著,2002年)
親密な人間関係のための臨床心理学』(編著,2011年)
日本の夫婦 パートナーとやっていく幸せと葛藤』(編著,2014年)
日本の親子 不安・怒りからあらたな関係の創造へ』(編著,2015年)
「ライフキャリア・カウンセリングへの道」(『児童心理学の進歩』2015年版,223-250頁)

アサーションの基本書を読みたい方へ

❀このメッセージは、2020年5月30日にご寄稿いただきました。