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【第7回】認知行動療法の枠組みを活用して子どもの話を傾聴することを考える(半田一郎:子育てカウンセリング・リソースポート代表)連載:子どものSOSの聴き方・受け止め方

 前回、前々回を読んでいただいた方は、話を聞くときには、映画を一緒に見るような関係を保つことが大切だとわかっていただけたと思います。それは、傾聴する時の姿勢や態度だと考えられます。しかし、子どもの話を聞くときに、具体的にどのようにしたら良いのかはまだ明確ではありません。そこで今回は、具体的な子どもの話をもとに、認知行動療法のモデルを活用しながら考えていこうと思います。

クラスで無視されていると訴える中1女子の訴えから

 Aは、中学1年生の女子です。2学期の中頃から頭痛や腹痛を訴えて保健室を利用することが多くなりました。腹痛のため保健室で休んでいる時に、養護教諭が話しを聴こうとして話しかけると、涙を浮かべながら、少しずつ話し始めました(仮想例)。

半田先生 7回 表1最新版

 こういった訴えも、子どものSOSだと考えられます。話した後にスッキリして元気を取り戻すことができるかもしれませんが、深刻なSOSの可能性もあります。この段階で区別することは難しいと思います。まずは、丁寧に傾聴して、子どもの気持ちを受け止めることが大切だと思います。

 まず、考えてみてほしいことがあります。ご自身が、この話を聴いた時に、どんなことを知りたいと思うでしょうか? Aは、話を始めたばかりなので、まだ分からないことばかりです。まずは、ご自身が話を聞いているとしたら、何を知りたいと思うのか具体的に考えてみてください。

 箇条書きで構いませんので、書き留めておいてください。相手に興味関心を持って話を聴くことは、傾聴の基本です。正解不正解はありません。こんな事を知りたいと思ってはいけないということもありません。ぜひ1つか2つではなく、5つ程度の知りたいことを書き留めてみてください。

半田先生 7回 挿入写真 メモ

認知行動療法の枠組みから考える

 ここで、Aの話を丁寧に聞いていくために、認知行動療法の枠組みを活用してみたいと思います。認知行動療法は、心理的な不調への対処から精神疾患の治療まで、幅広い心理支援に活用されている心理療法(カウンセリング)の方法です。認知行動療法の基本的枠組みは、以下の図に表現されています。

半田先生 7回挿入図

伊藤(2005)をもとに作成

 図には、出来事・状況という環境と、認知・思考、気分・感情、行動、身体反応という個人が、お互いに影響し合っていることが表現されています。

 個人内には、4つの要素があると捉えられます。その4つの要素について簡単に説明します。まず、認知・思考とは、捉え方や考え方のことです。例えば、「算数の勉強は役に立つ」という言葉には、認知・思考が表現されています。気分・感情とは、イライラ、怒り、落ち込み、喜びなどの気持ちが該当します。例えば、「算数の勉強は好きだ」という言葉には、感情が表現されています。行動は、したこと、やったことです。例えば、「算数の問題を1つ解いた」という言葉には、行動が表現されています。身体反応は、心拍や体温などの体の状態や頭痛や腹痛などの身体症状を指します。例えば「頭に血がのぼる」という言葉には、身体反応が表現されています。

 ここで、前述のAの話が、上記の認知行動療法の枠組みのどの要素に当てはまるのかについて考えてみたいと思います。読者の皆様自身で考えてみていただければと思います。次の表に、Aの言葉を句読点で区切ってあります。一つ一つについて、表現されていることが「出来事・状況」「認知・思考」「気分・感情」「身体反応」「行動」のどれに分類できるのかを考えてみてください。

半田先生 7回 表2 最新版

 実は、全て「認知・思考」に分類されると考えることが良いと思います。例えば、⑥の文「みんなから完全に無視されてるんです。」という文について考えてみます。

 「みんな」という言葉があります。話がそれるようですが、こんなことを考えてみてください。ある小学生の男の子が母親に「スマホ買って」とねだっています。母親が、「何でスマホがほしいの?」と聞くと、男の子は「みんな持ってるから」と答えています。母親がさらに「みんなって、誰?」と聞くと、男の子は「○○君と△△君、それから□□君でしょ・・・」とのことです。母親が「他には?」と聞くと、男の子は「うーん、・・・。わからない」という返事です。つまり、男の子が「みんな」と言ったのは、現実として「全員」という意味ではないのです。「みんな持っている」と自分が思ったことが言葉になっています。つまり、「みんな」という言葉は、その男の子がそう捉えた(考えた)ということなのです。だから「みんな」という言葉は「認知・思考」に分類して捉えると良いと思います。同じように、Aの⑥の文にある「みんな」という言葉も「認知・思考」に分類されるのです。また、「完全に」という言葉も、Aが「完全に」と捉えたということです。そのため、「完全に」も「認知・思考」に分類されます。「無視」という言葉も認知・思考に分類されます。何らかの状況について、Aが「無視」だと捉えたわけです。例えば、「Aがある生徒に挨拶をしたのに、挨拶が返ってこなかった」という状況が生じたとします。これは、一つの事実だと言えます。この事実について、「聞こえなかったのかもしれない」と捉えることも、「無視された」と捉えることもできるわけです。そのため、「無視」は一つの捉え方ですから「認知・思考」に分類されます。つまり、「みんなから完全に無視されてるんです」という言葉は「クラスの生徒が無視をする」という「出来事・状況」のことが表現されているというよりも、A自身の捉え方が強く出ている言葉なのです。

 次に①の文を見てみます。①の文は、明確な文章になっていませんが、クラスでいじめられているという意味なのだと思われます。「いじめ」という言葉は、さきほどの「無視」と同じことが言えます。何らかの状況について、Aが「いじめ」だと捉えたということが分かります。つまり、この①の文は、「出来事・状況」ではなく、「認知・思考」に分類することが適切だと言えます。

 ②以降の文でも、認知・思考に当てはまる言葉がたくさんあります。順に見ていきます。②の文では、「みんな」「無視」、③の文では、「チラチラ」「こっそり」、④の文では、「パッと」「無視」、⑤の文では「もう全然」「だれも」、⑦の文では、「もともと」「みんなに」という言葉が認知・思考にあたります。どの文でも、「出来事・状況」のことが表現されているというよりは、A自身の捉え方が強く出ていると考えられます。そのため、ここでは「認知・思考」に分類することが適切だと思います。

 ところで、⑧の文では、「いなくなった方が良い」という言葉から、落ち込んだ気持ちや傷ついた気持ちを感じ取る方も多いかもしれません。そのため、「感情」に分類されることも多いと思います。一方、感情とは、怒りや悲しさ、喜びなどです。つまり「いなくなった方が良い」という言葉の背景には、マイナスの感情が感じ取られますが、その言葉自体は、Aの捉え方や考え方が表現されていて、どのような感情が生じているかについては表現されていません。そのため、⑧の文も「認知・思考」なのです。

 なお、Aについての状況説明では、頭痛や腹痛があると書かれています。これは、「身体反応」に分類できます。また、Aは、最初に「クラスで・・・。もうホントにダメなんです・・・。」と話しています。これも自分自身、あるいは状況についての捉え方なので、「認知・思考」に分類されます。

 こういったことから、Aは、自分の認知・思考については話していますが、自分自身の気分・感情や行動、身体の反応については、話していないと考えることができます。前回も説明したように、子どもの話を傾聴するためには、語られるストーリーの中に主人公であるA自身に登場してもらうことが大切なのです。そして、こちらもAを理解することが大切なのです。しかし、今回の例では、主人公であるAをまだまだ理解できているとは言えないのです。

半田先生 7回 挿入写真

Aについて知りたいこと

 以上のように、Aは、自分の捉え方や考え(認知・思考)についてはある程度話してくれているのですが、それ以外はほとんど語られていないことが分かりました。ここで、最初に書いていただいた、Aについて知りたいことを見ながら考えていきたいと思います。

 まずは知りたいこととして書き留めたことを分類してみてください。分類の観点は、上記の認知行動療法の枠組みを活用します。「気分・感情」「認知・思考」「身体反応」「行動」の4つに分類してみてください、いかがでしょうか?

 できれば、全ての分類についてまんべんなく知りたいことがあると良いのではないかと思います。また、子どもの話を傾聴するためには、「環境」ではなく「個人」つまりA自身のことについて知りたいことがたくさんあると良いと思います。「ともに眺める関係」を保つためには、A自身に主人公として登場してもらうことが大切です。そのため認知行動療法の枠組みで言えば「個人」について知りたいことがたくさんあるのが大切です。もし、少なかった項目があった場合には、知りたいことが増えるように少し時間を取って考えてみてください。

 以下に、A自身のことについて、知りたいことの例を少しだけ挙げておきます。もちろん、他にもたくさんあると思いますので、下の例は一つの参考になさってください。

半田先生 7回 表3 修正版

 こんなふうに、A自身のことについて、色々と疑問を持てることは大切だと思います。しかし、疑問を持ったことを質問すれば良いというわけではありません。Aの話を傾聴するためには、Aと一緒にAの登場する映画を眺めるように、Aの話を聴くことが大切なのです。Aによって語られるストーリーの邪魔をせず、Aのペースで話していけるように聴くことが大切です。そのため、疑問をたくさん持ちつつ、Aによって語られるストーリーについていくことが大切だと言えます。

子どもの感情に注目することが大切

 今回のAとのやり取りは、仮想例です。しかし、子どもたちは、この仮想例のように、自分自身の認知・思考ばかりを話すことが非常に多いように感じます。つまり、苦しい、辛い、不安、孤独などの不快な感情が生じていると思われる場合でも、自分自身の感情を言葉として表現しない子どもに非常によく出会うのです。

 ところで、大河原(2015)は、不快な感情が社会化されていないことが、子どもの様々な問題行動や症状につながっていることを指摘しています。不快な感情が社会化されることを通して、自分自身の感情と上手く付き合うことができるようになると考えられます。この場合、不快な感情の社会化とは、不快な感情が承認され、言語化されることを意味しています。今回の仮想例のAも、自分自身の感情そのものを言葉として表現できていません。もしかすると、自分自身でも自分の不快な感情に気づいていないかもしれません。つまり、Aは不快な感情の社会化ができていないと考えられます。

 このように認知行動療法の枠組みを念頭に置きながら子どもの話を聞くと、感情が言葉として表現されていないことに気づきやすくなると思います。SOSを出している子どもは、例外なく不快な感情を抱えています。子ども自身が自分の感情と上手に付き合うことができるようになるためにも、感情がどのように表現されるかに気をつけて話を聞くことが重要だと思います。

 子どもたちのSOSを受け止め、適切にサポートする方法については、また次回以降にお話ししたいと思います。

半田先生 7回 挿入写真 話し合う

まとめ

 今回は、認知行動療法の枠組みを活用して子どもの話を捉えることを提案しました。子どもは自分自身の気分や感情について話さないことが良くあります。「ともに眺める関係」を保つには、子ども自身に関心を向けて、子どもの「認知・思考」「気分・感情」「行動」「身体反応」を念頭に置きながら話を聞くことも一つの方法です。特に、感情がどのように表現されているのかにに目を向けて、話を聞くことが重要だと考えられます。

文献
伊藤絵美 2005 認知療法・認知行動療法カウンセリング 初級ワークショップ CBTカウンセリング 星和書店
大河原美以 2015 子どもの感情コントロールと心理臨床 日本評論社

執筆者プロフィール

半田先生 ご本人お写真

半田一郎(はんだ・いちろう)
スクールカウンセラー・子育てカウンセリング・リソースポート代表。
公認心理師・臨床心理士・学校心理士スーパーバイザー。

好評を博した本連載を大幅に加筆・修正した書籍を刊行致しました。
半田一郎・著『子どものSOSの聴き方・受け止め方』四六判・212頁・2,310円(税込)

よろしくお願い致します。

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