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コロナとマスク、そして不安と勇気について考える(丑丸直子/Naoko Ushimaru-Alsop全米翻訳者協会公認 英日翻訳者)#不安との向き合い方

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ボストンのいま

 私の住む米国北東部、マサチューセッツ州ボストン地域では、ある国際学会が行われた今年2月末以降、新型コロナウイルス(以下、「コロナ」)の感染が急激に拡大して5月にピークを迎え、ひどいときには人口690万弱の州内で毎週約1000人もの死者が出ました。その後、州と自治体のガイドラインを住民が守ったおかげで事態は収まり、今も感染は抑えられています。これと並行して、黒人(*注1)への警察の残虐行為に平和的に抗議するブラック・ライブズ・マター(BLM)運動もボストンを含む全米各地で高まっています。

 秋には新学期が始まりました。小中学生・高校生は希望者のみ、密にならないようグループ分けや日程を調整して登校するハイブリッド型にしたところが多く、先生方も家庭もストレスを抱えながら試行錯誤しているようです。多くの大学では一部の学生のみがキャンパスに戻り、感染のクラスターが発生したところもありますが、迅速な対処がなされています。大学に合格したものの、入学を1年遅らせた学生も多くいます。

 私自身は、3月半ばに外出自粛が始まって以来、1、2週間に一度スーパーに行く程度です。中には全部宅配ですませ、数か月間、外出していない人もいるようですが、街には車も人もだいぶん戻っています。レストランは、9月後半から、戸外のテーブルに加え、室内でも距離をおいて食事ができるようになりました。

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マスクをしたがらないアメリカ人

 アメリカでコロナの感染が収まらない大きな原因として、マスクをしたがらない人がとても多いことが挙げられています。背景事情を説明すると、アメリカでは、もともと医療現場以外でマスクをする習慣はなく、コロナ以前は、マスクをしていると「この人、なに?」と奇異の目で見られていました。春にコロナ被害が深刻化して国の当局(CDC)や州、自治体がマスク着用を推奨・義務化したおかげで、個人的には初めて肩身の狭い思いをせずにマスクで外出できるようになったのです。

 日本でも「白熱教室」で有名になったハーバード大学のマイケル・サンデル教授は、マスクを嫌がる理由を2つ挙げています(*注2)。1つは、「マスクの義務化が個人の自由を侵害すると反発している」こと。もう1つは、「科学に基づき権威を振りかざすエリートたちに怒りを感じている」こと。ただ、これまでの報道からわかるように、科学的知見に対する国民の姿勢は、国家のリーダーの姿勢と無縁ではありません。コロナに関するアメリカの惨状は、科学的知見の軽視による人的被害と言えるかもしれません。

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さまざまな不安との向き合い方

 不安の原因の大半は、「わからないことが多い」からではないでしょうか。その場合にできるのは、「今わかっていること、わからないことを整理する」ことです。わかる範囲内でいくつか予測を立てて、それぞれに対処を考えておくと、先の見えない不安はかなり和らぎます。

 また、助け合える人がいると心強いものです。コロナに対する不安には、出所の確かな情報を調べ、家族や身近な人と知らせあったり、気遣いあったりして、互いに安心や絆を深めることで対処ができると思います。「互いに頼れる人がいて、今こうしていられるだけでもありがたい」と感謝の心をもつことができれば、気持ちを穏やかに保つことができます。

 人間関係の不安は、まず状況を前向きに考え、相手を善意に解釈するよう努めると、心が楽になるようです。深刻に悩み続けると、必要以上にストレスをため込んでしまいます。心が楽になって、もしも相手の状況を考える余裕が出てくれば、気遣いのあるやりとりができるようにもなり、相手との関係がいい方向へ向かう場合もあります。

 一方、コロナ禍で人間関係が深刻化するケースも増えています。一人で抱えず「いのちの電話」「よりそいホットライン」「生きづらびっと」などに相談することをおすすめします。

 大事な仕事や試験、試合、演奏などの直前には、失敗したらどうしようという不安で、緊張がピークに達するかもしれません。そんなときは、なにか自分よりも大きなもの――例えば、神さまや仏さま、歴史的な人物、恩師、先輩、小さいころかわいがってくれたおばあちゃん――に結果をゆだねることで、肩の力が抜けて本来の力を発揮できるとも言われます。できることをすべてやったならば、自分を信じて最善を尽くすという考え方ももちろんあるでしょう。

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勇気――braveryとcourage

 「勇気」と訳される英語にbravery(「ブレイヴァリー」のように発音)とcourage(「カリッジ」のように発音)があります。実は英語ネイティブでも知らない人が多いのですが、この2つは少し意味合いが異なります。

 braveryは「あまり考えず危険に立ち向かっていく勇気」、courageは「熟慮したうえで困難(で正しいこと)に挑む勇気」です。どちらも重要な「勇気」ですが、火事場での人助けや溺れた人の救出など、とっさに出る勇気や勇敢な行為というのは、どうやら本人が考える前に体が勝手に動いているらしいとわかっていますので、努力次第で高めることができる「勇気力」はcourageのほうではないかと、個人的には思っています。

 ここで、いじめの場面に居合わせたときのbraveryとcourageを考えてみます。braveryの例は、「何とかしなければ」と強く感じて、とっさに当事者間に割って入ることでしょう。これは誰にでもできることではなく、「勇気ある行為」だと思います。割って入った人自身も何らかの嫌がらせを受ける可能性があるからこそ、いじめを見ても、見て見ぬふりをする人が多いのですから。

 一方、courageの例は多様です。いじめ・いやがらせ・暴力行為をなくす草の根運動を世界で拡げているNPO、「Hollaback!(ホラバック!)」(*注3)では、いじめ行為を見かけたときに「5つのD」のうち自分に合った行動をとるよう推奨しています。「5つのD」とは、①Distract(被害者に何かを聞くふりをするなどして、加害者の気をそぐ)、②Delegate(先生や係員など、その場で権限を持つ人に助けを求める)、③Document(すでに誰かが被害者の助けに入っている場合、補助的に写真や動画を撮り、証拠として提出する)、④Delay(いじめのあとで被害者にいたわりの視線を送ったり、隣に座ってもいいか聞いたり、何かしてあげられることはないか聞いたりして慰める)、⑤Direct(直接加害者に話しかけていじめを止める。これは不安を感じたらやるべきではない)です。特に④は、被害者にとって大きな心の支えになるようです。

 いかがでしょうか。工夫をすると、自分の身を守りながらも、これだけのことができるのです。このように比較的安全圏から助けの手を差し伸べる場合でも、いじめを傍観して何もしないことに比べれば、立派に「勇気」のいる行為です。「勇気」ある行為とは、がむしゃらに危険に立ち向かうことだけではありません。

 上記はほんの一例ですが、難しい状況で正しいこととは何かを見極め、困難な選択であっても正しいことをする「勇気」(courage)について日ごろから考えることは、今いっそう大切になっているのではないでしょうか。 〔9月30日原稿受理〕

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*注1 BLMに関しては、遺伝的にはアフリカ出自であっても、アフリカから直接来たり、中米経由で来たりと、背景は多様であるため、「アフリカ系アメリカ人」でなく「黒人」と呼ぶことが多い。
*注2 Sandel explores ethics of what we owe each other in a pandemic – Harvard Gazette
https://news.harvard.edu/gazette/story/2020/08/sandel-explores-ethics-of-what-we-owe-each-other-in-a-pandemic/?utm_source=newsletter&utm_medium=email&utm_campaign=events&utm_content=haa_ade_all_alumni_2020-09-17
*注3 Hollaback!(https://www.ihollaback.org/
「Hollaback!」は、街なかで起こるセクハラ行為を阻止するため2005年にニューヨークで始まり、今や26か国で活動を拡げている草の根イニシアチブで、現在は、オンライン・ハラスメントも含め、多様ないやがらせ・暴力行為をなくし、被害者を救うため、啓発活動を行っている。

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◆著者プロフィール

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丑丸直子(うしまる・なおこ)(Naoko Ushimaru-Alsop)
全米翻訳者協会公認 英日翻訳者(科学技術、ビジネス、特許、教育分野)、コンサルタント、サイエンス・キュレーター。Sapientia, LLC社長。

❦ 金子書房での著書

☆ 電子書籍版もおススメです。


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