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不登校の子どもの心のモヤをはらすには(林 千恵子:適応指導教室教育相談員・スクールカウンセラー)#もやもやする気持ちへの処方箋

不登校には明確な原因があることもありますが、実は子ども自身も理由がわからず、学校に行けなくなっていることもあるようです。
そんな子どもたちの心のもやもやを取り除き、再び歩き出していけるように、大人たちができるのはどのようなことでしょうか。
数多くの不登校の子の手助けをしてきた林千恵子先生にお書きいただきました。

不登校の子どもの心のモヤモヤ

 「不登校はコロナ禍に強い」と話した子どもがいます。休校になって、家で過ごす時間の長さや学習の遅れ、そして友達に会えない辛さを語る兄弟に「自分は1年以上その生活をしてるんだ。すごいだろ。」と自慢したそうです。

 考えてみると、コロナ禍の閉塞感や先行きの見えない不安は、不登校の子どもが日頃感じているモヤモヤと共通する部分が多そうです。動きたいのに動けない、何かしたいのにできない、人とつながりたいのにつながれない。外出制限時の外の世界がなんとなく怖い感覚も、外出を嫌がる不登校の子ども達がよく話す感覚に似ています。自分の力だけでは解決しがたい壁が立ちはだかっている感じでしょうか。行き場のないエネルギーが鬱屈して、感じないように、考えないようにどんどん閉じ込められていく。こうしたモヤモヤを抱え続けている不登校の子ども達の心はどれ程疲弊していくのか。その思いを理解するヒントがコロナ禍の現状にはありそうです。

 理解しようと関わる。不登校支援の中で私が大切にしてきたことです。発せられる言葉の奥にある表現されない思いを理解し、いかに成長を支えていくか。多くの不登校の子ども達と関わる中で得た、子ども達が自ら心のモヤモヤをはらすことを援助する関わりのツボをお伝えします。

林先生 挿入写真 マーガレット

それぞれの不登校の意味を見つける

 不登校の子どもが心のモヤをはらすには、自分自身の「不登校の意味」を見つけることが有効です。自分と向き合い、不登校の意味を見つけた時に子ども達は格段の成長を遂げます。不登校の意味って何?と思う方もいらっしゃるでしょうから一例をあげます。

 ある女子中学生は自分の不登校の意味を「いつも周りの意見に合わせてきたけれども、自分の気持ちを伝えられるようになったこと」と話しました。勉強もでき、クラスメートからは頼りにされるお姉さん的存在でした。家庭でも学校でも周囲の期待に応えようと頑張っていたのだと感じます。周囲の期待に応えるために自分の思いを押し殺さずに相手に伝えられること。これがこの子の不登校の意味です。目的とも言えるでしょうか。期待に応えることに疲れ切って不登校となり、主体としての自分を取り戻して、やっと自分の思いを伝えられるようになったのです。

 また、いじめから不登校になった男子中学生は「辛い経験だったけれど、同じような経験をした人の気持ちを人一倍理解し、乗り越えるためのアドバイスができるという一番の長所をみつけられた」と言いました。自分の中で価値づけをすることで、いじめという辛い体験を消化していったように感じます。その力を生かして、自分がしてほしかったことを生徒にできる学校の先生になるという目標をもつに至りました。

 かつての私もそうでしたが、不登校の子どもに対して、大人は不登校の理由を問うことが多いのではないでしょうか。解決してあげたいという思いからです。「理由がよくわからない」という子どもは多いのですが、それは本当なのだと実感しています。不登校の原因や理由は非常に複合的ですし、不登校を続ける中で、学校に行けない理由は雪だるま式に増えていきます。人間関係のトラブルで数日休むと、休んだことで行きにくくなり、学習の遅れが気になり、自分がいない教室で出来上がった人間関係が怖くなる…といった具合です。周囲が原因探しに必死になると、子ども達は大人が納得しやすい理由を作ってくれます。それでは解決に近づきません。逆に登校できない理由を増やし、そこに子どもを閉じ込めていく危険もあります。また、理由が分かっても、家庭環境等すぐには改善できないものも多くあります。だから理由ではなく、意味を問うのです。理由という過去にこだわりすぎず、意味を見出し、未来に向けて不登校を考えていきます。

 不登校であるという負い目やプレッシャーは想像以上に子ども達を追い詰めます。「人生が終わった」や「お先真っ暗で途方に暮れた」という言葉もよく聞かれます。子どもの人生の中の数か月から数年間を暗黒にせず、肯定できるようにするためにも不登校を意味づけ、価値づけていくことが有効です。

 長い時間自分のことを考え続けてきたと話す子どもは多いのですが、同じことをぐるぐると考え続ける一人語りであることが多いようです。一人語りは否定的で被害者的です。何度も繰り返し思い出される嫌な体験や辛い思いを、ゲームの世界に没頭することで忘れようとし、眠ることでシャットダウンしていきます。みじめな自分を忘れるために縋りつくようにゲームをしている子もいますし、学校の刺激のある昼間の時間を延々と眠り続ける子もいます。なかったことにして心の奥に押し込めても、何かのきっかけで蓋が開いて苦しみ、また無理矢理押し込めていく。それを繰り返すことで子ども達はどんどんモヤの中に追い込まれていきます。被害者としての物語では主体として自分の人生を変えていくことはできません。

 心のモヤをはらすためには、モヤの中にうずくまらず、モヤを見つめ歩みだすことが不可欠です。そのために、モヤの中を共に歩く同行者が必要です。寄り添い、対話し、理解してくれる大人の存在です。親であったり、先生であったり、カウンセラーなどの専門家であったりするかもしれません。

 「不登校は本人も辛い。親も辛い。先生も辛い。」と実感しています。不登校にならないことが一番ですが、不登校になったら「あの経験があったから今の自分がいるのだ」と考えられる経験にしていくことが不登校を経験した子ども達のその後の人生を支えます。

林先生 挿入写真 花

不登校の意味を見つける旅の同行者

 薄暗いモヤの中を手探りで歩む不登校の子ども達の同行者として大切なのは、モヤで隠れて見えない太陽が必ずあると信じて一緒に歩むことです。先に行って引っ張るのではなく、寄り添って、きつい坂道も迷い道も一緒にうろうろします。大人は解決や正解を教えようと不登校の子どもに関わりがちですが、あまり効果はありません。

 不登校でも親や先生が必ず立ち直れると信じてくれれば頑張れると言った子どももいました。自信を失っても、周囲の大人が信じてくれるだけで「自分は大丈夫だ。頑張ろう。」と思えるそうです。ちょっと頑張れば飛べそうなハードル(目標)を一緒に考えてほしいとも話していました。

 具体的な方法としては、まず子どもの夢を大切にすることです。不登校の自分は夢を語る資格がないと思い「夢なんてない」と答える子どもは多いのですが、寄り添っていくと心の中に大切にしていた夢を語ってくれることがしばしばあります。その時に「不登校なんだから、夢より学校に行くことを考えなさい。」と言わないで下さい。夢はモヤの中を歩く時のかすかに見える灯台になり、支えとなります。

 明日や来週のことを尋ねると後ろ向きな言葉が語られることが多いのですが、10年後を考えると明るいイメージが語られます。その上で、10年後の自分になるための現在をどう過ごすかを考えていきます。未来に心を飛ばしてから逆算して現在を考える手法は有効です。私は最も再登校しやすい進級の前に、10年後の自分から次年度どうしたいかを考える作文を書いてもらいます。

 作文を読んでいて強く感じるのは、自分で決めることの大切さです。思い描いた自分になるために学校に戻ると決意をする子どももいます。友達ができなくても夢を叶えるために頑張れると書かれていました。

 逆に、今の自分は力不足なので、適応指導教室で支援を受け、不登校でも努力次第でなんとかなるという将来にすると決意する子どももいました。中学校卒業までの1年間、様々なことに挑戦して巣立ち、現在は社会人として頑張っています。漫然と不登校を続けるのではなく、押しだされるのでもなく、意味(目標)をもって自分自身で決めることが大切です。

 自分で決める力を育むためにはまずは聴いてあげることが大切です。聴くという作業は実はとても難しいことです。「先生は不登校の自分に興味がある」と言った子どもがいました。先生が興味をもって聞き出そうとしているのは不登校のことで、自分自身に興味や関心をもって関わってはいないという鋭い指摘です。

 一人の人として、その子ども自身に関心をもつこと、そして聞き出すのではなく、受け止めて、分からないことは質問しながらお互いの思いやズレを理解し、共有したいと思いながら関わっていくことがスタートです。自分のワクを外して、相手の言ったことに興味をもつことから始めてみませんか?

 「自分が不登校だと分かると大人が急に気を遣う」という言葉もよく聞かれます。腫物扱いは不登校の子どもを傷つけます。認めることは認め、𠮟るべきことは叱る。もちろん、相手と自分との関係性をはかることは必要ですが、不登校という理由で必要な関わりが受けられないことは逆に子どもの成長を妨げます。

 不登校の子どもとの関わりは、一人の大人としての自分が問われます。子どもの同行者であることで自分もまた成長しているのだと実感しています。

林先生 挿入写真 ネモフィラ

再びコロナ禍と不登校について思うこと

 一斉休校後の、滞在時間や人数を制限する分散登校時に不登校の子どもが多く登校できたという話を複数の学校で聞きました。みんなが同じ不登校状態からのスタートだという側面もあったとは思いますが、時間や人数等学校が当然のように守ってきた枠やルールが緩くなると、登校できる子どもが増える可能性を示しているようにも感じます。コロナ禍で社会の価値観が変化すると言われていますが、学校の価値観も変化していくのでしょうか。

 不登校者数は増加を続けています。コロナ禍によってさらに増加するのではないかという危惧もあります。モヤの中をいかに歩み、子ども達の命や尊厳を守っていくのかを私自身もさらに考え続けたいと思います。

執筆者プロフィール

林 千恵子(はやし・ちえこ)
教育相談員(公認心理師、学校心理士、特別支援教育士)
中学校教員(国語)や様々な経験を経て、適応指導教室の教育相談員として20年以上勤務する。その間に出会った不登校の子どもと保護者、教員はそれぞれのべ800人に及ぶ。教育と心理学の間を行き来しながら「人と関わることで人は変わる」という信念の下、対話を積み重ね、多くの卒業生が社会的自立をしている。また、作文を通した子どもの自己対話の促進にも力を入れている。
十数年前からは、適応指導教室の勤務と並行して公立小学校のスクールカウンセラーや巡回相談員も務め、教員研修や関係機関の研修講師、不登校親の会の世話役も行っている。
作文を通した自己対話から見える、不登校の子ども達のホンネや成長記録を広く伝えたいと考えている。

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