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【第2回】カラス侵入禁止の貼り紙は効果があるのか?(相互作用とは)(吉田克彦:合同会社ぜんと代表)連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

 ブリーフセラピーに関する連載の2回目です。前回は、ブリーフセラピーというのは特別なものではなく、日常にあふれているものであり、先人たちの工夫の積み重ねであるとお伝えしました。そして「ブリーフセラピーらしさ」として、①犯人探しや原因追及をしない、②禁止ではなく、新たな行動を提案する、③相手の変化を促すために、先にこちらが変化する、④大げさな準備よりも、できるだけ小さく試みる、という4つを紹介しました。

 実際のブリーフセラピーの事例に入る前に、今回は「相互作用」について考えていきたいと思います。

カラスは貼り紙の注意書きに従うのか?

 人間同士のコミュニケーションについて考える前に、今回は人間とカラスの事例を紹介いたします。事例自体は、ブリーフセラピーとして行われたものではありませんが、非常にブリーフセラピー的な内容となっており、とても参考になるいい事例です。

 岩手県上閉伊郡大槌町の大槌湾に面したところに「東京大学大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センター」がある。3階建ての研究センター最上段まで東日本大震災の津波が到達し、3階は復旧したものの、1・2階は窓の張替えなどはせず、がれきを撤去後は物置となっている。
 カラスの被害が目立ち始めたのは、震災から4年後。窓や扉もなくむき出しになった1階天井のパイプの断熱材がむしり取られ、羽根やフンが落ちるようになった。
 対策についてカラスの専門家に相談したところ、「警告文を出してみては」とアドバイスがあった。
 試しに警告文をつるしてみると、カラスは来なくなった。発案者によると、警告文を目にした人間がカラスに視線を向けたり指をさす。それにより、警戒心の強いカラスは寄りつかなくなるのだ。

※一部内容を引用した記事は現在リンク切れのため、詳しくは、こちらの記事をご参照ください:https://www.news24.jp/articles/2017/05/19/07361959.html

 カラスは非常に賢い鳥であることが知られています。人間でいうと3歳児程度の知能レベルであるともいわれています。この施設では、カラスの侵入による被害に困っており、カラスの専門家の助言を元に、カラスが施設に出入りする場所の付近に「カラス侵入禁止」と描いた貼り紙をしました。すると、カラスの侵入被害が減ったそうです。いくら賢いカラスとはいえ、貼り紙を見て侵入を止めるのは不思議です。なぜこんなことが起きるのでしょうか。

 この事例には、ブリーフセラピーで重視している「相互作用」そして、「拘束」が影響しているのです。

文字通りの行動をするわけではない

 お気づきのように、「カラス侵入禁止」という貼り紙は、カラスに向けてのメッセージではなく、人間に対してのメッセージです。それも、「カラス侵入禁止」という文字通りのメッセージではありません。「カラス侵入禁止」という貼り紙を使って、その貼り紙を見た人に「空を見ろ」「カラスを探せ」「カラスを見つけたら指をさせ」…など(メタメッセージ)の行動に”いざなう”ことが狙いなのです。ちなみに、貼り紙に文字として書かれた内容と区別して、文字に表現されていないものの行動にいざなう指示を「メタメッセージ」といいます。

 この“いざない”こそがブリーフセラピーが重視している「拘束」という概念なのです。私たちが観光客として大槌湾を訪れ、散策中に「カラス侵入禁止」の貼り紙を目にしたことを想像してみましょう。この貼り紙を目にするまで、私たちは何をしていてもいいのです。一緒に行った人と楽しく話していてもいいし、少し気まずい空気で沈黙のまま歩いていても構いません。他にも、アイスを食べていてもいいし、スマホで何かを入力していても、とにかく自由です。

 しかし、「カラス侵入禁止」という貼り紙を見たらどうでしょう。まずは驚きや笑いなどの反応が出るでしょう。その次に「えっ、カラスいるの? どこどこ?」「あっ、カラス発見!」「今はカラスがいないな」などとカラスを探すのではないでしょうか。1人ではなく複数だった場合、最初にカラスを見つけた人がそのカラスを指さし「ほら、あそこにカラスがいるよ!」などと他の人に教えるかもしれません。そして、教えられた人は一斉に指さした先にいるカラスに注目するでしょう。周りにいるまだ貼り紙に気が付いていない他の観光客も、私たちの視線につられてカラスを見たり、貼り紙に近づき内容を確認して同じ行動をしたりするかもしれません。その結果、多くの人がカラスを見ながら会話をするなど、視線を向けて口を開く動作をするのではないでしょうか。それらの行動は警戒心の強いカラスにとっては嫌なものであり、近寄らなくなった(ブリーフセラピー的にいえば、カラスが他の場所に行くように「拘束」した)のです。

人は文字通りの行動はしない

 具体的な人間に対する行動指示は書かれておらず、ただ「カラス侵入禁止」とだけ書かれた貼り紙を読んで、私たちはカラスを探したり指さすような行動をします。私たちは言語だけでなく言語の背景(非言語)に影響を受けているのです。先ほどの貼り紙の例でいえば、「カラス侵入禁止」という文字(言語)でなく紙質(色・大きさ・形など)字体(書体、サイズ、色、向きなど)などの非言語メッセージが重要な要素となっています。ブリーフセラピーでは、文字や言葉を「テキスト」とよび、ここでの紙質や字体などの非言語を「コンテキスト(文脈)」といいます。

 テキストとコンテキストを分けて考えることはとても大事です。先ほどの例でいえば、テキストは「カラス侵入禁止」で、コンテキストは紙質や字体などとお伝えしました。当たり前すぎて見落とされがちですが、他にも重要なコンテキストがあります。それは、「日本語で真面目に書いている」ことなどです(コンテキストは1つではなく他にも多くのことが考えられます)。

 仮にカラスが理解できる言葉、いわばカラス語があるとして(少なくとも鳴き声は使い分けているそうなので、文字はなくても音声のカラス語はあるようです)、そのカラス語で「カラス侵入禁止」と書いたならば、カラスの侵入を防ぐ効果があったでしょうか。私はカラス語で書いた貼り紙ではほとんど効果がないだろうと考えます。

 まず、カラスが素直に守るとは思えません(あくまで個人の感想です)。また、そこを通りすがる人間がカラス語の貼り紙を見ても、カラス語が読めないので「何か書いてあるな」とは思っても、日本語とカラス語のバイリンガルでもない限りカラスを探したり、指をさすことはしないでしょう。

 また、同じ文字(テキスト)を小さな付箋紙に書いて同じ場所に貼ったとしても、ほとんどの人は見ないので効果はないでしょう。同じ紙を使ったとしても「カラスを指さしてください、あるいはカラスを見て笑ってください」などとストレートなメッセージが貼られていても、「なぜそんなことをする必要があるのか」「カラスを刺激して、逆に攻撃されたら怖い」などと考えて指示に従わない人も多いでしょう。場合によっては「客を危険にさらすひどい貼り紙だ」「カラスに対して失礼だ」などと炎上したかもしれません。その場合でも、書かれた文字(テキスト)通りの指さすといった行動ではなく、文脈(コンテキスト)で反応して反発や炎上しているのがお分かりいただけると思います。

コミュニケーションは、コンテキスト(文脈)に依存する

 私たちはテキストよりもコンテキストに反応しているという例として、テキストに反応することが正解ではない例を「テキストに反応することで失敗する例」として、以下にいくつかご紹介します。

・「そんな大したことないですよ~」(テキスト)と謙遜する相手に対して「確かに大したことないですね」と反応したら、多くの場合関係が悪くなるでしょう。

・親が「晩御飯ができたよ」という言葉は、”夕食が完成した”という事実を報告しているだけではありません。多くの場合「食べなさい」というメッセージを含んでいます。したがって、子どもが「わかったよ~」と返事して遊び続けていたら、「いつまでも遊んでいるんじゃない」と怒られるのがオチでしょう。

・ダチョウ倶楽部の「押すなよ」の振りに対して、言葉通りに押さずにぼーっとしていたら「押せよ」と突っ込まれるでしょう。

 どの例でも、言語(テキスト)の意味通りではなく、言語(テキスト)も含めた文脈(コンテキスト)への反応が求められます。これができず、言語(テキスト)通りの行動することで、「空気が読めない人」とか「察しのわるい鈍感なヤツ」などといわれることはよくあることです。

 このように、私たちは多くの場合に言語(テキスト)ではなく文脈(コンテキスト)に依存して生活をしています。このコンテキストを重視することを意味論と区別して語用論といいます。ブリーフセラピーでは、「意味」よりもこの「語用」を扱っていきます。

 前回、日常にあるブリーフセラピーとして、【エピソード1】認知症患者への接し方、【エピソード2】玉入れの片づけ、【エピソード3】トイレの表示などを紹介しましたが、どれも文脈(コンテキスト)を利用しています。【エピソード1】では、インタビュアーになることで会話の主導権を逆転させました。【エピソード2】では、運動会の「競争」という文脈を利用しています。【エピソード3】では、「きれいに使いなさい」と命令をするのではなく、「きれいに使っている」という文脈に乗せています。シンプルで、強力な効果を発揮します。

まとめ

 今回は「カラス侵入禁止」の貼り紙を例に、コミュニケーションの本質について考えました。私たちが日常にやり取りしている言葉では、実は言葉の意味よりも、文脈を含めた使われ方が重要です。この使われ方を「語用論」といいます。コミュニケーションの語用論を重視するのが、ブリーフセラピーなのです。次回以降、さらにコミュニケーションの語用論をさらに詳しくみていきましょう。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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