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ポスト・コロナ後の思考力 ~哲学対話の可能性~(小宮山利恵子:スタディサプリ教育AI研究所 所長/東京学芸大学大学院 准教授)#つながれない社会のなかでこころのつながりを

テクノロジーが教育を変える。すでに一部の学校では変化を見せていることをご存知だろうか。その影響力にますます注目を浴びる教育とAI。専門家である小宮山先生にご寄稿いただいた。
このコロナ禍でなぜ心理学を学び、なぜ哲学対話に参加したのか――。そして「AIと心理学は対極ではない」とするその理由とは。
「教育・AI・心」について、あなたも一緒にお考えいただきたい。

GIGAスクール構想で一人一台PCが今年度中に整備予定

 安倍首相は2月27日、新型コロナウィルス感染リスクに備えるため、全小中学校、高校、特別支援学校について3月2日から春休みまで臨時休校とするよう要請を行った。以降、4月7日に緊急事態宣言が発令され、今月末まで休校を延長している学校も多い。

 その間、「子どもたちの学びを止めないためにはどうしたら良いか?」との議論が多くなされ、様々な取り組みが共有された。文科省や経産省が臨時休校中に活用できるコンテンツをまとめたサイトを設置し、民間各社もサービスを無償で提供するところが多く、例えばリクルートも学校や自治体向けにオンライン学習アプリ「スタディサプリ」を無償提供していた。

 一方で、昨年末の時点では2023年度末までに小中学生一人一台PCを整備する予定が大幅に前倒しされ、今年度中に実施されることになった。昨年の段階で5. 4人に1台だったものを、一気に一人一台に持っていく計画だ。

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一人一台PCのメリット

 一人一台ができるとどのようなメリットがあるかと言えば、大きく3つある。

 第一に、個別習熟度別学習ができるということだ。一昔前は一つの教室内の学力は「ひとこぶラクダ」と言われ、学力が極端に高い子と低い子は少数で、ほとんどが学力中位層という構造だった。
 しかし今は一つの教室内での学力格差が激しく、先生はどこに焦点を合わせて教えていくのが良いか分からなくなっているとも聞く。そのような中で、個別に習熟度別に学習できることは大きな価値となる。習得できていない部分については学年に囚われず学び直しができ、習得が進んでいる子どもたちにとってはどんどん先に進むことができる。採点も自動で数秒で終わる。また、先生方は随時子どもたちの進捗を確認できることで、フォローを手厚く行うことができる。

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 第二に、一人一台整備されることで学校内外の学習のシームレス化に繋がる。学びというのは、学校の中だけで完結しているものではなく、学校外でも継続して行われている。家に持ち帰り学習ができることで、学校で学んだことを家でも復習でき、さらに応用問題なども可能。先生は学校内外の学びを俯瞰できることになる。それができることで、親も家庭学習をどのようにすれば良いのか理解できるようになるのではないか。

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積み上げ型教科の時数短縮ができる可能性

 第三に、これは前述した個別習熟度別学習に伴ったことだが、算数、数学、英語など積み上げ型の教科の時数が短縮できる可能性がある。積み上げ型の教科は、一つ分からなくなると次に進めず学びを止めてしまう子どもたちが多い。しかし、一人一台で個別習熟度別学習ができるようになれば途中で学びを止めてしまう子どもたちを減らせるばかりでなく、規定の時数よりも短縮して習得できる可能性もある。

 東京都千代田区立麹町中学校では数学にオンラインコンテンツを利用し、半分の時数で全員が習得できたという。この話をすると「麹町中学校だから」との意見をいただくことがあるが、果たしてそうだろうか?
 同校での取り組みを検討し、少しでも導入できそうなところから取り組んでみる価値があるのではないかと私は考えている。

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午後は探究学習、対話に充てるところも

 テクノロジーによってこれまでの教科教育の時間が短縮されるとしたら、探究学習の時間が増え、新しく定義し直された「社会科見学」「修学旅行」を頻度高く実施するところが増えるのではないかと考えている。また「対話」の時間も増えるだろう。

 今年1月に公開された『プリズン・サークル』という映画がある。同映画における対話について紹介するとともに、これから益々注目されるであろう「対話」の重要性について考えてみたい。

 同映画は、2年にわたり刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」の受刑者たちを追ったドキュメンタリーで、同所では全国で唯一、受刑者同士の対話で更生を目指す「TC」と呼ばれるプログラムを採用している。TCとはTherapeutic Community(回復/治療共同体)で、TCを受講者した人の再入率はそれ以外の約半分。更生効果が高いとされている。
 ただ、全国に約4万人いる受刑者の内、このプログラムを受講できるのは約40人と現時点では非常に機会が少ない。米国アリゾナ州には世界的に有名なTCである「アミティ」という非営利組織がある。本映画の監督・坂上香氏は撮影前に実際にその場に足を運び、TCとは何かについて体験したそうだ。

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 映画の中では4人の若い受刑者が、対話を通じて自分の過去と向き合い、どうしたら未来を紡いでいけるかをそれぞれが考える。その場面がとても多い。そして4人の過去に共通しているのは「寂しさ」である。
 親から愛されなかった、友達からいじめられていた、いつもひとりだった。また彼らには「自分を全部吐き出せる場所」がなかった。対話でそれが初めて出来たという受刑者もいた。
 「加害者は、加害者になる前に被害者だった」。人を傷つけることはダメだ。ダメだから、刑務所に入っている。ただ、受刑者の中には自分の幼少時の過去によって、その影響によって罪を犯してしまった人もいることは、心に留めておきたい。

 過去と向き合うことは、とても辛いことでもある。私自身、父親から酷い暴力を受け愛情を感じることができなかった。私も20代の頃に何かの拍子に人を傷つけたり、何かを盗んだりして少年院や刑務所に行っていたかもしれない。ただそれは起こらなかった。理由は、母親が私をずっと見守ってくれていたからだと改めて思う。

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哲学対話

 「対話」といえば、先日東京大学大学院総合文化研究科の梶谷真司先生が主催する哲学対話に参加する機会を頂いた。「哲学対話」というと難しいように聞こえるが、梶谷先生曰く「誰でもできる」とのことだった。私が参加した際のテーマは「なぜ教育はうまくいかないのか?」だった。

 たまたま教育に関するテーマだったが、どのようなテーマでも哲学対話で実施できるとのこと。15人ほどが円になって、最初、梶谷先生よりこれまでの教育の概要について説明があり、その後対話が始まる。

 その際のルールは8つ。

① 何を言ってもいい
② 人の言うことに対して否定的な態度をとらない
③ 発言せず、ただ聞いているだけでもいい
④ お互いに問いかけるようにする
⑤ 知識ではなく、自分の経験に即して話す
⑥ 話がまとまらなくてもいい
⑦ 意見が変わってもいい
⑧ 分からなくなってもいい。

 ただ聞いているだけでもいい、というのは参加へのハードルを下げる。人の話をじっと聞いているだけでも多くの学びがある。

 また、知識ではなく自分の経験に即して話す必要があることから、元々持っている知識量に発言が左右されない。専門家もそうでない人もフラットな関係で話ができる。話したくなった時には「コミュニティボール」を使い、ボールを持っている人だけが話す。発言したい人は手を挙げてボールを受け取って話すことになる。話し終わったら、手を挙げている人の中から選んでボールを渡す。一部の人だけでボールが回らないように気遣いが必要だ。

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 当日は2時間があっという間だった。対話後、私の中にはモヤモヤするものが残った。なぜなら、最後に意見を整理しないからだ。対話して、各々の考えや感想を聞いて時間がきたら終了。日々頭のどこかで効率性や実行性を考えている私にとっては、とても刺激的で興味深い時間だった

 忙しい時間を過ごしていると、誰かと対話する時間自分の内なる心と対話する時間というのは取りにくい。変化のスピードの速い社会でこそ、時間を確保して対話することで自分を省みる機会となり、他者を思いやれる余裕ができる。

 また、この後何度かオンラインで梶谷先生や他の方が主催される哲学対話に参加させていただき、この対話は生きていく上で必要な学び、例えば性教育、金融教育、政治教育、起業家教育などにも活かせるのではないかと考えている。

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AIと心理学は対極ではない

 哲学対話は究極の内省活動ではないかと私自身は考えている。自分と向き合う時間が、他者のことを考える余裕や機会を作る。私はテクノロジーやAIの領域を扱っているが、AIというと人の心とは対極のことで関係ないと思う人がいるがそうではない。

 私は教育とテクノロジー、AIを追究してきたが、追究すればするほど、アナログのこと、人や人の心について強く理解したいという考えになる。よく考えれば、人とAIとの共生を考えた場合には人について深く考える必要が出てくるので当然と言えば当然のことだ。

 「仕事における人とAIとの住み分け」のチャートを見ていただきたい。

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 よくAIに仕事が奪われると言われるのは左下の象限で、「創造力も共感力も不要」な領域だ。ただこれは仕事全体の5%ほどと言われているので、今存在する仕事はその他3つの象限のどこかに当てはまる。
 その中でもAIに代替される可能性が低いのは右上の象限。「創造力も共感力も必要」な領域。人の心理が分かるというのはこれからより重要になってくると考えられる。

 最近興味深いことにテクノロジーの世界で生きてきた人たちが “LQ(Love Quotient:愛の指数)” が重要だと言い出している。IQ、EQに続いて、LQが登場した。「自分を思いやり、他者を思いやる力」である。中国のアリババCEOのジャック・マーやGoogle中国の元CEOだったKai Fu Lee博士などだ。

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心理学初学者向けオンラインコース

 このコロナ自粛を活用して、私自身、心理学を学び始めた。既に私が修了したものでお勧めのものを2つ紹介する。英語にアレルギーがなければ、受講してみてほしい。コンテンツは無料で視聴可能だ。一つ目は、米Yale大学が提供する “Introduction to Psychology” だ。これまでの受講者数が約31万人で、修了までにかかる時間は平均約15時間。「心理学への誘い」という割には、かなり本格的な内容も包含しているが、心理学とは何かを俯瞰して学ぶことができる。

 次に米ノースカロライナ大学が提供する “Positive Psychology”。受講者数は約18万人で、修了までにかかる時間は平均約9時間。心理学の概要を学んだ上で、ポジティブ心理学について理解を深めたい人向け。

※一部、教育新聞2月21日号掲載『プリズン・サークル』と「哲学対話」を修正掲載。

(執筆者プロフィール)

小宮山利恵子 写真_20190514

小宮山利恵子(こみやま・りえこ)
スタディサプリ教育AI研究所所長。東京学芸大学大学院教育学研究科准教授。2020年度より東京工業大学リーダーシップ教育院アドバイザー、iU客員教授を兼務。専門は教育とテクノロジー、AI。同領域を中心に国内外問わず幅広く活動。AI時代の社会、人材、学びについて多数講演を実施。早稲田大学大学院修了。近著に『新時代の学び戦略』(共著、産経新聞出版、2019年)。『レア力で生きる 「競争のない世界」を楽しむための学びの習慣』(単著、KADOKAWA、2019年)。
Twitterにて国内外の最新の教育関連情報、パラレルキャリア情報を発信中。


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