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【連載】ほどよい家族支援を目指して―児童精神科訪問看護の舞台裏から(児童精神科医:岡琢哉)第2回:診察室の中では完結しない問題を解決するために

本連載では、児童精神科医、そして児童精神訪問看護ステーションを運営する立場である著者が臨床実践や理論を通じて、令和の時代の「子どものこころ」と「家族のこころ」について語っていきます。

診察室に現れる子どもと家族の「困りごと」

前回は、児童精神科医療の現状と課題、その中で私自身が訪問看護の重要性を感じた背景についてお伝えしました。児童精神科医の専門医不足や初診の待機期間の長期化といった課題は、少しずつ解決に向けた取り組みが進んでいますが、十分な支援が行き渡るには依然として時間がかかります。そうした中でも、現時点で子どもたちや家族が抱える「困りごと」に対するニーズをいかに汲み取り、齟齬なく支援を提供していくことが求められています。

私が診察室の中で出会う子ども達や家族は、自分たちだけでは抱えきれない困難さを診察の中で吐露されます。私も医師として、そして1人の人間としてそれを受け止めようとしますが、職業としての役割、そして時間的制約の中で対応できる問題は限られてしまいます。医療者として児童精神科医が診療の中で行うことは子ども達の生来的な「つまずきやすさ(=発達障害の特性など)」と「傷つき(=精神医学的症候)」を見極め、「悪循環(=繰り返される困りごと)」から子ども達と家族が抜け出せるよう支援することです。

「つまずきやすさ」「傷つき」「悪循環」を見定める診療の視点

ここでは、小学校5年生で不登校になってしまった1人の小学生の女の子の診療を例に挙げてみましょう。彼女は小学校に入学した頃、強い不安を抱えており、学校に慣れるのに時間がかかっていました。しかし、登校自体に慣れてしまうと学校の中で問題となることはなく、特別な支援を受けることもなく学年が上がっていきました。5年生の夏休み前から身体の不調を訴え、学校を休む日が増え、夏休み明けには学校に行く前に泣き出してしまい、登校することができなくなってしまいました。

このような子どもとその保護者が診察室を訪れることは珍しくありません。そして、こういったケースでは子ども自身も自分の困りごとが何なのかがまだわからず、保護者の方もどのように対応したらいいのかわからずに動揺していることがほとんどです。ここで医師が診療の中で行うのは前述の「つまずきやすさ」、「傷つき」、「悪循環」を整理すること、彼女に起きた事象に「名前をつける」こと、そして保護者に対して見通しを伝えていくことです。今回のケースであれば、小学校に入学した頃に生じていた不安を糸口に小学校入学前後の様子や就学前、乳幼児期の成長の過程を聞き取り、子どもが生来的に「つまずきやすさ」を抱えていないかを確認していきます。そして、今回生じた不登校の背景に何らかの「傷つき」がないかを評価し、「悪循環」から抜け出していくための指針を見出していきます。ここで行われる「名前をつける」ことが診断であり、保護者に対して見通しを伝えていくことが診断告知や心理教育にあたります。また、実際には「つまずきやすさ」や「傷つき」を評価するために心理検査が実施されることや「傷つき」に対して投薬治療が行われることもあります。

診察室の中だけでは完結しない治療

しかし、診療の中で「困りごと」に名前がつき、子どもの「つまずきやすさ」や「傷つき」が明らかになったとしても、つまずきやすさが無くなり、傷つきがすぐに癒えるわけではありません。そして「悪循環」から抜け出すことにもどうしても時間がかかってしまいます。また、診療の中で医師から伝えられた内容を子どもと家族が受け止め、咀嚼し、自分たちの言葉で理解していくためには時間だけでなく誰かの援助も必要となります。児童精神科領域の治療が診察室だけで完結することはほとんどなく、診察室の外側で行われる支援が治療には欠かせません。医療機関以外の支援を受ける際にも診察室で伝えられた「困りごとの名前」は支援者間で足並みを揃えていく上で重要な役割を果たします。子どもが何に困っているのか、それを支えるためにどのような援助をしていけば良いのか、医療機関で行われる「診断」という作業にはそれを知るための手掛かりが含まれています。その一方で、前述のようにそれを受け止め、咀嚼することが不十分であったり、支援者間での認識が一致していなかったりする場合には十分な役割を果たすことができません。このような事態を避けるためには子どもと家族に近い立場を取り、医療で使われる言葉を翻訳して家族や支援者に伝えていく役割が必要です。このような役割の必要性を感じたことも私が訪問看護ステーションを立ち上げた1つの理由です。

診察室の中だけでは収められない不安の種

ここまで医療者の視点と役割についてお話ししましたが、医療を利用するユーザーとしての子ども、家族の立場に立って医療機関での診療を考えてみましょう。前述のケースの保護者であれば、学校に行けないという先の見通しがつかない状況に対する不安、子どもに対してどのように関わっていけば良いのかわからないという不安など多くの不安を抱えて、診察室に訪れます。子ども自身も、どうして自分が病院にかからなければいけないのか、何らかの病気なのか、何が病院で行われるのか、様々な思いが頭の中に浮かんでいるでしょう。こういった心境の中、医師から伝えられる情報によって「自分たちの困りごとに名前がつく」ことは、一定の安心感をもたらします。多くの不安は、漠然とした状態のまま頭の中に存在することで私たちを困らせます。だからこそ、自分たちの不安が診察室の中で具体化し、ある程度の方向性が示されることで少し解消することができるのです。しかしながら、このような安心感だけでは全て解決しないのもまた事実です。医師から示された指針を十分に理解し、それを持って困りごとを抱えた子どもと一緒に日常を乗り越えることができる家族は決して多くはありません。自分たちは前に進んでいるのか、それとも停滞しているのか、自分たちの困りごとは十分に医師に伝わっているのか、診療を終えた後も不安の種が尽きない場合もあります。診察室の中では伝えきれない不安の種をどこかで話す必要があるのです。

長期的な治療の伴走者としての訪問看護

診察室で診療を行う医師の視点と診療を受ける子ども、家族の立場から診察室の中だけでは抱えきれない問題についてお話しました。このような問題は医療だけで解決できるものではありません。しかしながら、このような問題を全て他の支援機関(学校をはじめとした教育機関や福祉・行政機関)に丸投げすることもまた現実的ではありません。医療の側からもう一歩だけ、他機関との連携や子どもと家族との橋渡しを行うために用いることができるのが訪問看護という医療資源だと私は考えています。訪問看護は外来主治医からの指示によって利用ができ、子どもと家族のいる自宅に指示を受けた訪問看護ステーション(以下ステーション)から看護師・作業療法士が訪問し、医師の指示内容に応じた支援を行うことができます。訪問にあたっては30分以上の対応が診療報酬の算定基準となるため、最低でも30分は家庭内で対応することができ、診察室の中だけでは話しきれなかった不安や困りごとまで聞くことができます。また、ステーションと主治医との間では主治医から「訪問看護指示書」という診断名や服薬内容が記された文書を、ステーションからは「訪問看護報告書」という経過報告の文書を互いに送付することで両者の持つ診療情報を共有することができます。その他にも、利用者からの同意が得られればステーションから他の支援機関との間で情報共有を行うこともできます。このように子どもと家族が住む家庭に直接支援に伺えるだけでなく、外部の機関とも連携をとることができるため、時間を要する児童精神科治療の伴走者としての役割を訪問看護が担うことが可能になります。

(株式会社カケミチプロジェクト提供資料より)

家族が「家族自身のことを話す」意味

私が訪問看護の役割として重要だと考えているのは、子どものケアだけでなく、家族全体の支援にも関与することができる点です。これは家族が住む自宅の中で時間をかけて話をすることで、家族が「子どものこと」を話すのと同時に、「家族自身のこと」を話すことができる環境が提供できるからです。家族は、子どもの問題に対処する中で、自分たちがどのように振る舞うべきか、どう対応するべきかという不安や葛藤に日々悩まされます。このような不安や葛藤は直接子どもと関わる家族にとって大変な重荷となります。しかし、自分たちが背負っている重荷について打ち明けられる相手や話せる場所は限られています。私たちが運営している訪問看護ステーション「ナンナル」では、家族との対話の中でこのような重荷を一度おろし、整理したり、一部を支援者の間で受け取ったりする中で、一緒に解決していくための道筋を見出していくことを目指しています。実際に運営する中では、診察室より長い時間であったとしても時間の不足を感じたり、関係者との情報共有に想定よりも苦戦したりすることもありますが、私が診察室の中だけで対応していた頃よりも家庭の中で起きている問題について深く知ることができている実感があります。このように「つまずきやすさ」と「傷つき」を抱えた子どもの「悪循環」をゆっくりと解決していくためには家族への援助がまだまだ必要とされているのです。

【プロフィール】

岡 琢哉(おか・たくや)
児童精神科医。岐阜大学医学部卒業後、羽島市民病院で初期研修を修了。岐阜大学医学部附属病院精神神経科、東京都立小児総合医療センター児童思春期精精神科、医療法人社団神尾陽子記念会 発達障害クリニック、社会医療法人聖泉会 聖十字病院 医長、岐阜大学医学系研究科博士課程を経て、現在は医療法人社団あやなり 理事。株式会社カケミチプロジェクト代表取締役として、地域での臨床に限らず、訪問看護事業、インターネット上の情報発信、放課後デイサービス向け研修事業を展開している。主な著書に、『発達障害のある子のメンタルヘルスケア』(金子書房・共著)、『心を壊さない生き方:超ストレス社会を生き抜くメンタルの教科書』(文響社・共著)など。

主な著書