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働く人のメンタルヘルスが損なわれた時(独法・労働者健康安全機構横浜労災病院 勤労者メンタルヘルスセンター長/心療内科医:山本晴義) #働く人のメンタルヘルス

はじめに

 「私は健康だ」と自信を持って言える方が、いったいどのくらいいらっしゃるでしょうか。そして、何をもって本当の健康と言えるのでしょうか。活き活きと毎日を過ごすためには、心身の健康、生活面の健康、社会的健康の3つの健康が必要だとされています(図1)。

心身の健康

 病気やケガをしていなければ、検査をして異常がなければ、それでいいということではありません。身体だけが健康でも、心が健康でなければ、健康とは言えないのです。「心身相関」という言葉があるように、心と身体はつながっています。心の不調が身体の不調を招くこともあり、逆もまたしかりなのです(表1)。心と身体がともに健康であることがすべての健康の土台となります。

1.    生活面の健康

 「ブルー・マンデー症候群」と称されるように、月曜になると不調になりやすいと感じる労働者は少なくありません。そのような労働者が送っている生活は、平日は仕事と寝る時間のみに費やし、かつ十分な睡眠時間が確保できず、結果的に週末に寝だめするというもの。しかし、生き物にとって最も基本的なリズムは“週”ではなく“日”という単位であるはずです。そのため、一日一日を大切にした健康的な生活習慣(ライフスタイル)が日々の心の健康につながると考えられます。

 その基本は「運動」「労働」「睡眠」「休養」「食事」の5要素が、毎日の生活の中にバランスよくきちんと配分されていることです。先延ばしせず、その日寝るときに「良い一日だった」と毎日感謝できるような「ストレス一日決算主義」の生活を送ることが大切です(表2)。

2.    社会的な健康

 社会的な健康のポイントは、①周囲と良い関係ができている、②周囲の人たちの役に立っている、③仕事など日々の活動に生きがいを感じる、④自分の存在意義を感じる、の4つの実感がもてることです。「仕事」は、「志事」であって、「死事」ではない。というのが私のメッセージです。社会の中での居場所が確立され、他者から必要とされているという実感を得られることが大切です。

メンタルヘルス不調

 では、メンタルヘルスの「不調」とは何を指すのでしょうか。厚生労働省が示す「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(2006)によると、メンタルヘルス不調とは「精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含むものをいう」とされています。

そもそも「ストレス」とは

 「ストレス」という用語は、もともと物理学や工学の分野で使われていたもので、物体の外側から加えられた圧力によって歪みが生じた状態のことを表していました。ストレスの説明には、図2のように、丸いゴムボールを指で押す例がよく用いられます。現在は主に「心身に負荷がかかった状態」という意味で使用されていますが、その意味での「ストレス」という言葉の生みの親は、カナダの生理学者ハンス・セリエです。心身への刺激は「ストレッサー」、心身に負荷がかかっている状態は「ストレス状態」、負荷がかかって心身に生じる様々な反応は「ストレス反応」とそれぞれ表されます。

図2 ストレスがかかった状態(山本・曽田、2010)

 心身に影響を及ぼすストレッサーは主に、「物理的ストレッサー」(暑さや寒さ、騒音、照明など)、「化学的ストレッサー」(大気汚染、食品添加物、有害物質、薬害など)、「生物学的ストレッサー」(細菌、ウイルス、花粉、感染症など)、「身体的ストレッサー」(病気、けが、睡眠不足、過労など)、「心理・社会的ストレッサー」(仕事が多忙、人間関係がうまくいかない、借金、家庭の不和など)の5つに分かれます。通常、皆さんが「ストレスを感じる」と表現する場合、多くはこの「心理・社会的ストレッサー」を指していることが多いでしょう。しかしその他にもストレッサーは多く存在しており、基本的にはストレスをゼロにすることは不可能です。特に、職場で見られやすいストレッサーには表3のようなものがあります。

 また、ストレッサーによって引き起こされる「ストレス反応」は、身体面、心理面、行動面の3つに分けることができます。身体面でのストレス反応には、体のふしぶしの痛み、頭痛、肩こり、腰痛、目の疲れ、動悸や息切れ、胃痛、食欲低下、便秘や下痢、不眠などさまざまな症状があります。心理面でのストレス反応には、活気の低下、イライラ、不安、気分の落ち込み、興味・関心の低下などがあります。また、行動面でのストレス反応には、飲酒量や喫煙量の増加、仕事でのミスや遅刻欠勤の増加などがあります。ストレスをゼロにすることは不可能ですが、ストレスが強く、長く続くことにより、これらの反応が悪化し、ストレス性の疾患へとつながってしまうことがあります(図3)。

図3 主なストレス反応(山本・曽田、2010)

 これらの症状に気づいた場合は、普段の生活を振り返り、ストレスと上手に付き合うためのストレス対処方法(コーピング)を工夫してみることをおすすめします。ストレス対処のポイントは“今自分にできること”です。仕事の量や対人関係などは確かにストレス要因になりますが、同時に変化させることが難しいものでもあります。また、同じストレス要因があってもストレス反応のあらわれ方には個人差があります。それは、「個人要因」や「仕事外の要因」、「緩衝要因」が影響するからです(図4)。そのため、先述のライフスタイルなど、自分で変えられる要因に着目し、取り組むことが大切です。

 ただし、症状の程度が重かったり長期間続いたりする場合は、専門家(精神科、心療内科)に相談することも必要でしょう。

図4 ストレスのしくみ(米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の「職業性ストレスモデル」をもとに作成)(山本・桃谷・冨田、2019)

職業生活におけるストレス

 ストレス社会といわれる現代、職場の人間関係、仕事の質や量、会社の将来性や仕事への適性の問題などが、労働者の大きなストレスとなっています。約6割の労働者が自分の仕事や職業生活に関して、強い不安や悩み、ストレスを抱えており、精神障害による労災の請求件数と支給決定件数も年々増加傾向にあります。

 こうした背景から、労働者の心の健康保持について、従来のメンタルヘルス不調者の早期発見・早期治療や復職支援だけでなく、全労働者を対象とした予防的かつ健康支援的なメンタルヘルスケア対策の実施が求められています。近年、法律化・制度化された「ストレスチェック」や「働き方改革」もその一環で、組織の健康管理体制を充実させるとともに、労働生産性を向上させるものとして機能することを目指しています。

 メンタルヘルスの不調に気づいたときの解決法は、①セルフケアを実行する。②身近なサポートを利用する。③専門家と協力する。の3点です。

おわりに

 ストレス学の父と言われるハンス・セリエ博士は「ストレスは人生のスパイスだ(Stress is the spice of life)」という言葉を残しています。また「一病息災」という言葉もあります。すべてのことは、今後の人生をよりよくするために活かすことができるのです。メンタルヘルス不調は、身体の病気や怪我のように、「過去志向」「原因論」(過去の出来事が現在の状況を作っているという考え方)に必ずしも当てはまりません。過去と未来は変えられませんが、“今自分にできること”に着目することで、今とこれからの自分(の考えと行動)は変わりうるのです。

引用

中央労働災害防止協会 (1986).企業におけるストレス対応のための指針(資料)
山本晴義 (2005).ストレス一日決算主義.NHK出版生活人新書
山本晴義・桃谷裕子・冨田惠里香 (2019).産業保健スタッフによる“メンタルろうさい”保健指導-ストレス対処に着目したセルフケア支援―.独立行政法人労働者健康安全機構横浜労災病院
山本晴義・曽田紀子(2010).初任者・職場管理者のためのメンタルヘルス対策の本.労働行政

著者プロフィール

山本晴義(やまもと・はるよし) 

横浜労災病院勤労者メンタルヘルスセンター長。医学博士・日本医師会認定産業医。専門分野は心身医学・産業医学。健康教育学。日本心身医学会(専門医、指導医)、日本心療内科学会(功労会員)、日本交流分析学会(スーパーバイザー)、日本自律訓練学会(指導医)、日本温泉気候物理医学会(温泉療法医)、日本内科学会(認定医)、日本精神神経学会(専門医)、日本産業精神保健学会評議員、日本産業ストレス学会評議員、日本ストレス学会評議員、日本うつ病学会評議員、日本職業災害医学会評議員、厚労省「こころの耳」委員など。

 1948年東京生まれ。小田原・函館で育ち76の現役心療内科医。1972年東北大学医学部卒業(医師歴52年)。岩手県立病院、東北大学附属病院などを経て、1991年横浜労災病院心療内科部長、1998年勤労者メンタルヘルスセンター長に就任(現在に至る)。兼任として、神奈川産業保健総合支援センター相談員など。平成30年度、緑十字章受章(中央労働災害防止協会)。

 主な著書として『ストレス一日決算主義』(NHK出版、2005)『メンタルサポート教室』(新興医学出版、2010、共著)『心とからだの健康教室』(新興医学出版、2010、共著)『メンタルヘルスのヒントが見える! ドクター山本のメール相談事例集』(労働調査会、2011)『交流分析であなたが変わる! 心の回復 6つの習慣』(集英社、2015)『メールカウンセリングエッセンス』(労働調査会、2020、共著)など多数。

著書