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職場における孤立と孤独:COVID-19が変えたもの,変えなかったもの(筑波大学人間系心理学域准教授:大塚泰正) #孤独の理解

感染症の広まりから急速に普及した在宅勤務。それまで一緒にいた職場の人たちと物理的に離れて働く体験は、私たちにどのような影響を与えたでしょうか。労働者の孤立・孤独の研究を進めている大塚泰正先生に、在宅勤務を手がかりに働く上での孤独についてお書きいただきました。

COVID-19の感染拡大がもたらした働き方の変化

 数年前までの日本では,皆が会社に出社して顔を合わせて仕事をすることが一般的でした。しかし,COVID-19の感染拡大により,日本でも何度か外出を制限する緊急事態宣言などが発出される事態になり,多くの職場ではそれまではあまり一般的ではなかった在宅勤務が急速に導入されることになりました。2020年度入社の方のほとんどは,しばらくの間はオンラインでしか職場の方々と接する機会がなかったことと思います。皆さんの中にも,急に在宅勤務が始まり,孤独を感じた方もいらっしゃったことと思います。

 今回は,心理学の立場から孤独とは何かについて解説することを通して,孤独・孤立の視点から,働く人々に対してCOVID-19が変えたものと変えなかったものについて,考えてみたいと思います。

「孤独」と「孤立」

 皆さんは,どのようなときに孤独を感じるでしょうか。一人で食事をしているときや,誘いを断られたとき,あるいは,誰も自分のことを気にかけてくれないとき。このようなときに,人間は孤独を感じやすくなります。

 「孤独」とは,ひとりぼっちであるという感覚を指します。もう少し具体的に言うと,他人とのつながりや,親密な関係を求めているのにそれが満たされず,苦痛や不快を感じている状態を指します。「孤独」は,一人でいるという客観的な状態を指すものではなく,このような個人の主観的な体験を指す言葉になります。

 一方,「孤独」と似た言葉に「孤立」があります。「孤立」は,どちらかといえば客観的に一人でいる状態そのものを指す言葉です。例えば,先ほど例で挙げた一人で食事をしている状態は,「孤立」している状態であるということができます。しかし,このとき,その人が主観的に「孤独」を感じているとは限りません。皆さんの中にも,一人で食事をしたほうが他人に気を遣わなくて気楽でよい,と考える人もいるでしょう。こういった方は,一人で食事をしていても,おそらく苦痛や不快を伴う「孤独」を感じることはありません。

 一般的には,「孤立」している人は「孤独」を感じやすいといえますが,必ずしもそうとは限らないということを認識しておく必要があります。

人が孤独を感じるとき

 では,私たちはどんなときに孤独を感じるのでしょうか。孤独は,人間関係の変化から発生することがほとんどです。例えば,海外に一人で転勤することになり,親しかった社内の人たちや家族などと会えなくなってしまったとき,会議で誰も自分の意見に賛同してくれなかったとき,職場のみんなから無視されたり,業務用のSNSグループから外されてしまったときなどに,私たちは孤独を感じます。ちなみに,職場の中で無視したり,仲間外れにしたりする行為は,現在では「人間関係からの切り離し」型のパワーハラスメントに該当する可能性がありますので,職場としてもこのようなことが行われないよう,十分注意する必要があります。

 今回急に始まった在宅勤務も,人間関係の変化をもたらした出来事の一つといえます。オンラインツールを用いた従業員同士のコミュニケーションは取り続けられたところが多いと思いますが,当初はそのようなコミュニケーション方法に慣れていないこともあり,戸惑いを感じた方もいらっしゃったことでしょう。

 私たちの研究チームでは,2020年6月から7月にかけて,はじめて在宅勤務を経験した日本人労働者56名を対象にインタビュー調査を行いました。在宅勤務やテレワークの開始でどのような変化が生じたかを聞き取った結果,62.5%の人々が,仕事関係の人とコミュニケーションが取りにくくなったことを報告していました。在宅勤務中は,誰かとコミュニケーションを取るためにメールやチャット,オンラインツールなどをわざわざ使用しなければならなくなるため,対面のときのように立ち話的にふと声をかけて相談することが難しくなっていたようです(大塚・中村・三好,2021)。特に新入社員など在宅勤務以前に職場の人たちとの人間関係が構築できていない人たちには,他人に相談しにくい状況が発生していたことと思います。

働く人の孤独を予防するために,私たちにできること:COVID-19が変えなかったもの

 在宅勤務者の孤独を予防しようとするとき,多くの職場では,「オンラインで雑談をする機会を設けよう」,「週に1度は出社する機会を設けよう」など,どちらかというと「孤立」に焦点を当てた対策が行われているように思います。しかし,今まで述べたように,孤立=孤独というわけではありませんので,より個々人が主観的に感じる「孤独」の改善や予防に焦点を当てた対策が今後より一層求められると思います。

 「孤独」は,親密な人間関係が失われたときに生じやすいものです。言い換えれば,孤独を感じているときとは,その人が親密な人間関係を求めているときであるといえます。

 職場で孤独を予防するためには,従業員同士が互いに関心を持って他人に接し,尊重し合いながら何でも言い合えるような職場環境を形成することが重要です。このような対策の必要性は,在宅勤務が普及してからはじめて指摘されたものではなく,以前から職場のサポートや心理的安全性などといった言葉で表現され,職場におけるメンタルヘルス対策の重点事項の一つとして指摘され続けてきたものです。

 職場では,人間関係がギスギスしがちです。もともと仲のよい人たちが集まって仕事をしているわけではありませんので,どうしても価値観や考え方が合わない人たちがいます。しかし,そのようなときほど,一方が他方を切り捨てるのではなく,「なぜこの人はこのような考え方をするのか」など,その背景に思いを巡らせてみて,少しでも自分とは違う考えを持った人を理解しようと努力することが大切です。

 苦手だなと思う人ほど,その人がいてよかったと思えるところや,その人のいいところなどを,頑張って探してみてください。このようなところが一つでも見つかると,その人のことを多少は理解しようという気持ちが皆さんの中に生じるようになります。このような感覚が芽生えることで,その人との関わりが増え,それがゆくゆくは職場における孤独を改善したり,予防したりすることにつながっていくことになるでしょう。

引用文献

大塚泰正・中村准子・三好きよみ(2021).COVID-19の影響によりはじめて在宅勤務を経験した労働者に対するインタビュー調査:仕事と私生活に生じた変化の経験 ストレス科学,35,252-255.

執筆者

大塚泰正(おおつか・やすまさ)
筑波大学人間系心理学域准教授。博士(文学)(早稲田大学)。専門は臨床心理学,産業保健心理学。著書に『健康・医療心理学入門』(有斐閣,2020),『よりよい仕事のための心理学』(北大路書房,2019),『Q & Aで学ぶワーク・エンゲイジメント』(金剛出版,2018),『公認心理師のための説明実践の心理学』(ナカニシヤ出版,2018),『産業保健心理学』(ナカニシヤ出版,2017)など。現在,国立研究開発法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築) 職場における孤独・孤立化過程の分析―総合的予防プログラムの開発に向けて―」(代表:松井豊,2021年度~2026年度)において,労働者の孤立・孤独についての研究を推進している。

著書


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