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“遠隔心理療法” (Videoconferencing Psychotherapy: VCP)の実際(平泉 拓:東北福祉大学総合福祉学部 助教) #こころのディスタンス

Covid-19の影響で大きな注目を集めた遠隔心理療法。その現状や研究からわかったこと、そして実践のポイントといった “実際” について、平泉 拓先生にご寄稿いただきました。

はじめに

 遠隔心理学(遠隔心理支援サービス)は、遠隔コミュニケーションの情報技術を用いた心理支援サービスの提供を指す心理学の一分野です。前回の記事では、遠隔心理学の歴史を概観し、災害後のこころの動きについて一考しました。本記事では、遠隔心理学の一つである “遠隔心理療法”と“遠隔コンサルティング”の実践例を紹介します。

“遠隔心理療法”(Videoconferencing Psychotherapy: VCP)とは

 遠隔心理学の一分野に、ビデオ会議ツールで映像と音声を双方向型で通信する“遠隔心理療法”(Telepsychothrapy, Videoconferencing psychothrapy; VCP)があります(※)。

(※)インターネットベースの心理療法的介入(Internet-based psychotherapeutic interventions)と呼ばれることもあります。

 VCPは、多くの方にとって聞き慣れない用語ですが、これから発展と普及が望まれる一分野です。不安障害とうつ病、統合失調症、退役軍人のPTSD、がん患者、摂食障害、強迫性障害、パーソナリティ障害、注意欠陥・多動症に対する治療など、さまざまな適用例が報告されています。オンライン診療(情報通信機器を用いたオンライン診療、遠隔モニタリング、遠隔画像・病理診断等)をイメージしてもらい、「この遠隔医療の一つです」、と説明することができます。

 ただし、本邦ではVCPは診療報酬に算定されておらず、現時点では遠隔心理学の一分野にとどまっていることに注意する必要があります。したがって、これを医療の一つであると説明すると実際とはかけ離れてしまうし、教育や福祉など医療以外の分野が抜け落ちてしまうため誤解を招いてしまいます。

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“遠隔心理療法”(VCP)の強み

 VCPの強みは、より多くの地域の人々が特定の治療に特化した専門的なサービスを利用できることにあります。例えば、クライアントはめったに診断されない疾患に苦しむ可能性があります。VCPを用いるならば、クライアントは特定の障害に特化したサービスを離れた地域で受けることができるかもしれません。このように、移動が困難なクライアントはVCPによって最適な心理的サービスを受けることができ、また、移動コストを軽減できます。

“遠隔心理療法”(VCP)の研究

 VCPは2000年代から症例報告が増え、効果を研究した論文や、これまでの取り組みを包括して論じた論文が増えてきています。Googleスカラーという論文検索サイトでVCPに関する論文をアラート機能で教えてくれる設定をしているのですが、Covid-19以降は毎日、新しい論文が出てきて、論文を読むのが大変です。

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 まだまだエヴィデンスの蓄積が必要です。とはいえ、エヴィデンスと適用上の利点には一定の方向性が読み取れます(主要な論文には、Backhaus et al.,2012Barak, Henm, Noniel-Nissim, & Shapira, 2008 があります)。たとえば、VCPの研究を包括的にレビューしたBackhaus et al.(2012)の報告によると、対面式と遠隔式の心理療法の治療成績は対面と差が認められていない、すなわち同等といわれています。

 心理療法では一般的に治療の成績だけが大切なのではなく、そのプロセスのなかで深まる信頼感や親密さ、期待感、満足感といった観点も大切になります。これらの指標についても遠隔式と対面式では差が認められていません。

 むしろ、一部の報告では満足度は対面の心理療法と比べて高い場合もあります。これは、VCPではカウンセリング・ルームへのアクセスの負担が小さいためです。例えば、2時間かけて車を運転し、都市部の病院に行き、カウンセリングを受けて、さらに2時間かけて自宅まで帰ることは、相当の労力と時間がかかることです。したがって、カウンセリングを受けにくい環境にいるクライアントにとって、移動のコストがかからないVCPは対面型よりも満足度が高くなることがあります。ただし、一般的に、対面したときと同等のサービスは提供できないことに注意も必要です。

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“遠隔心理療法”(VCP)の倫理

 VCPに馴染みのない人々は、VCPに対してさまざまな懸念を抱くと思います。たとえば、オンラインで危機的状況に対処する方法(たとえば、クライアントは自殺願望を表現した場合)などが挙げられます。加えて、技術的な限界として、クライアントはアプリケーションをいつでも切断することができ、心理士は物理的に対面しておらず、クライアントの安全を確保する同じスペースにいません。

 また、遠隔式で対話するときに個人の身元を確認することができず、クライアントが自分自身について詐称するリスクがあります。

 このほかにも、使用機器の選択、プロバイダ契約を含む通信環境の設定、利用者への教育とサポート、静寂な実施環境、補助的な通信手段の確保、機密性とセキュリティなどを検討する必要があります(これらの課題についてはHiraizumi, 2018が詳しいです)。

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 遠隔心理療法を提供する際は、利点と限界があることに留意し、クライアントと十分に話し合い、インフォームド・コンセントを行うことが重要です。これらの課題に対して、American Psychological Association(APA)は、VCPを含む遠隔心理学を健全に実践するためのガイドラインを示しています(有志による翻訳ページ:「日本心理学会 特設ページ 遠隔心理学(Telepsychology)実践のためのガイドライン」)。主な内容を要約したものを記します。

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(Hiraizumi(2018) と平泉(2019)がAmerican Psychological Association(2013)を元に作成した表より抜粋:データと情報の機密に関する部分は除いた)

 このほかにも、日本心理学会が翻訳したチェックリストがあります。翻訳した内容をガイドラインとチェックリストはすべての心理士が参照できるリソースです。

 日本学生相談学会が公表している「学生相談において、遠隔相談(Distance Counseling)を導入する際の留意点」などもあります。

 私が所属する某機関では、次のようなインフォームド・コンセントの文書を用意しています。

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“遠隔心理療法”(VCP)のTips

 私が実践を重ねるなかで得たTipsを紹介します。写真は、VCPの必須用具です。面接室の環境を整えることと同じように、背景はクライアントが見やすいように単色化し、音が良く聞こえるようにイヤホンマイクを使います。さらに、インターネット接続に不具合が生じたときにすぐにインターネット接続環境を変えれるようにバックアップ用のポケットWiFiを契約しています。

 また、通信環境が安定する複数の部屋またはスポットを押さえておくことも大切です。なお、複数イヤホンマイクを使うと心理士にとっては外部の音が気にならずに没入感がありますが、部屋の外に声が漏れる可能性があるので、対面の心理療法と同様に、部屋の防音性と機密性は大切です。

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写真 面接室の設定イメージ①
(背景の単色化、イヤホンマイク、バックアップ用のポケットWifi常備)

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写真 面接室の設定イメージ②
(同上)

 コミュニケーションは、論者によって対面と遠隔の差異や同質性が異なります。遠隔では沈黙の意味を受け取りづらいのが大きな特徴としてあります。視野が上半身に限定され、パラ言語(非言語)や身体動作の細部を観察・評価しにくいからです。

 PCをデスクの上段に、写真③のような小さいホワイトボードをデスク下段に置き、メモ代わりにすることもあります。クライアントには手元がみえないので、ホワイトボードにメモを大きく書くことで視線の動きが少なくても読めるように工夫しています。

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写真 面接室の設定イメージ③
(小さいホワイトボード)

 対面のコミュニケーションは遅延がなく遠隔にやりとりできますが、遠隔でのコミュニケーションは音声と映像を同時通信するため遅延が生じることもあります。通信環境が安定していれば、対面のコミュニケーションと同等の水準で相互作用ができます。遠隔のコミュニケーション上の特徴とTipsは表の通りです。

遠隔心理療法でのコミュニケーションのTips

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(Hiraizumi(2018) と平泉(2019)を編集して作成)

“遠隔心理療法”(VCP)の事例

 Hiraizumi(2018)は、ひきこもりの青年とその家族に対する親子合同面接において、初期には月に1回の頻度で保護者と青年のコミュニケーションの葛藤軽減を目的とした合同セッションを行っています。その結果、保護者と青年の葛藤的なコミュニケーションが軽減し、青年は進学を目標とした外出行動を開始しました。中期には週に1回の頻度でVCPを導入し、青年の行動活性化の持続を目的とした支援を行っています。3か月に及ぶVCPのセッションを経て、外出行動が定着し、さまざまな外部のリソースを得て、ひきこもりから脱することができました。これらのセッションでは、上表にあるVCPのコミュニケーション上の特徴とTipsが活かされています。

 このような対面式と遠隔式のmix法は、クライアントへの適合性を検討して導入しますが、クライアントの適応力と努力によるところが大きいです。対面と遠隔のいずれがベターな選択であるかは、クライアントが選択することですが、丁寧な説明と同意をしたとしても、ご判断をいただくこと自体に努力が要ります。まずは心理士が、クライアントの適応力をよく見立てることが必要になります。また、医療機関を受診している場合には、医師の指示はもちろんのこと、あらゆる潜在的なリスクを慎重に検討し、それらのリスクを排除できないならVCPの導入は控えるのがよいと思います。

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“遠隔コンサルティング”(Tele-Consulting)の事例

 VCPの近接分野に、ビデオ会議ツールを用いたスーパービジョン(Telesupervison)とコンサルティングサービスがあります(以下、遠隔コンサルティング(Tele-Consulting))。対面型のトレーニングに代わる方法であり、トレーニングへのアクセス性の向上、出張費の削減、スケジュールの柔軟性の向上など、トレーニングの機会を高める利点があります。

 遠隔コンサルティングについては平泉・高木(2020)に詳述されているので、その内容を抜粋して紹介します。

 障害福祉サービス(就労移行支援、就労継続支援B型)を提供している(株)manaby(本社:宮城県仙台市)は、心理士(著者)がスタッフ(就労支援員)に対して遠隔コンサルテーションを行っています。(株)manabyは障害(身体障害、精神障害、難病等)を罹患している利用者等に対して在宅での就労訓練と、在宅就労を含めた就労支援を提供している企業です。

 遠隔コンサルティングのプログラムは、(a)事業所のサービスの質向上を目的とした、利用者のメンタルヘルスに関する知識及び、技術の提供、(b)スタッフの福利厚生を目的とした、スタッフのメンタルヘルス相談、(c)事業所単位のサービスの質向上に関する相談対応です。

 2年間288回の面接の主な相談内容は次の通りです。

“遠隔コンサルティング”の内容例

<利用者への対応に関する相談>
ケースの見立てと対応の方針、心身不調による通所困難な利用者への対応、医療的ケアが優先されるケースでの機関間連携の進め方

<スタッフ自身に関する相談>
職場適応、キャリア形成、部下・上司とのコミュニケーション、ライフイベントストレスに関する相談

<事業所単位の相談>
組織的な対応が必要なケース、自傷他害および法に触れる可能性のあるケースに対する危機介入

 第1に、利用者への対応に関する相談です。一般的に、就労支援員は社会福祉の知識に触れることはあっても心理学の知識や技術に触れる機会は少ないです。また、対人援助サービスの経験歴が浅いスタッフもいることから、心理学の知識と技術の提供を心掛けています。

 第2に、スタッフ自身に関する相談です。利用者とスタッフ、スタッフ同士は相互に影響する関係であり、ストレスを抱え込むことがあります。したがって、スタッフ自身のケアは重要であり、セルフケアを推奨しています。

 第3に、事業所単位の相談です。危機介入では、組織単位で対応マニュアルを整備し、心理士はAPAのマニュアルに準じて対応します。なお、遠隔コンサルティングの実施では、利用者、スタッフの個人情報を扱うため、組織内の規定の整備、インフォームド・コンセントが不可欠です。

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“遠隔心理療法”(VCP)の発展に向けて

 2つの世界大戦が心理学のサービスを拡大させたように、これから遠隔心理支援サービスは5年あるいは10年かけてさらに普及・発展すると思います。対面式のサービスと遠隔式のサービスにも対応できるように、一人ひとりの心理士が準備をしなくてはなりません。今すぐに遠隔式のサービスを導入するのではなく、情報機器に使い慣れ、各種ガイドラインやマニュアルを遵守していく必要があります。

 Covid-19以降の心理支援において、遠隔心理学の知識と技術は有用なリソースです。遠隔心理学に関心をもつ方が増えて、正しく普及・発展する方向に社会が進むと幸いです。本稿がそのきっかけの一つになることを願っています。

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おわりに 遠隔でも対面でもダイアローグ?

 最後になりますが、ここ1年は、個人のダイアローグ性(不確実性の許容、対話性、多声性)の概念に着目し、この尺度の開発をチームで取り組んでいます。ダイアローグは、遠隔式と対面式のいずれの心理支援サービスにも共通する営みです。「こころのディスタンス」と関連するトピックかもしれません。相互の理解はいかにして可能なのか、個人内の理解はいかにして可能なのか、それらはどのように高めることができるのか、関心を寄せています。

<著者の関連論文>
平泉 拓・高木源.(2020).公衆衛生のための遠隔心理学.公衆衛生情報みやぎ. 505. 1-7.
平泉 拓.(2019). 遠隔心理療法と家族介護者の支援プログラムの検討.地域ケアリング, 21(3), 70-73.
Hiraizumi, T. (2018). Videoconferencing Psychotherapy and Community Care in Japan. Edt. H. Niiniö., P.Putkonen., & H. Hagino. New ways of promoting Mental Wellbeing and Cognitive Functions. Laurea Publication. 56-68.

執筆者プロフィール

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平泉 拓(ひらいずみ・たく)
東北福祉大学総合福祉学部 助教。博士(教育学)、公認心理師、臨床心理士。
著書として、『いちばんよくわかる図解臨床心理学』(成美堂出版:分担執筆)、『家族心理学ハンドブック』(金子書房:分担執筆)、『現代と未来をつなぐ実践的見地からの心理学(改訂版)』(八千代出版:分担執筆)、『震災心理社会支援ガイドブック』(金子書房:分担執筆)、『大震災からのこころの回復』(新曜社:分担執筆)など。

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