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立ち直る力〜VUCA(ブーカ)時代を生き延びるために〜(布柴靖枝:文教大学人間科学部教授)#立ち直る力

感染症が収束に向かうかと思い始めかけた途端、新たな変異株が登場する。私たちは今、不安になろうと思えばいくらでも不安になれる状況にあると思います。そんな中でも、一人ひとりが心の支えを得るために大切なことは何でしょうか。また家族という関係が果たせる役目は何でしょうか。家族心理学が専門の布柴靖枝先生にお書きいただきました。

 生きていると、実にいろいろなことが起こります。
 どんなに細心の注意を払っていても大きなミスをしてしまったり、身を粉にして一生懸命働いていてもリストラされてしまったり、とんでもない運転者によって交通事故に巻き込まれたり、自然災害で大切な家や、大切な人の命すら取られることがあります。

 このように生きている限り、私たちはストレスの原因となるストレッサーを避けて通ることはできません。それが「生きること」だからです。

 ましてや、VUCA(ブーカ)時代を生きている私たちは、コロナ禍に象徴されるように不確実性に満ちた時代を生きていると言って過言ではないでしょう。VUCAという言葉は、アメリカで冷戦後、1990年代頃より使われ始めた言葉ですが、今、ビジネスの世界でも多用されるようになりました。V(Volatility)、U(Uncertainty)、C(Complexity)、A(Ambiguity)の頭文字を組み合わせた言葉です。つまり、変化が速く、その先行きは不確実性が高く、目の前に立ちはだかる問題は、複雑な要因が絡みあって生じており、しかも、どうなっていくのかわからない曖昧さに満ちているという社会のありようを指しています。VUCA時代は、唯一絶対の回答が出せない時代と言えます。また、今までのモデルや規範がそのまま通用しない時代とも言えます。常識が根底から覆されることも起こりうる時代と言えるでしょう。コロナ禍において、今までの暮らし方、働き方、コミュニケーションのとり方等に、大きな変化を余儀なくされてきたことは、まさにVUCA時代を象徴しています。今まさに、気候変動による自然災害の増加など地球規模課題が山積しており、私たちは、今後ますます、いつ何時、トラウマティックな体験をしてもおかしくない時代を生き抜かねばならない状況にあります。

 先にも述べましたように私たちは生きている限り、ストレスの原因となるストレッサーを避けて通ることはできません。誰しもが多かれ少なかれ対峙しなければならないことです。VUCA時代にあっては、なおのこと「立ち直る力」はますます求められることになるでしょう。しかし、同じ辛い体験をしてもすぐに立ち直れる人と、そうでない人がいるように「立ち直る力」には個人差があります。今回は、個人レベルと、家族レベルで、立ち直る力に関わる心のありようについてお伝えできればと思っています。

 まず、個人レベルでできることを4つ紹介したいと思います。そのキーワードは、「気づき&自己受容」、「表現する力」、「試行錯誤しながら自分自身を選び取っていく力」、「自分ができることを見出す力」です。

 まず、1つ目の「気づき&自己受容」ですが、文字通り、ありのままの自分に気づき、それを受け止めることです。どんなことに喜びや、やりがいを感じる自分なのか。どんなことに悲しみや怒りを覚えるのか、自分自身の心に気づくことは、なんらかのことを選択するときに大いに役立ちます。そして、気づいたことや、自分自身の欠点や受け止め難いこともありのままに受け止めていくことです。特に嫌な自分を受容できている人は、立ち直る力が強くなります。実は、失敗したときにすぐに立ち直れる人と、立ち直れない人の差は、自己受容にあります。「なんであんなことをしてしまったのだろう」、「なんであんなことができなかったのだろう」、「できない自分はダメな自分だ」と思って自分を責め続け、自己否定をしていると、立ち直りが遅くなります。なぜならば、自己否定の中には、その実、「失敗した自分は自分でない」と、嫌な自分の一部を排除しようとする心の動きがあるからです。失敗することは誰しも心地よい体験とは言い難いですが、あの状況下において失敗した自分は紛れもない自分自身だ、とありのままに失敗した自分を受容できた人は、そこから立ち直ることができます。しかも、失敗から学んだことを次の経験に生かしていくことができます。

 そして、2つ目が「表現する力」です。どんなことでもいいので、これぞ自分らしく表現できるスキル、場、そして、仲間を持つことです。辛い時こそ、その気持ちを表現して、誰かや、どこかとつながる力を持っておくことはとても重要です。悩んだときに相談できる仲間や、専門家とのつながりを持っている人も立ち直りを促進します。話すことが苦手な場合でも、スポーツ、歌、絵を書いたり、日記を書いたり等、自分らしさを表現できる術を持っておくことはとても大事です。3つ目が、「試行錯誤しながら自分自身を選び取っていく力」を持つことです。そして、選択に迷ったら、とりあえず一歩を踏み出して、必要に応じて軌道修正を重ねていく力を持っていることです。最初からうまくいくことを前提にせずに、諦めずに柔軟に試行錯誤をしていく力です。

 4つ目に、「自分ができることを見出す力」を持つことです。つまり、自分にできることを見つけて、小さな行動を重ねていくことです。ちっぽけな自分を受容できた人ほど、どんな状況におかれても、こんな自分だからこそできる何かを見出し、行動してくことができます。夢や願いを諦めずに、今できる小さなことを積み重ねていく力です。

 以上のようなことを獲得できた人は柳のようなしなやかな強さが身につきます。決して簡単な道のりではありませんが、私はカウンセリングという仕事を通して、多くのクライアントが、この道筋を経て、心の傷つきから立ち直り、自信を回復し、自分らしく人生を切り開いていく姿に出会ってきました。

 さて、次に家族でできることについて紹介します。そのキーワードは「無条件の愛情」です。家族からの「無条件の愛情」も立ち直る力に大きな影響を与えます。無条件の愛情とは、相手を自分の思い通りに変えようとしない愛情のことです。たとえ、相手に自分の期待を裏切られても、相手の存在を大切に思いケアできる関係を作ることです。これも簡単なことではありません。私たちは、身近な、大事な存在であればあるほど、相手を自分の思い通りにしたいという欲求や期待が大きくなるからです。それゆえに、期待が裏切られると怒りという感情が生じやすくなります。つまり、すぐに喧嘩をしてしまう家族は、お互いが大切だからこそ期待が大きくなって喧嘩が生じる、とも言い換えることができます。また、子どもを両親の喧嘩に巻き込まないことはとりわけ重要です。両親間葛藤に巻き込まれて育ってきた子どもは、自己存在に自信が持てなくなったり、自分の負の感情を表現することが苦手になったりすることで、立ち直る力も弱くなる傾向があります。

 さらに、親子関係を見ると、苦労した親ほど、子どもに自分のような苦労をさせまいと、良かれと思って、子どもへのコントロール欲求が強くなってしまう傾向があります。つまり愛情には変わりないのですが、ときに行き過ぎたものになり窒息の愛情となり、子どもの自立を阻害することが生じやすくなります。子どもが失敗したときに、「なぜそんなことができなかったのか」とさらに追い詰めるようなことを言ってしまいがちです。

 失敗しても存在を否定されずに家族に受け止められた経験のある子どもは、立ち直る力が強くなります。なぜならば、自分の嫌な自分を見せても、それでも存在を否定されずに受け止められた子どもは自信を持ち、自分の弱さやまずさに立ち向かっていこうとする強さを身につけていくことができるからです。

 家族で最も大事なことは、家族の中にいることの安心感ではないでしょうか。喜びを分かち合えることもさることながら、外で傷ついた気持ちを癒す場としての家族の存在も大きいでしょう。悲しさ、辛さ、時に憤りなど、外では表現できない気持ちを分かち合える場となるとなおのこと安心感が増します。しかし、怒りの感情をそのまま出すと誰かを傷つけてしまうかもしれません。Noという気持ちを、相手を傷つけない形で率直に伝えるには、アサーティブな表現方法が大いに役立ちます。アサーティブに相手に気持ちを伝える時は、「あなた」が主語になるような言い方ではなく、「私」が主語になるI―Statementになるような言い方をします。そして、怒りの感情の下にある傷ついた気持ち、がっかりした気持ち、残念に思った気持ちを率直に表現することです。

 最後になりますが、何気ない日常会話ができることも大きな癒しの場となります。特に、VUCA時代にあっては正しさを求めて言い争うのではなく、「どちらも正しい」、「絶対正しい答えはない」ということを前提に語り合うことが大切です。どちらが正しいかを問うのではなく、多様な見方を語り合い、知恵を生み出していくことが、VUCA時代における「立ち直る力」において、ますます求められると言えるでしょう。

執筆者プロフィール

布柴靖枝(ぬのしば・やすえ)
文教大学人間科学部教授。大学院人間科学研究科研究科長。
京都大学大学院博士後期課程修了。博士(教育学)。
家族心理学、統合的家族療法が専門。女性問題やジェンダーを基に生じる暴力(DV、ハラスメントなど)への支援を心理臨床のみならず、国連の活動に関わり、グローバルな活動を展開している。
第71回、72回国連総会政府代表顧問。
公認心理師・臨床心理士・家族心理士・社会福祉士・上級教育カウンセラーの資格を持つ。

▼ 著書



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