【連載】ほどよい家族支援を目指して―児童精神科訪問看護の舞台裏から(児童精神科医:岡琢哉) 第1回:病院の外来から在宅へ―児童精神科医として直面したニーズと対応のギャップ
コロナ禍を通じた変化
私たちは今、時代の転機の中を生きています。新型コロナウイルス感染の流行に伴い、社会全体で大きな変化が生じました。人の往来が制限され、家族でさえも一時的に隔離され、直接会うことができない状況が続きました。コロナに関する話題が落ち着いた今も、以前は当たり前だったことが当たり前でなくなり、むしろ「『当たり前がそうでなくなること』が当たり前になる」という、複雑な変化が私たちの日常に押し寄せています。
このような変化に最も敏感に反応するのは、子どもたちです。彼ら/彼女らは、良い変化も悪い変化も、まだ「ことば」にならない違和感として感じ取り、その違和感を内面で消化しようと試みますが、時にはうまく表現できずに苦しむことがあります。私が専門とする児童精神科の領域では、こうした子どもたちの抱える違和感に「名前をつける」こと、そして彼らがその違和感が飲み込めるようになるまでの時間を共にすることが重要な支援となります。これまではこのような仕事は、目立たない小さな診察室で行われるものでしたが、近年では児童精神科領域に対する社会的なニーズが高まり、私たちの仕事にも注目が集まるようになっています。
児童精神科医療の課題
しかし、社会からの大きなニーズがあっても児童精神科を専門とする医師の数を急に増やすことはできません。私がかつて勤めていた児童精神科の専門病院も急速に拡大したニーズに対して対応できる人材の確保、養成に苦労していました。児童精神科の入院施設を持つ専門病院は全国的に見ても限られており、東京都内に限らず隣県からの診療要請にも応じなければならず、専門施設としての機能を維持するだけで必死な状況でした。おそらく児童精神科医を抱える施設ではどこも似たような状況でしょう。児童精神科の初診予約を取るための電話が「アイドルのチケット」に例えられてしまうほど、予約の取得が困難となっていることもよく聞かれます。また、予約が取得できたとしても初診までの待機期間が長期化していることも問題です(平成29年、総務省)。
これらの課題を解決するために児童精神科医を養成するための寄附講座が開かれたり、各自治体の中で診療ネットワークが作られたりと大きな枠組みとして「社会の側」からの受け皿作りは行われています(令和元年、厚労省)。しかし、現場にいる医師や実際に医療サービスを受ける子ども達や家族の視点に立っての課題解決は行われていないように感じていました。私が感じていたのは子どものこころの診療を行う上での圧倒的な「余裕のなさ」です。特に医療者に不足しているのは外来診療にかける「時間のゆとり」です。
精神科の外来診療は子どもでも成人でも「時間をかけた丁寧な診療」に対して報酬が生じることはありません。従って、病院を運営する側からは短時間で的確な判断と対応をすること、が最も求められます。一方で精神科、児童精神科に来院される子どもとその家族は自分たちの困りごとを伝え、それに対する助言を聞くゆっくりとした時間を必要としています。
外来で生じるコミュニケーションのギャップと訪問看護
このように外来を受診する利用者側と医療を提供する医師との間で、ニーズと対応にまつわる大きなギャップが生じているのが実情です。私自身も外来対応をする中でこのギャップが元で生じるコミュニケーションのすれ違いに歯痒い思いを抱いていました。できるだけ短い時間で困りごとの要点を汲み取り、今の段階で打てる手立てを伝えようという私の思いは長い待機期間の末辿り着き、これまでの苦悩とこれからの不安をしっかりと伝えたい家族の思いとの間ではなかなか噛み合いません。このような外来の場面で私自身が助けられたのが「精神科訪問看護」という医療サービスでした。
精神科訪問看護とは「精神障がいをもって地域で暮らす人の健康と生活を支え、利用者と家 族のリカバリーを支援する医療サービス」とされており(令和5年、厚労省)、主に継続した外来受診が難しいケースや地域の中で多くの障害福祉サービスを利用する必要のあるケースで利用される医療サービスです。具体的なサービス内容としては、医療機関もしくは企業の運営する「訪問看護ステーション」に所属する看護師が直接サービスを利用される方のご自宅に伺い、病状や健康状態、服薬状況を確認/評価する他、利用者との対話の中で苦悩や不安を聞き取り、主治医との連携を行なっていくものです。
私が外来医として訪問看護を利用していたのも通院が途絶えそうなケースであったり、診察室の様子だけでは保護者や子どもの困りごとの詳細が把握できなかったりしたケースでした。このようなケースで訪問看護を利用することで、外来でのコミュニケーションがスムーズに行え、少しずつ治療が前に進んでいく実感が得られました。しかし、ほとんどの精神科訪問看護ステーションは成人の利用者を対象としており、児童精神科領域に対応できるステーションは限られています。また、利用が開始されたとしても担当者が変更になるだけで対応方針が大きく変わってしまい、結果として支援が途絶えてしまうこともありました。
起業と児童思春期に特化した精神科訪問看護の立ち上げ
このような経験を背景に持ち、2020年のコロナ禍の最中に医療者として様々な活動が制限される中、私は自分が臨床の中で感じていた課題意識と自身が進む医師としてのキャリア形成との狭間で迷い、それを解消するために新しい人との出会いに躍起になっていました。当時は現地での交流に多くの制約があり、その反動としての「飢え」をオンラインで解消しようという人が溢れていたように記憶しています。そして、この頃に得た繋がりとそれ以前からあった繋がりが交錯する中で「ヒトが夢見る力を失わずに現実を生きる世界を創造する」をビジョンとする株式会社カケミチプロジェクトを起業し、2021年4月に「訪問看護ステーション ナンナル」という児童精神科領域における新しい家族支援のサービスが誕生します。
本連載では、私の児童精神科医としての経験だけでなく、訪問看護ステーションを運営する立場という新しい視点を加えて「子どものこころ」だけでなく「家族のこころ」を支援することの意義と重要性をお伝えしていきます。