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「助けて」が言える、「助けて」が届く社会をめざして ~援助要請の心理学から創り出す未来~(本田真大:北海道教育大学函館校 准教授) #こころのディスタンス

ソーシャルディスタンスが提唱されている社会情勢の中において、「こころのディスタンス」を近づけて、「助けてほしい」「相談したい」などの「援助要請の心理」が創り出す未来について、本田真大先生に語っていただきました。

相談しない心理

 物理的・身体的距離を一定程度離す「ソーシャルディスタンス」は、心理的距離(「こころのディスタンス」)にも影響するでしょう。本稿では特集テーマの「こころのディスタンス」を、相談することから捉えます。

 助けを求めることや相談することに関する心理は、援助要請と呼ばれます。援助要請に焦点を当てたカウンセリングでは、相談しない心理を「困っていない」(本人に問題意識がない等)「助けてほしいと思わない」「『助けて』と言えない」という3つに分類し、それぞれに応じた方法で相談しない心理に触れていきます。

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新型コロナウイルス感染症影響下での相談の難しさ

 物理的・身体的距離を離し、あまり人と会わないように生活することが援助要請に与える影響について、まだ十分な研究はありませんので、ここでは筆者の考えを述べます。

(1)困りごとが複雑多様化する
 就業や経済面での問題や、子どもの学力面での不安や不満の高まり等の新たな困りごとが生じています。さらに、外出が減り家族で過ごさざるを得ないことで、もともとあったが蓋をしていた家庭内の問題が表面化する等、何とか保っていた家族の均衡が崩れることも考えられます。悩みが複雑になるほど「どこからどう話せばいいのか」と、人に話すのが難しく面倒になり、経済状況や家族内の深刻な問題を人に言いづらくなることで相談しにくくなると予想されます。

(2)気づいて助けてくれる人が減る
 学校や職場等では会いたい人に加えて、特別親しくはない人、好きになれない人、全く知らない人(通学・通勤途中ですれ違う人等)とも会わざるを得ません。それらの人間関係がストレスの原因となることもあれば、困ったときや緊急時に自分を助けてくれる存在にもなり得ます。これらの人々と接する機会が減ると、自分から相談しなくても周りの人が気づいて助けてくれること(担任の先生が声をかけてくれたから相談できた等)が減る可能性があります。

(3)もともと相談が苦手な人がますます相談しにくくなる
 家庭の中で子どもがお家の人の暗い顔を見たり、暗い話題を聞いてどう反応していいか分からなかったりと、子どもに分かるくらいにお家の人に余裕がなくなっている世帯も多いのではないでしょうか。「助けて」と言えないから相談しない人の中には、「迷惑をかけるから」、「こんな悩みで時間を取らせるのが申し訳ないから」と相手に遠慮する人がいます。周囲の人が余裕なく過ごす様子を見るとますます相談できなくなるでしょう。

(4)スティグマが自分に向くことで相談しにくくなる
 精神疾患等の心の病に関する研究ですが、スティグマ(否定的な認識)にはパブリックスティグマ(社会に浸透する否定的認識)と、セルフスティグマ(自分自身が受ける否定的認識)があります(Corrigan, 2004)。そして、パブリックスティグマは、セルフスティグマとして内面化され(Vogel, Bitman, Hammer, & Wade, 2013)、自分が当事者になったときに相談しにくくなると指摘されています。新型コロナウイルス感染症に関しても同様に考えられるかもしれません。社会全体の感染症・感染者に対する否定的な認識を減らすことは、感染症の当事者とその治療者・支援者を追い込まないためのみでなく、自分自身が当事者になったときに相談しやすくなるためにも重要です。

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「助けて」が言える、「助けて」が届く社会をめざして

 相談しないことを自己責任にしないことが重要です。なぜなら、その人の周囲には、「相談したい」と思ってもらえるほどの人間関係を結べた人がいない(「こころのディスタンス」が遠い)とも言えるからです。そのため、「助けて」が言える力を育てる(下記(3))だけでなく、「助けて」が届かない社会(相談される人)が変わる努力(下記(1)(2)(4))が求められます。

(1)「相談する人」のモデルを示す
 家族や同僚の前で、些細なことでよいので、誰かに助けてもらった出来事や、自分からお願いして上手くいった出来事を話しましょう。「みんな大変だろうけど、案外助けてくれる」、「人に頼ってもいい」というメッセージが周囲の人に伝わることを期待します。

(2)「助けて」が言えない人の気持ちに気づく
 身近な人の相談したい気持ちに気づくには、いつもと違う様子を探すことが大切です。「助けて」が言えない人に対して周りの人が気づいて配慮しながら助けることは、多様な人々が共生する社会において大切にしたいことの一つです。

(3)SOSに見えないSOSを出してみる
 相談時に上手く話せなかったことで「結局、何が言いたいの?」、「どうしてほしいの?」と冷たく扱われた経験がある人もいるでしょう。否定的な相談経験が重なると相談したくなくなるのは自然なことです。それでもなお、自分一人で解決するのが困難なときには、相談しない心理に沿った方法でSOSに見えないSOSを出してほしいと思います。

 「困っていない」から相談しないときには、自分に問題意識がなくても周囲の人から「これではまずいよ」と指摘されると思います。その人に「あなたは何を心配しているの?」と聞いてみましょう。情報を得ることで新たな気づきを得るかもしれません。「助けてほしいと思わない」から相談しないときには、周りの人からの働きかけに「無いよりましかな」くらいの気持ちで応じてみましょう。困りごとが解決しなくても、現状の小さな変化のきっかけや自分で解決する糸口の発見につながるかもしれません。そして、「『助けて』と言えない」から相談しないときは、相談の抵抗感を知ることから始めましょう。「相談するとどうなりそうか?」と自分に問いかけた結果、「『甘えている』とか『自分で考えない人だ』」と思われるのが嫌なんだ」と分かれば、相談するときに「〇〇で困っていて、私は△△したいと思うんだけどあなたの意見も聞きたくて」と、最初に自分の意見を伝えましょう。少しは相談しやすくなると思います。

(4)なけなしのSOSを受け止める
 相談が難しくなっている今、自分なりの解決法が上手くいかなかったり、危険な方法だったりすると新たな問題状況が発生します。人に頼れないから頑張ることで、さらに大きな困りごとに巻き込まれてしまう悪循環に陥ります。

 身近な人の抱える問題状況が大ごとになってから発覚したとき、相談された人は、「なんでもっと早く言わなかったの!」と思わず叱ってしまうのではないでしょうか。相談された人が突然の出来事に驚き不安になるため、仕方のない反応とも言えます。しかし、こう言われると「ほらやっぱり、言わなきゃよかった」と心を閉ざすかもしれません。「私がもっと早く気づければよかったね」、「私も疲れていて、相談しにくい雰囲気だったんだろうね」と、相手を思いやる気持ちを言葉で伝えたいものです。相談は、「あなたとの『こころのディスタンス』を近づけたい」というメッセージです。そのメッセージが相手に受け入れられることで初めて近づくことが許されるのです。

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「こころのディスタンス」を近づけるためにできること

 最後に、新型コロナウイルス感染症影響下での筆者の実践を紹介します。

(1)新たなソーシャルスキル教育の開発
 人間関係づくりをめざす心理学の技法の多くは、ペアやグループで会話しコミュニケーションの仕方を学ぶため、ソーシャルディスタンスの点から今は実施が困難です。とは言え、学校が再開した6月以降、進学・進級後の新たな人間関係への不安が高い子どももいるでしょう。そのようなニーズに応えるために、感染症影響下で実施できるソーシャルスキル教育を開発し、地域の学校で実践しています。子どもたちに「(物理的に)離れても、話さなくても、マスクで表情が良く分からなくても、クラスの人と仲良くなれる」という体験と安心感を得てほしいと願っています。

(2)幼稚園での子育て支援活動
 筆者の研究室では、大学附属の幼稚園の預かり保育で「あそびっこだいさくせん」を年間10回程度開催しています。この時間では、異年齢の幼児同士が刺激し合い助け合う姿や、自分なりの目的(「こうしたい!」)を持って探究・没頭・試行錯誤・挑戦する姿を大切にしています。
 4月以降、臨時休園や感染症予防のために幼稚園で活動できないため、「おうちであそびっこ!」として室内で楽しめる教材を用意し、全園児に月1回配布しています。子どもが教材を作って遊ぶ中で不思議さ(「なんでこうなるんだろう?」)、予測(「こうしたら、こうなると思う」)、発見(「こうしたらもっと面白くなりそう」)等を体験しやすいように工夫し、保護者には室内で遊ぶ際の安全面の配慮と遊び環境の工夫を伝える文書を同封しています。子どもが一人で遊ぶことで保護者が自分の時間が取れて一息つけたり、家での遊びに飽きた子どもと一緒に遊べることが増えたりと、各家庭のニーズに少しでも応えられるように大学生を中心に取り組んでいます。この実践の一部は、研究室のインスタグラムで紹介しています。

(3)「こころのディスタンス」を近づけるために
 前者の実践は、学級内の良好な人間関係が形成されることで、「この人になら相談してもいいかも」と思える人ができることを期待しています。後者の実践では、子どもが楽しい体験をすることに加えて、子どもの前で保護者が余裕のある表情になり、子どもと一緒に楽しく遊ぶ時間が増すことで、困ったことをお家の人により安心して表現できるようになってほしいと願っています。これらの実践にあたり、筆者自身が地域の学校園の先生方と研究室の大学生たちに助けられています。
 人は人生を送る中で様々な困りごとを経験します。一人でも多くの人が「困りごとはなくならない。それでも私には相談できる人がいる。」と思える社会をめざして、研究と実践を続けます。

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<引用文献>
Corrigan, P. W. (2004). How stigma interferes with mental health care. The American Psychologist, 59, 614-625.
Vogel, D. L., Bitman, R. L., Hammer, J. H., & Wade, N. G. (2013). Brief report: Is stigma internalized? The longitudinal Impact of public stigma on self-stigma. Journal of Counseling Psychology, 60, 311-316. 

執筆者プロフィール

本田真大先生似顔絵

(このイラストは研究室の卒業生の作品です)

本田真大(ほんだ・まさひろ)
北海道教育大学函館校准教授。博士(心理学)、公認心理師、臨床心理士、学校心理士。
専門は発達臨床心理学。主に幼児から高校生と保護者を対象に、悩みの相談に関する心理(援助要請)、教育相談、保育の質に関する研究と実践を行っている。
研究室ホームページ:学校臨床・子育て支援研究室
研究室インスタグラム:学校臨床・子育て支援研究室(Masahiro Honda)

<主な著書>


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