おさなごころの出会いと別れ(大竹直子:臨床心理士・公認心理師)#出会いと別れの心理学
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おさなごころの出会いと別れ(大竹直子:臨床心理士・公認心理師)#出会いと別れの心理学

幼い頃の記憶は、人によって差があります。保育園の頃のことは、ほとんど覚えていないという人もいます。そんな頃の出会いと別れは、子どもの心に、また将来にどのような影響を及ぼすのでしょうか。その際、周囲のおとなたちによる大切なかかわりとは何でしょうか。保育カウンセリングがテーマの著書をもつ大竹直子先生にお書きいただきました。

タロウくんの「出会い」と「別れ」

 「おさなごころの出会いと別れ」というテーマのご依頼をいただいたとき、ふと思い出した一つの事例があります。

 タロウくんは、発達に課題を抱えたお子さんです。4年間通った保育園では、大好きなケイコ先生がずっと担任としてタロウくんに寄り添ってきましたが、小学校入学に伴い、大好きな保育園とケイコ先生とはお別れをしました。小学校では、ヒロシ先生が担任となり教室で過ごしていましたが、椅子に座っていることができず、教室の中をぐるぐる歩き回り、疲れると教室の後ろの床に寝そべります。ヒロシ先生がタロウくんに声をかけても、タロウくんは目を合わせず無視をする。給食の時間も、食べずにずっと一人で床の上に座ったり寝転んだりしている。そんな生活が2か月ほど続きました。ヒロシ先生は、タロウくんがこのようなとき、これまで保育園ではどのようにかかわっていたのかを教えてもらうためにケイコ先生に連絡をしました。保育園では、そのようなことはなかったとのこと。そこでスクールカウンセラー(SC)だった著者も加わり、タロウくんの気持ちとかかわりを考えることになりました。

 SCは、タロウくんが長年過ごしてきた保育園の環境とケイコ先生に会うために保育園に行きました。タロウくんが好きだったおもちゃや安心して過ごすことができた場所を見せていただきましたが、「他にタロウくんが好きだったものはありますか?」とうかがったところ、最後に教えていただいたのが、ケイコ先生のピンクのエプロンとエプロンの胸ポケットにさしてある、ミッフィーのマスコットがついたボールペンでした。いつもタロウくんは、ケイコ先生のピンクのエプロンの端っこを握っていたこと。目を合わせるのが苦手なタロウくんですが、ケイコ先生とお話するときには、胸のボールペンにぶらさがっているミッフィーのマスコットをじっと見ていたことがわかりました。その後、ヒロシ先生とSCとで相談をして、給食のとき、ヒロシ先生がケイコ先生のエプロンと似たピンクのエプロンで(もちろん、胸にはケイコ先生と同じミッフィーのボールペンをさしています)、床に寝そべっているタロウくんのところへ行き、声をかけてみたのです。すると、タロウくんは、しばらくしてゆっくりと起き上がり、ピンクのエプロンの端っこをつかみ、ヒロシ先生と一緒に自分の席に行くことができました。そして、ピンクのエプロンをつけたヒロシ先生と少しずつ関係を作ることを重ね、秋が来るころには、ヒロシ先生がピンクのエプロンを着けていなくても、タロウくんは、ヒロシ先生を頼ることができ、クラスの子どもたちとも一緒に行動することができるようになりました。

大竹先生 挿入写真 小学校教室

「現実の世界」と「心の世界」

 私たちの出会いと別れには、現実に起きている出会い・別れと、心的な出会い・別れとがあります。タロウくんは、保育園を卒園し、現実的にはケイコ先生とお別れをしましたが、小学校に入学したあとも、タロウくんの心の世界には、ケイコ先生がいたのでしょう。小学校という新しい環境で過ごすためにも、心の世界では、なおさら安心できるケイコ先生の存在が必要だったのかもしれません。しかし、現実の世界には、ケイコ先生はいない。現実と心の世界のギャップに戸惑いや不安を感じていたタロウくんの気持ちが想像できます。

 しかし、ヒロシ先生が、ケイコ先生を感じることができるピンクのエプロンを身に着けることで、タロウくんは、現実の中でのヒロシ先生に、心の中でのケイコ先生(安心)を感じることができたため、ヒロシ先生とつながり、ヒロシ先生とのかかわりを重ねることができたと考えられます。

現実と「心の世界」を結ぶ

 私たちおとなは、たとえば住み慣れた町や職場から離れるとき、「仕事(転勤)だから仕方がない」とか「新しい環境に身を置くことも良い経験になるだろう」などと現実を心が受け入れられるよう意味づけをしたり、多様な視点から物事をとらえてみたりすることができます。

 しかし、幼い子どもは、現実を生きながらも、豊かでリアルな「心の世界」を生きています。おとなのように、心が、現実についていけるように考えたり、工夫することがまだ上手ではなく、現実と「心の世界」はそれぞれ反映しながらも、うまく結びつかないときには、戸惑ったり、心が不安定になることがあります。

 そのため、「もう壊れているのだから」とお母さんに大好きなオモチャを捨てられたとき、親の都合で引っ越しをしたときなど、現実の変化(お別れ)に心がついていけず、情緒不安定になったり、あてもなく失ったものを探してみたり、以前住んでいた町を訪ねようとしてみたりすることがあるのです。

 こうしたとき、子どもは、戸惑いや不安を何かしらの方法で表現します。「嫌だ」「なんで~なの?」など戸惑いや不安、不満などを言葉にして伝えてくれることもあります。また、うまく言葉で表現できないときには「気持ちが悪い」「足が痛い」などと身体症状を訴えることもあります。家族とのお別れや出会いの際には、逆に何もなかったかのようにふるまいながらも、子どもらしい言動が減ったり、表情が硬くなったりすることもあります。

 「現実のペース」と「心のペース」は異なります。現実の世界で「お別れ」したとき、心の世界では「つながっている」こともあれば、かなり時間が経ったあと心でも理解し受け入れることができて「お別れ」をすることもあるでしょう。

 子どもの心は、日々の体験や成長の中で育まれています。そのため、心の世界は、日々変化し、ゆらぎ、多くのことを感じ取りながら、子どもの中に存在しています。このような「子どもの心」が、大切な人との別れや出会いを受け容れるまでには、おとな以上に、時間が必要であり、サポートが必要であると感じます。

大竹先生 挿入写真 子ども

子どもの心に寄り添う

 このとき、おとなができるサポートとは何でしょうか。

 子どもは、状況や自分の気持ちを自分で受け容れることが難しいとき、安心できる誰か(とくに愛着を形成している家族や先生)に受け容れてもらうことをとおして、自分でも自分の気持ちを受け容れることが可能になります。たとえば、幼稚園を卒園したとき、引っ越しをしたとき、どんな時も持ち歩いていたタオルやぬいぐるみを手放すとき、夢中で観ていたテレビ番組が終わったとき、友達に傷つけられたとき(心の世界で友達を喪失していることがあります)、子どもは「つらいな」とか「引っ越ししたくない」とか「いやだな」などと言葉にすることがあるでしょう。そのとき、「仕方がないでしょ」「早く忘れなさい」などと伝えるのではなく、子どもの身になり、子どもの気持ちを想像し、語ってくれた気持ちをそのまま受け止めるのです。

 これを受容といいます。受容は、「それでいい」とか「それではダメ」とおとなの価値観で肯定・否定するのではなく、子どもの気持ちを「あるがまま」を認めることです。つまり、「あなたはそのように感じているんだね」「あなたの中に、そのような気持ちがあるんだね」という気持ちで、「つらいんだね」「さみしいね」とそのままを受け止めるのです。

 子どもが、自分の気持ちをうまく言葉にできず「おなかが痛い」などと訴えたときも(身体に原因がある痛みではなく、心的な理由で訴える痛みが前提です)、ていねいにその訴えに寄り添います。「おなかのどのあたりが痛いかな?…ここが痛いんだね。」「どんなふうに痛いのかな?…そう、チクチクするんだね」などと確認しながら、聴くことができるとよいでしょう。

 子どもは、自分の気持ちを、そのまま受け止めてもらえると、受け止めてもらったことをとおして、自分でも少しずつ現実や自分の気持ちを認め、安心していくことができます。

 忙しいおとなは、このようなゆっくりと子どもの声に耳を傾けることが難しかったり、つい現実に合わせることを子どもに要求したくなったりしますが、育ちゆく子どもの心の世界が、現実の別れや出会いを受け止めていくプロセスには、寄り添ってくれる安心できるおとなの存在が必要なこともあります。

 また、親の離婚や再婚、引っ越しなど、おとなの事情で子どもが別れや出会いを体験するときには、子どもの心に、親の心が届くよう、向き合うことも大切です。子どもが理解できないであろう事情があるときでも、子どもの心は、親の心をしっかり受け取ります。子どもへの気持ち、親である自分の気持ちを、できれば子どもが受け取れる言葉で伝え、子どもの気持ちも大切に聴き、受け止めたいものです。

大竹先生 挿入写真 慰める

 出会いは思いがけない変化をもたらすことがあり、別れは寂しくつらいこともありますが、子どもの「心の世界」が安心や安定できるよう寄り添うことで、出会いや別れの体験は子どもの心を豊かにしてくれます。

 今年も春をむかえ、おとなも子どもも、たくさんの出会いと別れを経験していることでしょう。「うまく関係をつくっていけるかなぁ」という不安や、「さみしいなぁ」「つらいなぁ」という気持ちなど、ネガティブな感情が湧くこともありますが、どんな気持ちも大切な気持ちです。気持ちの言い分に耳を傾け、「しっかりしろ!」「くよくよするな!」と自分の気持ちに叱咤激励するのではなく、「私はこんな気持ちなのだなぁ」とそのままを認めて(受容して)みましょう。ゆっくり自分の気持ちと付き合い、子どもの気持ちに寄り添うことができるような心の余裕や在り方を、まずは私たちおとなが大切にしたいものです。

執筆者プロフィール

大竹直子(おおたけ・なおこ)
臨床心理士・公認心理師。千葉大学総合安全衛生管理機構(カウンセラー)、法政大学・大学院兼任講師。専門はカウンセリング。自己表現支援、教師・保育者サポートを主とした研究と実践を行っている。

著書



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