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自己を危険にさらす働き方への警鐘と対策(ハーゲン大学 労働・組織心理学科学科長:Jan Dettmers) #働く人のメンタルヘルス #金子書房心理検査室

自己を危険にさらす働き方

 労働者に対する詳細な指示や厳しい監督を伴うテイラー主義的な管理(コマンド・アンド・コントロール, Drucker, P. F. 1988)から脱却し、その自律性と自己責任を重視する柔軟な労働組織形態(アジリティ、ニューワーク、ホラクラシー、目標による管理など)は、自らを現代の雇用者とみなす企業でますます一般的になっています。例えば、Googleのような企業は、目標と主要業績(OKRs, Doerr 2018)を口にします。このような結果重視の管理形態とリーダーシップ(結果のみの労働環境、Kelly & Moen 2020)では、投下された労働時間や労働者の(検証可能な)努力に焦点が当てられるのではなく、主に労働者によって提示される結果、すなわち、あらかじめ決められた、または合意された目標の達成に焦点が当てられます。Covid-19の大流行でモバイル・フレキシブル・ワーク(在宅勤務)が広まるにつれ、在宅勤務は古典的なコマンド・アンド・コントロール型の管理形態には適していないため、このような結果重視の管理形態はさらに重要性を増しています。アジャイルワーク(agile work)のような一般的な管理概念も、結果志向の自己管理メカニズムに依存しているのです。

 企業だけでなく労働者にとっても、このような間接的管理(indirect control)形態には否定できない利点がある一方で、間接的管理は、設計が不十分であれば負の効果につながる可能性もあります。この文脈で広く議論されている特定の現象(例えば、Dettmers et al. 2016)は、自己を危険にさらす働き方です。本稿では、意図的な自己危険行動(interested self-endangerment)という現象を紹介し、自己を危険にさらす行動の増加につながる要因と、その対策について議論します。

間接的管理


 間接的管理のもとでは、労働者には「どのように」業績を達成するかについて、かなりの自由が与えられています。仕事の成果は、経済的に妥当で測定可能な結果(売上高や顧客満足度など)や、一定の要件(例えば、時間単価の設定)によって管理されます。しかし、これらの指標は経営陣によって外部から管理されるだけでなく、労働者自身が業務遂行を成功や経済的目標の達成、ベンチマークの超過と比較して評価する役割も担っています。つまり、労働者は同時に2つの側面を考慮し、両立させなければなりません。すなわち、専門的な目標を追求しながら、同時に経済的な要件も考慮しなければならないのです。そのために、常に、実行した業務が企業にとって経済的に利益をもたらすかどうかを確認しなければなりません。このような、間接的な管理形態は、自営業者や企業の経営者のパフォーマンスのダイナミクスを労働者のものに近づけ、業務を合理化し、生産性と柔軟性を高めようと図っています。間接管理システムは、目標設定理論(Locke & Latham 2002)の原則に基づき、従業員が企業の目標に共感し、自発的にその達成を目指すことを目的としているのです。

 企業の観点からの望ましい効果に加え、間接的管理には、労働者の幸福にとって好ましいとされる人間中心のワークデザインの重要な基準も含まれています(例えば、Hackman & Oldham 1976, Karasek 1979)。より多くの自律性、責任、柔軟性、そして創造性とエンゲージメントの促進は、個人の成長、学習、仕事と余暇のより良い調整の機会を提供します。このように、企業と労働者の双方が利益を得るというWin-Winの状況が、間接的管理の人気と普及の拡大に拍車をかけているのです。

 しかし、このような間接的管理システムは、望ましくない副作用も伴います。間接的管理の原則は合意された業績目標との同一性を高め、その目標を達成することがほとんど個人的な関心事になってしまう可能性があります。すなわち、仕事上の目標を達成できないと、個人的な不足感を感じるようになるのです(Peters 2011)。その結果、労働者は、与えられた資源や自身の能力では達成不可能な目標であっても、あらゆる手段を使って達成しようと努力します。目標達成の方法に関して与えられた意思決定の自由は、労働者によって永続的に自己の能力を超えるように利用されます。労働者はますます自己搾取的な行動をとるようになり、たとえその行動が健康を害するものであっても、あるいは定められた安全規制を回避するものであっても、仕事上の目標を達成するためにあらゆることを行うようになるのです。このような行動は、「仕事上の成功への関心から、個人的な仕事上の行動が自らの健康を危険にさらすのを自分自身で注視している」行動であり、意図的な自己危険行動(interested self-endangerment)とも呼ばれます(Krause et al. 2010, p.1)。

 自己危険行動は、基本的に、通常の努力では不可能な仕事上の目標の達成のために役立ちます。これは、一時的に自尊心やモチベーションを高める可能性がありますが、長期的には健康や回復に悪影響を及ぼします。Krauseら(2012)は、指標や目標を用いて労働者の業績を間接的に管理し、労働者が市場からの圧力を感じている企業におけるいくつかのケーススタディにおいて、さまざまな自己を危険にさらす戦略を特定しました。これらの戦略の中には、障害や負担を乗り越えてでも、何としてでも目標を達成することに重点を置くものもありました。例えば、休憩や他者との交流を一切取らずに極端に集中的に働く、あるいは就業時間を深夜や週末、休日まで延長するなど、意図的な労働の強化が含まれます。さらに、目標を達成できないという脅威をできるだけ回避することに重点を置いた回避戦略も適用されました。これには、目標を達成したように装うことも含まれ、労働者は組織内で目標を達成できなかったことが発覚し、処罰されることをできるだけ避けようとしました。その他の行動を表1(Mustafic 2023を参照)に示します。

表1:自己を危険にさらす戦略の例

延長戦略(Extensive Strategies):
- 労働時間の強化と延長
- 余暇バランスの放棄
- 病気にもかかわらず働く(プレゼンティーイズム)
- パフォーマンス向上のための薬物使用
- 余暇中の労働
- 休憩時間の放棄
回避戦略:
- 仕事の質の低下
- 実績の捏造
- 職場での交流の放棄

自己を危険にさらす働き方の結果と予測因子


 仕事の目標を達成することに成功すれば、自尊心が高まるなどポジティブな効果があるかもしれません(Widmer et al. 2012)し、または少なくとも目標を達成できなかったという後悔から逃れることができたという満足感を得られるかもしれません(Peters 2011)。しかし、こうした肯定的な効果を裏付ける証拠はほとんどありません。実際、自己を危険にさらす行動によって求められる目標が達成されることはほとんどないのです(例えば、Vahle Hinz & Baethge 2023)。また、他の研究でいわゆる挑戦的ストレス要因に起因する動機付け効果が観察された場合でも、従業員が自己を危険にさらす行動を選択した場合には、そのような効果は見られませんでした(Baethge et al. 2019)。結果として、長い目で見た場合、健康への悪影響が優勢となります。自己を危険にさらすような働き方は、過剰な労働負担と健康や幸福への悪影響との間の媒介メカニズムと見なすことができます(例えば、Baeriswyl 2014; Deci et al. 2016)。さらに長期的には、疲労や心身の不調といったメンタル面の損失が生じます。

 仕事の過負荷が存在する職場では、意図的な自己危険行動が起こる可能性があります。通常の努力では、自分自身で設定した、または、割り当てられた仕事の目標を達成することが困難な場合です。これまでの研究では、仕事における量的または質的な過負荷と自己危険行動の発生との間の相関関係が繰り返し示されてきました(例えば、Deci et al. 2016)。しかし、この種の誤った対処行動が現れるには、ある程度の柔軟性と自主性が求められます。例えば、就業時間の延長といった拡張戦略は、就業時間が柔軟で延長可能である場合にのみ適用できます。また、プレゼンティズム、すなわち、病気にかかっているにもかかわらず就業することは、成果に重点をおいたコントロール、つまり、時間的に自由にできる仕事が存在し、それをこなさなければ蓄積されていくため、それをこなすようプレッシャーがかかる場合にのみ意味があります。すでに述べたように、自律的で柔軟性のある間接的な管理形態は、特に業績目標の達成が、合意された職務遂行だけでなく、本人のコントロールが及ばない市場での成功にも関連している場合、労働者による自己危険行動の発生につながりやすいのです。

 さらに、自己を危険にさらす行動の予測因子として、自分をよく見せようとする傾向や、自己不全感などの要因が議論されています。能力不足であると見られることを常に恐れる者や、逆に常に優れた印象を与えようとする者は、過負荷の状況下で、たとえ健康を害するとしても、限界を超えて努力を続ける傾向が強くなります。

意図的な自己危険行動に、いかに対処すればよいのか?


 自律性と自己管理を重視した柔軟な勤務形態が増加しており、従来の職場でも、管理の原則として、業績の直接的評価に代わるものとして、ますます普及しつつあります。在宅勤務や遠隔勤務など、モバイルで柔軟な勤務形態が普及するにつれ、労働者が業務目標を効果的に達成できるよう、時間的にも内容面でも自由度のある間接的な管理が必要となります。これにより、自己を危険にさらす働き方のリスクが高まります。労働衛生管理や職場安全は、このような意図的な自己危険行動のリスクを軽減するために、具体的にどのような対策を取ることができるでしょうか。

 最初のステップは、自己を危険にさらす働き方が実際に存在することを認識することが重要です。とりわけ、柔軟な勤務形態が認められる職場では、例えば、自己危険行動を把握するための心理社会的リスク評価と連携した早期警告システムを構築することが有効です。この目的には、検証済みの質問票(例:Mustafic et al. 2022; Deci et al. 2016)を使用することで、どの部署や職階が特に影響を受けているかを特定することができます。

 同時に、特に企業の経営レベルにおいて、実施されている管理手法のしくみや効果について、より深い理解を深める必要があります。それにより、企業内で持続可能な健康増進策への支持が得られるようになるのです。Peters(2011)によると、間接的管理は、自己を危険にさらす行動を必然的に引き起こすため、健康への悪影響のリスクを高めるとされています。しかし、Mustafic ら(2021)は、間接管理の具体的内容によって、自己を危険にさらす働き方が生じるか、あるいは肯定的な効果が優勢となるかが決まると強調しています。もしそれがストレスを引き起こし、手に負えないものであれば、自己危険行動のリスクは高まります。しかし、十分な支援が提供されていれば、セルフケアが可能となり、さらには健康指標に肯定的な影響を及ぼすことも可能です。

結論


 意図的な自己危険行動は、労働者の自主性と目標達成を重視する新しい労働形態と密接に関連して広く観察されます。こうした自己危険行動は、長期的に見て労働者にとって重大な健康リスクを招きます。危険度が高い行動は、労働者が数多くの過酷な状況に陥っていることを示しており、企業の業績管理制度の欠陥を浮き彫りにしています。したがって、リスク評価においては、こうした行動を考慮し、労働者の健康を守る内部管理体制を整えるとともに、自己危険行動のリスクについて労使双方の認識を高めることが望ましいでしょう。

参考文献
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◆執筆者プロフィール

◆Jan Dettmers
 
Dettmers 教授は、ハンブルク大学(ドイツ)で労働・組織心理学の博士号(PhD)を取得。ハンブルク大学、ライプツィヒ大学、ハンブルク医科大学(ドイツ)の教授職、シドニーのマッコーリー大学(オーストラリア)の研究員職を経て、2019年、ハーゲン大学(ドイツ)の労働・組織心理学科学科長に就任。
 Job design、柔軟で自律的な労働、ストレスとウェル・ビーイング、心理社会的リスク評価などを研究テーマとしている。縦断的・日記調査(diary survey)研究、生理学的測定(心拍変動やコルチゾールなど)、準実験や介入、質的研究など、さまざまな方法論的アプローチを用いてこれらのテーマを研究している。彼の研究は、”Applied Psychology””Health and Wellbeing””Work & Stress””Journal of Occupational Health Psychology“”European Journal of Work & Organizational Psychology””Journal of Personnel Psychology”など、労働・組織・職業健康心理学の国際的な出版物に掲載されている。

英文和訳/横山和仁(国際医療福祉大学大学院・教授、順天堂大学医学部・客員教授)

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