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適応としての心と深層学習心理学(明治学院大学:池田功毅、慶應義塾大学:平石界、九州大学:山田祐樹) #心とは何か

特集「「心」とは何か」では、「心」という概念が何を意味するのか、そしてその意義について、心理学を中心に「心」を扱う諸学問それぞれの立場から考えます。
今回は適応的反応としての心と、その深層学習との関係について、池田功毅先生、平石界先生、山田祐樹先生にご執筆いただきました。


心とは何かについて、生物学の視点から考えてみよう。まずは人間の心と生物一般の心を分けて考えたい。人間は他の生物には見られない文化や社会制度があり、人間の文化に独自の進化現象が見られることはおそらく間違いない (Henrich, 2016 今西訳 2019[1]。そして社会制度などの文化が心に影響を与えていることも、多くの人が認めるところだろう (e.g. 山岸, 1998)。そこで、人間と文化の話は後回しにして、まずは生物の心について考えてみよう。

生物の心?

多くの方はここで「生物の心? 動物ではなくて?」と思われるかもしれない。しかし植物や原核生物などに心がないと断言できる根拠があるだろうか? 多くの場合我々は、ペットの犬や猫などに心を強く感じがちで、昆虫やダンゴムシなどにはあまり心を感じない (森山, 2011)。しかしその差の原因は、我々が単に擬人主義的な投影を身近な動物に行っているだけという可能性も大いにあり、そうなると植物や原生動物 (単細胞動物) には心がないと断言する理由も怪しくなってくる (渡辺, 2023)。そもそも、この特集企画のように「心とは何か」について改めて論じなければならない時点で、我々は心が何かをよく理解していないわけだから、ここではまず視野を広げて、生物一般の心について考えてみることにしたい。

では改めて、生物の心とは何だろうか。擬人主義を避けつつ、生命活動の中に、比較的心に近いと思われる現象がないか、考えてみよう。1つの有力な候補は、適応的反応である。この場合の適応は、進化生物学的な意味でも (河田, 2022)、複雑適応系の動態や、ホメオスタシスなどの現象に対して使われるような意味でも良い (e.g. 金子, 2019) 。ここでは先行研究を参考としつつ (e.g. Baum, 2018; Kauffman, 1995 米沢訳 1999; Kauffman, 2019 水谷訳 2020)、ざっくりと「環境と生命体双方の、時々で変化していく状態を文脈として、それら様々な状態の近傍で、最も効率の良い熱力学的仕事の抽出を行い [2]、自己維持・複製を行う現象」を指して、広く適応と呼んでみよう。またそうした適応的状態を形成する生命の働きを、適応的反応と呼ぼう。

哺乳類を含む後生動物 (多細胞動物) におけるこうした適応的反応を、心と呼ぶのはさほど変な話ではない。例えばライオンなどの捕食者が、自身の空腹の度合いや、視界に獲物が見えるかどうかなどの文脈に依存する形で、注意や行動計画を変化させるような場合、まさしくそれは適応的反応であり、かつ心の働きと呼んで良いだろう (Montague & King-Casas, 2007)。そして既に述べた通り、擬人化の危険に注意しながら、心の定義を、こうした後生動物の例から生物一般に広げてみた時、適応的反応一般を心と呼ぶことを否定する積極的な理由は見つからないように思われる。特定の生理学的/心理学的機能や、ある種の形態が備わっていなければ、心がないと断言できるだろうか? 例えば、発達した中枢神経系は心の必要十分条件になり得るだろうか? あるいは連合学習ができなければ、心とは呼べないだろうか? こうした問いに対する是非を決める強い根拠を、我々が持ち合わせているとは思えない。

しかし他方で、仮に心を適応的反応と同一視するとなれば、そもそも心という概念を用いる意味がよく分からなくなってくるのも事実である。上に述べた適応と適応的反応の定義は、考えてみれば生命現象で観察される化学反応一般に適用できるもので、それを改めて心と呼び直す積極的理由があるとも思えない。つまり心についてのこのような立場を採用してしまうと、生物の心とは、取りも直さず代謝や複製を含む生命現象そのものを指す概念になってしまうため、そもそも心という概念自体が重複していて無駄であり、使用を控えるべきだ、という結論になってしまうかもしれない。もちろんこの意見に対しては、心理学者だけではなく、多くの方が抵抗を感じるだろう。この違和感はどこから来るのだろうか? 

人間の心?

この心 = 生命現象という説明に対して違和感が生じるのは、我々が心と聞いてイメージする内容の中に、生命現象だけではない要素、すなわち文化の影響が強く反映されているからではないだろうか。冒頭で述べたように、人間は特殊な文化を持つ生物である。そして人間はもはや文化なしに環境に適応することができないだけではなく 、文化自体が、生命進化とは異なる独自の適応・進化の主体となっている (e.g. Henrich, 2016 今西訳 2019; Mesoudi, 2005 野中訳 2016)。利己的な遺伝子の隠喩を用いるのなら、文化は、自らを複製させる装置として人間を利用することで、人間と共進化してきたと言える (Dennett, 2017 木島訳 2018; Dawkins, 1989 日高・岸・羽田・垂水訳 1991)。文化は人間と人間がコミュニケーションを取ることで、また同一の人間の内部で想起されることで、自らを複製する。例えばある料理のレシピは、ネットを介した情報伝達によっても複製されるが、それを学んだ人間がキッチンに立ってその料理を作るたびに複製されもする。その意味で、文化は人間の外にあり、かつ人間の内にもあると言えるだろう。

ではこの人間の内と外にある文化のうち、内側の方の文化現象を、我々はどのようなものだと主観的に感じているだろうか? 当然それは文化独自の適応・進化を経て形成されたものだから、生命現象と不可分に関連しつつも、生命現象そのものではない。例えばカレーのレシピもその味も、単なる生命現象ではなく、文化的なものであることは明白だ。しかも我々は、この自らの内なる文化を、そのすべてでは無いにせよ、内観を通じて私秘的に自覚することもできる。すなわち内なる文化は、心の働きとして自覚される。例えば、カレーをレシピに従って作り (行動計画、実行機能)、それを味わう (知覚、感情、態度形成) といったプロセスは、まさしく心理学が対象としてきた心の世界である。そしてその世界は、単なる生命現象ではなく、文化の世界である。この内的な経験こそ、先に心 = 生命現象説を聞いた時に我々が感じた違和感の正体ではないだろうか?

では仮に、我々がイメージする心が、我々の内なる文化を含むものなのだとしたら、先に生物の心に関して考察した、心 = 適応的反応という図式は崩れてしまうだろうか? 結論から言えば、文化現象もまた適応的であり、文化に影響された我々の心も、適応的反応だと言って良い。まず、本稿での適応の定義を思い出して、そこにある「生命体」という記述を「文化」に書き換えてみよう。すると文化における適応とは、「環境と文化双方の、時々で変化していく状態を文脈として、それら様々な状態の近傍で、最も効率の良い熱力学的仕事の抽出を行い、自己維持・複製を行う現象」となる。注意すべきは、ここでの「自己維持・複製」は、文化自身の維持・複製を指しているという点だろう。適応・進化の主体はあくまで文化であり、人間ではない。さてこの仮設的な定義に照らし合わせてみると、法律、経済、政治といった社会制度が適応的であることは明白である (e.g. Axelrod & Cohen, 2000 高木・寺野訳 2003)。あるいはカレーのレシピも適応的である。我々は冷蔵庫にある食材や、自分の辛さの好みに応じて、適応的にカレーのレシピを変更することが可能である。インドとタイと日本のカレーはそれぞれの文脈を異にするが、人間という媒体から熱力学的仕事を抽出しながら、自らの自己維持と複製を効率的に行い続けている。すなわちここでも、心は適応反応であるという図式自体は崩れていない。我々がイメージする心とは、生命だけではなく、文化現象も含んだ上での、適応的反応だと特徴づけることができるのではないだろうか [3]

適応的反応としての心

かくして我々は、心とは、生命と文化、双方のドメインにおける適応的反応であるという仮説を提案したいと思う。ただ仮説と言っても、このように曖昧に記述された仮説だけでは、具体的な検証を行うことは難しい。まずはより明確な適応的反応のモデル化が必要だろう。紙幅の関係で、詳細は現在準備中の論文原稿に譲ることにさせていただき、ここではその概略のみを示したい。

進化生物学では、適応現象を適応度地形を用いてモデル化する。適応度地形の典型的な構成は、まず遺伝子型そのものか、あるいはそれを次元削減した主成分などをそれぞれの次元とする高次元空間を考え、その中に位置する点、すなわち遺伝子型の様々な組み合わせに対して適応度を付与して、その適応度によって構成される地形を考察する、という手順を取る。ここで高い適応度が与えられた地点とは、先に述べた適応現象の定義で言えば「様々な状態の近傍で、最も効率の良い熱力学的仕事の抽出を行い、自己維持・複製を行う」地点になるだろう。適応とは、複数のこうした地点を、文脈に応じて選択していくことを意味する (cf. 坂田 & 金子, 2024)。

ここで問題になるのは、エピスタシス、すなわち遺伝子型間の交互作用である (e.g. Bank, 2022; Fragata et al., 2019)。特に符号エピスタシス (sign epistasis) と呼ばれる交互作用は、ある遺伝子型の変異が持つ効果の方向が、他の遺伝子型変異が存在するかどうかに依存して逆転する現象を指す。適応度変化の符号が代わるため符号エピスタシスと呼ばれる (図1) 。この符号エピスタシスが生じると、適応度地形は広域的に滑らかな形を取らず、激しい 凹凸 を見せることになる (Poelwijk et al., 2011; Weinreich et al., 2005)。これは適応・進化にとって大きな問題である。凹凸 適応度地形 (rugged fitness landscapes) の中では、一度局地的な最適解に到達してしまった生物は、周囲を低適応度の谷で囲まれてしまう。そこから脱出するためには、ある特定の狭小なルートに従った、極めて稀な連続的変異を待つしかない。より極端な場合には、そこから永遠に移動できない、すなわちそれ以上の適応・進化ができなくなるという事態さえ生じかねない。

図1(Wikipedia "Epistasis" より):上段はエピスタシスの定義。2つの遺伝子型によって構成された空間 (平面) に対する適応度 (縦軸) が、エピスタシスの有無と種類によってどのように変化するかを示している。左からそれぞれ、エピスタシスが無い加算的 (additive) な状態 (左)、正の量的 (positive magnitude) エピスタシスがある状態 (中)、相互符号 (reciprocal sign) エピスタシスがある状態 (右) を示す。下段はそれらエピスタシスの影響が大局的な適応度地形にもたらす影響を示す。加算的状態からはスムースな単峰型地形が得られるが (左)、そこにエピスタシスが加わると、その量に応じて、多峰型 (中) から激しい凹凸型 (右) へと変化していく。

この問題を解決するための1つの方法は、適応度地形を構成する空間に高次元性を与えることである。一般に生命現象は無数の要素の組み合わせで構成されている。例えば人間の場合で2万ほどの遺伝子があるとされ (Amaral et al., 2023)、仮に何らかの次元削減ができるとしても、その数が膨大であることは間違いない。このような高次元性があれば、凹凸適応度地形の問題を解決することが可能になる。ある高適応度ポイントについて、それを取り囲む、ある特定の部分空間だけを見れば、低適応度の谷に囲まれて孤立しているように見える場合でも、他の部分空間では、高適応度のまま遷移可能なルートが見つかるかもしれない。さらにそうした可能性は、次元が高くなればなるほど上昇する (Gavrilets, 2003)。結果として得られるのは、おおよそ同程度の高適応度ポイント同士が、高次元空間の中で、稜線あるいはハイウェイのように、ネットワーク状に接続された地形である。これを穴あき適応度地形 (holey fitness landscapes) と呼ぶ (e.g. Gavrilets, 1997, 2003)。

以上のような適応度地形に関する考察は、遺伝子型空間だけではなく、タンパク質立体構造や (Maria-Solano et al., 2018)、代謝反応ネットワークに対しても適用されている (Segrè et al., 2005)。特に代謝ネットワークで考える場合、各次元は「環境と生命体双方の状態」として考えることになるため、我々が先に提案した適応現象の定義、すなわち「環境と生命体双方の、時々で変化していく状態を文脈として、それら様々な状態の近傍で、最も効率の良い熱力学的仕事の抽出を行い、自己維持・複製を行う現象」とよくマッチする。それを踏まえると、適応的反応とは、変化していく文脈に応じて、穴あき適応度地形上の高適応度ネットワークのノード間を遷移していくことだと解釈できる。

さて、こうした適応度地形理論の知見を、心のモデルとして採用することは可能だろうか? 生命として心を見る場合でも、文化として見る場合でも、心が適応的、すなわち文脈依存的であることは既に確認した通りである。では高次元性はどうか? 生命現象として見る場合、例えば網膜で感知される光の情報など、感覚情報一般が極めて高次元であることは明白で、またそれを処理する中枢神経系も、例えば人間の脳だと約 1,000 億のニューロンと、1,000 兆のシナプスで構成されている (DeWeerdt, 2019)。文化現象として見る場合も、例えば文化的伝統や社会制度の多くは、言語を媒体として成立しているが、言語を構成する語彙数を考えれば (小型の日本語辞書で 8 万語強)、これも高次元現象であると言って良いだろう。

ここで、心が高次元空間内で生じる現象だという描写に、再び違和感を感じる方もいるかもしれない。確かに我々が内観を通じて自らの心を観察する時、そうした高次元性はあまり感じられないように思われる。カレーのレシピも、その味も、比較的低次元の空間で表すことができる現象に感じられる。しかし我々は心理学の歴史を通じて、そうした内観から得られる仮説が必ずしも信頼できるものではないことを、何度も確認してきたのではなかったか (e.g. Schwitzgebel, 2024)。感覚情報、脳、そして言語といった現象に高次元性があることを認めるのなら、我々は自らの内観への依存を一端停止し、ひとまず心の高次元性を受け入れるべきではないだろうか。

かくして、心を適応的反応として捉える時、我々は新しい心理学の形を発見することになる。高次元性と文脈依存性を前提とした、高次元科学としての心理学である (cf. 丸山, 2023)。この新しい心理学において、心は、生命体の内的・外的状態、さらに文化的諸要素を次元として構成される高次元空間の中に存在する、高適応度ポイントを結ぶネットワークと、その上での適応的な遷移現象としてモデル化される。そこでは、例えば、(1) 様々な心理現象が、主にどのような次元によって構成されているのか、(2) そうした心理現象は、高次元空間内でどのような幾何学的性質を持つのか、エピスタシスはどの程度生じているのか、(3) エピスタシスを含む複雑な高次元情報から効率的な仕事抽出を行うために、心はどのような次元削減を行っているのか、(4) またその次元削減の結果として得られた低次元表現は、内観や伝統的な心理構成概念とどう対応するのか、といった諸問題が問われることになるだろう。

深層学習心理学

そして、こうした高次元科学としての新しい心理学理論を、経験的に検証する手段も、既に我々の手の内にあるように思われる。GPT に代表される大規模な深層学習基盤モデル (foundation models) は、高い精度での画像や文章の生成を可能としている (Stanford HAI, 2021)。そうした成果を踏まえて、基盤モデルを、視覚や言語に関する心の働きについての適切な理論モデルと考えるべきだとする意見も出されているが (e.g. Doerig et al., 2023; Hasson et al., 2020; Piantadosi, 2023; 町田, 2023)、現状必ずしも多くの研究者の同意を得ているわけではない。だが、本稿で論じてきたような、心を適応的反応だと考える立場からすると、深層学習基盤モデルを心のモデルとする考え方は、極めて自然な結論であると思われる。第一に、基盤モデルは、そのデータの性質からしてもパラメータ数からしても、明らかに高次元空間で作動している。第二に、基盤モデルの成功は、画像や言語などの文脈依存的情報が適切にモデル化できていることを示している (Vaswani et al., 2017; 福島, 1979)。第三に、適応や適応度地形についての理論は、基盤モデルにも適用可能である。例えば言語生成モデルでは、次にどの単語を生成するかは、与えられた文脈に応じて確率的に決定されるが (e.g. Brown et al., 2020; 岡﨑 et al., 2022)、この生成確率を適応度に置き換えれば、高適応度ポイントネットワーク上でのノード間遷移に関する理論を、言語生成モデルに適用することは十分可能だと思われる (cf. Rumelhart et al., 1986 甘利訳 1989; 坂田 & 金子, 2024)。

さらに 2024 年には、深層学習基盤モデルが、従来社会心理学で扱われてきたような諸現象に対しても、効果的な介入を可能にすることが相次いで示された。基盤モデルを応用することにより、陰謀論に関連する信念や態度に対する効果的な説得介入や (Costello et al., 2024)、政治的トピックに関する合意形成の促進 (Argyle et al., 2023; Tessler et al., 2024) などが可能であることが報告されている。こうした介入が現実的場面で大きな効果を示したということは、これらの研究で基盤モデルにより生成された文章などが、人間の心の少なくとも一部を適切に反映したものであったことを示している。仮に百歩譲って、基盤モデルが心の働きについての適切なモデルではないとしても、それが生成した文章などのアウトプットが持つ構造に着目すれば、心の特徴の一部を読み解くことができるはずである。

以上のような考察を踏まえて、我々は「深層学習心理学」という名の、新しい心理学を提案したいと考える (cf. 池田 et al., 2023)。深層学習心理学は、実践と理論の両側面を持つ。まず実践面では、様々な心理・社会現象に関して、深層学習基盤モデルを用いた正確な予測と効果的な介入の実現を目標とする (高嶋 et al., 2024)。また理論面では、実践研究で得られたデータを用いて、心を適応的反応として捉える理論的枠組みに基づき、具体的には先のセクションで例示したような問いに関して数理的解析を行い、心理現象の特性解明を進めていく。

むすび

本稿では、心を、生命現象、文化現象、双方における適応的反応とする理論の概略を示し、さらにそれが深層学習基盤モデルを通じて具体的研究と結びつく可能性を提示した。この「深層学習心理学」は、伝統的な心理学理論や研究実践から見れば、明らかに異質なものであり、戸惑いや抵抗感を感じる方も多いかもしれない。しかし本稿で示したように、心理現象について、より広い自然科学の視野から再考するならば、このアプローチは極めて自然に導出されるものである。我々は今後、さらなる理論的整備と、実践的データ収集を進め、この新しい心理学研究の形を確立していきたいと考えている。

おそらく、この 2025 年には、我々を含め世界各所で、より幅広い心理現象に対して、基盤モデルを応用した予測・介入研究が数多く行われ、その効果がテストされることになるだろう。その意味で本年は、深層学習心理学研究勃興の年になるかもしれない。このアイデアが、今後どのような文化進化を遂げていくのか、期待と不安を抱えつつ、見守っていきたい。

脚注

  1. 以下、参考文献に日本語訳があるものは原著ではなくそちらを引用することにする。

  2. “Life is a self-sustaining chemical system capable of Darwinian evolution” (生命とは、ダーウィン的進化が可能な、自己を維持する化学系) という NASA の提案する生命の定義を認めるのなら (Walker et al., 2017)、生命は化学反応の一種である。そして化学反応は熱力学的な制約に従って生じる。熱力学的に見れば、エネルギーの移動は熱か仕事のいずれかであり、そのうち自己維持のようなランダムではない運動に用いることができるのは、仕事のみである (e.g. Kauffman, 2019 水谷訳 2020)。さらに生命現象の場合、自然淘汰を通じて、少なくとも局地的に最も効率良く仕事を抽出する化学反応系が選択される (e.g. Baum, 2018)。

  3. ただし生命としての適応と文化としての適応は、そもそも主体が異なるため、同一の状態が選択されるとは限らないだろう。例えばある個人の身体の適応と、職場などの社会制度の適応が大きく異なる結果、適応障害などが生じることも考えられる。

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執筆者プロフィール

池田功毅(いけだ・こうき)
明治学院大学研究員。専門は心理学。趣味はゴールデン街トーク。
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平石界(ひらいし・かい)
慶應義塾大学教授。専門は心理学。ありとあらゆる生活道路にハンプを設けたい。
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山田祐樹(やまだ・ゆうき)
九州大学准教授。専門は認知心理学。犬と心理学が大好き。
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