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自己を危険にさらす働き方:Self-Endangering Work Behaviorという問題(横山和仁:国際医療福祉大学大学院 医学研究科 公衆衛生学専攻 教授)#金子書房心理検査室

「働き方改革」の浸透に伴い、企業では多様な働き方の実現をめざす取り組みが進みつつあります。個人が働き方を選択できるメリットに光が当てられる一方で、健康への影響を示唆する研究結果も報告されています。産業保健がご専門の横山和仁先生は、「自己を危険にさらす働き方」としてこの問題に警鐘を鳴らします。

柔軟な働き方のひろがり

 わが国では、少子高齢化による生産年齢人口の減少や育児・介護との両立などを背景に、働く人のニーズが多様化しています。政府は、雇用機会の増大や労働者が意欲や能力を十分に発揮できる環境づくりを重要な政策課題として捉え、個々の状況に応じて多様な働き方を選択できる社会の実現に向けた取り組みを掲げています。 また、テレワーク、副業、フリーランスなどの柔軟な働き方の推進、新しいワークスタイルの確立、リモートワークによる地域活性化の推進を図っています。世界的にも働き方の多様化が進み、この傾向は近年のコロナウィルスの大流行でさらに顕著になっています。労働時間についてみれば、わが国の変形労働時間制、フレックスタイム制、裁量労働制、高度プロフェッショナル制度などの導入も、こうした多様化の一端といえます。

      柔軟で自律的な働き方は、労働生産性やワーク・エンゲイジメントを向上させ、仕事と私生活の調和を促すと喧伝されています。国際労働機関(ILO)は、フレックスタイム制などの柔軟な勤務体系を推奨しています。日本でも、フレキシブルな労働時間は、仕事と育児や治療の両立に役立つことが報告されています。

柔軟な働き方の抱える問題:Self-Endangering Work Behavior

 しかし、一方では、柔軟で自律的な働き方は、自己管理の負担を増やし、労働者に心理的・身体的な悪影響を与えることが指摘されています。実際、日本の厚生労働省の最近の調査(裁量労働制実態調査, 2021)では、裁量労働制適用労働者が非適用労働者より長く働いていることが示されています。  

 柔軟な働き方は、労働者に自律性・自由度をもたらしますが、自己管理の必要性が労働者に負担(仕事を成し遂げる責任)をかけ、健康リスクを高める対処行動につながる可能性が指摘されています。こうした対処行動は自己を危険にさらす働き方(Self-Endangering Work Behavior: SEWB)とよばれ、例えば、休日も会社からの連絡に対応する、体調が悪くても出社するといった行動を指します。これは仕事の目標を達成する点では有利ですが、労働者自身の健康に負の影響を及ぼす可能性が高いと思われます。

 実際、 欧米の研究を見ると、SEWBが仕事の負担と疲労の関連に寄与すること(Knecht et al.: Gruppe. Interaktion. Organisation 2017; 48: 193–201)、また感情的疲労に寄与すること(Baeriswy et al.: Journal of School Psychology 2021; 85: 125-139)、さらに、テレワーク労働時間が増えるにつれて、SEWBが増加すること(Steidelmüller et al.: Journal of Occupation and  Environmental Medicine, 2020; 62: 998-1005)などが報告されています。

 Dettmersらは(Healthy at Work 37-51, 2016; Psychology of Everyday Activity 2016; 9: 49-65)、これまで個別に研究されてきた不適切な対処様式を統合して、SEWBを測定する尺度を開発しました。この尺度は、“仕事の強化(Intensification of working hours)”、“余暇に及ぶ仕事と待機姿勢(Prolongation/extension of working hours)”、“レクリエーションの断念(Refraining from recovery/leisure activities)”、“疾病就業(Working despite illness)” 、および“パフォーマンス向上のために何かを摂取(Use of stimulating substances)”の5つの下位尺度を構成する21項目の質問から成っています。

■SEWB評価尺度の5つの下位尺度
仕事の強化(Intensification of working hours)
余暇に及ぶ仕事と待機姿勢(Prolongation/extension of working hours)
レクリエーションの断念(Refraining from recovery/leisure activities)
疾病就業(Working despite illness)
パフォーマンス向上のために何かを摂取(Use of stimulating substances)

日本におけるSEWB研究

 筆者らは、開発者(上記)と協力して、 日本語版SEWB評価尺度(J-SEWB scale)を作成し、これを用いた研究を行っています。すでに、柔軟な働き方が長時間労働、ワーカホリズム、SEWBおよびバーンアウトといった仕事のネガティブな側面と関連する一方でワーク・エンゲイジメント向上とも関連があることを報告しました(Yokoyama et al.: Industrial Health 2022, https://doi.org/10.2486/indhealth.2022-0063)。さらに、ワーカホリズムがバーンアウトを直接およびSEWBを介して導いていることも見出しました。労働者の対処行動としてのSEWBが柔軟な働き方の健康影響に果たす役割は大きいと考えています。これまでしばしば用いられてきた、職場ストレスやワーカホリズム、ワーク・エンゲイジメントなどの心理面の評価尺度と併せて、日本語版SEWB評価尺度により行動面を測定することが可能となったといえます。

 わが国では、結果・成果よりも会社へのコミットメント・忠誠心や他者のための努力を示すシグナルの重視、集団主義、上下関係、本業と無関係な仕事量など、日本特有の文化的要因が長時間労働をもたらしているといわれています。筆者は、こうした要因は、日本人労働者のSEWBを助長しているのではないかと推察し、今後解明すべき課題と考えています。

■SEWB評価尺度の入手先
 英語版:Deci N, Dettmers J, Krause A, Berset M: Coping in Flexible Working Conditions –Engagement, Disengagement and Self-Endangering Strategies. Journal Psychologie des Alltagshandelns (Psychology of Everyday Activity) 2016; 9: 49-65.
 日本語版:Yokoyama K, Nakata A, Kannari Y, Nickel F, Deci N, Kause A, Dettmers J: Development of the Japanese Version of the Self-Endangering Work Behavior (J-SEWB) Scale. Juntendo Medical Journal 68(3):242-250, 2022.
https://doi.org/10.14789/jmj.JMJ21-0039-OA

◆執筆者プロフィール

横山和仁(よこやま かずひと)
国際医療福祉大学大学院 医学研究科 公衆衛生学専攻 教授。医師・医学博士・労働衛生コンサルタント。『POMS®2 日本語版』『CISS 日本語版』監修者。

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