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異なる他者とわかりあうために:ASDの視点に立つことの重要性(青山学院大学准教授:米田英嗣)#自己と他者 異なる価値観への想像力

異なる人同士・集団同士が「わかりあう」ことの難しさを感じることの多い昨今、「共感すること」をキーワードに、ASDの共感性について研究をされている米田英嗣先生にご寄稿をいただきました。差別やいじめの問題への解決のヒント、そして多様性やニューロダイバーシティ、これからの社会のあり方を探る糸口にもなるこの論考、必読です。

はじめに

 異なる他者とわかりあうために何が必要でしょうか。おそらく、想像力、思いやり、寛容さ、経験、共感性などの意見が出てくると思います。それでは、共感性とは、いったい何でしょうか。共感性を育てることが大切だという本は多く出版されていますし、共感性は人間関係において必要不可欠なもので、どのようにしたら共感性を高めることができるのか、日々考えていらっしゃる方もいらっしゃると思います。また、差別やいじめの問題などは、共感性の欠如や低下によって生じると考えていらっしゃる方も多いかもしれません。本稿では、まず、共感性とは何か、次に、共感性と差別・いじめと関連について、最後に、異なる他者とわかりあうことについて、研究を通じて考えてみたいと思います。

共感は相性しだい

 共感性は、単純に高いか低いかだけではとらえられない概念だと考えられます。共感性を育てる、高めるという考え方は、共感性を能力ととらえ、トレーニングによって向上することができるという信念によって支えられています。ASD(自閉スペクトラム症)とは、社会性やコミュニケーションに問題を抱える神経発達症であり、従来は、他者に対して共感をすることが困難である発達障害であると考えられてきました。

 ところが、近年になって、ASDの方々は他者に共感を示しにくいのではなく、自分と似ていない定型発達者に対して共感を示しにくいということがわかってきました(米田, 2015)。定型発達者でも、自分と似た人に対しては共感を示す一方で、自分と似ていない人には共感を示しにくいことから(Komeda et al., 2015)、共感性とは、高い低いといった一次元の能力というよりも、相手と自分との相性によって変動する多次元的な特性であると考えられます。

共感で、差別やいじめを防げるか?

 共感性は、差別やいじめを防ぐ抑止力となるかという問題について考えてみます。まず、共感性とは、大きく分けて2種類あります。一つが他者と気持ちを共有する情動的共感、もう一つが他者の立場(視点)にたって他者の気持ちを理解する認知的共感です(米田・間野・板倉, 2019)。自分の仲間に対して強い情動的共感を示すことによって、自分の仲間と敵対するグループに対してネガティブな感情を持つことがあります。その結果、自分のグループのほうが優れていると考えて敵対するグループのメンバーに対して差別的な態度を示したり、場合によってはいじめのような攻撃行動にいたってしまうことがあります(Bloom, 2016)。

 そこで重要となるのが、自分とは異なるグループに属した他者、すなわち自分と似ていない他者の視点の理解を可能にする認知的共感です。自分と異なる他者の視点を理解することはとても難しいことですが、文学作品の読書や映画鑑賞を通じて、認知的共感は高められるかもしれません。自分と異なった文化や、異なった社会背景を持つ登場人物、自分とは異なる年代、異なった時代に住む方々が登場する小説を読むことで、認知的共感が可能になり、差別やいじめを防ぐための第一歩となることが期待できます。

似ていない他者ともわかりあうために

 最後に、自分と似ていない他者とわかりあうことについて考えてみたいと思います。ASDの方と定型発達の方を例にとりますと、定型発達の人にとってASDの人を理解することは難しいのと同様、ASDの人にとって定型発達の人を理解することは簡単ではありません。定型発達の視点ではASDの人が神経発達症(発達障害)になりますが、ASDの視点では定型発達の人が、「社会の問題に対する没頭」、「周囲との適合へのこだわり」、「一人でいることが困難」、「誰かと話さずにはいられない」といった症状を持つ「定型発達症候群」であると考えることができます(エドモンズ・ベアドン, 2011)。

 自分と似ていない他者について理解するためには、知識が不可欠です。つまり、ASDの人が定型発達について日々学んでいるように、定型発達の人もASDについて学ぶ必要があります。実際に、ASDの成人はASDに対する科学的な知識が豊富で(Gillespie-Lynch et al., 2017)、従来は、定型発達の視点からみたASDの理解が定説のようにされてきました(たとえば、神経発達症の診断基準は定型発達の視点からなされてきました)が、今後は、ASDの視点から見た定型発達とASDの理解についての研究が必要になってくると考えます。相互の理解を進めるためには、定型発達とASDそれぞれの症状に対する知識が必要で、その知識を修得するためには、書籍を読むだけでなく、定型発達者とASD者が対面や、対面が難しい状況ではオンラインで対話を重ね、自分と異なった考えを受け入れ、異なった視点から生じるさまざまなギャップを楽しむことが重要だと思います。

おわりに

 以上、本稿で書いてきたことをまとめますと、第一に、共感性は能力ではなく、自己と他者との相性によって変動する可変的なものであると考えられます。第二に、自分と似ていない他者の視点に立つことはとても難しいですが、他者の視点に立つことは自分と異なった人物が登場する作品の読書や映画鑑賞などで身につけられる可能性があります。第三に、似ていない人とわかりあうために、相互理解の過程で生じるコミュニケーションのギャップから学ぶことが糸口になると考えます。

引用文献

Bloom, P. (2016). Against Empathy: The case for rational compassion. New York: Ecco. 高橋 洋(訳)(2018)反共感論―社会はいかに判断を誤るか― 白揚社

ジュネヴィエーヴ・エドモンズ & ルーク・ベアドン(2011). アスペルガー流人間関係 14人それぞれの経験と工夫. 鈴木正子・室崎育美 (訳). 東京書籍

Gillespie-Lynch, K., Kapp, S. K., Brooks, P. J., Pickens, J., & Schwartzman, B. (2017).Whose Expertise Is It? Evidence for Autistic Adults as Critical Autism Experts. Frontiers in Psychology, 8, 438.

米田英嗣 (2015). 自閉症スペクトラム障害 (自閉スペクトラム症) 榊原洋一・米田英嗣 (編) 発達科学ハンドブック8巻 「脳の発達科学」新曜社, 268-275.

Komeda, H*., Kosaka, H*., Saito, D.N., Mano, Y., Fujii, T., Yanaka, H.T., Munesue, T., Ishitobi, M., Sato M, & Okazawa H. (2015). Autistic empathy toward autistic others. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 10, 145-152. (* equal contributors)

米田英嗣・間野陽子・板倉昭二 (2019) こころの多様な現象としての共感性 心理学評論, 62, 39-50.

執筆者

米田 英嗣(こめだ・ひでつぐ)
青山学院大学准教授。博士(教育学)。専門は教育心理学、認知心理学。著書は『脳の発達科学(発達科学ハンドブック8巻)』(編著,新曜社)、『消費者の心理をさぐる:人間の認知から考えるマーケティング』(編著,誠信書房)など。

著書


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