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高齢社会における孤独に向き合う(渡辺医院院長:渡辺俊之) #孤独の理解

人生の中で、多くの別れを体験して来た高齢者の感じている孤独というのは、どのようなものなのでしょうか。高齢者や介護者のケアにくわしい渡辺先生にお書きいただきました。

 不眠症で私の外来に通っていた70代女性がいました。息子を半年前に腎不全で亡くし一人暮らしになり、眠れなくなったのです。多忙な大学病院、睡眠導入剤だけ出して世間話ししただけの5分程度の外来でしたが、彼女の不眠は改善し薬もいらなくなりました。「もう大丈夫です。これで診療は終了にしましょう」と言うと、予想外の反応が返ってきました。俯いて「先生と離れたら一人になってしまう」と涙を流したのです。私はハッと思いました。彼女の眼前にいる私は「息子」でもあったのです。

 日本では65歳以上の一人暮らし高齢者の増加は男女ともに顕著であり、1980年には男性が約19万人、女性が約69万人、高齢者人口に占める割合は男性4.3%、女性11.2%であったのが、2015年には男性が約192万人と10倍になり、女性は約400万人と5倍になった。高齢者人口で独居高齢者が占める割合は男性13.3%、女性21.1%となっている。

 独居高齢者の問題は日本だけの問題ではない。米国国勢調査では、65歳以上の高齢者の28%(1100万人)が単独で暮らしている。 カナダの独居高齢者の5分の1は月に一回も社会的活動を行っていないと報告されている。

高齢者の孤独ー心と体の問題

 35年間で350万人の対象を対象にしたメタ分析結果では、孤独により死亡率が26~32%も上昇しているという。50歳から67歳の中高年を調査し、孤独がうつ病の発症に影響し、孤独とうつ病が相乗効果しあっていることも知られている。孤独感の高い高齢者におけるアルツハイマー病の発病率は、孤独感の低い高齢者の2倍以上であったと報告している。一人暮らしの"夫に先立たれた女性"の夜間血中コルチゾール(いわゆるストレスホルモン)は、結婚している人よりも36%高かったという報告もある。

孤独死

 孤独死は一人暮らしの人が誰にも看取られることなく、病気や事故などで助けを求めることも出来ずに亡くなっている状況である。警察庁では「変死」に分類され、遺体発見以後の周辺調査、検死、司法解剖などで早い段階で他者の支援があれば救命できた可能性のある事例が孤独死として集計される。平成15年の東京23区内の孤独死は1451人であったが、平成27年には3127人と倍以上に増えている。遺体発見までの平均日数は男性が23日で、女性が7日であり、一人暮らしの男性の社会ネットワークの問題が露呈されている。周囲と関わりを持たない独居高齢者は、生活歴、性格、家族特性、疾患などの問題を抱えていていることが多く、孤独死の可能性を高める。

COVID-19と高齢社会

 COVID-19が私達の住むシステムの階層全てに影響を与え、それは現在でも続いている。私達の最上位は生態系システムであり、その下位に、国連→国家→地域システム→家族→個人→身体→臓器……と続く。目に見えないウィルスは生態系の一部であり、それは国家の境界を越えた上位システムである。人間は自らが上位システムであるかのように錯覚し振るまい生態系を破壊してきた。人間はあたかも上位システムで天下を取ったかのような勢いで「より早く」「より快適に」「より多く」と文明だけは進化した。私達内面の下位システムである「欲望」「衝動」「感情」をコントロールする自我機能は進歩していない。それどころか、退化しているような印象すら感じる。知性を持った貪欲なホモ・サピエンスは地球温暖化を進め生態系を破壊し続けている。COVID-19は上位システムから下位システムまで、国、地域、家族、個人、身体と心理へと影響をおよぼす。システムの種類への影響も多様だ。経済システム、教育システム、医療システム、ネットワークシステムのすべてに変化が強いられている。ウィルスは容易にシステムの「境界」を縦横に飛び越え蔓延する。南アフリカで発見されたオミクロン株は3ヶ月で世界中に拡散した。コロナ渦で私達人間が学んで居ることは、人間は国家、民族、政治、思想の違いを超えた「ホモ・サピエンス」というに種に過ぎない。

 COVID-19は身体心理社会的に脆弱な高齢者に容赦なく襲いかかる。高齢者はコロナウイルスの重症化の危険因子があることは言うまでもない。しかし高齢者の危険因子は悉皆の重症化リスクだけではない。保健福祉医療機関へのアクセスが制限されることの方が重大である。多くの慢性疾患患者の治療が制限され、がんの早期発見が遅れるなどの問題が生じている。また家族間接触を控えるために、送迎要員も減ることも問題になっている。自宅での自粛によって高齢者は不安と孤独感を高めていく。

 死別における問題も浮き上がっている。家族やコミュニティが故人を偲び、悲しみを分かち合って支え合うための儀式である通夜や葬儀も制限される。志村けんさんの死で報道されたように、最後の別れも出来ず、荼毘に付された後にしか家族は会えない。パンデミックによる死という体験では互いに助け合い、慰め合い、安全を確認しあうことが重要となるがCOVID-19はそれをも遮断する。

高齢者の孤独への対処

 筆者の考えを述べると、「精神的孤独」に対応することである。

1)上手に話を聞く

 高齢者に関わる時の話題は何でもよい。①故郷、②学生時代、③家族、④仕事、⑤身体、⑥友人や知人、⑦趣味(文学、音楽、美術、ゴルフなど)、⑧旅行の思い出などであろう。壁やベッドサイドに写真があればそれをもとに「誰のお写真ですか」「どこですかここは」と聞けば話しは弾む。

2)何を失っているのか理解する

 高齢者は多くの対象を失っている。配偶者、友人、親族、役割、身体機能、自立性などの喪失に直面する。更には喪失が将来の喪失を予測させ不安を高める。身体機能の衰えは生活への不安を引き起こすし、同世代の友人の死は自身の死を連想させるのである。

 高齢者が喪失したもの何で埋め、何をもって自尊心を維持しようとしているのかを理解することは大切であろう。高齢者において自尊心の維持に重要なのは「過去」と「家族」である。古い表彰状や思い出の品が彼らを支えている。沢山の本に囲まれている老人もいる。孫や息子の写真を置き家族のアイデンティティを維持している人もいる。

3)内的対象を理解する

 高齢者の心には過去の出会いと別れの経験が存在している。高齢者が他者(定期的に会う医療スタッフや支援者)に過去の重要人物を重ねる状況が「転移」である。支援者が亡くなった夫や妻になるかもしれない。遠くに住む息子や娘になるかもしれない。孫かもしれない。30年前に亡くなった自分の母親かもしれない。彼らは情緒交流があった人との経験を眼前にいるあなたとの関係で再演したいと思っている。 

4)ITの活用

 独居高齢者にとってITの活用はコミュニティ感覚を拡大してくれる。おそらくデジタルネイティブ世代が高齢者になった時には、杖、いや老眼鏡のようにIT活用ツールは必要不可欠になっているはずだ。フェイスブック、スカイプ、ツイッター、LINEなどで私達は遠くに離れていても家族としての一体感を体験することができる。スカイプなどを活用した高齢者同士の対話の場なども作れる。

 認知症と家族の会で出会った老爺は80歳の妻を一人で老々介護していた。私は「大変ですね、ご家族は?」と聞くと「二人娘がいますが、二人ともアメリカです」と言った。私は孤独な彼の心情を想像し「それは大変ですね」と言うと、彼は少々微笑んで「大丈夫なんです先生、スカイプって知っていますか。あれを使って孫と話したり、娘達が妻の様子を見たりするんです」と話した。まさにIT介護である。

執筆者

渡辺俊之(わたなべ・としゆき) 
1986年東海大学医学部卒。東海大学講師、高崎健康福祉大学教授、東海大学教授を経て、祖父と叔父の意を継ぎ「渡辺医院」を故郷群馬県に開院した。現在は日本精神神経学会指導医、日本精神分析学会認定スーパーヴァイザー、日本家族療法学会認定スーパーヴァイザーとして後輩の指導にあたっている。藤村邦の筆名で群馬県文学賞を受賞、芥川賞作家宮原昭夫氏に師事しヨコハマ文芸などに短編小説も掲載中。東京・中日新聞に「認知症の家族ケア」のコラムを連載中。著書にはケアを受ける人との心を理解するために、希望のケア学などがある。2021年まで日本家族療法学会会長を二期務める。

著書


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