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【第二の達人登場!】ズバッと解決ファイル4U ~もしも、単位の変換がわかりにくい子がいたら?~(上條大志:神奈川県公立小学校 総括教諭)

前回は澳塩 渚先生に「個別での支援」をご紹介いただきました。今回は上條大志先生に第二の達人として登場いただきます。上條先生には「授業での支援」をご紹介いただき、ズバッと解決!していただきます。
では以下より本編スタートです!

 ワタルくんの支援者(保護者・担任等)は、どうアプローチしたらよいのか、悩んでいらっしゃるようですね。そして誰よりも、ワタルくん自身が苦しんでいるでしょう。

 そこで、ワタルくんに対するアプローチをどのようにしていったらよいのか、通常学級の担任が通常の授業づくりをする視点で提案していきたいと思います。また、特別支援教育コーディネーター(SENCO)として、担任の先生に気をつけていただきたいことをつぶやいてみたいと思います。

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① ワタルくんはどんな子?(この子を理解する)

 きっとワタルくんは、クラスのムードメーカーとして、活躍しているお子さんなのでしょう。授業中、ワタルくんが発言し、それが誤答であっても、クラスと友達からは笑いが起こり、ワタルくん本人も笑って終わるという場面が想像できます。

 でも、学習面で苦手さがあるワタルくんは、誤答やできないことに対して、笑って誤魔化しているだけで、実は傷ついている可能性があるということを忘れてはいけません。ですから、学校生活面も、学習面も、適切なアプローチをしていく必要があります。

 では、学習面での苦手さの背景には、どのようなものがあるのでしょうか。

体積が「縦×横×高さ」で求められることは覚えられましたが、センチとメートルの両方の単位がでてくる問題は毎回間違えています。

 というエピソードから、公式など、イメージしやすい「言葉」で書かれた内容について、覚えることはできますが、「cm」「m」などのように、記号として使用される単位については、その単位が示す量感をイメージすることが難しいと考えられます。実際、2・3年生で学習した単位についても理解が難しかったようですので、ワタルくんの困難さは、「量感・量イメージ」にあるのではないかと推測できます。

 学校の算数の授業では、単位変換の仕方について学習しますが、実際に測って実感したり、量感を養ったりする時間が満足に取れていない状況もあります。ワタルくんは、単位がそろっている問題については、結果的に答えることができていました。そのため、単位変換が必要な問題ができなくても、「ケアレスミス」として先生に解釈されてしまった可能性があります。また、ワタルくんの笑って回避する傾向等からも、つい見落とされてきてしまったのかもしれません。

 以上のことから、ワタルくんへの支援方針は、「量感・量イメージをもって問題に取り組めるようにする」となるでしょう。

SENCOのつぶやき
 子どもの中には、間違えたことを笑って誤魔化そうとする子がいます。それは、自分が傷つくことを避けようとしている場合もあります。担任の先生は、その子が表出する見える姿、聞こえる声だけではなく、見えず聞こえない心の声まで聴きとって接していく必要があります。ワタルくんは、心の中で、どんなことをつぶやいているのでしょうか。

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② ワタルくんと授業でつながる(授業内で支援するポイント)

 阿部(2017)は、授業をユニバーサルデザイン化する5つのテクニックを提唱しています。今回のワタルくんのケースについて、この5つのテクニックに沿って、通常学級の一斉授業をUD化することによって、授業の中で「わかった」「できた」につなげることを試みます。

 一斉授業ですので、個別指導ができるわけではありません。でも、授業のひと工夫で、大きな効果をもたらす可能性は、十分にあります。そして、その工夫は、ワタルくんだけでなく、他の子にとってもわかりやすいものになることもあります。

授業をUD化する「5つのテクニック」
(1)ひきつける
(2)むすびつける
(3)方向づける
(4)そろえる
(5)「わかった」「できた」と実感させる

(1)ひきつける
 まず、ワタルくんの意識を「単位の違い」にひきつけます。量感・量の違いを考えるのに、授業の前提として、単位自体の違いに意識を向けなければなりません。

 人は、「見ちゃダメ」と言われると、見たくなります。「聞いちゃダメ」と言われると、聞きたくなるものです。そこで、見せたいものを見えなくしたり、ちらっと見せたりするような演出で、子どもの注意をひきつけます。もちろんワタルくんにも効果的です。今回の体積を求める問題であれば、「縦60cm」「横80cm」「高さ1.6m」という単位を含んだ数値を隠し、クイズのようにめくっていくようにします。「縦60cm」、「横80cm」と順にめくっていき、「高さ1.6m」のところは、「高さはいくつだと思う?」などと質問したりすることで、より注意をひきつけることができます。さらに、数値を先に見せないことで、数値ではなく、「縦」と「横」に対する「高さ」が示す長さの違いに意識を向けることができ、1.6にふさわしい単位が「cm」ではなく、「m」であることに容易に気づくことができます。

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(2)むすびつける
 学習内容と身近なものを「むすびつける」ことも重要です。ワタルくんの苦手さは「量感や量のイメージをもちにくい」という点にあると考えられます。つまり、問題に対して、数操作的に取り組もうとしてしまっていたのです。ですから、実際の大きさや量をイメージできるようにしていく必要があります。

 ワタルくんにとって、身近なものを介して、単位を理解し、単位を変換しながら、単位とその大きさのイメージをもてるようにしていきます。そのための1つの方法は、「単位を知る」ことです。「1cmは、指の爪くらい」、「1mは、両手を広げたよりも少し短いくらい」、「1kmは、家から駅まで」などのように、日常生活場面の「長さ」に置き換えながら、量感をイメージできるようにします。

 もう一つの方法は、「身近なものを計測し、単位に合わせてかく」ことです。例えば、学校で使用している掃除用具入れについて、長さを測り、体積を求めます。身近なものを使って学習を進めることで、いつも問題に提示されるものや場面をイメージする練習ができます。

 机間指導する中で、こうしたイメージや経験を想起させるような個別の言葉かけをしていけると良いですね。

(3)方向づける
 授業は、「めあて」を提示して展開していきます。めあては、子どもにとって、学習の見通しです。

 多くの場合、単位がそろった体積の問題を学習したあと、単位が違う場合の学習をします。問題文を提示した時に、「前の時間の問題と、どこが違う?」と、本時のめあてを共有する前段階として、学習事項の核に触れておくことが重要です。例えば、単位がそろっていないことを共通理解し、めあてを「単位がそろっていないときには、どうやって体積を求めるのか」に設定するといった具合です。学習事項の核を意識させることで、学習内容の定着に効果的です。

 また、架空のAくんを設定し、わざと間違えた解答をして、それがなぜいけないのか話し合わせることも効果的です。例えば、「縦60センチ、横80センチ、高さが1.6メートルの水槽があります。この水槽に水は何リットル入りますか。」という問題に対して、「60×80×1.6」と立式したという設定で、なぜそれではいけないのかを話し合っていきます。ワタルくんにとって、間違った立式後に訂正されるよりも、理由を考える活動を通して、正しく立式する方が、効果的だと考えられます。なぜなら、ワタルくんの傾向として、間違いは笑って誤魔化そうとする傾向が強いからです。

 こうした授業の方向づけが、学びやすい学習環境を調整することにつながっていきます。

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(4)そろえる
 一斉に展開する通常学級の授業では、子どもの理解に「ズレ」が生じていきます。その「ズレ」を修正したり、理解度をそろえたりするのが「そろえる」です。ペアで話したり、友達の発言を言い換えたりするのは、理解度を「そろえる」手立ての1つだと考えます。

 ワタルくんの強みは、クラスの友達との関係が良好であること、さらには良好な関係が築けるというところだと思います。この「そろえる」は、ワタルくんにとって、強みを活かせる学習場面だと思います。ですから、ペアで話し合う場面で相談したり、「○○さんが言いたいことが言える人いますか?」と、同じ内容を複数の子に説明させたりすることで、ワタルくんを含めたはじめの説明で理解できていなかった子たちの理解をそろえることができます。

(5)「わかった」「できた」と実感させる
 やはり、子どもにとって「わかった」「できた」と実感できると、学習意欲につながります。これは、支援者にとってもうれしいものです。授業の中では、基本となる共通問題について、全員で話し合い、その後練習問題に取り組んでいきます。せっかく共通問題でわかったように感じても、練習問題で「やっぱりできない」となってしまう子もいます。

 そこで、練習問題についても、共通問題からスモールステップで難易度を上げていくような工夫が必要です。今回の問題であれば、まず、高さの数値をかえる。次に単位変換が必要な部分を横の長さに変えるといった具合です。

 もう一つ「わかった」「できた」と実感させるテクニックがあります。机間指導をする中で、間違えそうな部分だけ、ワタルくんの近くで言葉かけをし、解答が進み始めたらその場を離れ、できたのを見計らって、「すごい。できてるね!」と声をかけるようにします。大人は、「結果よりも過程が大事である」と、努力を価値づけることがよくあります。しかし、子どもは、過程よりも結果を重要視する傾向が強いです。最終的に「自分の力でできた」と感じさせることで、学ぶ意欲が高まります。

 こうした細かい配慮が、子どもの自信につながり、学習意欲が高まり、学習成果へとつながっていきます。

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SENCOのつぶやき
 「方向づける」で紹介されていた間違えた立式の理由を考える学習活動は、とても効果的だと思います。なぜなら、①問題文を解釈し、②それを受けて立式していくからです。これは、実際に子どもが問題に取り組む思考過程と重なるところがあります。①間違えて、②後から訂正される経験が積み重ねることで、学習に対してネガティブな感情が生まれてきてしまいます。逆に、間違えないことで、少しずつ自信をもって取り組むことができるのではないでしょうか。

 「間違えてもいい」「教室は間違えるところだ」というのは、大切な考え方です。しかし、これは自己肯定感が高いからこそ成り立つことなのかもしれません。学習に苦手意識がある子の気持ちを汲み取りながら授業をすることも大切なのではないでしょうか。

【参考文献】
阿部利彦編著,「決定版! 授業のユニバーサルデザインと合理的配慮」,2017,金子書房
阿部利彦編著,「通常学級のユニバーサルデザイン プランZero2 授業編」,2015,東洋館出版社
熊谷恵子・山本ゆう著,「通常学級で役立つ 算数傷害の理解と指導法」,2020,学研教育みらい

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いかがだったでしょうか。ワタルくんの性格を考慮しながらテクニックを具体的にご解説いただきました。とてもリアルな支援場面が想像できたのではないでしょうか。
次回は、阿部利彦先生に再度ご登場いただき、ズバッと解説!していただきます。
次回配信は9月23日を予定!そうぞお楽しみに!

執筆者プロフィール

上條大志(かみじょう・まさし)
神奈川県公立小学校 総括教諭。特別支援教育士。教育学修士。星槎大学客員研究員。
特別支援教育、学級経営、授業のユニバーサルデザイン等を主として研究と実践を行っている。日本LD学会/日本授業UD学会所属。

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