「こころ」のための専門メディア 金子書房
異なる価値観の人との対話のために(東京学芸大学教育学部教授:松尾直博) #自己と他者 異なる価値観への想像力
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異なる価値観の人との対話のために(東京学芸大学教育学部教授:松尾直博) #自己と他者 異なる価値観への想像力

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今の子どもの他者を思いやる気持ちは、どのようになっているのでしょうか。直接人とふれあう機会の減少とともに、難しくなってきているのでしょうか。ただ、いつの時代にもその時代の若者に対する苦言は、存在していたようです。学校心理学などがご専門の松尾直博先生に、今の子どもの人を慮る力について考える際に、大事な点をお書きいただきました。

人の気持ちを慮る力は弱くなっているのか?

 「今の子どもは自分勝手だ」「自己中心的な子どもが増えた」という意見を聞いた時、皆さんはどう思うでしょうか。また、「今の大人は自分勝手だ」「自己中心的な大人が増えた」という意見を聞いた時、皆さんはどう思うでしょうか。「そうそう、そうだよね」と思う人もいれば、「いや、そんなことはないよ」と思う人もいるでしょう。

 『児童心理』(金子書房)の1969年12月号の特集は「現代っ子のエゴイズム」でした。と言っても、私が読んだのは最近です。その時代の現代っ子は自己中心的だということが書かれています。ちなみに、その当時10歳だった子どもは、2022年には63歳になっています。主には現代っ子、現代の若者は自分勝手すぎないか、他者への思いやりに欠けているのではないかということが書かれています。その理由としては、「教育ママ」の存在、友達関係の希薄化、きょうだいの数の減少が影響しているのではないかということも書かれていて、現代っ子が自己中心的なのは、大人のせいではないかということも書かれています。

 また、『「昔はよかった」と言うけれど』(大倉、2013:新評論)という書籍があります。第二次世界大戦前の日本の人のマナーやモラルがいかにひどかったかについて書かれている本です。この時期の子ども・若者・大人もかなり自分勝手な人が多かったことがわかります。

 どういった側面に焦点を当てるか、指標をどうするかにもよりますが、昔の人より今の人の方が、他者の気持ちを慮る力が弱くなったり、自分の外に目を向ける想像力が低下していたり、他者に配慮することに価値があると考える人が減ったりしているとは言えないように思います。

価値観の異なる人との対話

 新しい学習指導要領の解説書では、「よりよい社会と幸福な人生の創り手となっていけるようにすることが重要である」と書かれています。「よりよい社会」と「(自身の)幸福な人生」を創ることが両立する場合はよいのですが、そうでない場合はどちらを優先すればよいのでしょうか。さらに、「よりよい社会」は現代において多様な人から構成されると考えられます。より多様な人が社会を構成するようになったとも言えますし、あるいは社会はもともと多様な人から構成されていたのだけれども、それについてより意識する社会になったと言えるかもしれません。

 何が多様かというと、いろいろと考えられますが、ひとつには価値観が多様というのが挙げられます。したがって、価値観の多様な人が対話をし、よりよい社会を作っていくことが、現代に求められていることかもしれません。学習指導要領解説の道徳編には、「多様な価値観の、時に対立がある場合を含めて、誠実にそれらの価値に向き合い、道徳としての問題を考え続ける姿勢こそ道徳教育で養うべき基本的資質である」という表現があります。

「対話」と「会話」

 平田オリザ先生は、著書『わかりあえないことから~コミュニケーション能力とは何か』(2012:講談社現代新書)の中で、「会話」と「対話」の定義の違いを以下のように表しています。

「会話」=価値観や生活習慣なども近い親しい者同士のおしゃべり。

「対話」=あまり親しくない人同士の価値観や情報の交換。あるいは親しい人同士でも、価値観が異なるときに起こるその摺りあわせなど。

 そして、日本にはこの「対話」という概念が希薄であり、日本語には「対話」の言葉が確立されていないのではという興味深い指摘をしています。つまり、今の子どもや大人が昔と比べて、対話、異なる価値観の人と交流することが苦手になっていったわけではなく、元々得意でなかったが、今日になって対話が求められることが増えているとも言えるかもしれません。情報化とグローバル化によって、異なる価値観の人と言葉を交わし、共に活動をすることが増えていると思われます。それは、新たなイノベーションや課題解決のためには大変重要で、効果的な機会なのですが、対話がうまくいかないとお互い辛い思いをすることも多くなります。

大人と子どもの対話から

 それでは、価値観の異なる人と対話し、相手を慮る力や態度・価値を身に付けるには、どうすればよいのでしょうか。鯨岡俊先生(2006)は、様々な年齢の子どもと大人のやりとりを観察することによって、「ひとがひとをわかること」の本質を研究しています。その中で、大人の「子どもにこうなってほしい」という思いと、子どもの「そうしたくない」という思いのぶつかり合いの中に、「育てる」という営みの中心があることを見いだしています。

 例えば、大人が「さあ、夕ご飯食べようね」と誘いかけても、子どもがテレビ番組に夢中で、ご飯を食べようとしないかもしれません。激しいぶつかり合いでなくても、このようなことは大人と子どもの間でよく起こることでしょう。強く叱って、むりやりご飯を食べさせるという人もいるでしょう。あるいは、子どもの気持ちを優先し何も言わない人もいるかもしれません。そして、その間の方法を採る人もいるでしょう。例えば、「この番組がすごく観たいんだね」と気持ちを受け止め、「じゃあ、このコーナーまで観て食べようか」、あるいは「観たい気持ちはすごくわかるけど、ご飯が冷たくなっちゃうから、先に食べようか」と誘う人もいるでしょう。このように、「あなたにはあなたなりの考え(価値観)があるんだね」と、子どもの気持ちを大人が「受け止めつつ、待つ」、「受け止めつつ、促す」、「受け止めつつ、誘う」という関わりが、子どもの主体性を育む上で大切だと考えられます。

 また、このように自分の主体性を受け入れてもらいつつ、大人から異なる考え方(価値観)を示されるという関わりを経験した子どもは、今度はやがて大人の考え(価値観)やルールを自分のものとして受け容れていくと考えられています。私には私の考えがあり、それを受け止めてもらえた。だったら、大人にも大人の考えがあるんだろうし、それを受け止めてみようというプロセスで発達していくことが想定されています。

思春期の子どもを「わかる」ために

 また、堀田あけみ先生(2006)は思春期の子どもとどう関わるかについて興味深いことを述べられています。堀田先生は、思春期において「わからずやの大人と衝突することは、不可欠である」と述べています。「中途半端な理解は、こどもを成長させない。中途半端な理解とは、口先だけで『わかる』と言うことだ。」とも述べられています。ものわかりのよい大人を演じて、思春期の子どもの話をろくに聞かずに、「あなたのことはわかっているよ」というのは、その子どもを成長させる上でも、その子どもを理解する上でも不十分であり、まずはじっくり、とことん、子どもの話を聞くこと。それができたら、大人も黙っている必要はなく、自分の考えを伝えることが大切と述べてられています。

 そして、「思春期の中、子どもは混乱し、大人に反発しながら誰かに受け入れられることを求めている。大きな壁として立ちはだかりながら、同時に彼らを受け止めることは不可能ではない。あなたの意見を全面的に認めることはできないが、たとえ対立した意見を持っていても、あなたを愛している、と伝えればいい。」と述べられており、とても素敵な表現だと思います。価値観の異なる人が対話する上で、このような気持ちでいられたらなと思います。

 「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という言葉があります。18世紀のフランスの哲学者であるヴォルテールの言葉とされています。あなたの意見、あなたの価値観は私と同じではない。でも、あなたがそれを主張する権利はあるし、私はそれをしっかりと受け止める。そうした態度で大人が子どもと向き合えば、その知識・スキル、態度・価値を子どもたちは学び取る、あるいは受け容れる可能性が高くなるでしょう。

まとめ:異なる価値観の人と対話する人になる

 異なる価値観の人と対話し、よりよい社会を創造するためには、まずは大人の子どもとの関わりが重要であるように思います。異なる価値観の大人と対話し、受け容れてもらえたという経験をした子どもは、今度は他の子どもに対して、あるいは年下の子どもに対して、相手の子どもの価値観が自分と異なっていても、対話を続け、受け容れる可能性が高まるように思います。知識・スキルの伝達という部分もあるでしょうが、体験により態度・価値を学び取っていくイメージでしょうか。異なる価値観の人と向き合うとき、人はどうしても攻撃的になったり、黙り込んでしまったりという傾向があります。まずは、異なる価値観を持った子どもと大人は向かい合い、対話をするというところが、スタート地点となるかもしれません。自分が大切にされた経験が、相手を大切にする力につながっていくことが期待されます。

引用文献

大倉幸宏(2013)「昔はよかった」と言うけれど: 戦前のマナー・モラルから考える 新評論

平田オリザ(2012)わかりあえないことから~コミュニケーション能力とは何か 講談社現代新書

鯨岡峻(2006)ひとがひとをわかるということ ミネルヴァ書房

堀田あけみ(2006)「わかる」と言う前にすべきこと『児童心理』2006年8月号第60巻12号pp.70-75

執筆者

松尾直博(まつお・なおひろ)
東京学芸大学教育学部教授。福岡県出身。筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。専門は臨床心理学、カウンセリング心理学、学校心理学など。主な編著書として、以下のものがある。

松尾直博・東京都八王子市立由木中学校(2022)ポジティブ心理学を生かした中学校学級経営 フラーリッシュ理論をベースにして 明治図書
杉森新吉・松尾直博・上淵寿(2020)コアカリキュラムで学ぶ教育心理学 培風館
松尾直博(2016)絵でよくわかる こころのなぜ 学研プラス

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