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崩落、泥濘、回り道(後編)(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第16回

 インド北部、キナウル地方の中心地レコン・ピオから、サトレジ川沿いの街道を西に約五十キロ。ババ・ナガルの街に着いたのは、夕方の五時にさしかかる頃だった。
 はるか下を流れる川の左岸、急峻な断崖に続く道路沿いに、数階建ての建物が、崖に貼りつくようにして連なっている。住民はあまり多くなさそうだが、その割に、道路の左右に駐車されている車の数は多い。
 道端にいた数人の警官のそばで、ラジュは車を停めて窓を開け、彼らとヒンディー語で何かを話し込んだ。言葉はよくわからなくても、その話の内容があまり思わしくないことだけは、すぐにわかった。
「明日、だそうだ」ハンドルを大きく切りながら、ラジュがため息をついた。「今夜はここに泊まるしかないな……宿を探そう」
 やたらに多い道路脇の車は、僕たちと同じように、このババ・ナガルの先で起こった大規模な土砂崩れで、足止めを食らっている人たちのものだった。普段は誰も泊まらないような位置にあるこの街では、僕たちが寝泊まりできる宿は、もう空いていないかもしれない。
 ラジュは、車をUターンさせて少し引き返しながら、何人かの住民に聞き込みをして、ついに、一軒の宿を見つけた。道路脇から下の崖にかけて建てられているモーテルのような宿で、道路に面した入口が最上階にある。部屋は古びている上にずいぶん使われていないようで、あちこちに埃がたまっていたが、屋根と壁があって、携帯電話が充電できて、寝袋を広げて眠れるスペースがあれば、僕にはそれで十分だった。
 同じ宿の別の部屋に二人で泊まることにしたラジュとスレンダルが、しばらくすると僕の部屋のドアをノックして、「晩飯を食べに行こう」と誘ってくれた。
 外に出ると、空はすっかり暗くなって、藍色の闇が降りてきていた。寒い。崖沿いに連なる建物に、ぽつぽつと電灯が点りはじめる。僕の目には、食堂らしい店はどこにも見当たらなかったが、ラジュとスレンダルはある建物の前で足を止め、ひどく細い階段を登って、灯がついている二階に入っていった。
 そこは、看板も何もない、四、五人も入れば満席になってしまうような小さな食堂だった。小柄な夫婦が、二人で切り盛りしている。白いプラスチックの椅子に座ると、すぐに食事が出てきた。大小のくぼみがついたステンレスの皿に盛られた、卵カレー、ダール(豆カレー)、チャパティ(小麦粉を練って薄焼きにしたもの)。簡素だが、温かい食べ物を口にできるだけで、本当にありがたい。
「あんたも、飲むか? よしよし!」
 スレンダルがニカッと笑いながら、マクダウェルというインドではありふれた安ウイスキーの瓶を、リュックから取り出した。宿の近くで買ったらしいが、中身はすでに残り少なくなっている。もうこんなに飲んでしまったのか。どうりで、二人とも妙にご機嫌なはずだ。
 スレンダルは店の主人に紙コップを三つもらい、それぞれにウイスキーの残りを注ぎ、雑な手つきで水で割っていった。
「……インドでは今年、大きな選挙があるんだ!」スレンダルのろれつが、すでにかなり怪しい。「あんたはどこを支持する? 俺はBJP! モディ首相万歳!」
 ラジュはやれやれといった顔で首をすくめ、「いやあ、俺は、BJPはもう勘弁してほしいなあ……」と言う。スレンダルはまったく気にせず、「モディなら大丈夫! 信用できる! なあ、あんたもそう思うだろ! さあ、飲んで飲んで!」と、僕の紙コップにマクダウェルを注ぎ足す。瓶は、すっかり空になってしまった。
 土砂崩れとぬかるみのおかげで、知り合うことができた二人。もし、彼らに出会えてなければ、僕はこの土地で、いったいどうなっていただろうか。

 翌朝、七時にチェックアウト。街にある別の食堂でアル・パラータ(小麦粉の生地にジャガイモを練り込んで焼いたもの)とチャイを朝ごはんにいただき、ラジュが運転する車で、五キロほど先にある土砂崩れの現場に向かう。昨夜のマクダウェルのせいか、ラジュもスレンダルも、二日酔いで少し辛そうだ。
 断崖に沿って曲がりくねりながら続く道路の先に、問題の現場はあった。話に聞いていた通り、かなりの規模だ。およそ七、八十メートルくらいの長さにわたって、大小の岩と大量の土砂で、道路が埋め尽くされている。手前の側から、撤去作業もある程度は進められていたようだが、今朝は作業員は誰もおらず、ショベルカーが一台、ぽつんと停めてあるだけだ。
「誰も作業してないですね……何ででしょう?」
「わからん……どうなるんだろうな、今日は……」
 この現場のように何日にもわたって道路が不通の場合、現地の人々は、崖を歩いて登って大きく迂回して、向こう側に抜けてから、別の車やバスを探すという方法を使う。ラジュのように自家用車で移動している人にはできないやり方だが、シムラーでの資格試験を明日に控えるスレンダルは、何が何でも崖を登るつもりでいた。
「じゃ! グッドラック!」
 そう言ってスレンダルは爽やかに僕とラジュの手を続けさまに握ると、トレイルがあるかどうかも見分けがつかないような左側の急斜面を、何のためらいもなく、すいすいと歩いて登りはじめた。あっという間に、灌木に隠れて見えなくなる。さすがはキナウル人だ。ほかにも、何人かの地元の人々が、同じように斜面を歩いて登っていく。土砂崩れの向こう側から迂回して、上から降りてきている人もいるようだ。
 僕自身は、これからどうすべきか、まだ決心がつかないでいた。この場所の土砂の撤去作業が今日のうちに終われば、ここから先の道路は問題ないはずなので、ラジュの車で、一気にシムラーまで行ける。ただ、今日はなぜか、作業がまだ始まっていない。撤去作業が進まなければ、今夜もまたババ・ナガルに泊まらなければならなくなる。さすがにそれは避けたかった。
 だからといって、崖を歩いて登って迂回して、向こう側に出られたとしても、そこから先に進む移動手段をすぐに見つけられるとは限らない。何しろ、ババナガルからシムラーまでは、百五十キロもの距離がある。仮にバスなどに乗れたとしても、一気にシムラーまで行けるとは考えにくく、途中の別の街で泊まらなければならなくなる可能性が高い。ヒッチハイクもうまくいく保証はない。
 ラジュとここで待つべきか、スレンダルのように崖を登るべきか。迷いながら三十分ほどそこに佇んでいると、さっきスレンダルが登っていった崖の上から、二人の男性が歩いて降りてきた。前と後ろから、担架のようなものを担いでいる。
 担架らしきものの上には、何枚ものカラフルな布でくるまれた、細長い包みが載せられていた。男たちの後から、一人の女性が、わあわあと泣きながら歩いて降りてくる。道路まで降りてきた彼らは、道端に停まっていたピックアップトラックの荷台に担架と包みを載せ、ババ・ナガルの街の方へと走り去っていった。
「……昨日、ここでの撤去作業中に、また岩が崩れ落ちてきたらしい。作業員が一人、死んだ」ラジュがぼそっと呟いた。「崖の状態がまだ安定していないから、今日は作業は再開できないらしい。さっきそこで聞いた」
 慄然とした。あれは、犠牲になった作業員の亡骸だったのか。
「……これからどうする?」ラジュが僕に言う。「もちろん、俺とここで待ってもいい。俺は自分の車があるから、道路が通れるようになるまで、何日でも待ち続けるしかない。でも、天気予報では、今夜からまた雪か雨だ。ここの状態はもっとひどくなるかもしれないし、ここから先の別の場所でも土砂崩れが起きるかもしれない」
「うーん……」
「君は……行った方がいいと思う。チャンスは今しかないかもしれない」
「確かにそうですね……。僕も、ここを登ってみます。問題は荷物だな……。ラジュ、あそこの道端にいる男の子は、ポーター(荷物の運搬役)として稼ぎに来てる子かな? 手伝ってもらえないか、彼に聞いてみてくれませんか?」
 痩せた身体に赤いTシャツを着た、十五歳くらいの男の子が、僕のダッフルバッグを担いでくれることになった。僕自身は、カメラザックとショルダーバッグだけ担げばよくなったが、それでも十キロ以上はある。
「……本当に、ここまでありがとう!」
 ここまでの分の謝礼を渡してから、ラジュの手を握ると、彼も手を添えて握り返してくれた。
「無事にシムラーに着いたら、メールでいい、知らせてくれ! お互い頑張ろうな」
「ラジュさんも、どうかご無事で!」
 それからの三十分、僕は、ところどころぬかるんだジグザグの細いトレイルを、カメラザックを背負ったまま、ひたすら歩いて登り続けた。斜面の勾配は思っていた以上にきつく、標高が二千メートルを超えていることもあって、信じられないほど息が苦しくなる。時々立ち止まって、膝に手をつき、どうにか呼吸を整えようとしてみるが、酸素の補給が全然追いつかない。視界がぼやけ、手足の先が痺れてくる。ダッフルバッグを担いで先を歩きながら、立ち止まって僕を待ってくれている男の子も、僕よりずっとましとはいえ、かなり大変そうだ。
 この土地で暮らしている人々は、時にこんな思いまでしながら、行き来をしているのか。これもまた、当たり前のように生活の一部になっているのか……。
 登りはじめてから、二百メートルほどは高度が上がっただろうか。酸欠で、もう何も考えられないくらいにふらふらになりながら、ポーターの子の赤いTシャツだけを目印に追って歩いていると、急にふっと斜面が途切れ、細い未舗装の道路が現れた。街道から、山の上の方にある集落へとつながる道に出たのだ。この道を西に辿って降りていけば、土砂崩れの向こう側の幹線道路に出られる。
 道路脇には、二台のピックアップトラックが停まっていた。崖を行き来する人たちを、幹線道路のバスとの間でピストン輸送して運賃を稼いでいる、地元の男性たちの車だった。
 そのうちの一台の運転席にいた、赤ら顔に髭をたくわえた気の良さそうな初老の男性に、ダメもとで声をかけてみる。
「おじさん、この車で、僕をシムラーまで乗せていってくれないかな? お金はちゃんと出すよ。困ってるんだ。お願い!」
 それを聞いた髭面のおじさんは、思いもよらない上客が来たとばかりに、にまっと笑って、もう一台の運転手にひと声かけてから、「カム!」と僕に言った。

 そこから先は、信じられないほど順調にことが進んだ。
 髭面のおじさんは、街道で右に左にハンドルを切って先行車をかわしながら、年季の入ったピックアップトラックを、ひたすら猛スピードで走らせ続けてくれた。僕は狭い助手席で、カメラザックを膝の上に抱えたまま、ただ座っていただけだった。どんなに早くても今日の夜中になるかも、と思っていたシムラーには、驚いたことに、日が暮れる前に到着することができた。
 予約してあったホテルの部屋に入り、荷物を置き、白いベットシーツの上に、ばたりと仰向けに倒れ込む。
 いろいろ大変すぎたけれど、どうにかこうにか、切り抜けた。それは僕自身の力ではまったくなく、ラジュやスレンダル、ポーターの彼、髭面のおじさん、そして土砂崩れ現場の作業員の人たちのおかげだった。
 あの担架で運ばれていた、亡骸のことを思う。一歩、いや半歩間違えば、自分も……。
「ラジュに、メール送らなきゃな……驚くだろうな……」
 天井を見上げながら、独り言を呟く。とりあえず、何か、食べに行こう。明日の夜には、デリーだ。

【著者プロフィール】

山本高樹(やまもと・たかき)
著述家・編集者・写真家。2007年から約1年半の間、インド北部の山岳地帯、ラダックとザンスカールに長期滞在して取材を敢行。以来、この地域での取材をライフワークとしながら、世界各地を取材で飛び回る日々を送っている。主な著書に『ラダックの風息 空の果てで暮らした日々[新装版]』『ラダック旅遊大全』(雷鳥社)、『インドの奥のヒマラヤへ ラダックを旅した十年間』『旅は旨くて、時々苦い』(産業編集センター)など。『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』(雷鳥社)で第6回「斎藤茂太賞」を受賞。

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