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「自宅待機」の日々、どう生きる?(正保春彦:茨城大学大学院教育学研究科 教授)#つながれない社会のなかでこころのつながりを

臨床心理学、その中でもグループワークがご専門の正保先生。コミュニケーションを苦手とする子どもたちにグループワークを行い、日々研究と実践を積み重ねていらっしゃいます。豊富なご経験を持つ正保先生がおっしゃる「こんな状況下だからこそ目を向けたい視点」とは。コロナ禍の子どもたちの “こころ” についてお伺いしました。あなたも新しい視点を一緒に考えてみませんか。

 本稿執筆時点(2020年5月6日)で、首都圏の緊急事態宣言が5月末日まで延長されることになり、特に小中高校生などの児童・生徒の自宅待機がさらに長期化することが明らかとなりました。

 日頃、どんなに「休みがいい」「学校行くのはたるい」などと言っていても、やがて3か月にも及ぶこの期間は「長すぎる」と感じている子どもたちが多いでしょう。早く学校へ行って、勉強をしたい、友達と話をしたい、一緒に遊びたい、と感じている子どもたちがきっとたくさんいることと推測します。

 もちろん学校が早く再開されることは望ましいことには違いないのですが、一方でこんな見方もできるのでは?ということを提起してみようと思います。

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 私の専門は臨床心理学ですが、その中でグループワークの実践を日々行っています。実践の場所は小学校から大学、その他社会人研修などに及びますが、そこでしばしば目にする光景があります。

 それは、常に同じ相手とペアを組んだり、グループを作ったりという現象で、二人の場合はこれをペアリングと言います。これは小学生から大学生まで広く見られる現象で、特に珍しいものではありません。

 小中学生なら分からないではありませんが、さまざまなワークを繰り返す中で大学生がいつも同じ相手とだけペアやグループを作っていたり、ちょっとしたブレイクタイムの度に抱き合ったりしているのを見ると「大丈夫なんだろうか」と心配になることがないわけではありません。

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 また、大学で実施する場合は授業内で行うことが多いので、最後は学生たちにレポートを提出させますが、そこで言及される言葉・表現に「集団」の苦手さが非常に多いことも実は気になっていることです。

 曰く、「自分は元々内向的な性格で、人との関わりは苦手である。グループワークができるのかとても不安であった。」「この授業では同じコースでもほとんど話したことがない人がたくさんいたので憂鬱な気持ちだった。」「知らない人と話せないわけではなかったが、結果として、同じ友人とくっついて授業に参加していた。」「それでは机とイスを片付けてください、と先生に言われたとき、不安は頂点に達した。」

 こんな文章が男女を問わず、次から次へと出てきます。また、このようなレポートを書いてくる学生は、まだ「自覚がある」タイプかと思いますが、もっと「重症」な学生の場合は、このような内省的なことはおくびにも出さず、当たり障りのないことを書いているのではないかと推測しています。

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 精神分析家ウィニコットは「ひとりでいられる能力」(capacity to be alone)という概念を提唱しました。そこでは一人でいられることは情緒的な成熟の証とされます。母子密着の状態からやがて心身が成熟してくると、物理的には母親と同じ場所にいたとしても、情緒的には一人遊びを楽しむことができるようになります。そして、このような子どもの成長を促進するのが「ほどよい母親」(good enough mother)という存在です。子どもに対して過保護・過干渉になるのでもなく、放任するのでもなく、完璧ではないにしても、ポイントは外さずに子どもを見守っていく母親の存在が、「ひとりでいられる能力」を発達させていくとされます。前述の大学生たちは、この「一人でいる能力」の獲得に失敗した例と見ることもできるかもしれません。

 翻って、今日の日本の状況を見ると、従来ではあり得なかったような一種の「社会実験」が行われている状況と言えるのではないかと思います。子どもたちは学校で友達と会うことができませんが、一方、家で在宅勤務となった親と長時間一つ屋根の下で過ごしている子どもたちも多いでしょう。

 視点を変えて見てみると、子どもたちは友達から距離を置いて、親と一緒に過ごす時間をたっぷり与えられた状況にあります。他方、親から見ると、満員電車に長時間揺られることもなく、それまで仕事に費やしていたエネルギーの一定の部分を子どもに向ける(向けざるを得ない)状況にある人も少なくないでしょう。このことが、我が国の親子関係全体にどのような影響をもたらすのか、それは非常に興味深いことだと思います。

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 先の大学生たちについて言うと、冒頭で「集団」場面への苦手さに言及していたレポートは、そのほとんどが、半年間の授業を経て「でも、段々慣れていって気にならなくなった」という結末に至るものが大半です。要は「機会の少なさ」ということが影響している部分も決して少なくないのです。

 そのように考えるならば、今回のコロナウィルス対策の自宅待機という経験が子どもたちの精神的発達にひょっとしたらいい効果をもたらす可能性もあるかと思われます。自宅待機の中で友達から離れ、「一人でいる経験」が子どもたちや若者たちの人間関係のあり方に建設的な影響を与えてくれるといいなと、私は密かに考えています。

 長期間に及ぶ外出自粛により、我が子の成長の機会が失われていると心配な親御さんもいらっしゃることと思います。ですがここは一度視点を変えて、「この自粛期間がこの子の “ひとりでいられる能力” が育まれる機会になるかもしれない」と考えてみるのはいかがでしょう。

 もし集団が苦手なまま成長したとしても、先の大学生のように次第に慣れていくものです。なかなか不安が払拭できない状況ですが、心配しすぎず、少し顔を上げて子どもたちの成長を見守っていきましょう。

(執筆者プロフィール)

正保先生プロフィール

正保春彦(しょうぼ・はるひこ)
茨城大学大学院教育学研究科 教授。専門は臨床心理学、グループアプローチ、構成的グループエンカウンター、インプロヴィゼーション、サイコドラマなど。緻密な分析に基づく効果的なグループワークで不登校者数を減らし、現在も活動を積極的に行っている。

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