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【特別寄稿】いじめが子どもたちの心をいかに傷つけるのか(東京医科大学精神医学分野准教授:桝屋二郎) #子どものいじめ被害をなくすために私たちができること

 大津市中2いじめ自殺事件をきっかけに、2013年に『いじめ防止対策推進法』が成立・施行され、10年以上が経過しました。その後、「いじめはダメである」という認識が広まったにもかかわらず、いじめ認知件数およびいじめに起因した自殺(未遂含む)・不登校などは増加し続けている現状があります。子どものいじめ被害を減らすために、私たちにできることは何でしょうか。全3回のシリーズで検討します。

 第2回は、東京医科大学准教授・児童精神科専門医の桝屋二郎先生にご寄稿いただきました。

はじめに

 令和4年度のいじめ認知件数は681948件であり、令和3年に引き続き過去最高を記録しました(文献1)。令和2年度の認知件数の減少は新型コロナウイルス感染症による休校やステイホームが影響していると目されており、いじめ問題が根本的に解決に向かった結果ではないと考えられています。実際に全体の認知件数が減少したにも関わらず令和2年度の「ネットいじめ」件数は過去最高を記録しており、いじめ問題が社会情勢に影響されて変化していく様相も確認されています。

 国立教育政策研究所によるいじめ追跡調査の結果によれば,暴力を伴わないいじめ(仲間はずれ・無視・陰口)について,小学校4年生から中学校3年生までの6年間で,被害経験を全く持たなかった児童生徒は1割程度,加害経験を全く持たなかった児童生徒も1割程度でした(文献2)。これは被害者と加害者が重複していることを意味しており、多くの児童生徒が入れ替わり被害や加害を経験していることになります(2)。つまりいじめは加害と被害を移行・変遷していく複雑な傾向があり、子ども達のパワーバランスの複雑さも反映していると考えられています。子ども時代にいじめを受けると急性期から長期まで、様々な影響を受けると考えられています。本稿ではこういった側面について述べてみたいと思います。

いじめ被害の心理的影響

(1)小児期逆境体験(ACEs;Adverse Childhood Experiences) 

 小児期の健全な発達の過程に逆行するような有害な体験を小児期逆境体験(ACEs)と呼びます。1995年から始まった米国での大規模追跡研究(ACEs Study)によってACEsが被害者のその後の人生に大きな悪影響を与えることが明らかになってきました(文献3・4)。ACEs Studyによると小児期に逆境体験を受けると、子どもは辛い逆境体験から逃げたり対抗したり有効に対処したりすることができないがゆえに、誰からもケアや援助がない状態では心身に悪影響が出続けます。脳を中心とする神経系が未熟であるがゆえに、ACEsから生じるトラウマは神経系の正常な発達を阻害します。そしてそのことが原因となり社会認知や自己認知に悪影響をもたらし、健康を害するような行動(暴飲暴食、暴力、自傷、アルコールやドラッグの不適切摂取、性的逸脱、反社会的行為など)を選択することが多くなり、その結果、心身の疾病罹患や社会不適応を起こすようになります。ACEsはPTSDのみならず抑うつや不安障害、精神病症状、薬物の乱用など精神科的問題のみならず慢性身体疾患のリスクを高めることも判明しています。そしてこれらの罹患リスクは逆境体験数に比例することも明らかとなりました。そして最終的にはACEs体験群は被体験群に比して明らかに早逝している(6種類以上のACEsを体験した人の平均死亡年齢61歳に比べて、全くACEsを体験していない人の平均死亡年齢は79歳と約20年の差)ことが判明したのです(図:ACEsピラミッド(文献5))。当初のACEs研究の調査項目にいじめは入っていなかったものの、後にWHOはACEsの調査項目をACE International Questionnaire (ACE-IQ)としてまとめ、そこにはいじめ被害も重要な項目として追加しています。

 

図 ACEsピラミッド(Felitti et al., (1998)をもとに作成)

(2)いじめ被害が心に及ぼす短期・中長期的影響

 いじめは強者が弱者を一方的に支配し、攻撃するという構造の中で成立しやすくなります。そのため、いじめ攻撃に反撃や抵抗、そして逃亡ができないような従順で素直な子どもほど被害者になりやすいという傾向があります。被害者には何の落ち度がなくても加害者の都合や気分で攻撃され、助けもなく、そこから逃れられずに我慢するだけの歪んだ積み重ねが続くと、無力感の増大や自己肯定感の毀損が強まり、希望を持てなくなっていきます。たとえ、被害から一時的に逃れられたとしても「またいじめられるかもしれない……」という恐怖で心は平穏にならず、ビクビクした過覚醒状態が続いていくのです。そしていじめ被害が周囲で起こった際には「もう被害者にはなりたくない」という心理が強く働き、二次的にいじめ加害に加わってしまったり、傍観者に徹したりするようになります。このことはいじめが被害と加害を移行・遷延していくメカニズムの一因と考えられます。

 Terrはトラウマを急性単回性のⅠ型トラウマと長期反復性のⅡ型トラウマの2つに分類しました(文献6)。いじめ被害は往々に長期反復されることが知られており、虐待と同様にⅡ型トラウマの原因となると言えます。そしてHermanは長期反復性心的外傷体験から生じる複雑性心的外傷後ストレス障害(複雑性PTSD)を従来のPTSDとは区別した疾患として新たに提唱しました(文献7)。複雑性PTSDはICD-11から正式採用となりましたが、その中では診断に際してPTSDの診断基準を満たしていることに加えて、感情制御困難、否定的自己概念、対人関係障害が同時に存在することを求めています。実際に長期的に続くいじめ被害では複雑性PTSDが発症しやすく、いじめ被害がⅡ型トラウマとして被害者のメンタルヘルスに及ぼす影響は、Ⅰ型トラウマよりも深刻であることが示唆されています。

 中長期的な視点では小児期にいじめ被害体験を受けることは将来、うつ病などの気分障害や不安障害、自傷や自殺を増やす危険因子であることが判明しています。そして、虐待を受けた子どもはいじめ被害にも遭いやすいことも分かっています。Lereyaらは同級生からのいじめを経験し成人から虐待を受けていない児童は、成人から虐待を受けたがいじめ被害には遭っていない児童に比べて青年期に精神的な問題(うつ病、不安症、自傷など)を発症しやすかったことを明らかにしました(文献8)。これはメンタルヘルス上では虐待被害よりもいじめ被害の方が後年まで悪影響を及ぼすリスクが高い可能性があることを示唆しています。この原因としては、虐待被害もいじめ被害も深刻なトラウマ体験であることは明白ですが、子どもと成人という明らかに強者性と弱者性が明白な関係性の中で被害を受けるよりも、同級生同士など、本来は対等であるはずの関係性の中で被害を受ける方がトラウマ体験としては侵襲性が高い可能性があることが考えられます。

 そして、いじめ被害が中長期に渡ってメンタルヘルスに悪影響を及ぼす過程において、どのような変化が生じているのかを知ることは、予防や治療・対処などの支援において重要です。筆者らはこれまで、小児期のいじめ被害体験をテーマにした横断調査を実施してきました。その結果、小児期のいじめ被害体験が、成人期の神経症的特質(細かいことを気に病みやすく、情動的に不安定な特性)、反すう特性(ネガティブな出来事について繰り返し考えてしまう特性)、不安・抑うつ症状、さらには職業上のストレス、低い労働生産性などと結びついていることが示されました(文献9-13)。

(3)いじめ被害と自殺

 いじめがしばしば社会問題化する契機となるのが、いじめ被害による自殺です。いじめが自殺の危険因子になることは前述してきましたが、日本における調査でもKatsumataらによれば10代と20代の自殺既遂者の内、男性で約4割、女性で約6割が中学校時代のいじめを体験しています(文献14)。いじめと自殺について検討する場合、この調査のように「いじめ被害体験が中長期的に精神保健上のリスクとして働き、後年の自殺を惹起する」場合と「いじめ被害体験が短期的に影響して急性的な自殺を惹起する」場合に分けて考えなければなりません。一般的にいわゆる「いじめ自殺」と呼ばれる自殺は後者にあたります。

いじめ被害児童へのケア

 いじめ問題の支援と対策は「A:いじめ防止教育」「B:いじめの早期発見」「C:発見時の被害児童の保護」「D:緊急の再発防止対策」「E:いじめ被害児童の心理的ケア」「F:いじめ加害児童の心理的ケア」「G:いじめ目撃者の心理的ケア」「H:被害者・加害者の家族ケア」「I:長期的再発予防策」というとサイクルになると思われます。本稿では被害を受けた子どもへの心理支援に絞ってお話ししたいと思います。

 まず、何よりもいじめという法律でも禁止されている深刻な違法行為をされたということを支援者が認識し、被害体験を軽視せず、被害者の思いを心から傾聴し、被害者の安心と安全を守る姿勢を具体的に被害者に見せる必要があます。この観点からも、いじめの事実が発覚したり、いじめ被害についての具体的なSOSが出されたり、具体的なSOSまではいかないものシグナルが出されたりした時の初期対応は何よりも重要です。ここで被害者が「SOSを出してよかった」と思える対応をしないと、被害者は「やっぱり力にはなってくれないんだ」と絶望し、心を閉ざしたり、場合によっては自殺リスクを高めたりすることにもつながりかねません。被害者を守るためには被害児童もしくは加害児童の出席停止や自宅療養も躊躇せず検討すべきと考えます。

 安心安全な環境を整えた後で被害児童の精密なアセスメントを負担の少ない形で進めていく必要があります。事実関係のみならず、どのような加害行為でどのような被害に遭ったのかを周囲の調査を含めて進めていきます。その時に被害児童に無理に語らせない、何度も語らせない、信頼できる人が安心安全な環境の中で聞き取る、といったことにも留意しなければなりません。下手に語らせることは場合によってはフラッシュバックや解離を誘発し、再受傷のリスクを高めます。被害児童の家族環境や発達特性のアセスメントも重要です。例えば発達障害を持つ児童は、その認知のずれやそれによって生じる行動のずれのために、いじめの標的になりやすいことが知られています。

 いじめ被害のトラウマ体験についてのケアは本項では詳述できませんが、精密なアセスメントの上で、トラウマ体験やトラウマ反応の水準に応じた段階的なトラウマ支援を検討すべきでしょう。安心安全な環境を整えるだけで回復していく場合もあれば、自己肯定感の低下や自責感に対してトラウマインフォームドケアを展開する必要が生じる場合もあります。もっと深刻な水準の場合にはトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)などを専門機関で実施する必要もでてきます。いじめ被害とトラウマ反応、そのケアについて、正しい知識を保護者に伝え、実践してもらうことも支援者の重要な責務となります。単職種での対応には限界があり、学校であれば管理職が主導して、担当教員だけでなく、養護教員、特別支援コーディネーター、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、学校医、外部医療機関、そういった職種・機関と緩やかな支援チームを日頃から構築しておき、いざ必要な事態になった際に迅速に対応ができるようにしておく必要がありましょう。そしてそのチームメンバーが高い意識を持って初めて、支援が実効性を持ちえるのです。

【参考文献】

桝屋二郎ほか編著:「いじめ防止対策」と子どもの権利,かもがわ出版,2020
桝屋二郎,井上猛:日本における「いじめ」概念・定義の歴史的変遷と現状. 精神医学 63 (2), 157-164, 2021
桝屋二郎,井上猛:いじめ加害児童・生徒への心理・社会的支援. 精神医学 63 (2), 229-236, 2021
桝屋二郎:子どものいじめによるトラウマ.精神科43 (2), 157-164, 2023

【引用文献】

(1)文部科学省:令和4年度文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」
(2)国立教育政策研究所:いじめ追跡調査 2013-2015, 生徒指導・進路指導研究センター,2016
(3) Felitti VJ, et al. The relationship of adult health status to childhood abuse and household dysfunction. American Journal of Preventive Medicine. 1998; 14:245-258
(4) Grudo JH, Morris A著,菅原ますみ他 監訳, 小児期の逆境的体験と保護的体験,明石書店,2022
(5) Felitti, V. J., Anda, R. F., Nordenberg, D., Williamson, D.F., Spitz, A. M., Edwards, V., Koss, M. P.,& Marks, J. S.(1998). Relationship of Childhood Abuse and Household Dysfunction to Many of the Leading Causes of Death in Adults. The Adverse Childhood Experiences (ACE) Study. American Journal of Preventive Medicine. Volume 14, Number 4, pp. 245-258.
(6) Terr, L. C. (1991). Childhood traumas: An outline and overview. The American Journal of Psychiatry, 148(1), 10–20.
(7) Herman JL 著,中井久夫 訳,心的外傷と回復 増補版. みすず書房. 1999
(8) Lereya ST, et al. Adult mental health consequences of peer bullying and maltreatment in childhood: two cohorts in two countries. Lancet Psychiatry. 2015;2(6):524-531.
(9) Tachi S, Masuya J, et al. Victimization In Childhood Affects Depression In Adulthood Via NeuroticismA Path Analysis Study. Neuropsychiatr Dis Treat. 2019;15:2835-2841.
(10) Masuya J, et al. Depressive rumination and trait anxiety mediate the effects of childhood victimization on adulthood depressive symptoms in adult volunteers. PLoS ONE. 2023. 18(5):e0286126.z
(11) Ishii Y, Masuya J, et al.Victimization in Childhood Mediates the Association Between Parenting Quality, Stressful Life Events, and Depression in Adulthood. Neuropsychiatr Dis Treat. 2021;17:3171-3182.
(12) Masuya J, et al. Childhood Victimization and Neuroticism Mediate the Effects of Childhood Abuse on Adulthood Depressive Symptoms in Volunteers. Neuropsychiatr Dis Treat. 2022;18:253-263.
(13) Hashimoto S, Masuya J, et al. Victimization in Childhood Influences Presenteeism in Adulthood via Mediation by Neuroticism and Perceived Job Stressors. Neuropsychiatr Dis Treat. 2022;18:265-274.
(14) Katsumata Y, et al:School problems and suicide in Japanese young people. Psychiatry Clin Neurosci 64(2):214-215,2010.

著者プロフィール

桝屋 二郎(ますや・じろう)
東京医科大学精神医学分野准教授。ふくしま子どもの心のケアセンター顧問、法務省非常勤矯正医官。医学博士・子どものこころ専門医・精神保健指定医。東京医科大学卒業後、関東医療少年院医務課長、福島大学特任教授などを経て現職。児童精神科医として非行少年や被災した子どもたちの支援に関わっている。主な著書に『「いじめ防止対策」と子どもの権利』(かもがわ出版、2020年)『被災地の子どものこころケア:東日本大震災のケースからみる支援の実際』(中央法規出版、2018年)などがある。日本精神神経学会代議員、日本トラウマティックストレス学会理事、日本小児精神神経学会代議員など。