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少年非行に厳罰化は必要か(文教大学人間科学部教授:須藤明) #若者の犯罪の心理 ③

オレオレ詐欺などの組織的な犯罪で受け子などとして利用されたり、銀座の宝石店襲撃のようにあまりに直接的な犯罪に手を染めたりする若者の心理と、社会としてそれをどのように予防できるかについて、須藤明先生に短期連載でお書きいただきます。

少年法は甘いという言説discourse

 前回、司法犯罪心理学の初回授業で「少年事件は増えていますか?」などと学生に質問していることを述べました。そのときに、「少年法は甘いと思いますか?」、「大人並みに厳しくした方がよいですか?」とも問うているのですが、約7割の学生は「少年法は甘いので、厳しくした方がよい」という回答をします。理由は、「少年非行が増えている」、「凶悪化」しているという誤解や傍若無人にふるまう身勝手な非行少年のイメージに基づくものがほとんどです。多分、世論調査をしても、同じような結果が出るのではないでしょうか。世間を騒がす大きな少年事件が起こると、よりそうした気持ちになるのかもしれません。

 少年法の理念は、少年の健全育成であり、発達途上の様々な問題を抱える少年に対して、教育を柱とした処遇によって立ち直りを図り、将来の再非行を予防するというのが基本的な考え方です。ですから、大人のように刑罰を与えるものではありません。たとえば、少年院は教育を通して、自らの問題を見つめ、改善して社会に戻っていくための施設です。そこでは、「生活指導(社会人として自立した生活を営むための知識・生活態度の習得)」、「教科指導(基礎学力の向上、義務教育、高校卒業程度認定試験受験指導)」、「職業指導(勤労意欲の喚起、職業上有用な知識・技能の習得)」などが行われています。

 では、こうした処遇を行う少年法は甘いのでしょうか。大人と同じように刑罰を与えた方がより効果が期待できるのでしょうか。この点は、感覚ではなく、科学的視点で考える必要があります。

厳罰化の効果研究

 アメリカでは、1980年代から、多くの州で少年非行を厳しく取り締まるための法改正が行われました。重要な改革のひとつは、移送法の改正と呼ばれるものです。非行した少年を少年裁判所(※日本でいう家庭裁判所)ではなく、成人の刑事裁判所で取り扱う手続きを移送と言うのですが、対象となる犯罪の種類を拡大したり、最低年齢を引き下げたりしました。

 Redding(2010) によると、例えば、1979年には、特定の少年犯罪者を成人として裁くことを義務付ける自動移送法は14州でしたが、1995年には21州に、2003年には31州に増えたということです。また、少年裁判所の対象年齢も13の州で15歳または16歳に引き下げられました。このような法改正は、より確実で厳しい、あるいは効果的な刑罰を期待してのことでしたが、現実には期待通りでなかったというのが結論です。厳罰化の抑止効果について、6件の代表的な研究がありますが、ここでは、Fagan (1996)の研究を紹介します。

 Fagan (1996)は、ニュージャージー州とニューヨーク州において、1981-82年に強盗または強盗致傷で裁判所の手続きに付された無作為抽出の15歳および16歳の少年800人の再犯率を比較検討しています。両地域は、人口統計学的、社会経済学的、犯罪指標的特徴が類似していますが、少年法の対象となるのがニュージャージー州では18歳未満、ニューヨーク州では16歳未満という違いがあり、同じ16歳でも前者は少年裁判所、後者は刑事裁判所と取扱いの手続が異なるのです。8つの変数(人種、性別、初犯年齢、前科、犯罪の重大性、手続きに要した期間、刑期の長さ、取扱い裁判所)、および地域社会での居住期間についてコントロールした上で、再犯率を比較しました。その結果、再犯率は、刑の種類や刑罰の重さにかかわらず、少年裁判所の手続きを経た少年の方が、つまり、ニュージャージー州の方が有意に低く、大人と同様の手続で刑罰を課すことはむしろ逆効果になる可能性があると指摘しています。

 では、なぜ成人として裁かれた少年の方が再犯率を高めてしまうのでしょうか? Scott(2000)は、少年を成人の刑事裁判所に移送して裁判を受けさせ、判決を下すというやり方は、特に凶悪犯罪者において再犯率を高め、それによって生涯を通じた犯罪性を助長するという意図せざる効果を生んでいると述べています。

 また、Redding(2010) は、複数の研究結果を踏まえたうえで、厳罰による効果がなかった理由を以下のようにまとめています。

・有罪判決を受けた重罪犯というレッテルを貼ることによる悪影響。
・成人として裁かれ、処罰されることに感じる憤りや不公平感。
・一緒に収監されている成人の犯罪者から犯罪に関する価値観や行動を学んでしまうこと。
・成人の制度では、更生や家族支援に重点が置かれなくなること。
・重罪の有罪判決により、多くの市民的権利や特権が失われ、雇用や社会復帰の機会がさらに減少すること。

 このように多くの研究が、大人並みに厳罰化する効果について疑問を呈しているのです。実は、2000年代に入ってからのアメリカでは、厳罰化に歯止めがかかるようになりました。2017年にコネチカット州で少年法の適用年齢を16歳未満から18歳未満に引き上げたことを皮切りに,いくつかの州で同様の引き上げが行われています。こうした背景には,移送法や施設収容を中心とした厳罰化の効果に限界があることや,脳科学研究の進歩によって,リスク評価,衝動・感情の統制,意思決定などの認知統制機能を司る前頭前野の成熟は20代後半まで必要であり、それに関連して衝動のコントロールが十分でないこと、環境からの影響を受けやすいこと、といった知見が明らかになったことが影響していると思われます。このため,多くの州では,通常の刑事手続き以外の非刑罰的方法,いわゆるダイバージョン(diversion)の中で,少年に対する教育的,治療的アプローチが行われるようになっています。私が5年前に訪問したワシントン州キング郡では,非行に至った少年に対して,できる限り施設収容を避け,それに代わる社会内処遇を目指す『The Juvenile Detention Alternative Initiative』を理念とした取組みを2004年から始めました。具体的には,少年や家族が抱える様々なニーズに応え,将来への希望を育んで,社会適応的な行動をとっていく機会を提供することです。

スケアード・ストレート・プログラム(Scared Straight Program)

 このプログラムは、非行した少年や非行を犯す危険性が高い少年を刑務所に服役している受刑者と実際の交流させることで、犯罪を抑止しようするものです。もしかすると、読者の方の中には、テレビで観た方がおられるかもしれません。受刑者たちに囲まれ、「お前は俺たちみたいになりたいのか」などと迫られ、恐怖で泣いている少年たちの姿が映し出されています。スケアードという英語が示しているように、〝恐怖体験“をさせるのです。そうした体験を経た少年たちは、かつてのような反抗的な態度は影を潜め、その劇的な変化に親たちは大変喜びました。そのため、一時期、スケアード・ストレート・プログラムは、注目されました。では、このプログラムは本当に効果があったのでしょうか。結論から言うと、何もしない場合よりも、むしろ害のある、つまり非行を増加させてしまうことが明らかになったのです。そのため、現在では、犯罪抑止策として推奨されていません。その理由は、簡単です。少年たちが交流した受刑者は、「あのような犯罪者にはなりたくない」という反面教師になっても、どのような大人になるのかといった理想像が提供されないからです。そのため、将来の進むべき道筋が見いだせず、非行からの離脱を果たせないどころか、よりネガティブな自己像を形成して非行を重ねていく可能性を高めてしまうと考えられました。

 どうも厳しくするだけでは、うまくいかないようです。

おわりに-日本における改正少年法のゆくえ-

 2022年4月から少年法の一部が改正されたことは、ご存じでしょうか。改正に向けて法制審議会の第2分科会では、少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げることの是非が議論されましたが、適用年齢の引き下げは見送られました。その一方で、18歳、19歳の少年を少年法における健全育成の対象としながらも、民法の成年年齢に達していることを踏まえて責任ある主体を持つ「特定少年」と位置づけ、特定少年に関しては、原則検察官送致(大人の刑事裁判所手続きにするということ)の対象事件を拡大し、地方裁判所に起訴された場合には、実名報道をしてもかまわない(これを推知報道の解禁といいます)という改正が行われました。法務省は厳罰化という言葉は使いませんが、18歳、19歳の特定少年は、大人と同じ刑罰をより課していこうという意味では、かつてのアメリカにおける厳罰化に通じるものがあります。

 日本の少年法は、法制審議会の議論でも認められているのですが、教育を柱とした処遇が有効に機能してきているとされています。少年院の処遇は刑務所に比べて甘いと思う方が多いようですが、実情を知る立場からするとむしろ逆です。確かに刑務所のように10年とか15年収容されることはないのですが、自分の問題に日々向き合い、それを一つ一つ乗り越えるよう教官から働きかけを受けるというのは、相当厳しいものがあります。数年前ですが、少年院と刑務所の両方を経験した方たちがシンポジストとなったシンポジウムがありましたが、シンポジストは皆一様に「少年院の方がきつかった」と述べていました。少年院は、規則に従って生活していけば刑期がまっとうできる刑務所と質的に異なっているのです。最近では、刑務所でも矯正処遇といって教育的な働きかけもするようになっていますし、懲役刑を廃止して拘禁刑を導入するといった刑法等の改正によって、刑罰から教育的な働きかけにより力を注いでいこうという動きも見られますが、刑罰の枠組みと少年法の矯正教育とは明らかに本質を異にしていることは押さえておきたいところです。1980年から1990年代にかけてアメリカの厳罰化が失敗したことの二の舞にならぬよう、適切な運用が求められています。

文献

Fagan,F. (1996). The Comparative Advantage of Juvenile Versus Criminal Court Sanctions on Recidivism among Adolescent Felony Offenders. Law and Policy 18:77-113
Redding,R.E.(2010). Juvenile Transfer Laws: An Effective Deterrent to Delinquency? OJJDP: Juvenile Justice Bulletin June 2010(PDF: Juvenile Transfer Laws: An Effective Deterrent to Delinquency (ojp.gov))
Scott, E.S.(2000). The legal construction of adolescence. Hofstra Law Review 29:547–98.

プロフィール

須藤明(すとう・あきら)
文教大学人間科学部教授。元家庭裁判所調査官で、専門は犯罪心理学。刑事裁判に心理学がどのように寄与しうるのか、心理鑑定(情状鑑定)の実践を通じて研究している。

主な著作
少年事件はどのように裁かれるのか(単著)、合同出版、2019年7月
刑事裁判における人間行動科学の寄与(編著)、日本評論社、2018年2月
少年非行の実務と情状鑑定から見た外国人少年の現状と課題,罪と罰56巻3号,6-18,日本刑事政策研究会,2019年6月  など

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