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身長と体重を心理尺度で測る(専修大学人間科学部教授:小杉考司) #心理統計を探検する

心理学研究の多くが,心を測るツールである心理尺度を使用しています。よい心理尺度の要件として,信頼性と妥当性が知られています。しかし,それさえ満たせばよい心理尺度といえるでしょうか。今回は,身長と体重を測る心理尺度を作成するデモンストレーションを題材に,小杉考司先生にご執筆いただきました。
※今回の記事は,尺度構成に関する入門的な知識があることを前提としています。あらかじめご承知おきのうえお読みください。

はじめに

心理学は人間の心を研究対象にし,調査・実験・観察・面接などを通じて迫っていこうとする学問です。 ひとことで心理学といっても,対象とする領域は非常に広いですが,人間の心を目標にしているという点は共通しています。 人間の心は非常に不確かで,変化しやすく,また,自分で自分のことがわからないということも少なくありませんから,明確な正解が得られないなかで研究していかなければなりません。 そんな中,せめて研究手続きは客観的に,ルールを守って,合理的に研究を積み重ねていこうということで,「心理学研究法」や「心理統計法」といった手続き的な議論(方法論)が発展してきました。

心理学の歴史と共に,また計算機能力の向上と共に,研究法や統計法も広がりを見せています。今日,その全体像を掴むのは難しくなっています。いちおうの枠組みとか,オーソドックスな手順といったものは存在しますが,根本的な理論や歴史的な経緯を熟知して正しく実践できているかというと,難しいところかもしれません。

ここでは,多岐にわたる心理学研究の中でもとくに,心理尺度を使った研究に焦点をあてて考えてみたいと思います。

心理学研究と尺度

心理学では心理尺度を使った研究が数多くあります。心理尺度とは,言葉による質問に決まった形で回答してもらって,回答パターンに応じて点数化する標準手続きです。2021年度に日本心理学会から刊行された専門誌,「心理学研究」(92巻)から「尺度」や「質問項目」に対応するものを探してみると,33本の論文,81件の測定,184もの概念・因子が見つかります。「動機づけ尺度」「悩みの認知評価」「精神的健康」など多くの構成概念が測定されているようです。

また,Google Scholarで「尺度作成の試み」で検索すると,2023年度以降に限定しても1450件を超える文献がヒットします[1]。 心理尺度は心理学の各領域で,数多く使われ,また次々と新しく作られているようです。中には「それは何を測っているんだろう,どういう概念なんだろう」と個人的に疑問を持つこともありますが,その領域の専門でなければわからない事情があるんだろうな,と思うことにしています。

ただ,そこで使われている分析法については,オーソドックスな手順に加えて多少の背景知識があります。そこでふと,なにかわかりやすいものを測定してみましょう,と思い立ちました。

心理尺度には,信頼性妥当性が大事といわれます。信頼性とは尺度の安定性のことであり,アルファ係数やオメガ係数といった指標が算出できるものです。一般にアルファ係数が0.8あればよい,とされています。 妥当性とは尺度で測りたいものがちゃんと測れていることです。ただし,心理学の場合はこの目標となる「測りたいもの」が目に見えない心ですから,さまざまな手法で多角的に測定して検証するしかありません。ひとつの基準として,基準関連妥当性というのがあり,外的基準と尺度得点との相関が高ければよかろう,とされています。

ここでは,この信頼性と妥当性について,一定の基準を超える尺度を作ることを目的にしたデモンストレーションをご紹介します[2]

身長と体重の尺度?

この研究には中身がありませんので,外的基準がはっきりしているもの,ということで身長と体重をテーマにしたいと思います。 みなさんは,ご自身の身長や体重を尋ねられたら,回答できると思います。心理尺度も言葉を使ってご自身の状態を回答するものですから,うまく尋ねれば心理尺度で測れるかもしれません。またありがたいことに,身長や体重は物理的に測定できる値であり,正解が明確にわかっていますから,これを基準として基準関連妥当性を相関係数として算出できるでしょう[3]

デモンストレーションですから,尺度項目は私1人で頭を捻って考えました。身長と体重それぞれについて30項目ずつ,合わせて60項目です。ここでは社会的態度理論を参考に,両方の尺度に認知・感情・行動の3因子を仮定し,各因子10項目を想定しました。

一般に項目数の5倍から10倍のサンプルサイズでないと因子分析など統計的な処理ができないと言われていますから,余裕を持って1000人の調査協力者を集めました(Web調査)。もちろん調査にあたっては倫理審査を通していますし,調査協力者には謝金を支払っています。 得られたデータのうち,真面目に回答していないと判断したものは除外して,最終的に954名分のデータを分析対象にしました。

さて,分析です。 信頼性係数ですが,身長尺度,体重尺度共にアルファ係数が0.8を超え,内的整合性の高い尺度ができました。 探索的因子分析をしたところ,いずれも仮説通り3因子構造であり,因子ごとにオメガ係数を求めたところいずれも0.8以上を達成しました。

左に身長尺度,右に体重尺度のスクリープロットが提示されている。平行分析の結果得られた固有値もプロットされている。
身長尺度と体重尺度のスクリープロット

身長と体重を具体的に回答してもらった言語報告との相関も,身長で0.678,体重で0.376ありました。体重の方は少し基準関連妥当性が低いと言わざるを得ませんが,心理学においてはこれより低い相関係数で議論されることもあるから,まあいいでしょう。

ということで,手順通りやれば意外と簡単に基準を達成する心理尺度が作れるんですね。ヤダー,楽勝じゃないですか。

「言葉で測る」理論と方法

ここまでお読みいただいて,皆さんはどのように受け止められたでしょうか。 心理尺度って簡単なんだな,と思われた方もいらっしゃるかもしれません。ふざけるな,こんなお遊びは尺度でもなければ研究でもない,とお怒りになった方もいらっしゃるかもしれません。

私自身,「シャレでんがな」とお茶を濁して終わりにしてもいいのですが,本心は 「簡単にできること」と「正しくできること」は違う ということを伝えたいのです。 お作法通りに作られているのだから,ちゃんとできているだろうという考えは,実はまずいのです。このデモンストレーションをもとに,私が「心理学的身長因子を発見した」とか言い出したらどうでしょう? [4]

今回のように,私1人の思いつきで,先行研究をろくに調べもせず,調査はWebで,結果を小一時間チョチョイと分析しただけのデモンストレーションでも,数値目標をハックすることができました。尺度作成手続きは,オーソドックスな手順に沿ってさえいれば,失敗しようとしてもできないのかもしれません。だからこそ,注意が必要なのです。 尺度ができることよりも,尺度で測定できたと思うこと,あるいは測定されたと受け止められていること の弊害の方が大きいかもしれません。

あなたが知りたいと思っている人間の心は,本当に紙とペン(あるいはWeb上でのボタンクリック)で知り得るようなものなのでしょうか?

まとめ

冒頭で,「心理学は人間の心を研究対象にしている」と言いましたが,実はここにもさまざまな意味が含まれています。 神経科学や生理心理学を探求している心理学者にとっては,センサーとデバイスの電気信号や化学物質のやり取りに興味関心があるのかもしれません。 知覚心理学や認知心理学を探求している心理学者にとっては,信号のもたらす情報がどのように処理されていくのかが,人間の心を知る手がかりになると考えるかもしれません。 社会心理学者にとっては,多くの人の意見や態度がどのように分布し,変容するかに興味があって,個々人の心の中というより行動に出てくる振る舞いを見極めようとしているのかもしれません。

心理尺度の中には,この中間に位置するものを測定しようとしているものが少なくありません。すなわち,個人の内部にあるその人だけの感覚,経験,信念,価値,願望など,一般的な用語で言うところの「気持ち」に含まれる要素が測定したいのではないでしょうか。心理的身長/体重というのも,その人の持つボディ・イメージという意味では,個人内部の状態を言語報告したものですから,ここに含まれると言えるでしょう。ただし残念ながら,こうした個人的な意味合いをもつ言語報告を心理尺度で測定することについて,理論的な根拠は明確ではありません[5]。はっきり言えば,「私が非常にそう思う」という反応と,「あなたが全くそう思わない」という反応を比較することなんて,本来できっこないのです。

それでも,心理尺度は作られ,使われています。なんだかよくわからない数値処理だけど,一般的な手続きだからいいだろう,というのは思考停止であり,研究の根幹を揺るがす問題につながりかねません。心理統計は測定された数値が正しい場合に,初めて意味を持ちます。統計技術がいくら発展しても,心とは何か,と問い続けることをあきらめてはいけないのです。

謝辞

この研究にアイデアをくれた,PsycheRadio先生(@marxindo)に感謝します。 そしてなにより,デモンストレーションに協力してくれた1000余名の調査協力者に感謝申し上げます。


  1. 2023年11月14日調べ。

  2. 本稿の詳細は,小杉考司 (2022). 心理尺度の開発と利用における問題の所在,DOI:10.34360/00013448を参照。

  3. もちろん物理的な測定にも誤差がありますし,今回は身長と体重も調査票の上で回答を求めましたから,嘘や間違いが含まれる可能性は少なくありません。もっとも,その批判は一般的な心理尺度にも当てはまります。

  4. 実際,この「身長体重論文」は心理学研究に投稿し,一発リジェクトをもらったので,心理学会はちゃんと機能しています。安心してください。

  5. リッカート法による数値化は,正確にはリッカートのシグマ法とよばれます。サーストンが開発した社会的態度測定法の簡易版であり,社会的態度が正規分布するという仮定のもとでカテゴリに数値が割り振られています。性格検査も「人の性格は正規分布する」という仮定から尺度の数値化に根拠が与えられます。このような分布の性質が明確でない個人の内的状態の記述については,別途,心理測定の理論が必要なのです。

執筆者プロフィール

小杉考司(こすぎ・こうじ)

所属・職名 専修大学人間科学部 教授
学位・資格 博士(社会学),専門社会調査士
研究テーマ 数理社会心理学,統計モデリング
ORCID : https://orcid.org/0000-0001-5816-0099
Researchmap : https://researchmap.jp/kosugitti/

主な著作;
小杉考司 (2018). 言葉と数式で理解する多変量解析入門, 北大路書房.
小杉考司・紀ノ定保礼・清水裕士 (2023). 数値シミュレーションで読み解く統計のしくみ〜Rでためしてわかる心理統計, 技術評論社.
小杉考司・高田菜美・山根嵩史 (訳) (2016). 研究論文を読み解くための多変量解析入門基礎篇 ◆ 重回帰分析からメタ分析まで, 北大路書房.
小杉考司・高田菜美・山根嵩史 (訳) (2016). 研究論文を読み解くための多変量解析入門応用篇 ◆SEM から生存分析まで, 北大路書房.
前田和寛・小杉考司 (監訳). 前田和寛・小杉考司・井関龍太・井上和哉・鬼田崇作・紀ノ定保礼・国里愛彦・坂本次郎・杣取恵太・高田菜美・竹林由武・徳岡大・難波修史・西田若葉・平川真・福屋いずみ・武藤杏里・山根嵩史・横山仁史 (訳) (2017). ベイズ統計モデリング: R, JAGS, Stan によるチュートリアル, 共立出版.

関連書籍

小杉考司・紀ノ定保礼・清水裕士 (2023). 数値シミュレーションで読み解く統計のしくみ〜Rでためしてわかる心理統計, 技術評論社.
https://gihyo.jp/book/2023/978-4-297-13665-9

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