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カミングアウトと転機(文化人類学者:砂川秀樹) #転機の心理学

転機との二つの結びつき

 同性が好きなこと、同性パートナーがいること、異性も同性も好きであること、あるいは、生まれたときに割り当てられた性別と異なる性自認をもっていること、そうしたマイノリティ性のあるSOGI(性的指向、性自認)に関連することを誰かに伝える動機、きっかけは実に様々だ。

 しかし、LGBTQ*にとって、そうしたカミングアウトが重要な意味を持つことは間違いない。自分のSOGIをオープンにしたり、身近な人に話したりするLGBTQはずいぶん増えた。私が、1990年頃、当時ゲイリブ(ゲイ・リベレーション=ゲイ解放運動)と呼ばれていた活動に参加し始めた頃とは比べようもないほどだ。

 それでもなお、大部分のLGBTQにとってカミングアウトは容易ではなく、それゆえ「転機」と強く結びついている。それは二つの意味においてである。一つは、「転機をもたらすカミングアウト」。カミングアウトすることが転機となるという意味だ。「カミングアウトと転機」というタイトルからは、おそらく多くの人がまずこちらを思い浮かべるだろう。

 そして、もう一つは、「転機におけるカミングアウト」。人生におけるさまざまな転機にカミングアウトが生起しやすいというという意味である。この二つはからみあい、影響しあっている。

*注:レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア/クェスチョニングのこと。

転機をもたらすカミングアウト

 現在の日本では、カミングアウトという言葉は、ちょっとした秘密を話すという意味で用いられているが、もともとは、coming out of the close(クローゼットから外へ出る)の略で、米国では同性愛者が初めて仲間のコミュニティに出て行くことを意味していた言葉だ。それが次第に、LGBTQが自身のSOGIについて語ることを指すようになった。

 この「クローゼットから外に出る」というイメージは、カミングアウトによる転機としてのインパクトをうまく表している。クローゼットにひとり閉じこもっている状態と、そこを出て人々と出会っていく様子を思い浮かべ比べてみれば、ちょっとした秘密を話すというレベルとは異なる面があることがわかるだろう。

 言わば、自身のSOGIを隠すということは、まるで自分の身を隠すことなのだ。それは、世の中のあらゆる場が、異性愛性で満ちており、シスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と性自認が一致している)を前提としているからである。それゆえ、自分がLGBTQであることを何らかの方法で明示、あるいは示唆することがない限り、基本的に、その人はシスジェンダーで異性愛として扱われる傾向がある。また、多くの学校や職場、家庭では、その中にLGBTQがいないことを前提とした会話がなされる日常がある。

 SOGIのマイノリティ性のカミングアウトは、親密な関係性においては、これまで相手が想像/想定していた(であろう)自分と違う自分として相手の前に立つ行為だ。相手との関係性が親密であればあるほど、関係が長ければ長いほど、それは緊張感を伴う。よって、親がもっともカミングアウトしづらいとして考えている人は多い。

 また「親にカミングアウトするのは親不孝」という言葉が、当事者からもよく聞かれる。その言葉には、親に自分のことを伝えても理解できない、あるいは親が悲しむという前提がある。また、拒絶されてしまったら、関係が悪化し自分が大きな傷を負うことを知っているから、そうやってカミングアウトすることを否定的に語る面もあるだろう。

 家族へのカミングアウトは、関係の確認と再編が始まる転機だ。子が親にカミングアウトした場合、親がそれまで抱いていた子の未来像〜例えば、異性と結婚して孫が生まれるというイメージなど〜の変更が余儀なくされる。また過去を振り返り、自分は子の大事なことをちゃんと見ていなかった、抱えていた悩みを知ることができなかったと思うこともある。受け入れることができた場合、そうした未来像も思い出も再編され、新しく構築されていくのだ。

 しかし、話された相手が必ずしもすんなり受け入れるとは限らない。家族から拒絶された、罵られたという体験談も聞く。だが、時間をかけて(時に何年もかかり)理解されることもある。残念ながらカミングアウトしたことを後悔し続ける人もいるし、逆にしておけばよかったと思う人もいる、もちろん、してよかった、関係性がよりよい方向に変わったという人もたくさんいる。いずれにせよ、それは一つの転機の結果である。

転機におけるカミングアウト

 カミングアウトの背景にSOGIをめぐる社会状況があること、相手との関係性の中で伝えたいという思い、伝えたほうがいいという判断が生じることを考えると、カミングアウトは、ある意味で「生起するもの」でもある。ここで「生起するもの」という表現を使うのは、カミングアウトが本人の「自分勝手なわがまま」のようなものではないということの強調でもある。

 生起するものという視点で言えば、カミングアウトは人生の転機と関連して生じることがある。例えば、人生を共に歩むと決めた同性のパートナーができたときなど。また、病気に関する不安が出てくる中で、パートナーとの関係性を家族に伝えておいたほうがいいと判断することもある。

 トランスジェンダーの人は、性別移行との関係で家族や周囲の人に伝えることを決めることも多い。出生時に振り分けられた性別で働き始めた人が、勤め先と相談して性別移行を始めることもある。大学を卒業し自立生活を始め、安定してきた中で、もともとあった性別違和を解消するために性別移行を始めるというのは、自然な流れだ。

 そうやって生起したカミングアウトは、伝えた側、伝えられた側にとって、先に書いたような関係の再構築の転機になり、ライフステージに変化をもたらす。それがまた次のカミングアウトにつながることもある。例えば、同性パートナーとの関係をきっかけに家族にカミングアウトしたカップルが、パートナーシップ制度を使うことを決め、それをきっかけに、さらにより広い範囲の人に伝えることになる、などだ。

 性別移行をするトランスジェンダーの人の場合、移行を進めることと身近な人に伝えていくことは表裏一体でもある。

カミングアウトをするとき、受けたとき

 カミングアウトに「正しい」方法があるわけではない。本人の置かれている状況、相手との関係性、する目的によってカミングアウトは一つ一つ異なるからだ。しかし、カミングアウトの持つ性質についていくつか言えることがある。それらは、それぞれの人が、カミングアウトするとき、したあとにどうするのがいいか考える材料になるだろう。

 まず、カミングアウトは、往々にして一度言えば終わりというものではないということだ。特に親密な関係性ではそうだ。相手が聞いたことを消化するのに時間がかかることは珍しくない。カミングアウトする側には、そのことを考えてきた内的な歴史があるわけだが、相手にとっては、これまで気づいていなかった場合、突然な出来事だ。そこにギャップがある。

 もう一つ、する側と受ける側に存在しがちな大きなギャップがある。それは、シスジェンダー異性愛に関する会話、情報、物語、イメージ、制度で満ちている社会に馴染んでいる人たちは、その状況を当たり前に生きているため、SOGIについてあらためて言うことの意味が理解できなかったりすることだ。

 また、これはごく当たり前のことだが、どんなにLGBTQに関する情報が広がっても、知識の有無、LGBTQの人たちに対する態度は様々であるということ、そして同じ人でも変わることが珍しくないことも、カミングアウトをする上で頭においておきたいことだ。様々であるということは、仮に自分がたまたま伝えた相手が拒否的であっても、そうではない人もたくさんいる。拒否的だった相手が、いつの間にか肯定的に変わっていることもある。

 こうしたカミングアウトをめぐる知識は、される側にも役立つだろう。する側には、いろいろ考えてきた時間、ときにとても悩んできた時間があること、社会的な状況があってカミングアウトがおこなわれる(つまり生起する)こと、そして、拒否的な感情がおきても変わり得ること。

 それに加え、カミングアウトは、基本的に、より良い関係を築きたいと思っている信頼している相手にするということだ。親密な関係では、その思いが強いことが多い。企業におけるカミングアウトも、その人がカミングアウトすることで働きやすい環境を整え、より良く働けることを望むという意味では、同じだろう。

 より良い関係へという目的を重視するなら、カミングアウトする側にギャップを埋める作業や、自分がなぜするのか伝えることが必要なこともあるだろう。特に職場内のカミングアウトでは、そうだ。また、伝えられた側で言えば、本人に確認なく、誰の話かわかるような形で他の人に話さないことが求められる。

 「他の人に話さないように」という注意が前面に出ると負担感を感じる人もいるかもしれない。だが、SOGIをめぐるマジョリティとマイノリティのギャップを理解し、カミングアウトがより良い関係のためであることを念頭におけば、その注意の意味がわかるだろう。

 カミングアウトは、個人にとっての転機だが、する人が増えることでその周囲が変わり、その変化が広がっていくことを考えると、実は、社会が変わる転機につながっていると言えるかもしれない。

執筆者

砂川秀樹(すながわ・ひでき)
文化人類学者・博士(学術)。東京プライドパレードやピンクドット沖縄など、LGBTQイベントの代表を務めたアクティビストでもある。
https://www.gradi.jp/


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