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子どもの発音が気になった時(一般社団法人ことばサポートネット代表:埜藤奈美)  リレー連載:子どものコミュニケーションとことばを支援する

9月から始まりました、言語聴覚士の先生方によるリレー連載「子どものことばとコミュニケーションを支援する」の第4回となります。
今回は、言語聴覚士・保育士で、一般社団法人ことばサポートネット代表理事の埜藤 奈美(のとう・なみ)先生に、子どもの構音(発音)への支援についてご紹介いただきます。

「おたかなおいちい」はいつまで?

産声を上げ、人とのやり取りの中で少しずつ色々な声・音を出せるようになり、小学生になるころには大人のような発音で話せる子が増えていきます。小学校学習指導要領には1、2年生の内容の中に「口形,発声や発音に注意して話すこと」と記載があり、「おたかなおいちいね~」と話していた子も、小学校低学年ごろにははっきり「おさかなおいしいね」といえるようになることが期待されているわけですが、このかわいらしい、いわゆる「赤ちゃん言葉」はいつまで様子を見ていていいのでしょうか。なおさなくてはいけないものなのでしょうか。

私共の法人は発音練習を専門にしていますが、基本的には、困りごとがなければ無理に言語療法を行う必要はありません、とお伝えしています。単に赤ちゃん言葉の期間が長め、というだけでしたら、時期が来ればその子のタイミングで赤ちゃん言葉を卒業していきます。

けれども、そうではない場合もあります。発音の心配事を持つお子さんに接する方には次の3つの“もしかして”を知っていただきたいと思います。

・もしかして、病気などが隠れているかもしれない。
・もしかして、からかいや理不尽な指導を受けているかもしれない。
・もしかして、本人ははっきりとした発音を身に付けたいと思っているかもしれない。 

もしかして、病気などが隠れているかもしれない

 ①   耳の聞こえのこと

発音は、多くの場合、人と関わり相手や自分の声を聴く中で育ちますが、発音の不明瞭さの陰に、聞こえの問題が隠れている場合があります。
例えば「滲出性中耳炎」では、熱も痛みもなく知らないうちに聞こえづらくなる場合があります。前庭水管拡大症、機能性難聴、聴覚情報処理障害など、気付かれにくい聞こえに関連した心配事には注意が必要です。

②   お子さんのまるごとの発達

同じ学年の子たちと比べると発音が幼く感じたとしても、その子の発達全体の中でとらえると特別発音の育ちが遅いわけではない場合もあります。日々の暮らし、全体の育ちの中で発音の力“も”育っていくので、「発音が心配」という相談でもそのお子さんまるごとの育ちの様子についても気を配る必要があります。

③   発音以外のことばの心配事

ことばの育ちの中で特に発音と関係が深いのは音の数や、使う音、順番などがわかる力(音韻の力)です。「んちわ」と言っていた子が音の数の感覚がわかると「あんちいわ」になり、使う音や順番がわかってくると「こんにちは」といえるようになります。

一見滑舌・発音の問題のようにも見える、「おさかな」→「おかさな」「おたたな」なども、音韻の育ちの過程かもしれません。心配な時はぜひ言語聴覚士に相談してください。

また、吃音や場面緘黙がある場合にも「はっきり話せないんです」とご相談くださる場合があります。吃音は、はっきりしないというより流暢に伝えられない、という方がイメージに近いかもしれません。場面緘黙の方は、特定の場面で声を発することが難しくても、場面が違えばはっきりとお話しされる場合があります。いずれも、発音の問題と同時に起こることもあります。

④   いわゆる「滑舌」の問題……病気が原因のこともある

いわゆる「滑舌が悪い」という状態に近いのが、構音器官(舌や唇など発音に関わる器官)がうまく動かないことが原因の場合で、「構音障害」と呼ばれます。

「たまご(ローマ字で書くとTAMAGO)」と言う時、舌先を上の前歯の歯茎あたりに一瞬付け、肺から送られた空気が鼻に回らないように喉の奥で鼻腔を閉鎖して「T」の音を作り、その後口を開けて舌を下げて、瞬時に声帯を閉じ「A」の部分を作り、その後口唇を閉じて、空気を鼻に回すために喉の奥で鼻腔を開放して「M」を作り、また鼻腔を閉鎖して「A」を作り、今度は舌の奥の方を一瞬上げで「ご」の「G」を作って……と、とても文章では説明できないほど忙しく、あちこち動かしています。タイミングよく唇が閉じなければ「たあご」と、舌の奥の方を挙げるべきところを舌の前のほうを挙げてしまうと「たまど」と聞こえ、発音が不明瞭となります。

子どもの構音器官が上手に動かない場合の代表例として、病気などで形態の異常や欠損がある「器質性構音障害」と、原因となるような明らかな異常や障害がない「機能性構音障害」が挙げられますが、いずれの場合もその症状の表れ方には「赤ちゃん言葉が長引いている」場合と、「異常構音」の2種類があります。

「おたかなおいちい」の言い間違え例は、正常な発達過程でも見られるものですが、これが長引いているのは前者です。これに対し、平仮名では書き表せないような、歪んだ発音が定着している場合には「異常構音」の可能性があります。

「きりぎりす」が「ぎぎぎぎす」のような「じりじりす」のような、なんと表現したらよいのかわからない発音になる子に出会ったことはありませんか?これは「側音化構音」と呼ばれる異常構音の一つでみられるものです。異常構音には、「側音化構音」「口蓋化構音」「声門破裂音」「鼻咽腔構音」などいくつかの種類があり、自然改善はしにくいといわれています。

また、異常構音の中には「鼻咽腔閉鎖機能不全」(鼻腔に空気や食べ物が回らないようにする力の弱さ)との関連が指摘されているものがあるので注意が必要です。私にも、発音がはっきりしないと来院された子に異常構音と鼻咽腔閉鎖機能不全があり「粘膜下口蓋裂」という病気が見つかった、という経験があります。

発音がはっきりしない時、もしかしたら、聞こえ、発達、ことば・音韻の育ち、吃音や場面緘黙など、発音以外に心配事が隠れている場合があります。また、異常構音から病気が発見される場合もあります。病気の可能性がある場合には、かかりつけ医や専門の口腔外科、耳鼻科などで相談していただきたいと思います。

もしかして、からかいや理不尽な指導を受けているかもしれない

子ども同士のからかいの種は、体型や見た目、眼鏡をかけているとか、逆に一人だけ眼鏡をかけていないとか、考え方や癖に至るまで実に様々なものがあります。発音・滑舌、吃音、方言なども、真似されたり、揶揄されたり、時には善意で正そうと指導する方もいます。お子さん自身が理不尽なからかいや指導をはねのける強さや生きる術、レジリエンスといったものをつけていけるような援助も大切だと思いますが、特に幼いうちには守ることもとても大切だと思います。

「おさかな」が「おたかな」となっているがために、からかわれていたり、「はっきりお話しできるように大きな声で!」「音読の練習をもっと頑張りなさい」など理にかなわない指導をされたりしている子がいたら、私たちがまずするべきことはその子の発音をなおすことではなくて、そのお子さんを守ることだと思います。そして、発音がきれいでもそうでなくても、そのお子さんの話すことばの価値は変わらないことを周りのお子さんたちにも伝えていくのが大人の役割だと思います。

発音がいくらきれいになっても、話したい気持ちや伝えたい相手なしには使い道はありません。子どもたちが「おさかな!」「おたかなー こいたんいっぱいいたよ!」と言った場合、発音がキレイなのは1人目の子で、語彙が多く文章表現が豊かなのは2人目の子です。ですが、どちらのお子さんのことばも、素敵な発見を相手に伝えたいというワクワク感に満ちた素晴らしいことばで、その素晴らしさ、価値に優劣はありません。この時「おたかな、じゃなくて、おさかな、だよ。」と教えるより、「うわー、すごい発見をしたね!」と一緒に喜んで共感する方が、ああ伝えてよかった、うれしいな、という気持ちにつながり、またこの人に伝えよう、という気持ちがわいてくるかもしれません。ことばの育ちを支えるうえで、伝えたい気持ちを受け止めること以上に優先するべきことはないことを、お子さんの周りにいる人に大切にしてもらえると嬉しいです。

もしかして、本人は、はっきりとした発音を身に付けたいと思っているかもしれない

最後に、一番大切なご本人の気持ちについて目を向けたいと思います。

本人は発音のことを全く気にしていないかもしれないし、逆に、発音をなおしたいと思っているかもしれません。人前で話す仕事の障壁になるのでは、と不安かもしれません。これは、本人にしかわかりません。

発音がはっきりしない、というのは、すぐに命にかかわるようなことではありませんが、自分の話が相手に伝わりにくいもどかしさや、音読や発表の機会に自信を失う経験をすることも多々あります。社会に出る際、面接の心配や声を使う職業への諦めにつながったり、職業生活で不安を感じたりする場合もあります。

なおさなくてはいけないということは全くありませんが、なおしたいという方がいるのも事実で、私の職場には日々お子さんから大人の方まで発音練習に訪れ改善されています。

原因が病気などの場合には、医療機関で言語聴覚士が介入していることも多いですが、そうではない機能性構音障害の場合には「そのうちよくなるかと思って様子を見ていた」「発音がなおせるとは思っていなかった」とおっしゃる方もいます。機能性構音障害は言語聴覚士の適切な介入で改善しますがあまり知られていないのが現状です。

もしも、発音のことで悩みがあるのであれば、一度発音を専門とする言語聴覚士のもとを訪れてみてほしいと思います。また、周りに悩んでいる方がいたら、言語療法を受けることで改善する可能性があることを、ぜひ知らせていただけたらと思います。

著者プロフィール

埜藤 奈美(のとう・なみ)
言語聴覚士、保育士。一般社団法人ことばサポートネット 代表理事。日本言語聴覚士協会、子どもの発達を考えるSTの会所属。医療機関等でことばの発達支援、離乳支援、構音障害や言語障害の治療、摂食・嚥下療法、園等巡回相談、子育て支援事業等に従事。現在は、一般社団法人ことばサポートネットにて、主にオンラインでの構音障害などに対する言語療法、研修講師、子育て支援事業等を担当。

一般社団法人ことばサポートネットのホームページ

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