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第14回 スターティング・クエスチョンとは(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

 これまでは、ブリーフセラピーの基本的な考え方と日常での活用について紹介してきました。今回からは、活用するために役立つ具体的な質問法などテクニックについて紹介していきます。

スターティング・クエスチョンの意図

 スターティング・クエスチョンとは、ソリューション・フォーカスト・アプローチで用いられた、面接開始時に行う質問のことです。具体的には「今後どんなことが起きたら あるいはどんな風になったら 今日相談してよかったなあと思いますか?」といった質問です。

 この質問の目的は、 面接の ゴールや方向性を 明確化することです。

 多くの場合、相談を受ける前に、何の問題を話し合うかという主訴は決まっています。カウンセリングの場合は申し込みの段階で確認するでしょうし、職場の会議や面接でもある程度の目的は決まっているでしょう。その場合は、スターティング・クエスチョンが必要ないこともあります。意味もなく、初回面接だからとりあえず聞くといった無駄なことをしないように気をつけましょう。

 一方でカウンセラーが、面接前に先入観を持っている場合もあります。例えば、企業内でカウンセリングを行う場合、「仕事を辞めず、一度ゆっくり休んでから職場復帰した方がいい」とか、「正社員だから辞めたくないはずだ」あるいは「この会社で無理せずどんどん転職した方がいい」といった、主観が入って面接をすると危険です。スターティング・クエスチョンを行い、相談者のニーズを聞き出すことで方向性が明確になります。

そもそもスターティング・クエスチョンが必要なのか?

 助けを求める人に対して、「何にお困りですか?」「何に悩んでいるの?」と言った問いかけをすることが多くあります。これは、問題を尋ねる質問として日常的によく使われるでしょう。問題と答えが明確な場合は、この質問は非常に効果的です。例えば、小学生が算数の計算問題で悩んでいる時に、「どの部分がわからないの?」「何に悩んでいるの?」と聞くのは簡単です。この時に「どうなれば、『あぁ、先生に相談してよかったなぁ~』と思えるかな?」などと質問をしても、子どもにとってはただただ鬱陶しいだけでしょう。駅で困っている人を見かけた場合でも「どうされましたか?」などと問題を確認するはずです。いきなり、「突然ですが、どうなれば『あぁ、この人に助けてもらえてよかったなぁ~』と思うでしょうか?」などと声を掛けたら、手助けするどころか不審者に間違われるかもしれません。

 算数の計算問題と駅で困っている人に共通するのは、問題がかなり明確であるということです(もちろん、算数の計算でも「どこがわからないのかがわからない」という悩みもあるでしょうし、駅の中で立ち止まって深淵な問いを考えている場合もあるでしょうが……)。算数の計算問題は解けた方が良いし、駅で迷子になっている人は道がわかることが大事です。ここに、他の答えは必要ありません。

答えのない答えを構築する手段

 カウンセリングで扱う内容の多くは問題や答えが最初から一つに絞れない場合がほとんどです。また、相談者の立場によって問題が異なる場合も多くあります。例えば、いじめによる不登校の事例の場合、不登校の本人は「学校に行きたくない、家で過ごしたい」と考え、担任など学校の関係者は「一日も早く登校してほしい」と願い、保護者は「いじめっ子が転校して学校からいなくなり、子どもが安心して登校できるようになってほしい」と願うかもしれません。個別の面接であっても、相談者の希望と周囲の願いが異なることもあります。あるいは、「学校には通うもの」「家に閉じこもっているのはおかしい」といった一般論と自分の中の思いにギャップが生じることもあります。

あいまいではなく出来る限り明確に

 最初の段階でニーズがわからなかったり、(カウンセリングなどの)相談内容が「自分のこと」とか「親子関係」といった漠然とした内容の場合は、スターティング・クエスチョンで明確にしていきます。

 クライアントからの答えがあいまいな表現(例えば、「普通の生活がしたい」「元の関係に戻りたい」「元気になりたい」「前向きになりたい」など)の場合は、より詳しく聞いていく必要があります。クライアントの言葉をしっかりと受け止めた上で「もう少し詳しく聞かせてください」「○○とは具体的にどういうことを指しますか?」などと深掘りをしていくとよいでしょう。

 結果として、相談者とカウンセラーが頭の中で同じ状況をイメージできるまで丁寧に聞いていきます。

ゴールを明確化するためのコツ

 スターティング・クエスチョンをしたとしても、ゴールが明確にならない場合があります。ソリューション・フォーカスト・アプローチはアメリカで生まれましたので、もしかしたら文化の違いもあるかもしれません。日本では、あいまいな表現や謙遜などが用いられることがあり、相談者もはっきりとゴールを示すことは少ないように思います。そこで、スターティング・クエスチョンでも、次のようなパターンを崩して質問をする方がうまくいくことが多いです。

※以下、「Co」はカウンセラー、「Cl」はクライアント(相談者)を指します。

Co「よろしくお願いします。申し込みの際に書いていただいた内容によりますと、(ご相談の内容は)『お子さんの不登校』ということですが、ここでカウンセリングをしたからといって、明日から突然、朝から登校して、テストも全部100点で、友人とも何のトラブルもなくみんなに好かれて、食べ物の好き嫌いもせず、親のお手伝いを率先してやる、なんてことは無理ですが」
Cl「えぇ、それはもちろん。今はそこまでは全然期待してないです」
Co「どんなことが起きれば『あぁ、あの時わざわざカウンセラーに相談をしてよかったなぁ』と思うでしょうか?」
Cl「そうですねぇ。ずっと子どもが部屋にこもってしまって、何を考えているかわからないので、子どもの気持ちを理解できればと思って…」

 ここから、さらに「子どもの気持ちを理解できれば、お父さん自身はどんなふうに変化がありますか?」「一番最近に『あぁ、あの子はこんなことを考えているのか』と理解できた時は、いつでしょうか?」などと、質問を重ねてより明確にしていきます。このように質問をしていくと、「そういわれて考えてみると、不登校になる前もそんなに子どもの気持ちを理解できていなかったように思います」といったように、今までに経験したことのない状況をゴールに設定することがあります。人間は成長するので、今までできなかったことをゴールに設定することも構いません。ただし、あまりに現実とかけ離れたゴールを設定すると問題解決が難しくなるので、実現可能なゴール設定まで落とし込みましょう。

複数のメンバーで目標設定をする場合

 特にブリーフセラピー/家族療法の場合には、相談者が複数同席することが多くあります。たとえば、不登校の子どもと両親が同席する面接などでは、子どもは「とにかく学校に行きたくない」と考え、一方の親は「少し無理をさせてでも学校には行くべきだ」と考え、もう一方の親は「無理はさせずにしばらくはそっとしておいた方が良い」と考えている場合などがあります。このままでは、何を話すべきかわからなくなってしまいます。会議でアジェンダを作るように、最初にゴールや方向性を設定しておかないと意見が対立したまま、何の目的もない面接になってしまうことがあります。会議のアジェンダは、会議の目的が明確な場合がほとんどなので議論をする必要はありません。しかし、カウンセリングのゴール設定は慎重に行う必要があります。

 複数の関係者がいる場合には、「ここにいらっしゃる3人、それぞれ頭が違うので考えていることも当然違います。3人それぞれに順番に同じ質問をさせて頂きます。いろいろ言いたいことはあると思いますが、私が確認させていただきたいので他の方は静かに聞いてください」といったおことわりを伝えた後に、スターティング・クエスチョンを行うことがあります。他の家族がいる前では、率直な気持ちを言えない場合もあります。そういう場合は、それぞれが他の人に見えないように紙に書いてもらいカウンセラーだけが見ることもあります。あるいは、他の人には退室してもらい、一人ひとり個別に聞くことも有効です。

 参加者全員のニーズを聞き出した上で、共通の目標を設定することに初回面接を費やす場合もありますし、それぞれ異なるゴールが明確化され「そんなことを考えていたのか」と理解できただけで問題自体が解消されることも少なくありません。

 事例検討会やスーパーバイズなどでも、自己紹介を兼ねて参加者にスターティング・クエスチョンに答えてもらうと、限られた時間を有効に使うことが出来ます。

目標設定が難しい場合

 スターティング・クエスチョンをしていると、具体化に応えるのが難しいケースもあります。深掘りしようとすると「いやぁ、自分でもわかんないです」とか「やっぱり無理ですよね。いいです、いいです。違う話にします」などと”うまく質問が入らない”場合もあります。その場合には、プロフィールの確認など答えやすい質問に切り替えて、時間をおいてから改めてスターティング・クエスチョンを行うとよいでしょう。あるいは、スターティング・クエスチョンにこだわらず「今一番困っていることは何ですか?」と解決像ではなく問題を徹底的に聞くことも効果的です。

Co「どうなったら、『あぁ、あの時に相談に来てよかったな』と思えるでしょうか?」
Cl「わかりません」(うつむいたまま、首を振る)
Co「そうですか。何にも?」
Cl「はい、思いつきません。良くなっても何も変わらない気がする」(ハンカチで涙をぬぐう)
Co「そうですか、そうですか。急にこんな質問されても答えられないですよね。すみませんでした。ところで、今日は雨が降って足元が悪くて大変でしたが、ご自宅からここまではどのように来られたのですか?」

 この事例は、私がカウンセラーになって初めて担当したケースです。新幹線と在来線を乗り継いで、片道2時間以上かけて相談に来ていました。そこで、遠路はるばる来たことを大いにねぎらい、家族構成を確認する際にお子さんの不登校の問題を聞いていき、第2回面接では学校に登校するようになり、フォローアップを含め計5回の面接で終結しました。

 このようにスターティング・クエスチョンがうまくいかない場合でも、ブリーフセラピーはうまくいくのです。

まとめ 

 今回はスターティング・クエスチョンについて紹介しました。面接のゴールや方向性を明確にできるとても便利な質問法です。しかし、「とりあえずスターティング・クエスチョン」と安易に使いすぎると、むしろゴールや方向性を見失ってしまうことがあります。

 「相談者とゴールや方向性を共有するためには、どうすればいいか」を常に考えてスターティング・クエスチョンを自分なりに改良していくことが大事です。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士、公認心理師。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと
企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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