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ひきこもりきる生き方に伴走する支援(宮崎大学教育学部教授:境泉洋) #こころのSOS

 ひきこもりという状況が注目されてから久しいですが、その状況が変わることなく続いて、親が高齢化し子どももかなりの年齢に達するケースが出て来ました。そのようなひきこもり状況をどのように捉え、支援していけばよいのでしょうか。境先生にお書きいただきました。

1.ひきこもり今昔

 ひきこもりは2000年ごろから注目されるようになった状態像です。その当時のひきこもり本人は、20代から30代前半の若者が中心で、今でいう就職氷河期世代でした。本来、就職活動をしなければいけない若者が、働く意欲を見せないまま家庭で過ごすことは、世間一般からみると甘えているというとらえ方がなされていました。そして、ひきこもり本人と暮らす家族、特に親にとっては将来への不安、焦り、思うように動いてくれない本人への不満、失望といった様々な否定的感情をひきおこす事態でした。この時期においては、若者のひきこもりは、思春期心性の中で起こっているものであり、それが和らぐ40代ごろになれば、気持ちの整理も付けて働きだすだろうと思われていました。

 それから20年がたち、ひきこもり支援の中心は8050問題といわれる、80代の親が50代の子どもの生活を支える問題に移行しています。就職氷河期世代が20年間冷凍保存されたまま時間を過ごしたような状況になっています。こうした事例の中には、親が亡くなった事例、ひきこもり本人が65歳を超えた事例など、まさにひきこもりきる生き方を全うした事例が次々に現れています。

 ひきこもりきる生き方は、容易なものではありません。それは一つの生き方であるわけですが、好んで選んだ生き方でもないのです。いうなれば、悶々としながらもひきこもり続けるしかない時間の積み重ねが、ひきこもりきる生き方となったわけです。

 数十年にも渡ってひきこもり続けることがなぜできるのか、なかなか想像できないかもしれません。ひきこもり本人に働く意欲がないわけではありません。このままで安心して生活し続けることは難しいことは十分わかっています。しかし、ひきこもり続けた今の状況からできること、これからの将来に成し遂げられることを想像したときに、辛く惨めな思いをしてまで頑張ろうと思えないのです。ある種、生きることへの意欲を失っているのです。

2.ひきこもりをどう理解するか

 ひきこもりは、社会参加をせず、家族以外との交流も持っていない状態とされます。ひきこもりはとかく否定的にとらえられがちですが、ひきこもることだけで問題視する必要はありません。どのようなひきこもる生活であるのかを見極める必要があります。ひきこもり本人の中には、安心して幸せに過ごしている人もいるわけです。こうした安心してひきこもれる環境が、ひきこもり本人の意欲回復に必要であることを知る必要があります。

 ひきこもりを一概に問題視するのではなく、新たな人生の準備期間ととらえて欲しいと思います。ひきこもりは、様々な理由からひきこもる前の人間関係が絶たれてしまった状態です。その状態から、以前の人間関係を回復することも一つの目標とはなりますが、それにとらわれるのではなく、むしろこれからの新しい人との関わり方を目指してほしいと思います。ひきこもり本人の多くは、ひきこもる前の人間関係に困難を感じているものです。こうした場合、以前の人間関係を回復しようとすればするほど意欲がそがれるという悪循環になってしまいます。

3.ひきこもりをどう支援するか

 ひきこもり本人が新たな人生に目を向けられるようになるには、周囲の理解がとても重要となります。一刻も早く働くようにというプレッシャーを与えてしまうと、新たな生き方を模索することではなく、ひきこもる前の状態に戻らなければという身動きが取れない膠着状態に陥ってしまいかねません。ひきこもり支援に必要なのは焦りやプレッシャーではなく、安心した環境での意欲の回復です。意欲を回復したうえで、それを受け止めてくれる場が必要です。そうした場があれば、もはやひきこもる必要はなくなるのです。

 ひきこもりからの回復はもちろん本人の問題なのですが、それを支える家族の役割もとても重要です。相談に最初に来る人の大半が家族であることを踏まえても、家族がひきこもりについて正しい理解をすることの重要性が分かると思います。しかし、子どもがひきこもり状態になることは親にとっては青天の霹靂のようなものであり、容易に受け入れることはできません。そうした不安にさいなまれた家族自身を支援することがまずは重要になります。

 ひきこもり状態にあったとしても、家族と安心した生活を送る中で、ひきこもり本人に意欲が回復してきた場合、それまで潜在化していた課題が浮き彫りになることがあります。そこに共通しているのは、人と接することへの困難感です。背景には、社交不安、自閉スペクトラム症などの精神疾患が関係していることが少なくありません。ひきこもり本人がそうした課題を克服するためには、専門的な治療を受けるか、周囲の配慮が必要になります。専門的な治療も受けず、周囲の配慮もない環境におかれても、多くの場合、再び意欲を喪失するだけでなく、より深い傷を負ってしまい、社会に対する警戒心を強めてしまいます。

4.幸せにひきこもりきる生き方を支援する

 ひきこもり支援の目標は就労と思われがちですが、これは大きな間違いです。ひきこもること自体は問題ではないと述べましたが、それはひきこもり続けること自体は良いということも意味しています。ひきこもり支援においては、幸せにひきこもりきる生き方を支援することも目標になるのです。

 ひきこもりきる生き方を支援する方法は、ひきこもり本人と家族が安心して過ごせる環境を作ることにつきます。ただ、ひきこもりが数十年と長期にわたるため、そうした環境を作るのも容易なことではありません。

 幸せにひきこもりきる生き方を支えるには、それ相当の工夫が必要になります。ひきこもる生活の中では様々な困難が生じるものです。その最たるものが金銭的な不安です。これに関しては、福祉的な制度を上手に使うことも有効ですが、何よりも家族で協力して節約することが重要です。ひきこもりの方の多くは、親に申し訳ないという思いから、着るものも着替えず、お小遣いにも手を付けず、極力質素に生活をしています。そうした頑張りを認め、本人がひきこもり続けても生活できる見通しを立てることが支援の目標になります。その際、家族の理解と協力は必須になります。

5.新たな時代の新たなひきこもり支援

 2020年、COVID-19の蔓延により世界は一変しました。普段の生活に随分と戻ってきましたが、この間の変化はひきこもり支援において大きな恩恵をもたらしてくれました。それが、コミュニケーションのオンライン化です。COVID-19前では、あらゆるコミュニケーションが対面を前提としていました。遠方まで赴いて会議をするのが普通だったわけです。しかし、今ではオンラインが普及し、コミュニケーション自体は相手との距離に関係なく取れるようになりました。そして対面で会うことが特別なコミュニケーションになっています。

 こうした変化によって、これまでひきこもり本人が参加できなかった場面にも参加できるようになりました。外出できなくてもオンラインで参加する。顔を出したくない場合は、カメラオフで参加する。声を出したくないときは、チャットで参加する。様々な形でコミュニケーションに参加できることで、ひきこもりから抜け出すきっかけを掴める人が多くいます。

 こうした流れを活かし、ひきこもり支援にもオンライン化が急速に進んでいます。そもそもひきこもりの人たちは、家から出にくい、人と会いにくい人たちですので、オンラインの恩恵を最も受ける人たちといってもいいわけです。

 オンライン化は、支援の場だけではなく、あらゆる場面に浸透しています。就労も例外ではないわけです。ともすれば、ひきこもり状態のまま就労することも十分可能です。また、オンライン化が進んでいるからこその新しい仕事も生まれてきています。こうした新たな社会参加の場とひきこもり本人を繋げることが出来れば、新たな時代の新たなひきこもり支援の発展が大いに期待できます。

6.ひきこもりの経験知を活かす

 ひきこもること自体は悪いことではないわけですが、望んでいたものではなく、できることであれば避けたかった状態です。そういう意味では、早期対応にひきこもりの経験知を活かしてほしいと思います。昨今、学校領域で不登校の急増が注目されています。昨年度から不登校の児童生徒が2割増えて、本年度の速報値で30万人に迫ろうとしています。そのうち4割が何の支援にもつながっていないというのですから危機的な状況です。不登校の子どもたちが必ずひきこもりになるわけではありませんが、不登校への対応が将来のひきこもりを減らすことに疑いの余地はありません。新たなひきこもりを生まないためにもひきこもりの経験知を大いに活かしてほしいところです。

◆執筆者プロフィール

境泉洋(さかい・もとひろ)
宮崎大学教育学部教授。専門は臨床心理学。ひきこもりを主とした研究と実践を行っている。


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