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「人生ハードモード」の国で、子どもたちが生き抜いていくために(黒川駿哉:児童精神科医)#私が安心した言葉

「人生ハードモードだ…。」もしかしたらあなたもそう感じることがあるかもしれません。先生のおっしゃる「人生ハードモード」の意味、ご自身が安心した言葉、そして先生が強く願うこととは――。児童精神科医の黒川駿哉先生にご寄稿いただきました。

日本に生まれた時点で人生ハードモード

 子ども達のメンタルヘルスを考えるとき、私たちが決して目を背けてはいけないデータが三つあります。一つは、日本の若者のうち「自分自身に満足している者」の割合は5割弱と、諸外国と比べて最も低い結果となっていること[1]。二つめは、15~34歳の死因1位が自殺となっているのはG7の中でも日本のみであり、少子化が進んでいるなかでも19歳以下の自殺者数が増えているということ[2]。そして三つめは、日本の子どもに割り当てられている社会保障費が世界のOECD加盟国最悪クラスであること[3]です。

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OECD基準による家族分野への社会支出の対GDP比(2003年)

 この三つのデータから言えることはなんでしょうか。私たちはなるべく気づかないふりをしていますが、子ども達にとって、日本に生まれた時点で、「人生ハードモード」「無理ゲー」であるという現実です。

 そんな時代に私が児童精神科医の道を選んだことの根底にあるのは、おそらく私自身の幼少期の発達特性や逆境体験、そして中井久夫先生の「だれも病人でありうる、たまたま何かの恵みによっていまは病気でないのだ」という教え[4]です。今日は、私自身の「たまたま何かの恵み」を振り返りながら、日頃の臨床を通して、今の子どもたちが置かれている「人生ハードモード」について思うところを書かせていただきます。

「気の向くまま風の吹くまま」

 私は4歳のとき、宮崎の緑豊かな丘の上の小さな幼稚園にいました。弟の里帰り出産のためで、半年程度の生活だったそうです。道路に飛び出して車にひかれたり、思い通りにいかなかったときに気持ちの切り替えができなかったり、遊びのルールを勝手に変えてしまうなどで、手がかかる子であったそうですが、幼稚園の先生が大好きで楽しかったという記憶だけが残っています。昨年の年末、実家の段ボールの整理をしていたら、母と幼稚園の先生のやりとりが残った連絡帳が出てきました。

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 「気の向くまま風の吹くまま」、なんと素敵な言葉でしょうか。「普通じゃない」ところを、長所とでも短所とでもとらず、個性と捉えてくれていたんだという、先生の言葉の選択に感動を覚えました。

「あなたの黒い目と髪は特別で美しい」

 その後、私は父の仕事の都合で、小学2~6年生までイギリスの田舎町の小学校で過ごしました。英語を身につけるためにと、周りには白人ばかりの少人数制の私立校に入れられました。面倒見のよい友達や先生に恵まれ、楽しい日々としての記憶が残っている一方で、学校外の知らない子どもと公園で一緒になると、吊り目のポーズや、サルの真似をされるようなことも日常でした。私は徐々に外見的な特徴が「普通じゃない」ことを自覚するようになり、クラスメイトに対する恋心が芽生えても「みんなと違うから」、とその気持ちを誰かに打ち明けることはしませんでした。

黒川先生 資料の図(編集済み)

 ある日、友達の家で遊んでいて、トイレに行こうと台所の前を通った際に、友達のお母さんに呼び止められました。お母さんはしゃがみこんでじっと私の目を覗き込んだ後、"Look at your black hair and eyes. So special, so beautiful. "(あなたの黒い髪と目を見てごらん。なんて特別なんでしょう、なんて綺麗なんでしょう。)と言いながら、ぎゅっと抱きしめてくれました。私の中で、初めて「普通じゃない」外見的な特徴について、認められたような感覚でした。その腕の温もりと気持ちの暖かさは、今でも忘れません。

 「普通じゃない」ことを特別=specialで美しいものと捉え、それを何気なく子どもに伝えることができる大人が増えることで、多くの子ども達が救われるのではないでしょうか。

「先生も、持ってるねぇ。」

 私が18歳までに転居をした回数は国内外で10回以上にのぼります。行く先々で自分自身が「普通じゃない」ことを体感しながら育った私が、精神科医を志し、児童精神科領域や発達障害に関心を持つようになったのは必然だったのかもしれません。

 そんな私が臨床を行ううえで大きな転機となったのが、内山登紀夫先生との出会いです。ある日、内山先生の勉強会後に、夕食にご一緒させていただきました。私はそこで初めて、自分の発達特性について「恥ずかしいこと」として打ち明けたように思います。自信がない時はいつもよりもさらに目を合わせられなくなる私ですが、ひとしきり話し終わって顔を上げると、にやにやして嬉しそうな内山先生がただ一言、「先生も、持ってるねえ。」と私に言いました。

 この時に感じたものは、うまく言葉で表現できないのですが、内山先生の「それでいい」という態度やありようでした。その日の帰り道に、自分自身が救われたことはもちろん、自分の特性を「恥」と思っていた事実、自分の中に「普通じゃない」ことへの偏見が確かに存在していた(精神科医でありながら!)ことを改めて自覚した瞬間でもありました。

社会のなかの「枠」が壊れ、社会は親子を攻撃するようになった

 現代社会は、滝川一廣先生が『公共の場でよその子どもの不行儀を叱ったり注意する大人がみられなくなった。しつけは親の私的な専権事項となり、他人が介入しにくくなったのである。こどもを「社会のもの」(自分たちのもの)とする公共感覚の薄れを示している。』[7]と書かれているように、核家族化や個人主義化が急速に進み、子どもや保護者の自己責任が問われるようになりました。共働きやひとり親が増えただけでなく、3世代の同居や近所付き合いという「枠」のなかで親子を支えることが減り、かつて子どもたちの自律性が委ねられた「小さな社会」としての役割を担っていた公園という「枠」も、いまや「~禁止」の看板だらけとなり、その機能を失ってしまいました。新型コロナウイルスの流行により、私たちは「集まるな」「旅行するな」などという「~してはいけない」を沢山意識しながら生活するようになりましたが、実は子ども達は、コロナ前からずっと同じようなストレスを抱えていたのではないでしょうか。

 タチが悪いのは、社会は親子を放っておくだけでなく、一部の人がSNSで「どんな教育してんだ」「甘やかすなよ」などと叩くことで、逆に社会(の一部)が親子を攻撃するようになってしまったのです。これは保護者にとっての、「子育てのハードモード化」でもあります。

普通なんてそもそもない

 最近よく多様性を認めよう!と言われるようになりました。例えば発達障害について、ASD、ADHD、LD、DCDについて理解しよう、多様性を認めて配慮しよう!などと叫ばれています。しかし、その「多様性を認めよう」の言葉の裏には「普通」や「大多数」という基準がある前提のうえで、例外や異質も認めよう、という感覚がまだまだ根強いのではないかと感じています。

 私は大学で『腸内細菌』の研究をしていますが、私たちの腸内環境は、一人一人の遺伝子が全く違うように、その菌の構成も全く異なっており、一昔前に言われていたような「善玉菌」や「悪玉菌」という考え方が通用しないことがわかってきました。代わって、腸内細菌全体の菌の種類やその割合のバランスである「多様性」が崩れること(総じてDysbiosisと呼びます)が、多くの病気と関連していることが言われるようになってきました[5][6]。つまり、悪い菌を排除したり良い菌を増やしたりすることが正しさではないということです。

 この仮説に触れたとき、私は妄想的に、今の「生産性」ありきの社会に重ねずにはいられませんでした。私がチームドクターを務めるNPO法人トラッソスサッカースクールでは、「ゴチャタノ」という知的障害のある人もない人も、大人も子どもも同じチームでプレーするユニファイドサッカー大会を1年に1度行っています。「普通じゃないマイノリティも認めよう」ではなく、「普通なんてそもそもない」という構えこそが、社会の多様性と健康を維持するためには大切なマインドなのではないでしょうか。

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ゲーム内の社会は子ども達が作り上げた公園

 私は、現代の新たな「枠」となりうるものとして、ゲームの世界に私は少なからず可能性を感じています。最近は、e-sportsがよく取り上げられますが、プロでなくてもゲームの世界の多くには、大なり小なり多くの組織があり、子ども達はその世界のルールやマナーを学びながら交流をしたり、実況配信で収入を得たりもしています。これはまさに、社会そのものであり、そんなことを考えると、子ども達が、なにもかも禁止される現実の公園よりも、自由が許容されたゲームの世界の公園での遊びを求めていくのは、自立に向けた健全な反応とも思えてきます。

 ゲームには、確かに依存や課金などの問題が多くあります。それは作る側がお金儲けのために知恵を絞ってその仕組みを作っているので、子どもが自分の力だけでコントロールすることはまず不可能です。いたずらにゲーム機を渡すことは、子どもをゲームセンターやパチスロ店に放置するのと同等の無責任さと言えます。

 一方で、もしゲーム内に、「メンター」として少し上のお兄さんやお姉さんの存在や、安定した大人の見守りがあればどうでしょうか。子ども達は、ゲームという「枠」のなかで、楽しみながらチャレンジしていく過程で、他のプレイヤーと語らい、人間関係に悩み、失敗し、傷つき、他者を鏡にしながら自分を修正したり、不安を抱えたり我慢することを体験し、自分とはなにかを見つけていけるような成長の場になりうると私は考えています。そして、そこで身に着けた安心感やスキルは十分現実社会で応用できると考えます。

子どもも大人も助けてと言える社会を

 教室の飛び出しや不登校は、問題行動として見られがちです。ですが、子ども達が「自分が不安な気持ちで壊れてしまうこと」から身を守るための手段として主体的に教室から飛び出すことや、学校に行けないと表出できることは、ただつらい気持ちを押し殺して学校に行くことよりもずっと適応的な行動です、と外来ではお伝えしています。

 親御さんにも同様に、困難な時に助けを求めることや逃げることの大切さを伝えるようにしています。本田秀夫先生が、軽度精神遅滞・境界知能の人たちの社会福祉資源の少なさについて、『親の側から見ると、特別支援教育や障害者福祉のサービスを我が子が受けることは恥であるという考え方が、わが国には根強く残っている。行政側からみると、これらの人たちすべてに特別支援教育と障害者福祉のサービスを提供するだけの予算はないため、親の「恥」の気持ちに乗じてサービス体制整備に消極的である。』[7]と書いていますが、まさにその通りで、「子育てハードモード」の時代に誰かに頼ることは全く恥じることではないということを発信し続けなければなりません。

黒川先生 写真 助け

 大変残念なことに、現状として医療は困っている親子のなかでも、ごくわずかな人にしかアクセスされていません。それでも、多くの児童精神科の医療機関で3か月以上の待ちを発生させてしまっています[8]。この圧倒的に資源が不足しているという悲劇について、私たち自身も、できることを考え、「助けて」と言い続ける姿勢を見せなければならならないと考えています。私たちが行っている遠隔診療の研究はその一つのツールになると考えています。[9]

それでいいよと言える枠を増やす

 子どもが「人生ハードモード」の国で生き抜くために必要なものは、生産性や効率性などとは切り離された、子どもの存在そのものに対して無条件で「それでいいよ」と言って抱えることができる社会の寛容な「枠」じゃないでしょうか。私はその「枠」を作ろうとしている人達とともに、これからも臨床内外の活動に心を燃やしていきたいです。

引用文献
[1] 平成26年版「子ども・若者白書」(内閣府)
[2] 令和元年版「自殺対策白書」(厚生労働省)
[3] 平成19年4月 第2回「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議「基本戦略分科会」(内閣府)
[4] 看護のための精神医学 第2版 中井久夫 医学書院
[5] Martin CG, Lozupone CA. Low diversity gut microbiota dysbiosis: drivers, functional implications and recovery. Curr Opin Microbiol. 2018 Aug;44:34-40.
[6] Kurokawa S, Kishimoto T, Mizuno S, Masaoka T, Naganuma M, Liang KC, Kitazawa M, Nakashima M, Shindo C, Suda W, Hattori M, Kanai T, Mimura M. The effect of fecal microbiota transplantation on psychiatric symptoms among patients with irritable bowel syndrome, functional diarrhea and functional constipation: An open-label observational study. J Affect Disord. 2018 Aug 1;235:506-512.
[7] 子どもから大人への発達精神医学―自閉症スペクトラム・ADHD・知的障害の基礎と実践 本田秀夫 金剛出版
[8] 発達障害者支援に関する行政評価・監視 結果報告書 平成29年1月 総務省行政評価局
[9] https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2020/8/18/28-74168/

著者プロフィール

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黒川駿哉(くろかわ・しゅんや)
1987年生まれ、山形大学医学部医学科卒。慶應義塾大学病院、駒木野病院、九州大学病院での勤務を経て、現在は慶應義塾大学病院精神・神経科、島田療育センター児童精神科にて発達障害の専門外来をおこなっている。英国にてADOS2(自閉症スペクトラム観察検査) 、ADI-R(自閉症診断面接)の研究用資格を取得し、児童・発達障害領域の腸内細菌、遠隔診療など多数の国内外の研究に携わっている。「優れるな異なれ」をモットーに、子どもの主体性を引き出す様々な団体の活動支援に力を入れている。
研究者情報:https://researchmap.jp/shunya5
twitter:@shunya5

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(黒川先生の本文中で登場する内山先生の記事はこちら!)


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コメント (1)
普通なんてそもそもない、新しい視点をありがとうございます。
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