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【第1回】中国の高考(大学入試)不正防止対策について(南紅玉:東北大学高度教養教育・学生支援機構助教) 連載:大学入試における不正行為の未然防止について考える

大学入学共通テストで、スマホを使っての問題流出事件が起きました。これを受け文部科学省からは不正行為の未然防止の徹底が通知されています。今後の日本の防止対策を考える上で、ずっと不正防止対策を進めている中国と韓国の情報に詳しい東北大学の南紅玉先生に、両国の対策について二回に分けてお書きいただきました。第一回は中国の対策についてです。

はじめに

 2022年1月15日に実施された大学入学共通テスト(以下、共通テスト)の試験時間中に出題の画像流出によるカンニング行為が発覚し、前代未聞の事態として世間を騒がせた。読売新聞は1月26日、「世界史B」の試験時間中、インターネット通話アプリ「スカイプ」を通じて問題の画像が東大生2人に送信され、解答を送り返したと報じた。問題を送った人物と東大生は家庭教師紹介サイトで知り合ったという。ネット上で、試験終了後に問題流出を指摘する複数の投稿があったことから、大学入試センターが調査に乗り出していた。この出来事を通じて共通テストの不正防止対策について「試験監督に頼る現行の会場運用の危うさ」「テスト偏重の影響」「情報端末の急速な高性能化」など様々な課題が浮き彫りになった。同時にウエアラブル端末の登場など技術の進展もあり、不正防止の難しさが示唆された。

 大学入試におけるハイテクカンニングについて、日本と同じく全国規模の「共通テスト」を実施している中国・韓国ではかなり前から厳しい取り締まりを行なってきた。そこで、本稿では日本の大学入試における不正行為の未然防止対策を考える上での参考として、中国と韓国で行われているハイテクカンニング防止対策を紹介したい。

1. 中国の全国統一大学入学試験

 中国では、毎年6月7、8日に全国一斉に大学入学試験が実施される。この試験は普通高等学校招生全国統一考試、通称「高考ガオカオ」(以下、高考)と呼ばれており、日本の共通テストに当たる。例年、日本の共通テストの受験者数は約50万人程だが、中国の高考の受験者数は1000万人を超える。中国の大学入試の最大の特徴は、日本のような大学個別入試が無く、ほとんど高考の成績のみによって進学が決まることである。いわゆる一発勝負であるが故に受験競争が激化する原因にもなっている。このような背景から、中国では大学入試で多発する不正行為をいかに防止するかが長年の懸案であった。

2. ハイテク機器を使ったカンニングの事例

 科学技術の発展に伴い、高考におけるカンニングもハイテク化された。中国では2000年代初期からインターネット上で高性能化されたカンニング用通信機器の販売と使用が後を絶たない。2007年には、下着や財布などに忍ばせる通信機器のネット販売が摘発されたが、その後さらに巧妙化され、ペン型・メガネ型・腕時計型の通信機に始まり、近年では超小型イヤホンが登場した。現在は電波を遮断した不正防止対策を講じているが、2021年には5G回線を利用したカンニングが発覚した。それまで遮断可能だったのは4G回線だけで、5Gには未対応だったという。

3. 高考における不正防止対策を強化

 中国では2015年から高考における不正防止対策が強化された。「中華人民共和国刑法の第284条」に「第284条の1」を追加し、法律が規定した国家試験中に、組織的に不正行為を行った者は最高7年の有期懲役に処され、併せて罰金を科されることを定めた。また、「国家教育試験不正処理方法」では、不正行為に厳格に対処するため、ハイテク機器も駆使した対策をも実施すると明記された。

 これを受け、2016年における高考では、試験問題(回答用紙含む)の配送、保管、配布(回収)の各段階からセキュリティ及び機密保持規制を強化し、責任体制を整えた。試験会場の管理の強化策として、遠隔電子検査システムの機能を高め、大規模な集団不正行為の発生を未然に防止することに努めた。また、不正機器の販売撲滅、試験関連のネットワーク環境および試験会場周辺の環境浄化、ハイテク手段の使用による不正行為、試験代替、集団試験不正の取り締まりなどの特別活動を法律に基づいて実施した。

 2019年には、最高人民法院と最高人民検察院が連携し、「組織的な入試不正行為等刑事案件適用法律における若干の問題についての解釈」を発表した。ここでは高考を含む国家教育試験、公務員試験等の国家試験4種類における不正行為が犯罪行為に当たると明記され、入試不正の法定処刑基準が具体的に規定された。

4. 不正防止技術設備の種類

 高考の不正行為に関する法的な措置以外、近年ではハイテク技術を使った不正防止対策が行われている。多く使われている不正防止技術設備を以下に紹介する。

(1) 身分識別装置
 
受験会場に入るとき、受験生の本人確認が行われる。「身分証明証」を身分識別装置に読み取らせ、本人確認をする。

(2)「顔認証+指紋認証」システム
 
試験会場の入室の際の「二重保険」措置として、顔認証システムで再度本人確認が行われるが、地域によっては指紋認証システムも併用している場合がある。

(3) 金属探知機
 
金属物に接近すると、警報が鳴る。

(4) 指静脈認証
 
指にある静脈の分布図を利用し、受験生の本人確認をする。近年、地域によって導入している場合がある。

(5) ワイヤレスイヤフォン探知器
 試験中のイヤフォンを使った不正を探知する。

(6) ドローン
 
試験会場周辺の無線電磁波環境についてモニタリングする。

(7) 携帯電話信号遮断装置
 
あらゆる携帯電話及び移動通信機器の信号を遮断する。

(8) 電波信号観測車
 
試験会場周辺を巡回し、電波信号を発信して不正行為を観測する。

5. 2020年の高考試験会場で行った不正防止対策

 上記の機器が実際の試験ではどうのように使われているかを2020年高考のある試験会場においての不正防止対策を取り上げ紹介する。使用されている機器は地域によって異なる。

(1) 顔認識システム

 高性能の顔認証システムの導入により、受験生が本人であることが保証される。2018年から指紋認証機が廃止され、顔認証機(顔認識システム)が導入された。導入後の1年目と2年目は受験生が身分証明書を認証機にかざすことで受験生の情報を読み取り、その後、実際に撮影した受験生の写真を比較・識別する仕組みであった。しかし、30人の受験者のうち3人は本人認証ができず、試験監督がパスとIDカードを基に手作業で本人確認をする必要があった。

 2020年になるとその機能は更に向上し、受験者がカメラに顔を向けるだけで自動的に本人確認ができるようになった。それにより身分証明書による情報確認の必要がなくなった。現在の顔認証システムは顔の形のわずかなズレも検出され、一卵性双生児であっても見分けがつくと言われている。

(2) 金属探知機

 受験者は顔認証システムによる本人確認の後、金属探知機によるセキュリティチェックを受けて試験会場に入る。 試験室に入る者は電子機器を身につけることはできない。 電子機器に該当するものは、カメラ、ヘッドフォン、携帯電話など、外部との接触ができるすべてのものである。検査は金属探知機を用いて受験生の身体の隅々(頭からつま先)まで全て行われる。

(3) 高画質監視カメラ

 現在、中国教育部の要請により、試験会場の各教室に監視カメラ(ハイビジョン)が設置されるようになった。受験生の机上のものをはっきりと確認することができる。カンニングなどの不正防止のため、試験会場の試験監督以外に、監視カメラを通じて試験会場外でも最低3人が監督している(カメラ一台に専属監督者1名、市教育局の監督者1名、省教育部門の監督者1名)。

(4) 不正が多く発見される「トイレ」での不正防止対策

 2019年にトイレでの不正が発覚したことを受け、その翌年からトイレでの不正防止について注意喚起がなされた。試験中に受験生がトイレを使用する際、何分何秒に試験会場を出て、何分何秒に帰ってきて、合計何分かかったかを記録する。なお、受験生本人より確認のサインが必要となる。試験会場を出入りする際に再度金属探知機で検査が行われる。

 科目ごとの試験の開始と終了のたびに、連絡員がトイレに携帯電話などの不審物がないか確認をする(実例として、トイレの水槽、ゴミ箱、トイレの窓ガラスの間などから携帯電話が発見された)。試験中のトイレの使用は、連絡員が指定した場所のみの利用となっている。

 以上が中国の高考における不正行為防止の現況である。「中国で一番大規模な試験」である高考は、社会的な注目度が高く、影響も広範になる。多くの中国人にとって高考は一般的な試験とは違い、ある意味「努力によって運命が変えられる」ことの象徴にもなっている。それゆえに受験生たちは、高考にて1点でも高く点数を取るため全精力を傾け勉強している。このように国を挙げての最重要試験である高考での不正行為は、社会全体を揺るがすほどの行為であることは言うまでもない。中国では、不正行為を根絶するためには、社会、受験生本人及び周りの人々の意識を高めるための働きかけが大切であるとしているものの、それ以上に不正行為への厳しい罰則や対策をすることが未然の防止に効果的である考えが強い。しかし、ハイテク技術を用いての防止対策を実施しているにも関わらず、不正を完全に無くすことはできないのが現実である。高考が続く限りは新たな不正行為とそれに対する防止対策は、いたちごっこのように今後も続くだろう。

 次回は、韓国の大学入試における不正防止について紹介する。

参考資料

2017.6.6「高考作弊八大神器出硝作弊“才子们”颤抖吧」http://news.youth.cn/sh/201706/t20170606_9986868.htm
2020.7.8「2020年高考作弊是犯罪,投机取巧不行」https://www.5068.com/shengxue/c132460.html
2020.7.9「高考硬核防作弊措施,连厕所都接管,高三学子们还是老实努力学习」
https://baijiahao.baidu.com/s?d=1671723563987136259&wfr=spider&for=pc
2022.1.26「家庭教師紹介サイト悪用か、「あなたの実力試したい」高2女子名乗り大学生に事前接触」読売新聞オンライン
2022.2.2「カンニング防止 共通テスト流出 スマホを駆使 巧妙化で難しい」経済新聞

執筆者プロフィール

南紅玉(なん・こうぎょく)
東北大学高度教養教育・学生支援機構助教。博士(教育学)。「農村の国際結婚」をテーマに、外国人の日本社会への適応についてジェンダーの視点から研究している。また、留学生の受け入れや大学入試に関する日・中・韓の比較研究にも取り組んでいる。