第3回 ブレインストーミング(高知工科大学 経済・マネジメント学群 教授:三船恒裕)連載:#再現性危機の社会心理学
ブレインストーミングとは
筆者が好きな漫画のひとつ、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」にこんなひとコマがある。主人公の比企谷八幡(ひきがや・はちまん)が通う高校が、他校と合同でイベントをすることになり、比企谷はそれを手伝うことになる。他校との話し合いの場、合同イベントの内容を決めるためのアイディア出しをするところで、他校の代表が「じゃあ前回と同じくブレインストーミングからやっていこうか」と提案するのである。そして主人公はそのブレインストーミングという名の話し合いに巻き込まれていく。
ブレインストーミング、英語で書くとBrainstorming。Stormというと嵐を思い浮かべるので、字面だけを見ると何やらちょっと怖そうな気もする。この言葉はOsbornが1953年に出版した本が初出らしい。創造的な思考(creative thinking)をどのように実現するかに関して書かれたこの本において、最終章である26章においてブレインストーム(brainstorm)やブレインストーミングという言葉が登場する。1939年に最初のブレインストーミングが行われたらしいが、Osbornによると、ブレインストーミングをすることで個人が考えるよりも多くのアイディアが生み出された。
アイディアを生み出す効果的な方法として登場したブレインストーミングは、その後、ビジネスや教育分野など、様々な分野で用いられることになった。確かに、ブレインストーミングによって新しいサービスや商品を生み出せるならば、これは素晴らしいことだろう。しかし、本当にブレインストーミングには新しいアイディアや独創的なアイディアを生み出す効果があるのだろうか。実験して確かめてみなければならない。
ブレインストーミングの実験
ブレインストーミングに本当に効果があるのかどうかを最初に実験で検証したのがTaylorら (1958) である。この実験にはイェール大学の心理学コースに通う96人の学生が授業の一環として参加した。実験参加者は実験の前にブレインストーミングとは何かについて説明を受け、4つの基本的なルールを理解した上で実験を行った。それは、「批判の排除:反対意見は控えること」「自由奔放:アイディアの幅は広ければ広いほどいい」「量が大事:アイディアの量は多ければ多いほどいい」「組み合わせて向上する:他の人のアイディアを聞き、いくつかの意見を組み合わせてより良い意見にすると良い」という4つだった$${^{1}}$$。実験参加者は4人ずつの集団となり、これら4つの基準にしたがって話し合いをした。話し合いのトピックとなったのは「ヨーロッパからアメリカへの観光客を増やすには?」「両手に親指がもう一本あったら?」「将来不足するかもしれない教師の数を維持するためには?」の3つであり、これらの問題に対するアイディアを出し合った。出てきたアイディアの数と、独創的なアイディアの数によってブレインストーミングの効果が検証された$${^{2}}$$。
さて、ブレインストーミングの効果といっても、どういう場合にその効果があると言えるのだろうか。Taylorら (1958) は、名義(nominal)集団と比較しようと考えた。名義集団とは何か、順を追って説明しよう。まず、集団で話し合うことによって独創的なアイディアが出るということは、集団で話し合わないときはそれほどアイディアが出ないということになる。ならば、実験参加者が他の誰とも相談せずに、自分だけで考えたときのアイディアと比較したらよい。しかし、4人が集団で考えた場合と、実験参加者が1人で考えた場合では、そもそも人数が違うという理由のために集団の方が多くのアイディアを生み出せるということになってしまう。そこでTaylorらは、参加者が1人でアイディアを考えた後で、実験スタッフがランダムに4人の参加者をピックアップして「偽の集団」を作ればいいと考えた。その4人の「偽の集団」と、ブレインストーミングを行った4人の集団のアイディアを比べ、ブレインストーミング集団の方が独創的なアイディアの数が多ければ、ブレインストーミングに効果があるということになるだろう。この「偽の集団」を名義集団と呼んでいる。
48人の参加者がブレインストーミング集団として、別の48人が名義集団として参加した実験の結果はどうなったのか。全てのアイディアの総数は名義集団の方がブレインストーミング集団を上回った。また、独創的なアイディアに限った場合でも、その総数は名義集団の方がブレインストーミング集団を上回った。したがって、ブレインストーミングにはアイディアを生み出す効果や独創的なアイディアを生み出す効果は認められなかった。
メタ分析
Taylorら (1958) によってブレインストーミングの効果は認められなかった。このTaylorら (1958) と同一の方法と手続きで追試をした研究は、筆者の知る限り、行われていないようである。とすると、ブレインストーミングの研究はTaylorら (1958) で終わり、となったのだろうか。いや、そうはならない。実験のやり方が悪かったのではないか、やり方を変えれば効果がみられるのではないか、と考えてその後も様々な研究がなされた。そして1991年、メタ分析の結果が発表された。
Mullenら (1991) のメタ分析では、18の論文で報告された20の研究の結果を分析している。そして、ブレインストーミングは名義集団よりもアイディアの数も質も高めないどころか、むしろブレインストーミング集団よりも名義集団の方が優れているという結論が示されている$${^{3}}$$。ブレインストーミングしたほうが生産されるアイディアは少なくなるという効果は強く、例えば4人の集団で比較すると名義集団よりもアイディアの数が半分くらいになってしまう (Diehl & Stroebe, 1987)。ブレインストーミングをするくらいなら個々人で考えた方がいい、ということだ。
なぜ効果が見られないのか
なぜブレインストーミングをするとむしろアイディアが生産されなくなってしまうのだろうか。いくつかの説明が提出されている。例えば、ブレインストーミングのように集団で何かをしようとすれば「自分は頑張らなくてもいいだろう」と思って手を抜く人も出てくるだろう$${^{4}}$$。あるいは、手を抜くつもりはなくても、周りに人がいるというだけで苦手な作業がうまくいかなくなることも知られている$${^{5}}$$。これらはブレインストーミングを非効率にさせる可能性がある。
ブレインストーミングがうまくいかない要因の中でも最も重要だと思われているのが生産阻害(production blocking)である (Stroebe et al., 2010)。例えばあなたが他の3人と一緒にブレインストーミングをすると仮定しよう。他の人の意見を聞きながら、突然あなたは良いアイディアを思いついた。それをすぐにみんなに伝えようとするが、まだ他の人が発言していて、なかなか終わりそうにない。ようやく終わって言おうかと思ったら、さらに他の人が発言をして、あなたは自分の意見を言うタイミングを逃してしまった。そうこうしているうちに、もはや自分の意見を言わなくてもいいかと思うかもしれない。あるいは、あなたは閃いたアイディアを忘れてしまうかもしれない。このことは、あなた以外の他の3人にも当てはまる。つまり、「他の誰かが話しているときは自分は話さない」という当たり前のルールをみんなが守ることによって、アイディアの生産性が阻害されるのである。これが、個々人で考えるよりもブレインストーミングの方がアイディアが出にくくなる、最も大きな理由である。
なぜ効果がないにもかかわらず、人々はブレインストーミングを使いたがるのだろうか。実は、個人で考えた場合とブレインストーミングした場合、どちらの方が多くのアイディアが出そうだと思うかを推測させると、実験参加者はブレインストーミングした方が多くのアイディアが出ると推測してしまう(Paulus et al., 1993; Stroebe et al., 1992) $${^{6}}$$。人々は、実際にはそうでないにもかかわらず、みんなと一緒に考えた方が良いアイディアがたくさん出ると思ってブレインストーミングを行なってしまうらしい。
「効果がない」では終わらない
ブレインストーミングは効果がない。むしろ、使わない方がいい。それが研究によって明らかになったのだから、もう「ブレインストーミングは使っちゃダメ」という結論で一件落着、とはならない。研究者は、それでもブレインストーミングの効果が見られる場合があるのではないかと考え、研究を続けている。
ブレインストーミングには効果がない理由を思い出してほしい。それは、他の人が話しているときに自分のアイディアの生産が阻害されることにある。ならば、生産が阻害されないようにすればよいのではないか。そこで登場するのが電子ブレインストーミング(electronic brainstorming)である。これはブレインストーミングに参加している人たち全員が自分用のパソコンなどを用いて他の参加者と話し合うという方法である。参加者はアイディアが思い浮かんだ時点ですぐに自分のパソコンにアイディアを入力することができる。ランダムに選ばれた他の参加者のアイディアも自分のパソコンに表示されるため、多様なアイディアに注意を向けることも可能となる。これにより、電子ブレインストーミングならば多くのアイディアや独創的なアイディアが生み出される可能性がある。実際、集団のサイズが大きい場合は、名義集団よりも電子ブレインストーミング集団のほうがアイディアを多く生み出すというメタ分析の結果も報告されている (Dennis & Williams, 2005; DeRosa et al., 2007)。
電子ブレインストーミング以外にも、ブレインライティングやヴァーチャルブレインストーミングといった手法も提案され、効果が検証されている。ブレインライティングとは、パソコンではなく紙にアイディアを書くという方法で、ヴァーチャルブレインストーミングとは名前の通り、ヴァーチャルリアリティを使った方法である $${^{7}}$$。
そもそものブレインストーミング、つまり対面で話し合う形式のブレインストーミングでも、アイディアを生産する効果はなくても他の効果はあるのではないかという主張もある$${^{8}}$$。例えば、言語を学習するという場面にブレインストーミングを応用すると、学生のモチベーションが高まり、ライティングのスキルも向上するなどの効果が認められるという(Al-Samarraie & Hurmuzan, 2018) $${^{9}}$$。
わかりやすい結論はなかなか出ない
結局、ブレインストーミングはうまくいくのかいかないのか。このような疑問に対しては「うまくいく!」「うまくいかない!」という明確でわかりやすい結論が欲しくなるだろう。その気持ちはわかる。わかるけれども、現実はそれほどわかりやすくできていないようである。メタ分析の結果は、確かに、対面でのブレインストーミングはうまくいかないことが多いことを示しているが、「必ずうまくいかない」と言っているわけでもない。ある種の条件が整えば、あるいは方法を変えれば、ブレインストーミングがうまくいくこともあるということがその後の研究でも示されている。ひとつのメタ分析によって結論が得られたとしても、その結論をもとにして、さらなる研究が生み出される。科学的な研究とはそういうものである。
さて、冒頭の漫画の場面、実際にブレインストーミングはうまくいっただろうか。その判断は読者にお任せしたいのでぜひ読んでいただきたいが、学問の眼鏡を通してみると、いつもとはちょっと違う楽しみ方もできるかもしれない。例えば「あれ、この場面にはリーダーが議論を率先しているようだけど、そういう場合ってブレインストーミングはうまくいくのかな?」と考えてみると面白いかもしれない $${^{10}}$$。もちろん、心理学の知見は全てのケースに当てはまるわけではないので、「この場面ではこういう心理が働いているはずだ!」と決めつけるのはまずい。しかし、現実と学術を繋げて「もしかしたらこうかもしれないな」と想像してみるのも学術研究の楽しみ方のひとつだろう。
脚注
これらの4つの基準はそもそもOsborn (1953) においてブレインストーミングという技法の要件として提示されていたものである。
独創的なアイディアの数とは、実験に参加していない第三者がそれぞれのアイディアの独創性を評価し、その評価によって独創的だと判断されたアイディアの数である。
Diehl & Stroebe (1987) でも、それまでの研究で、22の研究のうちの18研究でアイディアの数において名義集団が優れていることが報告されている。
これは社会心理学では「責任分散」や「ただ乗り(フリー・ライディング)」、「社会的手抜き」といった概念で扱われており、多くの研究の蓄積がある。
これは社会心理学では「社会的抑制」と呼ばれ、多くの研究がなされている。特に、他者の存在が複雑な(難しい)作業のパフォーマンスを下げることが知られている。
これは「集団効力性の幻想(the illusion of group effectivity)」と呼ばれている。
名義集団の方がアイディアがたくさん出るならば、名義集団のようにブレインストーミングをすればいい、ということで名義的ブレインストーミング(nominal brainstorming)という方法もある。これはアイディア生成を個々人で行い、そのアイディアを持ち寄って話し合うというやり方だが、これをブレインストーミングに含めるのかどうか、筆者は迷った。
そもそも多くの研究でアイディアの量に着目するのはおかしくて、独創的なアイディアという「質」の方に着目すべきという主張はありうる。これに対しては、アイディアの量と質との相関がかなり高いことから量も質を反映しているという反論がありうる (Diehl &Stroebe, 1987)。そうはいっても、質に関してより詳しく検討すべきという指摘ももっともだろう。
この他にも、経営学者の入山章栄はブレインストーミングにはトランズアクティブメモリーを醸成する可能性があると主張している (入山, 2015)。トランズアクティブメモリーとは「誰が何を知っているか」に関する知識である。これを組織の中の人々が共有していると組織のパフォーマンスが高まると言われている。しかし、筆者が調べた限り、ブレインストーミングがトランズアクティブメモリーを醸成するという科学的な検証はまだほとんどなされていないようである。
トレーニングを受けたリーダー(ファシリテーター)がいる場合、名義集団よりもブレインストーミング集団の方が多くのアイディアを生産することを示した研究がある (Kramer et al., 2001)。
引用文献
Al-Samarraie, H., & Hurmuzan, S. (2018). A review of brainstorming techniques in higher education. Thinking Skills and Creativity, 27, 78-91. https://doi.org/10.1016/j.tsc.2017.12.002
Dennis, A. R., & Williams, M. L. (2005). A meta-analysis of group size effects in electronic brainstorming: More heads are better than one. International Journal of e-Collaboration, 1(1), 24-42. https://doi.org/10.4018/jec.2005010102
DeRosa, D. M., Smith, C. L., & Hantula, D. A. (2007). The medium matters: Mining the long-promised merit of group interaction in creative idea generation tasks in a meta-analysis of the electronic group brainstorming literature. Computers in Human Behavior, 23, 1549-1581. https://doi.org/10.1016/j.chb.2005.07.003
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入山 章栄 (2015). ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 日経 BP
Kramer, T. J., Fleming, G. P., & Mannis, S. M. (2001). Improving face-to-face brainstorming through modeling and facilitation. Small Group Research, 32(5), 533-557. https://doi.org/10.1177/104649640103200502
Mullen, B., Johnson, C., & Salas, E. (1991). Productivity loss in brainstorming groups: A meta-analytic integration. Basic and Applied Social Psychology, 12(1), 3-23. https://doi.org/10.1207/s15324834basp1201_1
Osborn, A. F. (1953). Applied imagination : Principles and procedure of creative writing. Charles Scribner’S Sons.
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Stroebe, W., Nijstad, B. A., & Rietzschel, E. F. (2010). Beyond productivity loss in brainstorming groups: The evolution of a question. Advances in Experimental Social Psychology, 43, 157-203. https://doi.org/10.1016/S0065-2601(10)43004-X
Taylor, D. W., Berry, P. C., & Block, C. H. (1958). Does group participation when using brainstorming facilitate or inhibit creative thinking? Administrative Science Quarterly, 3(1), 23-47. https://doi.org/10.2307/2390603
渡 航 (原作)・佳月 玲芽 (漫画) (2015). やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。−妄言録− 第8巻 スクウェア・エニックス