後悔は成長するための転機:後悔を活かすために必要なこと(筑波大学システム情報系准教授:上市秀雄) #転機の心理学
はじめに
ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)という言葉をご存じでしょうか。これは、アメリカの神話学者ジョーゼフ・キャンベルが世界中の多数の神話や民話などを分析し、それらに共通してみられる物語の構造を示したものです。その構造は、主人公が何らかのきっかけにより、日常から非日常へ飛び込み、試練を乗り越え成長し、目標を達成して、再び日常に戻るという段階に分けられています。
その中に、主人公が試練に向き合い成長する段階があります。この段階を私たちの人生に当てはめると、自分の人生に大きな影響を及ぼすような後悔が生じたときに、その後悔という試練に向き合い、乗り越え、成長することと似ています。たとえば「あの悔しさが自分を成長させた」「あの時の後悔があったからこそ今の自分がある」などのことを感じている人も多いと思います。
つまり人生という物語で成長するためには、後悔を経験し、そしてそれを「転機」とすることが重要な要因の一つといえます。
それでは、どのようにすれば後悔を転機としてとらえ、その後悔を活かし、自分を成長させることができるのでしょうか。以下で簡単に述べたいと思います。
なおここでいう「後悔を活かす」とは、後悔を低減させ、自分自身をより良い方向に改善すること(たとえば、失敗から学ぶ、思慮深くなる、自分自身を客観的・公平にみるなど)を意味しています。
後悔は大きい方が活かしやすい
一見後悔は小さい方がよいように思います。しかし自分を成長させるためには大きな後悔の方が有効であると考えられます。
私たちが700名を対象に調査して調べたところ、最も大きな後悔の中で、今の自分に活かすことができた後悔と活かすことができなかった後悔の内容は、どちらも上位は「恋愛」「受験」「人間関係」などで内容に大きな違いはありませんでした。
ところが後悔の大きさは、活かすことができた後悔の方が、活かすことができなかった後悔よりも、大きいということがわかりました(上市・織田・室町, 2022)。
これらのことは、ある程度大きな後悔を感じないと、「その後悔をどうにかしよう」という意識が生まれにくいからだと考えられます。
つまり大きな後悔をした時には、「自分を成長させる転機でもある」と前向きにとらえるとよいといえるでしょう。
最終的には後悔を受け入れる
大きな後悔は、混乱、ふがいなさ、悲しみ、怒りなど大きな精神的ダメージを生み、場合によっては金銭的、物理的ダメージが生じるので、すぐに受け入れることは大変困難です。よって無理をしてすぐに全てを入れる必要はありません。
当面の自分自身の心の安寧をはかり、事態の悪化を避けるためには、その事実から逃避(やるべきことから逃げる)したり、自己正当化(しかたがなかった、運が悪かった)をしたり、何も考えないようにしたりすることも必要です。感情を爆発させたりすることで、後悔によるストレスを発散させることも効果的といえるでしょう。
ただし、ある程度気持ちが落ち着いてきたら、後悔した出来事を前向きに受け入れることは必要となります。なぜならば、活かすことができた後悔は、その後悔を受け入れることにより、反省を促すだけでなく、後悔を低減させたり、後悔を活かしやすくなるからです(上市・通谷, 2012)。
それらのため、たとえ長い時間がかかったとしても、その後悔を受け入れるとよいといえます。
後悔を活かすための対処法を知っておく
後悔を活かすための対処法には大きく分けると、ネガティブ対処とポジティブ対処があります。
ネガティブ対処は、後悔した出来事に向き合わない後ろ向きな対処で、自己正当化、逃避、感情の発露、何もしないなどがあります。
ポジティブ対処は後悔に真摯に向き合う前向きな対処で、反省、合理化(良い経験になった)、努力(同じ失敗をしないように頑張る)、対人関係の後悔の場合には謝罪などがあります。ポジティブ対処には後悔の長期化防止、後悔の低減、適応的行動の促進などの機能もあります。
基本的には、ポジティブ対処を用いる方がよいといえます。しかしながら、ネガティブ対処が必ずしも悪い方法でというわけではありません。大きな後悔は心身に大きなダメージを与えます。そのダメージの影響が大きいときに後悔を前向きにとらえることは大変困難ですし、無理をすると自分自身をさらに悪化させる可能性もあります。また、自己正当化や何もしないなどのネガティブ対処も後悔低減には有効であることもわかっています(上市, 2022)。
つまり大きな後悔をした時には、当面の心の安寧をはかり、事態の悪化を防ぐために、ネガティブ対処を用いることも有効な方法の一つと考えられます。そしてある程度心身が落ち着いてきてから、ポジティブ対処によって後悔を前向きにとらえて、後悔に対して適切に対処するとよいでしょう。
自分自身を知る
「彼を知り己を知れば百戦危うからず」と孫子の兵法にあるように、後悔という敵を倒すためには、自分自身のことを知っておくとよいです。あらかじめ知っておくことで、有効な対処法を用いることができやすくなります。
たとえば、何事にも最善を求める人は、まあまあで満足する人よりも、後悔する傾向が高いこと、自分自身を客観的・公平に見る傾向が低い人は、高い人よりも、自分にとって有効な後悔対処法を用いる数が少ないことなどがわかっています(上市,2022)。もしも自分がこれらの傾向にあてはまっていることをあらかじめ知っていれば、何かをするときにはほどほどで満足するように心がけたり、後悔対処法を意識的に多く用いるようにすることができやすくなると考えられます。
環境を変える
自分の環境(状況含む)を変えることは、自分自身を見つめなおす良いきっかけになります。もちろん環境を変えることは容易ではありません。しかしながら3月、4月は年度の切り替わりのため、進級、進学、就職、異動、転勤など人間関係を含む様々な環境が、良くも悪くも、直接的あるいは間接的に変化します。
私たちは環境による影響も受けるので、新年度は自分自身をリセットしたり改善したりする機会としても有用です。後悔したことを受け入れ、成長するためには、環境の変化をうまく活用することもよいでしょう。
まとめ
これまで後悔はよくない感情、不必要な感情として考えられてきました。しかし実際は、後悔があるからこそ私たちは成長することができます。前述した様々な方法は、後悔を活かし,成長させるために有用です。ただし「〇〇対処をしさえすれば、後悔は低減し、よりよい行動になる」というわけではありません。時と場合、人によっても有効な対処は異なります。自分自身の傾向、精神状態、環境など様々なことを考慮する必要があるということは十分理解しておく必要があります。
後悔することを恐れずに、転機としてとらえて、自分の人生に活かしていきましょう。
引用文献
上市秀雄 (2022).「後悔を活かす心理学:成長と成功を導く意思決定と対処法」中公新書.271p
上市秀雄・織田弥生・室町祐輔 (2022). 活かすことができた後悔と活かすことができなかった後悔の特徴.日本心理学会第86回大会発表論文集.2AM-049-PL.
上市秀雄・通谷研志 (2012). 後悔を生かすためには何が必要か?日本心理学会第76回大会発表論文集,829.