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傷つき体験と犯罪行為(文教大学人間科学部教授:須藤明) #若者の犯罪の心理 ②

オレオレ詐欺などの組織的な犯罪で受け子などとして利用されたり、銀座の宝石店襲撃のようにあまりに直接的な犯罪に手を染めたりする若者の心理と、社会としてそれをどのように予防できるかについて、須藤明先生に短期連載でお書きいただきます。

少年非行の加害と被害

 少年非行というと、どんなことを連想するでしょうか。多くの人は、社会の耳目を集めるような大きな事件が頭に浮かぶかもしれません。私は大学で司法犯罪心理学という授業を担当していますが、初回の授業で必ず質問することがあります。「少年事件は増えている?減っている?」、「少年事件は凶悪化している?」という質問です。学生たちの約7割は「増えている」、「凶悪化している」と答えます。正解は全く逆なのですが、こうした学生の傾向はここ10年全く変わりません。私が統計を示しながら、「増えているどころか減っているよ。凶悪化というデータもないのが分かるでしょ。」と説明すると、驚きの表情を見せます。学生たちは、当然のように「増えている」と思い込んでいるのです。インパクトのある事件報道に接すると、そうした印象が形成されるかもしれません。また、学生たちの多くが、非行した少年たちに対して“怖い”とか“身勝手”といったイメージを抱いていることも分かります。たしかに、行動面を見ると、そう言われてもやむを得ない面があるのですが、非行した少年たちと面接をしていると、自己肯定感や自己効力感に乏しく、また、周囲に対する敏感さも持っていることが分かります。いきがった少年たちの中には、「俺たちの好きなように生きる」、「(周囲は)関係ない」などと言い切る者もいますけど、実は、自分がどんな風に評価されているのかアンテナを張っていることが多いのです。どうでしょう、このように見せる顔と内面はかなり違っています。

 さらには、成育歴や家庭環境を調べていくと、少年たちの多くは、虐待、いじめなど多くの傷つき体験を持っています。程度の差はありますが、さまざまなトラウマを抱えているのです。非行は、法を逸脱した加害行為です、一方、彼らの人生という大きなくくりにおいては、被害者的立場に置かれていた方が多いというのが臨床的な実感ですし、次に示すように統計的な裏付けがあります。非行・犯罪臨床においては、犯罪に至った人々に内在する被害者意識やトラウマを「被害者性」と呼んでいますが、重要なテーマになっています。

データでみる被害体験

 令和4年版犯罪白書によると、少年院入院者の被虐待経験は、男子で41%、女子で59.7%となっています。男女とも身体的虐待が最も多いという点で共通していますが、女子では心理的虐待を受けた割合が男子よりも高くなっています。また、厚生労働省が実施した調査報告書(厚生労働省、2020)によれば、児童自立支援施設に入所している児童の64.5%に虐待を受けた経験があります。こうしたデータを見ても、先に述べた問題行動を起こす人の被害者性がいかに課題となっているか理解していただけると思います。

 関連する重要な概念として、小児期逆境体験(Adverse childhood experiences, ACEs)についても触れておく必要があるでしょう。ACEsは、小児期における被虐待や家庭の機能不全に伴う生活上の困難な体験のことを指し、Felittiら(1998)の研究によって、成人期以降にもわたって心身の健康に影響を及ぼすという疫学研究結果が報告されています。したがって、必ずしも非行だけの問題ではないのですが、非行に至った少年を理解し、どのような援助をすればよいのかを考えていく上でとても重要な概念です。岡部(2023)は、少年院在院者を対象として、ACEsと出身家庭の社会経済的地位との関連を調査した結果、等価世帯収入(筆者注:世帯の年間収入を世帯の人数の平方根で割ったもの)が250万円以上ある家庭に比べて、150~250万円未満、150万円未満の家庭は、いずれも子どもが重篤な逆境体験を有する可能性が高いと報告しています。日本の相対的貧困率は、約15%と言われており、岡部の研究はそうした貧困の問題が少年非行とも密接に関連している可能性を指摘しています。最近では、ヤングケアラーの問題も含めて子どもの成長発達を阻害する環境要因が注目されていますが、少年非行では重要な観点になっていると言えるでしょう。

 次に事例を紹介します。事例の本質を失わない程度に私が担当した複数事例をミックスし、プライバシーにも配慮した事例となります。

事例

 この事例は、19歳の女性Aが同棲相手と住んでいたアパートに放火したというものです。Aは、第一子長女として生まれ、3歳下の弟がいます。Aの記憶では、幼少時から父母の仲が悪く、家族一緒に食事をした記憶はほとんどないとのことでした。父親が頻繁に転職を繰り返していたため、母親が家計を支えてはいましたが、経済的には苦しい状態が続きました。Aは母親から父親の愚痴をたびたび聞かされていましたが、小学校6年ころから苦痛に感じるようになります。また、日々同じような服装をしていたため、同級生から「臭い」などといじめられることもありました。しかしながら、親に相談するのを遠慮し、結局、誰にも相談せずに我慢していました。

 周囲からおとなしくまじめな子と思われていたAは、教科書を丸暗記するなど愚直に勉強しました。中学校卒業後は、看護師になるための高等学校に進学しましたが、実習で挫折してしまい、うつ状態となったことから中退します。悪いことは重なるもので、中退して間もなく、最寄りの駅から帰宅途中に性被害に遭ってしまいます。Aの心身はますます不調になりますが、そうした中、マッチングアプリで知り合ったのが今回放火したアパートで一緒に住んでいた彼氏Bです。Bは、Aに優しく接してくれたため、Aはやっと自分の居場所が得られたような感覚になりますが、それも長くは続きませんでした。1か月もすると、Bは時々外泊するようになり、次第にAの不安や怒りは増大していきました。ある日、AからのLINEにBが全く反応してくれなかったことをきっかけに怒りが頂点に達し、「もう終わりだ、死んでやる。」と考え、放火してしまいました。これが、放火に至った経緯です。

 私との面接でAは、「私ってついていないんです。何をやってもうまくいかない。生きている価値がない。何のために生まれてきたんでしょうか。社会に戻れなくてもいいんです。その方が気が楽だし。」と悲しそうな顔でほほ笑んでいたのが印象的でした。

おわりに

 この事例では、Aの静かな語りから、Aの無力感、悲しみ、怒りといった感情が私の逆転移(筆者注:精神分析の用語で治療者側に喚起される感情等を指す)を通じて伝わってきました。非行事例に限らず大人の犯罪でも、時に圧倒されるような過酷な環境を生き抜いてきた人に出会います。そうした人たちは、Aのような一見穏やかさを持った語りをするときもあれば、これまでの思いをぶちまけるような激しく語ることもあります。そうした人たちに対峙したとき、私は時にうろたえ、立ちすくみ、自分に何ができるのだろうかと自問自答するのです。

 非行や犯罪は、その行為を見る限り、被害者を生み出す加害行為にほかなりません。一方、犯罪に至った人の人生を眺めていくと、傷つき体験を繰り返している、被害者的な立場にいる場合が多いのです。そうした人に対して、「悪いことをしたのだから反省しなさい。」という一見正論な言動はまず届きません。甘いと思われるのを覚悟で申し上げますが、加害行為をした少年や成人の中に潜んでいる被害者性に目をむけていかない限り、真の反省は生まれないだろうと思います。反省を強いることはむしろ、彼らの中にある被害者性を賦活させ、反省の阻害要因となる、そんなパラドックスがあることを私たちは知っておかなければなりません。少し遠回りするようですが、そこから出発するしかないという確信を持っています。

文献

Felitti, V. J., Anda, R. F., Nordenberg, D., Williamson, D. F., Spitz, A. M., Edwards, V., Koss, M. P., & Marks, J. S. (1998). Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults: The Adverse Childhood Experiences (ACE) Study. American Journal of Preventive Medicine, 14, 245-258

厚生労働省(2020)児童養護施設入所児童等調査の概要 (平成 30 年 2 月 1 日現在)、(https://www.mhlw.go.jp/content/11923000/001077520.pdf、2023年9月1日閲覧)

岡部健(2023)小児期逆境体験(ACE)と社会経済的地位との関連━少年院に在院する男子少年とその保護者に対する質問紙調査に基づく検討、法務総合研究所研究部報告65、263-276

プロフィール

須藤明(すとう・あきら)
文教大学人間科学部教授。元家庭裁判所調査官で、専門は犯罪心理学。刑事裁判に心理学がどのように寄与しうるのか、心理鑑定(情状鑑定)の実践を通じて研究している。
 
主な著作
少年事件はどのように裁かれるのか(単著)版、2019年7月
刑事裁判における人間行動科学の寄与(編著)、日本評論社、2018年2月
少年非行の実務と情状鑑定から見た外国人少年の現状と課題,罪と罰56巻3号,6-18,日本刑事政策研究会,2019年6月
小長井賀與、川邉譲、須藤明、讃井知 異文化背景をもつ犯罪者の特性と犯罪化の規定因、更生保護学研究第21号、3-15、2022年12月 など

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