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メンタル散歩のすすめ(仲 真紀子:立命館大学総合心理学部教授)#つながれない社会のなかでこころのつながりを

 ひとに備わっている記憶や想像という力は,思いがけず立たされた苦境やいまいる狭い場所から果てしない広がりへと連れ出してくれます。発達心理学者の仲真紀子先生がご紹介くださるメンタル散歩は,だれにでもある心の仕組みを,ユーモアをもって存分にはたらかせるものです。
 おとなも子どもも,ぜひ挑戦してみてください!

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記憶のなかの街を歩く

 忙しくてなにも手につかないとき,気持ちが滅入ったとき,病気で動けないとき,夜眠れないとき,そして今のようにソーシャルディスタンスという制約のなかで,先行きの不安が募るとき……。私はメンタル散歩にでかけます。

 場所は前に住んでいた札幌,東京,千葉,そして子ども時代を過ごした福岡。祖父母に預けられていたときに住んでいた家などにも,よく出かけます。また,親から聞いたことのある戦争で焼ける前の博多の町(実際には見たことのない場所ですが)を思ってみることもあります。

 札幌でしたら,こうです。マンションのドアを出て,鍵をかけ,廊下を歩いて階段を降り,右に曲がって今はない八百屋さんの古い建物の前を過ぎ,道を渡ります。左右100メートルくらい先の信号が同期して赤になるので,そうなったら渡ります(空想のなかでです!)。まっすぐ続く道の信号がずっと先まで赤になっているのを見ながら道路を渡るのは,なんとなくうれしいものです(おまわりさん,ごめんなさい)。

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 大学の門から構内に入ります。情報基盤センターのチューリップや枝垂れ桜,左側の原生林,もう少し行くと教育学部の建物になるのですが,その八重桜の道を抜けてメインの通りに。そして,エンレイソウや満開のツツジ,レンギョウを楽しみながら(秋はもちろん紅葉です),モデルバーンと呼ばれる重要文化財の納屋や農場のほうまで,頭のなかで歩きます。ポイントポイントを思い出すのではなく,てくてく歩いて次は,次はと,記憶のなかの風景を進みます。

 そして,ときには現実よりも美しい風景にうっとりしたり(なにしろ季節が混乱し,一緒にはないはずのフキノトウとライラックが咲いていたりするのです),気分は明るく元気がでてきます。

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繰り返された出来事の記憶

 一回かぎりの出来事の記憶(エピソード記憶)は正確に保持しておくのが難しく,時間とともに減衰,変化,変容し,まったく思い出せなくなることも少なくありません。しかし,繰り返された出来事の記憶は,個々の記憶の集まりというよりも,いわば知識(意味記憶),ストーリーとなって残ります。このような記憶は正確とはかぎりません。でも,長期にわたり保持され,意味をもち,いつでも立ち戻り,心のなかで辿ることができます。特定の出来事を一生懸命思い出すというよりも「知っている」という感覚ですから,心理的負担も軽くすると思い出せます。

 いやな体験を思い出して悔しい思い,悲しい思いを繰り返すのは心理的にはあまりよくありません(それでも思いを外在化,たとえば,書いたり話したりすることには軽減効果があることが知られています!)。むしろ,知っている道のり,スーパー,職場,通った学校など,入ると何があったっけ,右は,左はとしばし時間をとってみることが,無目的でかつ心地よい体験であるように思います。

 一人で気がねなく試されるのもよいですし,子どもさんやパートナーさんが乗り気になってくれれば,一緒にメンタル散歩をやってみても新たな発見があったりします。

 ところで,子どもが過去の出来事を断片的にでも報告できるようになるのは3,4歳頃。心理学者のネルソン氏は,子どもはこの年齢になると過去と未来を行き来できるタイムトラベラーになると言いました。メンタル散歩は,お定まりのタイムトラベルということができるかもしれません。

反対の気持ちに変えてみる

 もう一つじっとしている状況で役立つのは,気持ちを変えることができるか,を試してみることです。同じく心理学者のハリス氏は,子どもが複雑な感情や気持ちをどのように理解しているかを調べる研究のなかで,普通に生活している子どもと,長期にわたり病院に入院している子どもを対象に,たとえば,病気になったときの気持ちはどうか(悲しい,とします),病気であるときに反対の気持ち(うれしい)になることはあるか(お見舞いにきてくれた),気持ちを隠すことはできると思うか(つらいけれども快活に振る舞う),そして気持ちを変えることはできるか,などを尋ねました。子どもたちの年齢は,いずれも6歳と10歳でした。

 全般的に,6歳児よりも10歳児のほうが洗練された回答をします。たとえば,6歳児は気持ちを変える方法として「楽しい活動をする」をあげることが多いのですが,10歳児は内的,心理的な方略にも言及します。ただ,入院している子どもは年齢によらず,普通の生活をしている子どもに比べ,複雑な気持ちの理解が限定的でした。ハリス氏らはこれを不安や限られた生活体験による一種の退行だと考察しています。それだけ配慮が必要だということになります。

 大人でも毎日うつうつと暮らしていますと,ものを考えるゆとりがなくなり,ちょっとしたことでイライラし,先の不安に押しつぶされそうになります。子どもはもっと退行しているかもしれません。そのようなときこそ,大人が子どもを手伝って気持ちを変える方法を試してみるのも悪くないかもしれません。

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 楽しい「活動」はできなくても,楽しい/楽しかったことを考える(去年の今頃は,と思い出す),つらい体験のよい面をあげてみる(ニンニク料理を思いっきり食べられる!)。心理学者の池田和浩氏は,ネガティブな体験をポジティブなものとして語り直してみるとよい,と述べておられます。壁にとまったハエのようなイメージで,遠くから眺めてみるといやなことも小さ〜いことのように思えてくる,と 同じく心理学者のミシェル氏はいいます。そして,メンタル散歩もそういった方法の一つになるのではないかな,と思います。

 どうぞみなさま,リアルまたはバーチャルなご家族やお友だちと,あるいはお一人でのびのびと,しばしメンタル散歩を楽しまれてください。

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(執筆者プロフィール)

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仲 真紀子(なか まきこ) 立命館大学総合心理学部教授。専門は,認知心理学,発達心理学,司法と子ども。事件・事故・いじめなどの被害者や目撃者になった子どもから負担をかけずに正確な情報を引き出すことをめざす司法面接の研究・開発・実装に取り組んでいる。

✿金子書房での主な論文・編著書
子どもの司法面接」(『児童心理学の進歩』2018年版,25-50頁)
自己心理学4 認知心理学へのアプローチ』(編著,2008年)

❀このメッセージは、2020年5月12日にご寄稿いただきました。

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