精神障害診断におけるカテゴリ診断とその限界―診断横断的枠組みに基づく多次元アプローチ(大阪大学大学院人間科学研究科招へい研究員、株式会社国際電気通信基礎技術研究所研究技術員:岡大樹)
現代社会の問題となっている心の病は「うつ病」「強迫性障害」などと精神科医によって特定の精神障害として「診断」されます。その診断に基づいて、薬の処方や障害者手帳の交付が行われます。では、精神障害の診断とはどのように行われているのでしょうか? ある病院に精神的健康上の問題を抱えた2人の患者がいます。Aさんはうつ病、Bさんは社交不安障害と診断されました。しかし、2人とも常に何かを不安に感じており、夜眠れないといった共通症状を訴えています。この場合、この二人の病気を明確に区別しようとするのは適切なのでしょうか? 本稿では、精神障害をカテゴリカルに「診断」することの問題や限界点を整理しつつ、それらを克服するために新たに提案されている診断横断的なアプローチについて解説したいと思います。
精神障害におけるカテゴリカル診断
では、精神科医はどのように診断をつけているのでしょうか。現在日本の病院では、米国精神医学会が発行する『精神疾患の診断・統計マニュアル (DSM-5)』や世界保健機関が発行する『疾病及び関連保健問題の国際統計分類 (ICD)』といったグローバルスタンダードな診断基準が用いられています。これらの診断基準では大うつ病性障害、双極性障害、統合失調症、強迫性障害…...など、それぞれの症状に基づいて個別のカテゴリに分類します。本稿で精神科診断の歴史を振り返っていくにはあまりに紙面が足りないため割愛するのですが、これらの診断基準が確立される以前、精神障害は客観的な脳の病変などの生理的マーカーの確立が困難であるため、診断する医師によって診断名が異なり、各々が支持する理論同士で議論が起こることが少なくなかったようです。このような問題を解決するために確立されたのがDSM、ICDといった診断基準です。これらの診断基準では、病気の原因を前提とするのではなく、観察・報告された症状の「まとまり」に基づいて障害を定義し分類します。これにより、各医師で診断やその基準が異なるという問題点を解決できるようになりました。しかし、このような診断法では、多様な症状を抱える患者を分類する上で限界があり、精神障害の原因や治療法を見つける上でも問題があります。最新版であるDSM-5を再検討した研究によると、そこでは多数の症状からなる数百の診断名が列挙されていますが、診断名間で症状の重複が多数あり、その結果、症状特有のシグナルが不明瞭になっている可能性があります$${^{[1]}}$$。この問題点は、遺伝学・神経科学など生物学的エビデンスによる裏付けが一切ないままに、複雑な精神障害が各カテゴリに分類されてきたことから来ています。実際に、多様な精神障害の根底には、カテゴリを横断して遺伝的・神経生物学的脆弱性と関連する要素が存在する、と指摘している研究もあります$${^{[2]}}$$。こうした背景から精神科医などの臨床家の中には、既成のカテゴリに囚われずに臨床を実施している人も多くいます。そこで最近では、カテゴリカル診断に代わるアプローチとして、異なる軸を導入したディメンショナルな診断横断的アプローチに基づく研究が活発に行われています。
ディメンショナルアプローチ―診断横断的枠組み―
ディメンショナルアプローチでは、様々な精神障害を1つの軸上に並べて、重なり合ったスペクトラムとして表します(図1)。この方式では、精神障害は共通のリスク因子による産物だと考えます。これらの要因は測定可能なので、座標化して「ディメンション」として扱えるため、測定結果を使って患者や利用者を各スペクトラムのどこかに位置付けることができます。これらの手法は、従来のカテゴリカル診断では捉えきれなかった複雑な症状や機能障害を抽出することができ、臨床や研究の幅を広げることができると期待されています。たとえば、研究領域基準 (RDoC)$${^{[3]}}$$ では、精神障害は認知プロセスと感情プロセスにおける個人差の組み合わせから生じると想定しています。他にも、精神病理学の階層的分類法 (HiTOP) といったフレームワークがあり、これらの手法では因子分析の手法を使用して精神的問題の幅広い診断横断的症状の共起パターンを捉え、それらと生物学的・遺伝的なメカニズムとの関連を検討します$${^{[4]}}$$。
ただし、上述したようなRDoCやHiTOPといったフレームを用いたディメンショナルアプローチの研究においても、カテゴリアプローチに基づき診断された少数の患者サンプルに焦点を当てたり、横断的な症状を最初に理論的に定義し、その背景にあるメカニズムを調査したりするといった、伝統的な研究方法に依存し続けていますそこで、そういった問題を克服し、精神病理学の診断横断的アプローチを加速させるために、計算論的因子モデリング (CFM) という枠組みも提案されています$${^{[5]}}$$。CFMは、広範な精神病理を含んだ自己報告アンケートの回答に対して、因子分析・主成分分析などのデータ駆動型次元削減と、行動の計算モデリングによる理論駆動型次元削減の組み合わせを使用して、症状因子とその認知・生物学的メカニズムの関連を調べます。この手法により、症状因子を正確に特徴付ける認知プロセスの詳細な理解が可能となり、症状因子に関連する機能的異常の潜在的な原因をより深く理解することができます。つまり、カテゴリに基づく障害ごとに見た場合では隠れてしまっていたメカニズムの問題を、診断次元ごとに見ることで明らかにすることができます(図2)。
実際に過去の研究でも、大うつ病性障害・強迫性障害の単一指標よりも、診断横断的に得られた次元的な指標の方がメタ認知などの認知指標との関連をうまく表現できることが明らかになっています$${^{[6]}}$$。この研究では、まず強迫性障害という診断カテゴリは、「強迫性」(強迫観念や強迫行為)と「不安や抑うつ」といった診断横断的な要素が関わっていることを明らかにしています。そして、メタ認知のバイアスと関連する不安や抑うつの症状が強迫性障害の重症度と重なり、メタ認知と診断横断的に取り出される強迫性次元との正の関連を覆い隠していたことを明らかにしました(図3)。また、メタ認知に関する問題は、用いる心理実験の課題が変わると症状ごとの関連も変わってしまうことがよく知られていますが、CFMを用いた研究では抽出された症状次元とメタ認知の関連が一貫して見られました$${^{[7]}}$$。このように、従来の診断名に囚われずに、症状を診断横断的に判断して、生物学的・認知的プロセスとの関連を検討することで、従来は明らかにならなかった関連性やリスクの同定を行い、実際の創薬・治療法の開発に役立てることができます。
診断横断的多次元アプローチが持つ課題
では、最初からディメンショナルアプローチを使用することはできなかったのでしょうか。実は、最新版のDSM-5の改訂にあたり、編纂に関わる精神科医は当初、カテゴリ方式から診断横断的なディメンショナルな方向性に切り替えたいと考えていたようですが、多くの精神科医の反対を受け頓挫しました。この頓挫の流れはこちらの記事によくまとめられていますので、詳しく知りたい方はご参照ください。本稿でも重複する部分はありますが、今まであまり言及されていない(※筆者調べ)ディメンショナルアプローチが持つ現時点での課題・限界点について少し説明したいと思います。
まず第一に、カテゴリカルな診断は医療者・支援者が治療・支援するにあたっての共通言語として非常に便利です。たとえば、カテゴリカル方式を用いると「この人はうつ病なので○○○という注意が必要です」という説明が可能なのに対し、ディメンショナルアプローチを用いると「この人はうつ度が30、強迫度が60なので…...」という複雑な説明になってしまいます。もちろん、実際の臨床医・心理職などは頭の中ではこういうことを考えている人も多くいるのですが、精神科が専門ではない医師や支援者に説明するときなどは複雑な説明はかえって問題を生じさせる可能性があります。また、医療者・支援者側でなく、当事者の方々からも、それぞれの障害の「名前」で社会に認知してもらおうと長年苦労してきた背景もあり、不評なようです。
他にも、ディメンショナルアプローチは精神障害が社会的に規定されうるという社会モデルの視点が欠落しています。これはどういうことかというと、精神障害、とりわけ発達障害(神経発達症)は、個人の認知発達の問題ではなく個人と社会との境界面における現象であると指摘されており$${^{[8]}}$$、実際に多様な場面で、発達障害は神経多様性に基づく個性であり障害ではないというニューロダイバーシティの考え方も出てきています。著者らが行った研究$${^{[9]}}$$やそれ以外のディメンショナルアプローチを用いた研究でも自閉スペクトラム症や発達障害の指標をそのまま分析に包含していますが、発達障害が個人における問題であるというわけではなく、社会文化との相互作用のもとに生まれるという社会モデル的視点を考慮すると、この解析法が必ずしも適切であるとは言えないかもしれません。こういった点も含めて、どういったアプローチが適切であるか当事者の方たちと対話しながら議論を進めていくことが必須となるでしょう$${^{[10]}}$$。
さらに、障害ごとに「エッセンシャリティー (essentiality) 」が違うという問題もあります$${^{[11]}}$$。いわゆる、外因性(脳の傷害など明確な理由がある)、内因性(脳の問題と環境との相互作用で発生する)、心因性(心理的な問題の帰結として発生する)の3分類に相当するものとも言えます。たとえば統合失調症はうつ病と比べ、エッセンシャリティーが高く、治療など何もしない状態だと症状は変わらない可能性が高いですが、うつ病は環境・出来事などの影響を受けやすく、治療・介入を行わずとも症状が増減する可能性があります。また、統合失調症は他の精神障害と比較して、この障害特有の生物学的な異常が多く発見されている、という点も注目に値するでしょう。このように、エッセンシャリティーが異なる問題を同じスペクトラム上で考えるというのは適切なのか、エッセンシャリティーが高い問題は特徴的なものとして独立して考えるべきなのではないか、と考える研究者・臨床家もいます。
また、ディメンショナルアプローチは便利な側面を持つ一方で、個々の人間が抱える精神病理・心理学的特性に具体的で有益なものを提供しないという問題点があります。それに対して、ネットワークアプローチという考え方があり$${^{[12]}}$$、これは個々の患者や症状、もしくは環境などの因子に着目したテイラーメイドな実践(e.g., プロセスベースドセラピー)に発展させることができます(ネットワークアプローチについては、樫原先生ご執筆の金子書房note記事もご参照ください )。ネットワークアプローチにも問題点があるという指摘もあるため、一概にどちらのアプローチのほうがいい、ということは言えませんが、実際の患者さんに具体的にどう寄与しうるのか、という問題を検討することが肝要だと言えるでしょう。
おわりに
精神障害に関するディメンショナルアプローチについて、他アプローチと比較しながらその立ち位置を明らかにしつつ、それぞれの課題について概説してきました。ただ、カテゴリカルであろうがディメンショナルであろうが、診断や症状はその人そのものを表すものではありません。たとえばカテゴリカルに見たときに、Aさんがうつ病と診断されたとしても、それは「Aさん “is” depression」となるわけではなく、あくまで、「Aさん “with” depression」になるということです。希死念慮という症状1つとっても、その裏にある背景は様々ですし、生物学的な問題だけで説明できるわけがなく、心理的・社会的問題、あるいは人生に関わる実存的な問題とは切り離せないでしょう。診断問題に関わる研究者・臨床家はこういった限界を認識して、症状をディメンショナルに見つつも、そういった閒をこぼさないように進めなければならないと思います。
謝辞
本稿の執筆にあたり、第87回日本心理学会におけるシンポジウム「精神障害のカテゴリカル診断を超えた心理学的アプローチの可能性」での議論から有益な示唆を得ました。ご登壇者の方々およびシンポジウムにご参加いただき、議論させていただいたフロアの皆様に感謝申し上げます。
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