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大切な人を亡くした人に贈る言葉(めぐみ在宅クリニック院長:小澤竹俊) #転機の心理学

1.はじめに

 なぜ大切な人を亡くすと悲しくなるのでしょう?頭ではわかっていても、言葉で誰かに説明することは容易ではありません。何気ないことですが、なぜ悲しくなるのかの理由を知ると、悲しみとの向き合い方が見えてきます。

 私たちは、大切な人と一緒にいることで、深い関係性の絆を形成していきます。大切であれば、あるほど、その絆は太く、強固なものになります。そして、大切な人と死別するということは、大切な人との絆が切れることです。すると、悲しい、さみしいという負の感情がわき上がってきます。ですから、大切な人を失うとことで悲しくなることは、きわめて自然なことなのです。例えるのであれば、肌に熱湯がかかるとやけどをするのと同じように、大切な人との絆が切れることは、人にきわめて大きな精神的な負荷を与えることになります。大切であれば、大切であるほど、より悲しみは大きく、深くなっていきます。

2.死別が人に与える影響

 死別が人に与える影響を表1に表しました。感情面だけではなく、身体面、認知面、行動面、スピリチュアルケアな面においても多彩な反応が見られます。これらの反応は、個別性が高く、人によって現れ方は異なります。ここに挙げていない諸症状もあります。大切なことは、死別は、きわめて大きな影響を身体にも心にも与えるということです。

       表1.死別が人に与える影響

身体面の反応
動悸・息切れ・喉の緊張感(乾き等)・慢性的な疲労感・倦怠感・音への過敏さ・離人感・頭痛・筋力の衰え、力が入らない・不眠・食欲不振など。

感情面の反応
深い悲しみ・心痛・怒り・攻撃・他罰・抑うつ感・不安・疎外感(スティグマ・援助に戸惑い)・罪悪感・自責(後悔)・孤独感・戸惑い・無力感・思慕(日本人のグリーフには思慕との関係が大きい)・解放感・救済感・安堵感・希死念虜など。

認知面の反応
信じられない・否認・否定・歪曲・混乱・自失・コントロール感の欠如・故人の実在感・幻覚(ちらつき現象/フラッシュバック)など。

行動面の反応
ぼんやりしてしまう・引きこもる・八つ当たりする・衝動的になる・故人の夢を見る・故人を思い出すものを回避する・故人を探す、待つ・泣き叫ぶ・ため息をつく・落ち着きがなくなる・過活動になる・依存的になるなど。

スピリチュアルな面の反応
「なぜ人は死ぬのか」「人は死ぬとどこに行くのか」等の哲学的、宗教的な問いにフォーカスするようになるなど。

3.残された人が穏やかさを取り戻して行くために

 死別が人に与える影響を見てきました。残された人の中には、様々な心の重荷を背負うと感じている人もいます。それぞれ苦しみは異なりますが、視点を変更すると、今まで味わってきた苦しみが異なって見えることがあります。

 もしあなたのいのちが限られた時、家族や友人にどのようなメッセージを送るでしょう?という視点です。今までは残された家族や友人として、死別を観てきましたが、今度は亡くなっていく当事者として死別を見つめたとき、家族への想いは変わってきます。

問い もしあなたが、あと1ヶ月のいのちと知ったとき、大切な家族や友人に対してどのようなメッセージを送りますか?

 いかがでしょう。大切な家族や友人に対して、今までの生きてきた人生を振り返りをしながら、きっと感謝の気持ちを伝える人が多いのではないかと思います。この視点を大切にしながら、ウォーデンの4つの課題を紹介します。

4.ウォーデンの4つの課題

 死別の研究者の1人であるウォーデンは、ご遺族のインタビュー調査などを通して、大切な人を失った人が、快復する過程の共通点などを通して、4つの課題を示しています※。

(1)第1の課題 喪失の現実を受け入れること

 第1の課題は、喪失の現実を受け入れることです。悲しいことではありますが、亡くなったという現実を受け入れない限り、次のステップには進まないとウォーデンは指摘しています。

(2)第2の課題 悲嘆の痛みを消化していくこと

 第2の課題は、悲嘆の痛みを消化していくことです。悲しいときに悲しみ、苦しい時には苦しいと気持ちを表現しながら、その痛みを味わい、身体の一部として取り込んでいく作業となります。対人援助の基本となりますが、苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかってくれる人がいることが大切になります。

(3)第3の課題 故人のいない世界に適応すること

 第3の課題は、故人のいない世界に適応することです。仕事をしていた人を失えば、誰かが稼ぎに行かないといけません。家事をしていた人を失えば、誰かが家事を担わないと行けません。その人がいない世界の中でも、残された私たちは生きていかなければいけません。新しい環境の中で、適応して生きていくことが第3の課題となります。

(4)第4の課題 新たな人生を歩み始める途上において、故人との永続的なつながりを見いだすこと

 ウォーデンは、第4の課題を持って、一つの区切りとしました。第4の課題とは、残された私たちが、大切な人との心と心の永続的なつながりを見いだすことです。悲しんでいた人が、穏やかになれるのは、決してその人を忘れることではありません。悲しんでいた人が穏やかになれるのは、決して亡くなった前の自分に戻ることでもありません。大切な人とのつながりを、自分の人生の一部として、共に生きていくことです。大切な人は、今でも、向こうから私たちのことを見守っています。その人は、今のあなたに、どのようなメッセージを送ってくれているのでしょう。そのメッセージを心の声で聴くことができれば、私たちは、新しい人生を歩み始めることができるでしょう。

まとめ

 大切な誰かを失うことは、とても大きな負担を身体にも心にも与えます。どれほど医学や科学が発達したとしても、すべての悲しみを0にすることはできません。生きていてほしいと心から願っていたとしても、お別れすることを避けることはできません。それでも、大切な人と、心と心のつながりを見いだしたとき、私たちは、今を穏やかに生きていく可能性が見えてきます。先に逝かれている大切な人は、今のあなたにどのようなメッセージを送っていますか?あなたは、そのメッセージにどのようにこたえますか?その対話が、これからの私たちが誠実に生きていく力になることでしょう。

※出典『グリーフカウンセリング―悲しみを癒すためのハンドブック』, J.W. ウォーデンに一部加筆

執筆者

小澤竹俊(おざわ・たけとし)
1963年東京生まれ。世の中で一番、苦しんでいる人のために働きたい と願い、医師を志し、1987年東京慈恵会医科大学医学部医学科卒業。 1991年山形大学大学院医学研究科医学専攻博士課程修了。救命救急センター、農村医療に従事した後、1994年より横浜甦生病院 内科・ホスピス勤務、1996年にはホスピス病棟長となる。2006年めぐみ在宅クリニックを開院、院長として現在に至る。「自分がホスピスで学んだことを伝えたい」との思いから、2000年より学校を中心に「いのちの授業」を展開。2013年より、人生の最終段階に対応できる人材育成プロジェクトを開始し、多死時代にむけた人材育成に取り組んでいる。


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