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子どもや若者が「地域」という他者に出会うとき:地域交流活動から見えてきたこと(和光大学教授:菅野 恵) #自己と他者 異なる価値観への想像力

子どもや若者にとって、地域とは世代や立場を超えて「他者」に開かれていく経験の場だといえるのではないでしょうか。大学のゼミで、フリースクールとの交流や児童虐待防止運動(オレンジリボン運動)を通して、子どもの心の理解を深める活動を行っている菅野恵先生に、地域のもつ可能性と豊かさについて書いていただきました。

地域での他者との出会いは、多様性を知る絶好の機会

 コロナ禍の長期化で、多くの大学は今までに経験したことのないオンライン授業を導入せざるをえなくなり、学生生活は急変しました。大学教員の立場では、授業動画の録画に追われながら、コロナ対策の会議メンバーとしてリモート会議に出席し、難しい決断を迫られ疲弊する日々でした。怒涛の日々でしたが、コロナ以前からルーティーン化していた毎朝のウォーキングに加え、地域で週末行っている少年野球チームのサポートを通した交流のおかげで、私の心身の健康が保たれていたように思います。3時間程度の練習を手伝うだけでも、歩数計が1万歩を越えますので体力は落ちずに済みました。私が所属する少年野球チームは、子どもの保護者が協力しながら運営していますので、さまざまな業種のお父さんたちとの交流からよい刺激を受けています。

 コロナ禍で自宅にいる時間が増えてしまうと、どうしても家族以外の他者と出会う機会も減ってきます。子育て全般にいえることですが、子どもは親の価値観による影響を受けやすく、時には親から支配されやすい立場です。なので、学校の教師はもちろんのこと、地域で出会うさまざまな他者との出会いは、親からの価値観の偏りに気づき、多様性を知る絶好の機会になります。少年野球では感染状況の悪化で活動できない期間もありましたが、短時間であったとしても、活動を通して他のお父さんから褒められたり怒られたりするような体験は重要です。子どもの心の成長を豊かにするだけでなく、社会性を育む場にもなると感じています。

少年野球チームで活動中の筆者

フリースクールとの交流会で子どもが描いた絵とは?

 さて、大学で子どもの心のケアを学ぶ私のゼミでは、不登校を経験した小学生が通うフリースクールの子どもたちとの交流会を毎年行っています。大型バスでフリースクールに出向き、学生が企画した交流プログラムを通して交流を深めてきました。しかし、コロナの蔓延で対面交流ができなくなり、2年連続でオンライン交流会になってしまったのです。学生たちは自宅からオンラインでの事前打ち合わせとなりました。たびたび回線落ちしてしまう学生もいましたし、カメラの不具合などで音声だけの学生もいてすんなり進まないこともありましたが、オンラインでしかできないことをやってみようと前向きに取り組んだことで素敵な交流会になりました。

 面白いと思ったのが、「間違い探しゲーム」。2枚の写真の違いを制限時間内に当ててもらうゲームで、子どもたちは新鮮だったようで楽しんでいました。もう一つは、「何を描いているんでしょうかゲーム」。Web会議システムのホワイトボード機能を用いて、子どもたちが描く絵を学生に当てさせるゲームです。ワクチン接種の様子を描いた子どもがいて、コロナ危機を遊びにつなげてしまう子どもの創造力には感心しました。また、スムーズにオンライン交流できない子どももいました。不登校を経験し傷ついた心が癒されないまま、人前が苦手な子どももいるわけです。顔出しNGで学生は困惑していましたが、学生が粘り強く声をかけ続けていると、子どもはぬいぐるみをカメラに登場させるようになり、学生との交流を子どもなりに楽しむようになりました。フリースクールの子どもたちからは、後日メッセージとお手製のしおりが届けられ、学生はお返しに動画メッセージを送りました。子どもたちにとってどのような経験になったのかヒアリングができないままでいますが、学生はオンライン交流の難しさを感じながらも少しは手ごたえをつかんだように思います。

コロナ禍前のフリースクールとの交流会の様子
オンライン交流会での「間違い探しゲーム」の一コマ


SNSを通した「オレンジリボン運動」と無力感

 もう一つゼミで力を入れてきた活動が、オレンジリボン運動です。オレンジリボン運動は、2004年に栃木県小山市で養育者からたびたび虐待を受けていた兄弟が、橋の上から川に投げ込まれ殺害された事件がきっかけとなり、小山市の団体が子どもの虐待防止の啓発活動をはじめたことが起源となっています。今では厚生労働省が毎年11月を「児童虐待防止推進月間」に定めて、全国各地でオレンジリボン運動が展開されています。私は大学教員の傍ら、虐待を受けた子どもが多く入所している児童養護施設で心理療法の仕事をしています。ゼミでは、虐待を受けた子どもの心のケアを学ぶ一環で、2018年度からオレンジリボン運動に参加するようになりました。

 学生が真っ先にとりかかったことは、児童虐待関連図書をPRするためのPOP制作でした。個性豊かな手書きのPOPは、大学最寄りの公立図書館に展示させてもらったことで、地域の方に注目していただきました。この取り組みは、これまでにないユニークさが評価され、2018年度と2019年度の「学生によるオレンジリボン運動全国大会」で奨励賞を受賞しました。先輩の活躍を知った意欲的な学生がゼミに集まるようになり、活動が軌道に乗ってきたと思ったら、2020年度は感染拡大でSNSを通した啓発が中心になってしまいました。活動をメインで担う3年生の学生は無力感を漂わせ、肩を落としていました。ですが、児童虐待防止PRのための「1分動画」を制作してSNSで拡散を図り、意地を見せてくれました。また、ゼミで制作した啓発ポスターを出身高校に掛け合って掲示させてもらうこともできました。高校の教師からは、卒業生の近況を知る機会にもなり、思いがけない再会になったようでした。

ゼミでの集合写真
児童虐待関連図書のPOPの一例


POP作品を展示するゼミ生

コロナ禍で届いた一通のメール

 2021年度に入ると、一通のメールが届きました。大学所在地の東京都町田市の市役所職員の方が「SNSでゼミの活動を知ったのですが何か一緒にやりませんか?」と声をかけてくれたのです。東京の多摩地域に位置する町田市は、23区、八王子に次いで東京都で3番目に多い人口で、子育て世代がたくさん住むベッドタウンとしても知られています。町田市では児童虐待相談対応件数が全国的な数値と同様に増え続けていて、子育て支援が課題となっているとのことでした。そこで、これから子育てを担う可能性のある大学生から、フレッシュな感覚で児童虐待防止のPR活動に力を貸してほしい、といった要望を受けたのです。SNSでの活動が目に留まったわけですから、無力感にさいなまれながらもSNSに取り組んだ学生の努力は、無駄ではありませんでした。

町田市役所

子どもの視点の大切さ

 感染者数が落ち着いてきた頃には、町田市の職員との打ち合わせができるようになりました。学生は市役所職員との交流はもちろんはじめてで、緊張した面持ちでした。職員からアイデアを求められますが、学生はなかなか具体的に話せません。職員からの促しにも学生は沈黙し、気まずい雰囲気が続いていたのですが、私はその様子を静かに見守っていました。すると、それまでずっと黙っていた女子学生が口を開きました。「私は子どもの頃、両親の喧嘩を頻繁に見聞きし、つらい気持ちを誰にも吐き出せないでいて、学校の先生に話すとすぐ親に伝わってしまうから先生にも話せませんでした。今から思うとただ話を聴いてもらうだけでも気持ちが楽になったと思います。なので、子どもが気軽に相談できるように、通学路に相談ダイヤルのポスターを貼るというのはどうでしょうか?」。子どもの視線からの意見に、職員の方ははっとされたそうです。大学生ならではのアイデアをもらって刺激になったとおっしゃってくれました。通学路でのPRはまだ実現に至っていませんが、町内会の掲示板などを活用したPRは検討の余地がありそうです。


町田市職員との打ち合わせ風景

大型商業施設でのイベントで得たこと

 その後、町田市職員のご尽力で、町田市役所と町田市内の大型商業施設「南町田グランベリーパーク」にて、町田市との協働で児童虐待防止月間である11月にPRイベントを行うことができました。リーフレットとウエットティッシュ、ノートが入った透明の袋を子連れの保護者を中心に配布したのですが、なかなか受け取ってもらえず戸惑う学生もいました。動けない学生に私が声をかけると「受け取ってもらえないと否定された気持ちになって、声をかけられなくなってしまいました」と表情を曇らせていました。「受け取ってもらえないのはあなたを否定しているわけではない」ことと、「10人にアプローチして1人受け取ってもらえたらラッキー!くらいの気持ちで」と助言しました。学生はしだいに気持ちを切り替えて多くの人たちに声をかけ、予定よりも配布セットがさばけました。嬉しい再会もありました。偶然通りかかった菅野ゼミの卒業生が声をかけてくれたのです。在学時の彼は、不登校支援のボランティアをしながらゼミ長として大活躍でした。今では、子どもの居場所支援の団体で働いていて、ゼミでのフリースクールの交流会での経験はプラスになっているようです。突然の大先輩の登場に、後輩たちは刺激を受けた様子でしたし、先輩のほうもゼミの活動が地域密着で展開していることに驚いていました。

南町田グランベリーパークでのイベント(町田市との協働)

地域での活動で浮き彫りになった課題

 学生とのふりかえりで大きく2つのことがテーマになりました。1つは、「子ども虐待防止」という言葉です。イベントでは「子ども虐待防止 オレンジリボン運動」と書かれたのぼりを掲げていたのですが、虐待という文字を見るだけで遠ざかってしまう人たちが多くいました。確かに、子どもと楽しむために足を運んでいる商業施設では、苦しむ子どもを連想させる「虐待」という言葉を目にしたくないという気持ちはよくわかります。実は、同施設内のスターバックス南町田グランベリーパーク店の協力も得られ、店内のコミュニティボードに学生がメッセージを手書きしたのですが、「子育てで悩んでいませんか?」と子育て支援を前面にPRしたところ、それが奏功したのか写メを撮るお客さんも複数いたとのことでした。また、ボードを見たという乳児を育てている女性から、SNSを通じてメッセージが届き、「パパママたちのリフレッシュ場所に設置されていてとても素敵な試みですね!」とコメントを寄せてくれました。学生たちは、地域でのPR活動を通して、虐待という言葉の重みや、虐待という言葉を使わずにいかに子育て支援につなげていくかといったテーマを考えるきっかけになったのです。

ゼミ生が制作したスターバックスのコミュニティボード

地域が子ども・若者を豊かに育む

 町田市からは、児童虐待防止活動の貢献を評価していただき、「まこちゃんオレンジリボン賞」をいただきました。学生の活動を温かく見守り、支えてくださった町田市役所、南町田グランベリーパーク、スターバックス南町田グランベリーパーク店の皆様には、大学内では学べない機会を与えていただいたことに、大変感謝しています。また、ゼミでの取り組みに関心をもってくださった地域の方々には、引き続き応援していただきたいと思います。大学の中だけでの学びにはどうしても限界があります。地域が子どもや若者を豊かに育むという私の信条は、今回のイベントでより強い想いになりました。大学教員としては、これからも地域との交流から多くのことを学んでいきたいです。

2021年度「まこちゃんオレンジリボン賞」を受賞

地域交流をパワーに生きる!

 話は変わりますが、先日、大学の教員紹介の動画を撮影しました。プライベートで力を入れていることを尋ねられ、冒頭で述べた少年野球の活動に加えて、地域の祭りについてお話ししました。私の住む地域では、江戸時代から伝わる山車を曳く祭りがさかんで、私は山車部会に所属して重さ4トンほどの山車を曳き、時には山車の屋根に山車人形を設置するような高所作業もしています。祭りはコロナ禍で規模が縮小されていますが、久しぶりに地域の方と再会し、笛・太鼓の音色を聴くと心が躍り元気になります。自宅にひきこもってエネルギーを蓄えることや、他者との接触を避けて自分を守るといったことも時には必要かもしれません。しかし、プライベートでも仕事でも地域交流からパワーをもらってきた私としては、これからも地域での心の交流を大切にし、地域交流の醍醐味を子どもたちや学生に少しでも体験してもらいたいです。

山車の屋根で高所作業中の筆者

執筆者

菅野 恵(かんの・けい)
和光大学教授。専門は児童心理学。博士(心理学)。臨床心理士、公認心理師。被虐待児の心のケアを主とした研究と実践を行っている。著書に『福祉心理学を学ぶ―児童虐待防止と心の支援―』(勁草書房)、『児童養護施設の子どもたちの家族再統合プロセス』(明石書店)他多数。

個人HP https://www.kanno-labo.com
Twitter  https://twitter.com/kanno_labo

著書

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