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いま抱える「不安」との付き合い方(杉山 崇:神奈川大学 人間科学部 教授)#つながれない社会のなかでこころのつながりを

先が見通せないこの状況に、不安で胸がいっぱいという方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は臨床心理士として豊富な経験を持ち、ヒトの感情、そして脳科学にもお詳しい杉山先生にご寄稿いただきました。先生による “不安との付き合い方” を知り、あなたも肩の力を抜きましょう。

 新型コロナウィルス、私たちの暮らしに大きな影響を与えています。特に不安については絶大です。感染という身体的な不安を与えるだけでなく、不自由な生活、コミュニケーションの欠乏、そして経済停滞がどこまで続くのかという不安、そして失業リスクの増大による生活の不安など、心理・社会的な不安も与えています。家族力動の変化の中で、家族関係の先行きも不安になっている方も多いことでしょう。

 一つひとつの不安を語るのは避けますが、この不安をどのように定義して、どのように向き合えばいいのか、考え倦ねてはいませんか?

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心の専門家とご一緒に考えましょう!

 ここは、お一人で考えるのではなく、心の専門家と一緒に考えましょう。私は心理職を勤めて、25年余です。ベテランが長く活躍する心理職界にあってはまだまだ若手の部類ですが、人生の大半をカウンセリングに捧げています。その中で、お悩みのみなさまの心配や不安、怒りに寄り添い、心を整えるための助言や提案を積み重ねてきました。

 その中で多くの方に効果があった方法で、「コロナ禍」と呼ばれる「いま抱える『不安』」について考えてみましょう。

 ところで、もしかしたら「人生の大半をカウンセリングに捧げた」と言う人間が「助言や提案」をすることに違和感を覚えた方もいるかも知れませんね。「カウンセリングとは黙って聴くことなり」と聞いたことがある方もいるかも知れません。実はカウンセリングとは元々は「じっくりと考えて、適切な助言や提案を行うこと」という意味なのです。

 なぜ日本では違う意味が浸透しているのか…、この答えは拙書をご覧いただければと思いますが、ここでは「適切な助言や提案を試みるカウンセリング」を受けているつもりでお付き合いください。ここでのお相手は「聴くだけではないカウンセラー」と自己紹介させてください。

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不安の方程式

 さて、ここでは不安を考えるための手がかりとして、心理療法の心理教育で活用されている不安の方程式をご紹介しましょう。

 この方程式はP. Salkovskisという英国の心理療法家らが強迫性障害の心理教育に活用しているものです。日本では大野 裕先生や丹野義彦先生といった認知行動療法の重鎮が主に紹介しています。「不安の設計図」というより、「不安の取説」と思ってください。

この方程式は

杉山先生のコピー (1)

という分数で、表されます。要は手立てが有効であれば、不安はどんどん小さくなります。一方で、手立てが小さく、“0” に近づくと不安は “∞” に膨らむのです。この方程式を元に、多くの方が感じていると思われる不安について考えてみましょう。

新型コロナウィルスそのものへの心配

 まず、「未知の◯◯」というと、概ねワクワクするかヒヤヒヤするかのどちらかなのですよね。ただ、新型の病原体となると、これはもう「ヒヤヒヤ」して怖がるしかないですよね。感染すると死ぬかもしれない、自分は死ななくても誰かに感染させると誰かを死なせるかもしれない…。

 新型コロナウィルスの場合は、「死ぬ」「死なせる」可能性は比較的低いという見解もあります。しかし、“0” ではありません。

 そして、その事態を防ぐ有効な手立て、今のところは「感染後」にはありません。不安の方程式で言うと、分母が “0” になるのです。つまり、不安は “∞” に膨らみます

 その結果、「感染する可能性」を “0” にする施策だけが ∞の不安を避ける唯一の手立てです。そのために日本では各種の自粛要請、海外では都市のロックダウン、感染者の隔離や徹底した消毒という手立てになっているのです。

 過剰なほどの施策が取られているのかもしれません。ただ、今は「死ぬ、死なせる」といった “∞の不安” を避ける唯一の手段がこれなのです。これはもう、諦めるしかないのかもしれません。

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ストレスと、それが生み出す社会不安

 ただ、自粛や不自由な暮らしは大きなストレスです。お酒の消費量が増えたという情報もありますが、あなたもこのストレスを持て余しているかもしれませんね。

 中にはストレスを人に向ける方も少なくありません。感染者の対する差別、“自粛自警団” と呼ばれる自粛が不十分な方への不穏な動き、差別や不穏な空気をふくらませる中での同調圧力…。そして、このストレスや社会不安がいつまで続くのかという先が見えない不安…。

 私たちの多くは今、「永久にこのままなのでは?」という不安にも直面しています。この不安も先が見えない、つまり手立てがないので “∞” になりやすい状態にあると言えるでしょう。ここは、「いつかは終わる」と信じて希望を持つ他ありません。

 実は希望が見える情報も開示されているのです。積極的に希望に繋がる情報を集めることが大切です。私たちの心は、とても便利にできています。想像一つで過去にも未来にも行けるのです。ただ、想像するためには手がかりになる情報が必要です。どうぞ、希望につながる情報を集めて、この危機を乗り越えた先の日々に心を飛ばしてみましょう。

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経済への不安

 自粛要請の中で、大ダメージを受けている産業がたくさんあります。また、人々の行動様式の変化で、コロナ禍以前は花形だった産業も花形ではなくなるかもしれないとも心配されています。

 次の産業構造が見通せない中で、私たちは何が出来るのか、手立てを見失います。このことも、私たちを “∞の不安” に導きます。

 ですが、ご安心ください。私は経済の専門家ではありませんが、景気は循環するもの、そしてある産業が振るわなくなったら、別の産業が振るうもの…という社会の仕組みくらいは知っています。社会が続く限り、波はあれど経済も続くのです。

 もちろん、「どう転ぶかわからない…」という不確実な状況です。特に日本人の7割弱は、不確実な状況で「なんだか怖いね」と反応しやすい遺伝子を持っています。同じ状況で「ワクワクするね!」と反応しやすい遺伝子もあるのですが、この遺伝子の保有者は日本では3%(比較的多い可能性を示すデータでも6%)と極めて少ないです。

 無理にワクワクしましょう、とは言いませんが、怖がりすぎる可能性も考慮して正しく怖がるのはどうでしょうか?次の産業構造があなたにとって悪いものであると決まったわけでも無いのですから。不安の方程式で言うと、分母も “0” かもしれませんが、分子も “0” かもしれないのです。

 不確実は怖いかもしれません。しかし、怖いだけでもないかもしれません。次の展開がはっきりしたら手立ては必ず見えてきます。どうか、ご安心を!

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 ここまで、「聴くだけではないカウンセラー」が「適切な助言や提案」を目指して、つらつらと語ってきました。ちょっと語りすぎたでしょうか?「適切」かどうかを判断するのは私ではなく、読者のあなたです。私の語り方が心地よくない場合もあったと思いますが、私なりの拙い試みにお付き合いくださって嬉しいです。

 もちろん、「とことん聴く、思いを共有するカウンセリング」も重要なので、また機会があったらあなたのお気持ちも聴かせてくださいね。心理学でみなさまとご一緒に幸せを探すのが私の生きがいです!「いまの不安」を乗り越えて、いずれご一緒しましょう!

(執筆者プロフィール)

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杉山 崇(すぎやま・たかし)
神奈川大学 人間科学部 教授。
専門は臨床心理学、臨床社会心理学、臨床パーソナリティ心理学。テレビやラジオ、雑誌などのメディアへの出演多数。著書も多数あり、心理学の学術的な専門書はもちろん、心理学を学んだことのない方向けまで豊富。

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