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いつまでもぐちゃぐちゃとした思いをどう整理するか(中島心理相談所所長:中島美鈴) #心機一転こころの整理

 つらい思いをしているとき、今、自分が直面している問題だけではなく、過去の嫌なことを思い出していたり、他の不快な感情がわき起こっていたりして、問題に対応することをより困難にしていることが、多々あるように思われます。
 そのような心の状態をどのように考え、どのように心の整理をして、対応してゆけばよいでしょうか。中島先生にお書きいただきました。

 生きていれば、いろんなことがありますね。
 苦い思い出、つらい別れ、自信をなくしてしまった出来事。
 私たちはそんな過去へのぐちゃぐちゃとした思いに囚われがちです。
 思い出したくもないのに、ここぞってときに勝手に頭の中に出てきて、
「ああ。勇気が出ない。どうせ私はだめだから」
「そんなに簡単に人を信じられないよ」
「昔好きだった人が忘れられなくて、もう恋愛できない」
 などと、私たちを悩ませます。
 このようなごちゃごちゃとした思いをどうしたらいいのでしょう。
 どうしたら、もっと今を生きることができるのでしょう。

 この記事でわかること

 この記事では、次の3つに焦点を当てて、ごちゃごちゃとした思いを整理して前に進む方法をお伝えします。

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  1. 消えない過去の傷の抱え方

  2. 未来軸の作り方

  3. いざ一歩を踏み出すには

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1. 消えない過去の傷の抱え方

 記憶から消したいほどのつらい過去の心の傷はありませんか?
 愛した人を失ってしまった。
 ここぞという時に結果を残せなくて失敗してしまった。
 親から愛されなかった。

 そのことを思い出すだけで、身がすくむような気持ちになるでしょう。
「いっそ私の記憶から消す方法はないんですか?」
 苦しくてそうおっしゃる方は多くいます。
 でも、残念ながら私たちはまだその方法を持っていません。

  全部消し去るのが無理なら、解決したらいいという人もいるかもしれません。

 たとえば「親から愛されなかった」という人たちです。親から愛されなかった人は、「人は自分を愛してくれないんだ」と信じ込んでいます。その後に出会う、友達も学校の先生も職場の人も恋人も、親と同じように自分を愛してくれないと思い込みます。親など身近な人との関係で学んだ「人ってこうなんだ」という概念のことを「スキーマ」と呼びます。

 このスキーマが、後々の出会いにおいても、人を見るフィルターのようになって、「ああ、この人も私のことを愛してくれないんだ」と思うようになります。実際、目の前の人が自分のことを愛してくれていたとしても、スキーマに邪魔されて、どうしても信じられなくなります。

 「こんな不幸なスキーマなど捨ててしまいたい」と誰しも悩みます。親と向き合って、話し合えたとしてもめでたし、めでたしという結果につながらない人もたくさんいます。親が先に亡くなって、それも叶わない人もたくさんいます。そうした場合、私たちはそのごちゃごちゃした思いを、スキーマを、消し去るよりは、自分の一部として小脇に抱えながら歩むのが現実的なのです。

 ごちゃごちゃした思いを、整理しないまま抱えるのは難しいでしょう。いったいこれはなんなのか?と「わかる」ことが大事です。自己理解です。

「私はどんなふうに育ったんだろう」
「あのときの親はどんな思いだったんだろう」
「あの頃の影響が今の自分にどう出ているんだろう」
「私ってどんな人間なのだろう」

 ひとりで考えていても、なかなか自分というものはわかりません。 
 同じような経験をされた人の話や、書籍などに触れてみると、整理してわかるヒントになります。

 カウンセラーのように多くの人を見てきた人なら、自分の気づいていない新しい視点で自己理解を助けてくれるでしょう。

  自分ってこんな傷を抱えているんだなあという自己理解が進むと、過去の傷がほんの少しだけ客観的に見られるようになります
 徐々に「そうか、こんな傷もあるよね」と自分の一部として抱えられるようになります。
 昔は自分を客観的にみることができず、不安な気持ちに飲み込まれて、「ああ、この人も私を裏切るんだ」と恐れていた人も、自己理解が進むと、「私って、あんな親に育てられたから、初めて会う人に対しても警戒しちゃうんだよね」と思えるようになるでしょう。
 トーンの違いがおわかりいただけたでしょうか。
 後者の場合には、感情に飲み込まれていませんね。
 とはいえ、まだこの時点では傷はヒリヒリして、ちょっとしたきっかけで痛むでしょう。
 私たちは、どうしてもスキーマのいうことを聞いてしまいます。
 どんなに酷い内容のスキーマでも、なぜかしっくりきてしまうのです。
 このスキーマにまつわるやっかいな感情から脱出するためには、自己理解に加えて、もうひとつ「アクション」が必要です。 

2. 未来軸の作り方

 消えない過去の傷の正体を自己理解することに加えて、もう少し現実的にやっていくために、ある「アクション」が必要になります。
 昔のごちゃごちゃした思いにふりまわされているとき、私たちは、現在も未来も生きることができていないからです。この状態では、人とうまくやっていくとか、何かで成果を残すとか、そうした現実適応がうまくいかない人が多いのです。
 端的にいえば、過去のせいで、目の前のことがおろそかになりがちなのです。
 目の前の人が「愛している」といってくれていたとしても、過去のスキーマが「どうせ嘘だ」「裏切られる」とそそのかすので、喜べないどころか、警戒するのです。
 またあるときには、過去の傷のせいで悩まされて、目の前の仕事に集中できなくなります。
 こうした適応の悪さから、「ああ、やっぱり私は誰ともうまくいかないんだ」「やっぱり私はだめなんだ」と確信を強めてしまい、ますますスキーマを信じ込むようになるのです。
 ですから、未来にまで思いを馳せることが難しくても、せめて最初は「現在」にアクセスしたいところです。目の前にいる人、目の前の仕事に焦点を当てるのです。
 そこでおすすめしたいのは「マインドフルネス」という技法です。Google社が社員教育の一環として取り入れたことで注目を浴びた方法ですね。
 これは、丁寧に自分に生じた感覚に気づいていく作業です。
 たとえば、過去に裏切られた経験があって、“この人も裏切るんじゃないか”という恐れを抱いていてしまう人なら、目の前の人を、ありのままに観察するのです。自分の中に生じる恐れに気付きながら、それに飲み込まれてしまわずに、目の前の人の言動に焦点を当て続けるのです。まるで生まれて初めてその人の表情、その人の声に注目するかのように、観察するのです。これまでの経験とは全く異なる、新しい経験として注意を向けるかんじです。

 こうする過程で、私たちはいつも陥りがちなパターン(例:裏切られるのを恐れるあまりに、疑い、試して結果的に関係が破綻する)から抜け出すことができるのです。
 過去の傷のせいで、目の前の仕事に集中できない場合にも同様です。何度も頭をかすめる過去の嫌な体験に対しては、「また心の中に出てきたなあ」と気付きつつも、ずっとそれに囚われてしまうのではなく、一旦横においておいて、また目の前の仕事に戻るという練習をします。
 こうしていくうちに、少しずつ私は「現在」に心をおくことができ始めます。少しずつですが、成功体験も出てくるでしょう。

  次に未来です。
 私たちは目の前のことをなんとかするためだけに生きているわけではありません。
 「もっとこんな人生をおくりたい」
 「こんな自分になりたい」
 こんな希望を抱くからこそ、生きていけます。
 過去の傷にとらわれている時には、こんな希望を抱く余裕はなく、人生に絶望していたはずです。
 大事なのは、過去の傷が全部癒えてから未来を思い描くのではなく、順番が逆で、先に未来を思い描くべきだということです。
「そうだった。私、ほんとはこれがしたかったんだ」
「あんなことさえなければ、こうしたかったんだ」
 その気づきが、生きる希望になります。
「明日地球が終わるとしたら、何をしたい?」
 あえてこんな極端な質問を自分にぶつけてみましょう。
 あなたの中に眠る希望が少しずつ目を覚まします。
 やらなければならないことではなく、やりたいことに目を向けるのです。

3. いざ一歩を踏み出すには

 未来を描いたものの、「絵に描いた餅」で終わらせないためには、どんな最初の一歩を踏み出すかが大事です。
 とはいえ、これまで希望を抱けず過去にとらわれていた人には至難の技です。
 一方で、幸せな環境に生まれついて、みんなに愛されて、能力にも容姿にも恵まれて、自信たっぷりに育つ人もいます。ひなたを歩く人生が羨ましくも見えます。
「あんなふうになれたらいいのに。あれこそ私の欲しい未来だ」
 と思う人がいたら、思い切ってその人「かのように振る舞う」ことが一歩の踏み出し方として最適です。
 人が裏切るのではないかと心配してしまう人なら、生まれつき愛されて人間不信のかけらもないような人を観察します。
 その人は、どんなふうに人と接するのでしょう。
 どんな表情で、どんな姿勢で、どんな話題をするのでしょう。
 どちらから話しかけるのでしょう。
 自分なら返答に困りそうな場面で、その人はどう振る舞うのでしょう。
 まずは真似できそうなところから真似するのです。これは自分の行動パターンを変えてみて、結果どうなるのかを試してみる行動実験のひとつです。 
 これまで人が裏切るのではないかと心配で、自分から絶対食事に誘わず、もし会食の機会があったとしても、自分の弱さをいっさい曝け出さず無難に振る舞うことに全力を注いでいた人がいたとしましょう。
 この人が「もっと人と親しくなりたい」という未来像を描き、人から愛される自信に満ちた人「かのように」振る舞う実験をしたとします。
 この人は、自分から人を食事に誘い、そこで、最近の失敗談やきどらない話をした結果、相手と親しくなれました。
 この人にとって、これまでのパターンを崩して、新しい行動を取り入れた結果、欲しい未来が手に入ったといえます。

 イメージできましたか?
 全体をまとめると、過去の傷にまずはある程度向き合って、自己理解を進めたら、次に現在にアクセスするためにマインドフルネスを実践しましょう。また、「ほんとはどんな人生歩みたいんだっけ」と未来像を描き、かのように振る舞うことで、新しいアクションにチャレンジするのです。
 あなたの人生が今日から輝きますように。 

【著者プロフィール】

中島美鈴(なかしま・みすず)
1978年福岡生まれ、臨床心理士。公認心理師。専門は認知行動療法。

肥前精神医療センター、東京大学、福岡大学などの勤務を経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて学術協力研究員、オンラインカウンセリング専門の中島心理相談所所長。

主な著書に「悩み・不安・怒りを小さくするレッスン 「認知行動療法」入門(光文社)など全38冊がある。


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